「では、ゲーム開始で~す!」
黒ウサギが可愛くポーズをとりながらスタートの合図を告げる。
「誰からいく?」
飛鳥が貞夫たち3人に問うと、十六夜が一歩前に出た。
「じゃあ、俺からいかせてもらうぜ」
ざっとカードの端から端に目を走らせる。
貞夫たちは黙ってそれを見守っているが、黒ウサギは緊張からか頬に一筋の汗が浮かんでいた。
「さっきはステキな挑発をありがとうよ」
「あぁ、いえいえ」
口の端を上げ笑みを浮かべるも、黒ウサギを正面から見据える十六夜の瞳は、口元とは裏腹に笑っていない。
ビクリと体を震わせる黒ウサギ。同じく無理やり口元に笑顔を作ってみせるも、瞳は宙を泳いでいた。
十六夜は言葉の後に軽く右手を振り上げると……。
「これは……お礼だ!!」
それを勢いよくテーブルに叩きつけた。
ミシリという音と共にテーブルが皿の様に湾曲すると、反動で軽く宙に浮き上がった。
その振動で並べられたカードが一様に舞い上がる。
再び卓上に落ちたカードの何枚かは表の柄の方が上になっている。
飛鳥と耀はその中からしれっと絵札のカードを掻っ攫う。
黒ウサギは呆気にとられたまま、それを見送るしかできなかった。
貞夫も茫然としていたが、ついでに自分もとテーブルに目をやった時には
数字のカードしか残されていなかった。魔法があるためそれで残念とは思わなかったのだが。
「ちょっ、ちょっと待ってください!今のは……!」
「何もルールには抵触してないぜ?」
黒ウサギが最初に述べたゲームのルールは『テーブルの上の絵札からカードを選べ、1人1回1枚まで』これのみだ。
その1枚を選ぶ際の力の余波でめくれてしまうカードの扱いについては言及されていない。
とはいえカード1枚選ぶのにこんな仰々しい手段をとるとは黒ウサギも思っていなかった。
「そ、それはそうですが……」
ウサ耳をピクピクと震わせ、箱庭の中枢へ指示を仰ぐ。
「有効であるとの判定が下されました……飛鳥さんと耀さんもクリアです」
諦めたようにウサ耳をヘニョらせ肩を落とす。挑発を受けた意趣返しは成功したようだ。
十六夜の我が道を行くやり方に黒ウサギはすっかり項垂れてしまった。
後ろでは、ついでに勝利を収めた飛鳥と耀がハイタッチして喜びを表している。
「で、ですが十六夜さんがまだです!」
「おいおい、俺を誰だと思ってんだ?」
心外だという声色で、振り下ろした右手の下にあるカードをめくる。
そこにあったのはクローバーのKのカードだった。黒ウサギの顔が驚きに染まる。
「ど、どうやって!?」
「覚えた」
「へっ?」
十六夜の簡素で簡潔な一言に間の抜けた声を上げる黒ウサギ。
一体どのタイミングでの事かわからないが、十六夜は全てのカードの並び順を覚えたという。
証明として、その隣にある数枚のカードも、順番にスートと数字を言い当ててのけた。
貞夫は特に十六夜の挙動を注視していた訳ではないが、それでもあの短時間で52枚ものカードの並びを暗記するなど並の記憶力ではない。この少年は体力のみならず頭脳も人間の常識を超えているようだ。
黒ウサギは、もはや開いた口が塞がらないようで呆然と立ちすくんでいる。
「最後はアンタの番だぜ」
全員の視線が貞夫に向く。それを受けて小さくため息をついた。
しばしの間の後、ポリポリと後頭部をかきながら台の正面に立つ。
黒ウサギが手早く表の面が見えているカードを取り除き、裏返ったままの物のみを残した。
枚数は半分ほどに減っただろうか。飛鳥と耀が興味津々といった様子で貞夫の挙動を見つめている。
黒ウサギも固唾を飲んで見守る中、貞夫はグルッと盤上の残るカードを見回し、また一つため息をつきこう言った。
「僕は……カードは選ばない」
十六夜以外の3人が驚く。
「それは、ゲームを降りるという事でしょうか?」
「いや、ゲームは続ける」
別にやりたい訳じゃないけどな、と付け加えた。黒ウサギが疑念の表情を抱く。
「えぇと……でしたらこの中から、絵札を選んでいただかなければならないのですが……」
困ったような笑顔を向けてきた。
祈るように胸の前で両手を組む仕草で頼まれては、真っ当な男なら断れないだろう。
「どういうつもりだ?」
「君がそれ聞くぅ?」
貞夫の意図を問う十六夜に呆れたように返す。
飛鳥と耀もその行動が分からないといった表情で、貞夫の言葉の次を待っている。
「そこには絵札なんて無いよ」
大して興味もなさそうに、つばをつかんで位置を正しながら帽子をかぶり直しそう答える。
十六夜が目を閉じフッと笑った。黒ウサギたちはまだ分からないらしく、頭の上に?マークを浮かべている。
コホンと咳ばらいをし、説明を続けた。
「テーブル上のカードは全部数字のやつだけだ。絵札のカードは残ってないんだよ」
指を指すそれに伴って黒ウサギたちもテーブルの上に視線をやる。
そこにあるカードは30枚程度。
十六夜たちが引き抜いたカード3枚に表返って除外されたカードが約半数。
どの程度かわからないが、残された方に絵札が紛れている可能性は十分にある。
だが貞夫は、はっきり無いと言い切る。
「では、他の絵札はどこに……?」
黒ウサギの疑問には答えず足元、テーブルの下の死角になっている場所を覗き込む。
視線の先には、台の陰に隠れるように9枚のカードが散らばっていた。
それを拾い上げてみると、まさに残る絵札が揃っていた。
可能性としては限りなく低いが、それでも0パーセントとは断言できない。
しかしいざ目の当たりにしても、なぜこんな状況が出来上がったのか不思議でならない。
ここは異世界なのだから、確率的に異常な出来事でも起こり得るものなのだろうか。
おまけに絵札は全て、全員の目から見えないような位置に落ちていたのだ。
どうにも人為的な、何者かの意図を勘ぐってしまう。しかし誰がそんな事を……
黒ウサギたちは揃って黙り込み、手にしたカードを凝視している。
彼女たちも目の前の事態に驚いているようだったが、ただ一人、十六夜だけは平然とその様を眺めていた。
カードの位置を全て把握したと言う彼の事だから、絵札が残されていない事も、それが地面にある事にも気づいていたのだろう。
沈黙が続くが、このままでは日が暮れてしまう。貞夫は声をかける。
「それで、どうなのこの場合? ゲームクリアって事になるのかな?」
ズボンのポケットに両手を突っ込みつつ、軽い感じで問いかける。
「あっはい、貞夫さんの勝利です」
フゥ~と貞夫の口から長い溜息が一つ漏れた。
4人とも無事勝利する事ができ一安心といった所か。
ただの遊びだけどな。別にちょこっと本気出したわけじゃないから。
自然と口元に笑みが浮かぶが、子供に交じって大人げなく勝ちを狙いに行ったように見えるんじゃないかといらぬ心配が沸き起こり、平静を装って帽子のつばを下げるフリをして表情が見えないように隠してしまう。
そのまま十六夜の隣に立つと、二人だけにしか聞こえないような小声で問いかける。
「これは僕の性質の悪い言いがかりでしかないんだが、君がカードを舞い散らかした時
ワザと絵札を抜いて落としたんじゃあないよなぁ……?」
もしカードに何らかの細工が施されたなら、そんな事をするのは十六夜しか考えられなかった。
ゲームをセッティングした黒ウサギも怪しいと言えるが、このわずかな間に垣間見えた人間性的に、人を騙して嵌めるような卑怯な真似はしないだろうと思える。
しかしいくら十六夜の身体能力が人間の常識を外れているとはいえ、手も使わずに空を舞うカードを選んで抜き出す事など出来ようはずもない。
そのはずなのだが、貞夫はそう聞かずにはいられなかった。
出会ってからまだ1時間も経っていないというのに、それほどこの少年には驚かされっぱなしだったからだ。
「ヤハハ。さて、どうだろうなぁ?」
肩をすくめながら軽く笑ってはぐらかす。
答えないのは誤魔化すためか、その方が面白いからあえてなのか。
多分後者なのだろう。そういう子なんだと貞夫は思えた。
「俺としては、アンタの方の種明かしを聞きたいんだがな」
「不思議な事もあるもんさ、ここはそういう世界だからな」
貞夫の方でも十六夜の質問に答える気はさらさらなかった。
ワザとらしく視線を空に向けとぼける。
頭の回りそうな十六夜の事だ、何か一つでも情報を漏らせばそこから童貞の事実に突き当たるかもしれない。そしてそれを知ったら、この子はきっとネタにして自分をからかうだろう。
そうかい、と一言だけ漏らすと、気を取り直して黒ウサギに向き直る。
「んじゃ、早速だが言う事を聞いてもらうぜ」
「ダメですよ、性的な事は!?」
両胸を隠すように抱きかかえ慌てる黒ウサギ。
「まぁ、それも魅力的ではあるんだが、俺の聞きたい事はただ一つ」
飛鳥も耀も、耳を揺らす黒ウサギも、貞夫もポケットに手を入れたまま十六夜の言葉の先を待つ。
「この世界は……面白いか?」
天からの落とし物である手紙の文面を思い出す。
そこにはハッキリと、世界の全てを捨てて箱庭に来いと綴られていた。
家族、友人、財産、それらあらゆるものを元の世界に置いたまま、身一つで少年少女はこの世界にやって来たのだ。
3人の問題児に今までのようなふざけた態度は無く、真摯な瞳が真っ直ぐに向けられる。
「見合うだけの催し物があるんだろうな?」
彼らが自分たちの世界でどのように生きて来たかは知らないが、何もかもを放り出してまで人知の及ばぬこの未知の世界を求めたのだ。
これから先、平凡な日常が続くのでは期待外れも良い所なのだろう。
貞夫も静かに黒ウサギの返答を待った。
「YES。ギフトゲームは人を超えた者たちだけが参加できる神魔の遊戯。
箱庭の世界は外界より格段に面白いと、黒ウサギは保証いたします」
黒ウサギは少年たちが抱く少なからずの不安を払拭するように優しく微笑みかけると、それに3人も薄く笑みを返した。彼らの願いは無事叶えられそうだった。