初めてのギフトゲーム体験も済んだ所で、黒ウサギは自分のコミュニティへ4人を招こうと森の中の道を進んでいた。
十六夜たちを呼び出した彼女には、箱庭に対する全ての質問に答える義務があるという。
しかしそれには時間がかかるため、野外で話を続けるよりはと自身の家であるコミュニティの本拠へ向かっているのだった。
道案内役の黒ウサギを先頭にして、その後ろに貞夫、さらに後ろに耀と飛鳥が並び、十六夜が一番最後という順番だ。
黒ウサギの足取りは軽く、スキップでも踏み出しそうな勢いで、時々鼻歌のような音が聞こえてくる。
後ろから見ても非常に楽しそうだが、何をそんなに喜んでいるのか貞夫には分からなかった。
しばし無言の時間が続いているこの最中しかないだろうと、貞夫は黒ウサギの隣に並び口を開く。
「耳にハチマキは巻かなくていいのかい?」
黒ウサギの楽しそうな様子がまるでダンスを踊っているように見えたため、思い出された動揺の歌詞の一節を言ってみたのだが全く伝わらなかったようで、キョトンとした表情で返されてしまった。
女の子にいい所を見せようと受けを狙った結果がこれだ。
赤い靴は履いてるのになと思うが、何でもないから気にしないでくれとだけ口にした。
「ところで君が、あの3人を呼んだんだよね?」
「YES。正確には召喚を依頼しただけで、どなたをお呼びするかは
「その召喚の手紙なんだけど、僕は受け取ってないんだよな」
えぇっと驚く黒ウサギだが、その間も歩みを止める事は無かった。
「では、なぜあのような場所にいらしたのですか?」
正確には貞夫自身にも不明なので答えづらかった。
ただの偶然なのか、この世界には神や悪魔などがいると言う話だから、そういった存在の干渉があったのか……。
「ちょっとした
冗談めかして言う。黒ウサギは深く追求せず納得した様だった。
「だから僕は帰る」
ハッキリ告げるとこれまた驚く黒ウサギ。
「だって呼ばれてないんだもん。いる必要ないでしょ」
いつまでも家を開けたままにする訳にはいかない。とはいえ正直言って急いで帰る必要がある訳でもなかった。絶賛無職の真っ最中なので帰っても特にやるべき事が無いのだ。
黒ウサギはしばし考える素振りをすると、何やら妙案が閃いたとばかりに悪そうな笑みを浮かべた。
「せっかくいらしたのですから、しばらく箱庭を観光なさってはいかがでしょう?」
旅行に興味のない貞夫は、海外はもとより国内の旅行も経験が無かった。
異世界などは願っても来れないだろう。確かにこれは良い機会かもしれない。
「けどお金がないよ。食事も寝泊りもできない」
「でしたら黒ウサギのコミュニティでお世話させて貰うですよ」
「やったぜ」
ありがたい申し出に、黒ウサギへの信頼もあって簡単に飛びついた。
黒ウサギの方でも思惑通りに行ったのか、腰の所で握り拳をつくっている。
「ついでに聞いときたいんだけど」
「何でございましょう?」
「ギフトゲームのルールがよくわからないんだが」
あやや、と困り顔の黒ウサギ。おじさんの脳では長い話は頭に入りきらなかった。今一度説明してもらう。
とりあえず理解できた事は、勝てば挑戦者が賭けた物を総取りでき、その賭けるものは金品に関わらず人間でも
ただし両者の合意が無ければゲームは開催できず、
これだけようやく把握した。何でもありの無法地帯じゃなくてよかった。
そんな事を話しているうちに森を抜け、レンガ造りの外壁が見える所に出てきた。
「ジン坊ちゃ~ん! 新しい方を連れて来ましたよ~!」
黒ウサギが手を振りながら駆けだした。
行く手を見ると、外壁の入口に座り込んでいる1人の少年の姿があった。
「お帰り、黒ウサギ」
身の丈に合わない大人の物と思えるローブを着込んだ少年は、裾を引きずりながら小走りで近づいてきた。
そして、後ろから歩いてきた貞夫たちに目を向ける。
「そちらの御三人が?」
「イェ~ス、こちらの4名の方々が……」
振り返って固まる黒ウサギ。貞夫も後ろを振り返る。一番の問題児の姿が無かった。
「あれあれ? もう1人いらっしゃいませんでしたっけ……?」
青ざめた表情の黒ウサギに飛鳥が答えた。
「十六夜君なら、ちょっと世界の果てを見てくるぜ、と言って駆け出していったわ」
あっちの方に、と先ほどまでいた湖の先の方を指さす。
「何で教えてくださらなかったのですか!?」
「貴方達の会話の邪魔をしては悪いと思って」
まったく悪いと思っていない感じで言う。
耀も飛鳥も黙っていたのは、教えるのが面倒だっただけだ。
地面にへたり込む黒ウサギを心配そうに見つめる少年が慌てたように言った。
「黒ウサギ、世界の果てには野放しにされている幻獣が……」
「幻獣?」
耀がピクリとその言葉に反応する。
「ギフトを持った獣の事です。特にあの付近には強力なギフトを持ったものがいるんです」
その力は到底人間では太刀打ちできないと少年は言うが、十六夜ならどんな怪物が相手だろうと大丈夫だとしか思えない。飛鳥と耀もまったく心配していないようで冗談を言うが、それを少年に怒られていた。
黒ウサギは暗い表情のままゆっくりと立ち上がり、3人の来訪者の案内を少年に託した。
「箱庭の貴族と謳われるこのウサギを馬鹿にした事、骨の髄まで後悔させてやるのですよ!」
怒りの宣言と共に黒ウサギの髪色が、青から鮮やかな緋色へと変化する。
彼女自身の持つ
そのまま地面を蹴ると、放たれた矢のようにあっという間に視界から消えていった。
黒ウサギの種族は箱庭の創始者の眷属で、様々なギフトや特殊な権限を持っているらしい。
しばし呆然とその背中を見送っていたのだが、気を取り直して貞夫が少年に向き直る。
「それじゃ、代わりの案内よろしく頼むよ」
「あ、はい。コミュニティのリーダーをしているジン=ラッセルと言います。
齢十一になったばかりの若輩ですが、よろしくお願いします」
ペコリと頭を下げると、それに倣って貞夫たちも軽く会釈し、それぞれの名前を名乗る。
ジンを先頭に箱庭への入り口である門をくぐりぬけると、天幕の中にも関わらず太陽光が降り注いでいた。箱庭の天幕は、吸血鬼などのような陽の光を浴びれない種族のために設けられたもので、内側に入ると不可視になるという事だ。見渡すと、獣耳を生やした人間の姿がそこここに見られる。
4人は手近にあったカフェテラスに腰を下ろした。あらかじめ黒ウサギに店をセッティングしてもらっていたらしいが、当の本人がいなくなったため飛鳥が適当な店を選んだのだ。
猫耳に尻尾を生やした店員が注文を受けにやって来たので、飛鳥がメニューをめくって品物をオーダーする。
頼んだ品は紅茶と緑茶にティーセットと、特に異世界らしい品ではなかった。
だが店員は注文を復唱する際、最後にネコマンマと付け加えた。
耀が驚きの表情を浮かべ、それ以外の3人は疑問符を浮かべた。
「三毛猫の言葉、わかるの?」
「そりゃわかりますよ~、私は猫族なんですから」
三毛猫がミャーミャーと鳴くと、店員が恥ずかしそうに去っていった。
「箱庭ってすごいね。私以外にも三毛猫の言葉がわかる人がいたよ」
嬉しそうに抱いている三毛猫に話しかける耀。
「貴女もしかして猫と会話できるの!?」
興奮した飛鳥が身を乗り出す。猫以外にも鳥やペンギン、イルカとも仲良くなったという。
「それは心強い
ジンも嬉しそうに言う。種族間での意思疎通は難しいらしく、黒ウサギでも幻獣などとはコミュニケーションをとる事はできないらしい。
「春日部さんは素敵な力があるのね。羨ましいわ」
耀は頬を染めるが、その反面に飛鳥は表情がどこか寂しそうなものになった。
「久遠さんも……」
「飛鳥でいいわ。よろしくね、春日部さん」
「うん。飛鳥も森の中で鳥たちと話してたよね?」
飛び回る黒ウサギを止めるために鳥の群れをけしかけたあれか、と貞夫は思い出した。
しかしあれは言葉を交わしたというよりも、何か一方的なもののように思えた。
飛鳥が訂正しようとした時、ドスンッという振動と共に、タキシードを着た筋肉質の大男が無言で貞夫たちのテーブルに座った。
「おやおや、東区画の最底辺コミュ二ティ、名無しの権兵衛のリーダー、ジン君じゃないですか」
「ガルド……」
突然現れた男は厭味ったらしい口調で話しかけてきた。
それに対しジンはあからさまに不快な顔を見せる。
「初めましてレディース&ジェントルマン。私はコミュニティ『フォレス・ガロ』のリーダー、ガルド・ガスパー。以後お見知りおきを」
貞夫たちに向かって恭しくお辞儀するが、どうにも演技がかっていてワザとらしい。
そんなガルドとジンは3人を他所に言い争いを始めた。
話を聞くと、ジンは貞夫たちに対して何か隠し事があるらしく、それをガルドが教えてくれるという事らしい。
ジンは自己紹介の時、自分がコミュニティのリーダーだと言った。ならば黒ウサギ同様、呼び出した相手に対し全てを説明する義務があるはずだと飛鳥が強く問う。
ジンは返す言葉もなく、かといって秘密を口にする事もできずただうつむいた。
飛鳥はそれを一瞥すると、嫌々ながらガルドに説明を求める。
曰く、コミュニティが活動するためには名と旗印を申告する必要があり、コミュニティを広げるためには他コミュニティに合意の上でゲームを挑めばいい。フォレス・ガロもそうして縄張りを広げていったという。
そしてジンのコミュニティはかつて箱庭の東区最大の規模だったらしいが、ゲームを強制できる権限を持った魔王と呼ばれる組織によって壊滅の憂き目にあったらしい。
その結果、名も旗印も人員も失い残されたのは10歳以下の子供たちのみ。
今では
なるほどな、と貞夫は心の中で納得した。
十六夜たちを呼び寄せたのは、崩壊寸前の自分たちのコミュニティを立て直すため。
帰ろうとした自分を引きとめたのも、ついでに引き入れてしまおうという魂胆か。
そしてガルドが態々この事を説明するために出てきたのも、人材を横から掻っ攫おうとしての事だろう。案の定、説明を終えたガルドは黒ウサギと共に自分のコミュニティに来ないかと誘ってきた。
確かにこんな話を聞かされては、ジンのコミュニティに入る利点は何一つないだろう。
それをわかっているジンも青ざめた顔で体を震わせてる。
しかし飛鳥はこの誘いをにべもなく断った。ガルドのみならずジンも呆気にとられている。
耀にも尋ねた所、友達を作りに来ただけだからどこでもいいと、興味なさげに答えた。
「じゃあ私が友達1号に立候補していいかしら」
飛鳥の申し出に驚く耀だが、すぐに笑みを浮かべて首肯する。腕の中の三毛猫も涙を浮かべて喜んでいるようだった。
「キマシタワー建立ですわぁ~」
心を通わせた少女二人の間に甘美な空気が漂うのを感じ、貞夫は小さくつぶやいた。
「貞夫さんはどうするの?」
「僕は呼ばれてここに来た訳じゃないから、数日観光したら元の世界に帰るよ」
ジンたちには悪いが、見ず知らずの相手の世話をしてやる余裕はない。自分の世話だってロクにできないのだ。
耀はそれを聞いて少し残念そうな顔を見せる。もしかしたら貞夫とも友達になろうと思ったのかもしれない。
ガルドは顔を引き攣らせながら、自分の所へ来ない理由を尋ねた。
日本有数の財閥の家に生まれた飛鳥は、人が望む全てを捨ててこの世界に来たのに、今更恵まれた環境に入れられても喜べないと答えた。
「ところで、貴方はこの地域を両者合意のギフトゲームで支配したと言っていたけど
コミュニティをチップに賭けたゲームがそうそうある事なの?」
ガルドではなくジンに問いかける。
「い、いいえ、かなりのレアケースです」
「そうよね。だからこそ魔王は恐れられている」
瞳を閉じうなずく飛鳥。ガルドの顔にうっすら汗が滲んでいる。
「では、魔王でもない貴方がどうしてそんな大勝負を続ける事が出来たのかしら……。"教えてくださる?"」
飛鳥の言葉に力が宿る。ガルドの口が、意に反して勝手に動いていく。
「相手のコミュニティから、女子供を攫ってある」
飛鳥たち3人が顔をしかめる。人を外見で判断するなというが、正直そういう事をやりそうな感じの男だなと貞夫は思ったので妙な納得を得た。
ガルドは言葉を続ける。誘拐した子供は人質として、吸収したコミュニティが逆らわないよう脅迫材料にしていると。
飛鳥がその子供たちの所在を尋ねると、もう殺したと素っ気なく答えた。
それを聞いた3人の表情が凍りつく。貞夫は、あちゃーと額に手を当てた。
人質は生きているからこそ価値がある。それがもういないものだとバレてしまえば、組織は一気に崩壊するだろう。とんでもない愚行である。
子供の泣き声に感情を抑えられず、思わず殺ってしまったという。それ以来、攫ったその日に即始末し、死体は悟られないよう部下に食わせて隠滅を図ったというから酷い話だ。
飛鳥とジンは怒りをあらわにした。耀も無言ではあるが不快に思っているのが感じられる。
人攫いなど当然犯罪であるが、裁かれる前にガルドが箱庭外に逃げだせば、もう手が出せなくなるらしい。
飛鳥が指を鳴らすと、ガルドにかけられていた強制の力が解除された。
「この小娘がああああああっ!!」
ガルドの顔が人の物から虎のそれへと変化した。ただでさえ過剰な筋肉がさらに発達し、タキシードを破いて露わになる。鋭い爪の生えた太い指が飛鳥に向けて勢いよく伸ばされる。
貞夫は咄嗟に防御壁を展開しようとするが、それよりも早く耀が飛び出ると、ガルドの腕を捻り簡単に地面に押し倒した。耀の
少女の拘束の下でガルドが喚き散らす。この男の背後には魔王がついているらしい。
ヤクザが知り合いにいると恫喝するどこぞのチンピラのような小物っぷりが哀れに思えた。
飛鳥もジンもガルドの言葉に怯む事は無かった。奪われた名と旗を取り戻すためにも魔王とは闘うと、ジンは声を震わせながらも、その恐怖に耐えるように言った。
飛鳥は続けてガルドにギフトゲームをする事を提案、いや強要した。どうしてもガルド自身にその罪の報いを受けさせたいらしい。
なすすべのないガルドは渋々これを受け入れた。
「……んん!? それ僕もやるのぉ!?」
「当然でしょう」
この期に及んで何を言っているんだ、という表情の飛鳥。
箱庭に来てまだ1日と経っていないのに何と波乱続きな展開であろう。正直付き合っていられないのだが、先ほどのガルドに対する飛鳥の冷酷な態度を見ると、嫌だとは言い出せない貞夫だった。