30歳の童貞男も来たそうです   作:ほろろぎ

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第7話 運命の出逢いが訪れたそうですよ?

 さっきまでの騒動も治まりを見せ、再びカフェでお茶を楽しむ貞夫たちの前に、十六夜を伴った黒ウサギが帰ってきた。

 彼女を見つけた飛鳥は労いの一言も無く、開口一番、フォレス・ガロとギフトゲームをする事になったと告げた。それも開催日は明日、場所は敵の敷地内という、こちら側にはとんでもなく劣勢な立場での開戦だ。

 何でこんな不利な取り決めになったのか、全く思い出せない。

 黒ウサギも慌てふためき4人を問い詰める。

 

「腹が立ったから後先考えずに喧嘩を売った。反省はしていない」

「このおバカ様!」

 

 声を揃える飛鳥と耀の頭を、どこから出したのかハリセンで叩く。

 

「貞夫さんは何故止めてくれなかったのですか!?」

「僕に言うなよ。保護者じゃないんだぞ」

 

 止める間も無かったのだが、それよりも興味が無かったから野放しにしていただけだ。自分が巻き込まれると分かっていれば止めたさ。

 しかし貞夫には飛鳥たち問題児の行動を止められるイメージが全く浮かばなかった。

 十六夜も、相手を選んでの事だから許してやれと助け舟を出すが、黒ウサギは納得いかないようで契約書類(ギアスロール)を手に捲し立てる。

 そこには、主催者(ホスト)であるガルドが勝てばその罪を黙認し、参加者(プレイヤー)である飛鳥たちが勝てば逆に罪を全て認め、人質も返しフォレス・ガロは解散、ガルドも法の裁きを受けるという取り決めが書かれていた。

 リスクが高すぎるとゴネるが、こうしておけば、これ以上人質に危害が加えられることは無いし、箱庭外にガルドが逃げても契約(ギアス)で追い詰める事が出来るとい飛鳥は説明する。

 この言い分には黒ウサギも渋々ではあるが納得した。ガルド程度の相手なら十六夜がいれば十分勝てるという確信もあっての事だが。

 しかし当の十六夜は今回のゲームに参加するつもりはないと断った。飛鳥の方でも参加させるつもりは無かったらしい。黒ウサギが慌てて2人の仲裁をするが、十六夜には他人の喧嘩に手を出すのは無粋だと言う信条があっての事だという。

 すっかり疲弊した黒ウサギは、好きにしてくれと投げやり気味に言ったのだった。

 

 やがて立ち直った黒ウサギに、コミュニティの内情が知られてしまった事をジンが説明した。十六夜はすでに気づいていたらしい。黒ウサギは皆に詫びるが、誰も特に気にした様子は無かった。

 そして今は黒ウサギの提案で、ジンを先に帰し残る5人で、サウザンドアイズというコミュニティに向かっている。

 サウザンドアイズとは特殊な瞳を持つ者達の巨大商業コミュニティであり、明日のゲームの前に恩恵(ギフト)の秘められた力などを把握するため鑑定してもらう必要があるとの事だ。

 5人はペリベット通りと呼ばれる道を進む。川沿いに生えている、幹まで桜色の謎の木々から満開の花弁が舞い落ちる。

 

「桜の木、ではないわよね。 真夏に咲き続けているはずがないもの」

「いや、まだ初夏になったばかりだぞ」

「今は秋だったと思うけど……」

 

 3人の噛合わない話に、やはりそれぞれ別の世界から来たんだなと貞夫は改めて思った。

 黒ウサギが言うには、時間軸以外にも歴史や文化、生態系などにも違いがあるらしい。

 そうこうしているうちに目当ての店先まで来ていた。しかしタイミング悪く閉店時間のようで、割烹着の女性店員が看板を降ろそうとしていた。

 黒ウサギが待ったをかけるため大声を上げる。それを聞いた店員がこちらに振り向いた。

 彼女の顔を見た貞夫の目が見開かれ、呼吸が止まる。思考も止まる。歩みも止まる。

 気づいた耀が振り返り声をかけるが反応が無い。貞夫の目には女性店員の姿しか映っていなかった。彼女の姿だけが周囲から浮かび上がって、光輝いているように見える。

 

「なんて……綺麗な人なんだ……」

 

 魔法にかけられた貞夫は小さく呟くとツカツカと足早に歩み寄り、言い争っている黒ウサギを押しのけて店員の前に立つ。彼女の手を包むように握りしめると突然こう言った。

 

「貴女は素晴らしく僕の好みです。結婚しましょう」

「ふぁっ!?」

 

 突然の告白を受けた店員が外見に見合わない頓狂な声を上げた。

 黒ウサギは呆気にとられ、飛鳥と耀は口元を手で隠し驚き、十六夜は楽しそうに状況を見守る。

 春の日のような暖かな陽気に当てられ、貞夫は高揚を隠しきれない様子だった。

 

「今、分かりました。僕は貴女に会うためにこの世界に来たんだと」

 

 真剣な顔で店員を見つめる貞夫。

 当の店員も顔を赤らめているが、このような事は言われ慣れていないのか体が硬直している。

 どうしていいのか分からない様子だった。それに気づいていないのか、貞夫は言葉をつづける。

 

「地平線の果てには眠りについた夢があると申しますが、この異世界の果ての地にあったのは貴方という夢の形……」

 

 何やら訳の分からないことを口走り始めた。

 

「おっと、そういえば自己紹介もまだでしたね。僕は天童貞夫といいます。あなたの名を聞かせてください」

 

 ふと我に返るが、店員はその問いにプイと視線を逸らすように顔を横に背けた。

 

「あ、貴方に教える義理はありません」

 

 恥ずかしそうに答えるが、握られた手を振り払う事まではしなかった。貞夫は内心、これまでにない好感触だとガッツポーズを浮かべた。

 

「そ奴に目を付けるとは、おんし中々見る目があるな」

 

 突然聞きなれない声が響く。見ると店の前に、和服を着た白髪の少女が扇子を手に立っていた。

 

「白夜叉様! なぜこの下層にいらっしゃるのですか!?」

「黒ウサギが来る予感がしておったからのう。という訳でそぉい!」

 

 白夜叉と呼ばれた少女は黒ウサギの胸に頭から突っ込むと、顔を埋めフホフホと鼻息荒くその胸を堪能する。

 そんな彼女を黒ウサギは容赦なく放り捨てると、真っ直ぐ十六夜に向かって飛んでいった。

 十六夜は足裏でキャッチしようとしているが、直前で貞夫が代わりに受け止める。

 

「幼女に蹴りはいかんでしょ」

 

 チッと舌打ちする十六夜に注意する貞夫。

 この白夜叉、こんな見た目と態度とは裏腹に、サウザンドアイズの幹部だという。

 女性店員も白夜叉をオーナーと呼んでいる事から嘘ではないらしい。

 店は閉めてしまったが私室で相手をしてやると白夜叉は5人を別口に案内しようとする。

 

「僕は店員さんと話してるから、君たちは行って来て、どうぞ」

 

 言外で二人っきりにしてくれと伝えるが、全員その希望を無視して貞夫を連行した。

 本格的なゲームが翌日に控えているため余裕が無いようだ。

 私室に通された5人が腰を下ろすと白夜叉は改めて名乗り、その会話の中で新たな事実が分かってきた。

 サウザンドアイズの本拠は3345外門という場所にあり、外門の桁数が少ないほど強力な力をもった者が住んでいるという。今貞夫たちがいる場所は7桁の2105380外門だ。

 文字通り桁違いの力を持った白夜叉は、他者の力を増幅できる『神格』という恩恵(ギフト)を与える側であり、世界の果てへと向かった十六夜はその神格を得た蛇神とゲームをし見事勝ったという。

 階層支配者(フロアマスター)と呼ばれ、東区画最強を自負する白夜叉を前に、十六夜、飛鳥、耀の3人が瞳を輝かせ立ち上がった。

 

「では貴方のゲームをクリア出来れば、私達のコミュニティは東側で最強という事になるのかしら?」

 

 うなずく白夜叉は3人のむき出しの闘争心に笑い声をあげる。

 黒ウサギは慌て、貞夫は頭を抱えた。ま~たトラブルに巻き込まれるのか……。

 止めようとする黒ウサギをさらに制止する白夜叉は、懐から1枚のカードを取り出すと3人に向け強烈なプレッシャーを放ちながら、挑戦か決闘か問いかけた。

 同時に足元の空間が砕け光に飲まれたかと思うと、辺りは太陽が水平に回る大雪原へと変貌していた。

 突然の事に貞夫も驚いた。テレポートかと思ったが、何か違和感がある。

 白夜叉の説明によると、ここはただのゲームの盤上だという。

 格の違いを見せられた3人は押し黙るが、自分から売った喧嘩のため簡単には引き下がれない。

 しばしの逡巡の後、十六夜が負けを認め降参した。

 

「今回は黙って試されてやるよ」

 

 意地っ張りのプライドを込めた痩せ我慢を白夜叉は笑い飛ばす。

 飛鳥と耀も大人しく引き下がった。

 

「して、おんしはどうするのだ?」

「何で僕に話振るんですかねぇ」

 

 これほど圧倒的な力の差を見せつけられたのだ。

 巻き込まれただけの貞夫が参戦する理由は無かった。

 

「ゲームに勝てば、あの店員をくれてやってもよいぞ」

「挑戦でオナシャス」

 

 見事に乗せられてしまった。

 その時、遠方から聞いた事のない動物の鳴き声が聞こえてきた。耀がそれに反応する。

 白夜叉は、ちょうどいいとその声の方向に手招きした。

 やって来たのは獅子の下半身に鷲の上半身を持った伝説上の生物、グリフォンだ。

 耀が喜びと驚きの入り混じった声を上げる。

 これには貞夫も目を見張った。魔法が存在する世界に住んでいたといえ、こういった生き物は想像上の存在でしかなかった。

 しかしいざ目の当たりにすると、興奮より恐怖感が勝るのが事実だった。

 4人の前に契約書類(ギアスロール)が降ってきた。ゲームの内容は、力、知恵、勇気の何れかでグリフォンに認められる事。

 書類に目を通した耀が真っ先に挑戦の意を表明する。これまでに無くやる気を漲らせているその姿に、十六夜も大人しく挑戦権を譲り渡した。

 耀はグリフォンに駆け寄ると言葉を交わす。力と勇気を試すため、グリフォンに跨り山脈を周って湖畔に到着するまで振り落とされなければ勝ち、負ければ代償としてグリフォンのエサになると耀は言う。

 

「な、何を言っているんですか!?」

「本気なの春日部さん!?」

 

 これは分が悪いと黒ウサギと飛鳥が止めに入ろうとするが、それを十六夜と白夜叉が制止した。

 

「落ち着いて考えるんだ。舞い上がって突っ込んでいこうとするんじゃない」

 

 口出しできる空気ではなかったが、命がかかるとなるとさすがの貞夫も声を出さずにはいられなかった。いくらなんでも幼い少女が、たかがゲームごときで生死を賭けるなど行き過ぎだ。

 しかし耀は、大丈夫と振り返り微笑みを見せる。

 その顔には一片の躊躇もない。勝利を確信しているという表情だ。

 瞳には決意とやる気が満ち満ちている。これは止められそうにない。

 

「もし負けたら、一緒に謝ってやるよ」

 

 ため息をついて貞夫は引き下がった。こうなっては好きにさせるしかないと諦める。

 耀が跨ったのを確認すると、白夜叉の合図でグリフォンは飛びあがった。そのまま空を踏みしめるように天を翔けていく。

 あっという間にグリフォンは山影に入った。あの速度では体に凄まじい衝撃が加わり、普通なら一瞬でペシャンコに潰れてしまうと白夜叉は言う。

 山影から姿を現したグリフォンは、急降下にきりもみを加えたりと一層激しい動きで耀を振り落としにかかる。

 それでもどうにか耐え凌ぎ無事ゴール、勝利をつかみ取る事が出来た。

 しかし安堵したのもつかの間、耀がグリフォンからその身を落としてしまう。

 飛び出そうとする黒ウサギ。貞夫も黒ウサギに使用した浮遊空間を発生させて耀を助けようとするが、両者とも十六夜に止められてしまう。

 見ると耀は空中で体勢を立て直し、グリフォンのごとく空を踏みしめると、そのまま目に見えない階段を駆け下りるようにして、ゆっくりと皆の元に戻って来た。

 

「お前のギフトって、他の生き物の特性を手に入れる類だったんだな」

 

 十六夜の言葉に耀は、友達になった証として力を貰ったと訂正した。

 しかし、ただ生物からその特性を受け継ぐだけでは、グリフォンのあの速度に耐えきれるはずがないと十六夜は言う。興味深げなその視線を避けるようにグリフォンに向き直ると、耀は力を授けてくれた礼を述べた。

 恩恵(ギフト)の詳細については不明だが、その力の原点は彫刻家である耀の父が造ってくれた木彫りのペンダントだとの事だ。それを見た白夜叉は酷く興奮すると、ペンダントを買い取りたいと申し出たが、耀は当然のごとくこれを拒否した。

 黒ウサギは本題であるギフト鑑定の件を白夜叉に頼むが、専門外らしく上層に行かなければ詳しい事は分からないらしい。

 代わりにと白夜叉が手を叩くと、黒ウサギ以外の4人の前にそれぞれ輝くカードが現れた。

 名称をギフトカードと言い、所持者の名前とその恩恵名(ギフトネーム)が表示され、所持する物質的ギフトをカード内に収納できる超が付くほどの高級品だと黒ウサギが説明する。

 貞夫は自分も貰っていいものかと考えるが、帰る時に返却すればいいかと思いこの場は黙って受け取る事にした。

 飛鳥と耀が互いのカードを見せ合う。飛鳥のカードの色はワインレッドで恩恵名(ギフトネーム)は『威光』、耀はパールエメラルドで『生命の目録(ゲノム・ツリー)』──先ほど見せたペンダント──の他に『ノーフォーマー』という謎の恩恵(ギフト)の名前が記されている。

 しかし一番謎なのは十六夜の物だった。

 コバルトブルーのカードには、『正体不明(コード・アンノウン)』とだけ書かれていた。

 白夜叉によれば、全知の一遍であるギフトカードが解析できないなどあり得ないとの事。

 白夜叉が頭を捻っている後ろで、貞夫も自身のギフトカードを見て痛む頭を抱えていた。

 乳白色のカードにはただ一文、『聖なるムスコ(エターナル・チェリーボーイ)』と記されている。

 何だこれは、イジメか。ダサい上にまんまじゃないか。しかもエターナルって何だよ、勝手に生涯童貞宣言するんじゃないよ。心中でカードの製作者に文句を言う。

 貰う物も貰った5人は元の白夜叉の私室に戻された。店外に出ると外はすっかり夕暮れ時に染まっている。

 

「ところでゲームに勝ったんだから店員さんを貰えるんですよね」

「直接勝ったのはそこの娘であろう」

 

 白夜叉に向かって揉み手をしながら要望するが、素気なく断られた。

 確かに挑戦者には加わったが、実際は観戦してただけで何もしなかったのだから当然だろう。

 まんまと口車に乗せられた自分が恨めしい。ガクリと肩を落とすがすぐに立ち直ると宣言する。

 

「まあいいさ、恋愛なんて自分で成就させなきゃ意味がないもんな。自力であの人を振り向かせてみせるよ」

 

 白夜叉はその言葉に満足したように微笑みを向けた。

 

「あ奴は仕事もできるし細かい所にも気が回る器量よしだ。ちょいと堅物な所もあるが、いい女だよ」

 

 そんな話をしていると、当の女性店員が店の奥から姿を見せた。貞夫と視線が合うと恥ずかしそうに顔を背ける。

 

「お帰りのようでしたので、一応お見送りをと……」

 

 何となく言い訳がましい言葉を紡ぐその様を、白夜叉は楽しそうに見つめる。

 耀たちが白夜叉と話し始めたので、貞夫は一人その場を離れ店員の正面に立った。

 

「今日は色々すいませんでした。あの時は舞い上がっちゃって」

 

 深く頭を下げる。突然やって来た見知らぬ男にいきなり求婚されては相手もいい迷惑だったろう。もっと手順を踏んでゆっくりと仲を深めなければ、と反省する。

 店員は「いえ」とだけ小さく呟くと、困ったような仕草を見せた。その様子がまた貞夫の心を温かくさせた。

 俯き気味の彼女の顔はわずかに赤らんでいるようにも見えるし、射し込む夕日の色による錯覚にも思える。どちらにしろ、こんな間近で女性のこんな顔を見たのは初めてだ。この世界に来れて良かったのかもしれないと貞夫は何にともなく感謝した。

 しかしこの後の会話が続かず、微妙な空気が2人の間に流れる。

 女性には嫌われるばかりで会話らしい会話をした事が無かったので、何を話せばいいのか分からない。そうこうしてる内に白夜叉の方では話が終わったようで、全員でこちらに向かってきた。

 お別れの時間が来たようだ。名残惜しさを感じながら貞夫は店員に別れの言葉を告げ、一行はサウザンドアイズを後にした。

 帰りの道中、散々4人から冷やかしの言葉を貰ったが、言い訳はしなかった。

 ただの一目惚れだが、人が恋に落ちる理由には十分だろう。

 そして貞夫は、肝心の店員の名前を聞き忘れた事を、ノーネームの敷地前に来た所で思い出した。

 

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