30歳の童貞男も来たそうです   作:ほろろぎ

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第8話 今後の方針の話し合いだそうですよ?

 サウザンドアイズを後にした一行はガルドと一悶着あったカフェの前を通り、1時間ほど歩き続けてノーネームの居住区画へと繋がる門の前にたどり着いた。

 本拠の館へは門を抜けてからもさらに歩かなければならないらしく、その敷地の広さはかつてのノーネームの勢力の一端を思わせた。

 館までの道程には魔王との戦いの名残があるらしく、黒ウサギは戸惑いながらゆっくりと門を開けた。

 乾いた風が砂埃と共に扉の向こうから吹き付け、全員顔を庇うように手で風を受ける。

 辺りに広がる光景を見た黒ウサギ以外の4人が息を飲んだ。

 広大な土地は干上がったような荒れた地面が剥きだしになっており、朽ちた木々が疎らに点在し、建築物は廃墟と化し蜘蛛の巣が張っていた。

 ここだけが数百年の歳月をかけて荒廃した様な雰囲気だった。

 本来、大地や自然物にはマナと呼ばれる神秘的なエネルギーが宿っているものだが、この土地からはそれが一切感じられない。例えば森が枯れたりしてもマナが枯渇するのは一時的なもので、その周囲に漂うマナがやがて充満していき森は復活する。

 だというのに、この場所は空気中にも一切のマナが存在しない。

 何らかの力がマナの流入を阻んでいるかのようだった。

 黒ウサギによれば、ここで魔王とのギフトゲームが行われたのは僅か3年前との事。

 しかしこの荒れ具合は膨大な時間をかけて自然に崩壊したようにしか見えないと十六夜は言う。

 

「もしかしたら、時間を操る類の恩恵(ギフト)が使われたのかもしれないな」

 

 貞夫が意見を述べた。魔王の未知の戦力に、飛鳥も耀も厳しい顔をする。

 魔王がこの土地をあえて残したのも、自らの力の誇示と、力を持った人間が逆らえないようにするための見せしめの一環だという。

 想像を超えたその爪痕に、さしもの十六夜も僅かに冷や汗をかいていたが、それでも強がるように笑みを見せた。あるいは本当に魔王の力を楽しみにしての事かもしれないが。

 

 5人は廃墟を抜けて貯水池へと向かった。

 十六夜が世界の果てで蛇神に勝利し受け取った、水樹の苗と呼ばれる水を生み出すアイテムを設置するためだ。

 貯水池ではジンを筆頭に、ノーネームの子供たち20人ほどが道具を手に水路の掃除を終えた所だった。 黒ウサギの姿を確認した子供たちがワッと黒ウサギの周りに群がる。

 来訪者4人を紹介しようと黒ウサギが指を鳴らすと、子供たちは軍隊のごとき動きで一列に綺麗に並んだ。よく躾けられてるなぁと貞夫は感心する。

 子供たちはキラキラと瞳を輝かせながら4人を見つめる。十六夜たちはその数の多さに少し圧倒されているようだった。

 コミュニティはプレイヤーのもたらす恩恵によって支えられているため、ゲームに参加できない者はプレイヤーを支え尽くさねばならないと黒ウサギは子供たちに説明する。

 飛鳥はもっと軽い気持ちで接してくれればいいと言うが、それでは子供たちのためにならないと黒ウサギは出会ってから初めて見せる厳しい表情で断じた。

 その後は4人の紹介も終わり、水樹を備えると湖ほどの大きさがある貯水池になみなみと水が注がれた。今までは水を確保するために、子供たちがバケツを持って離れた川まで歩いて汲みに行っていたそうなので、これで水に関しては心配する必要が無いとなり皆喜びを露わにした。

 そうこうしている間に時刻は深夜となり、辺りはすっかり暗くなってしまった。といっても空には無数の星が輝いているため暗闇というわけではない。

 本館に入った5人だが、まずは風呂に入りたいという飛鳥たちの要望で黒ウサギは湯殿を見に行った。しかし長い間使われていなかったため酷い有様のようで、子供たちを引き連れ慌てて掃除しに引き返した。

 その間貞夫たちは来客者用の貴賓室で休憩していた。貞夫は眠る様にソファーの上に両足を投げ出して目をつむっている。その横では十六夜に向かって三毛猫がニャーニャーと喚き、耀がそれをたしなめていた。

 30分ほど経った所で黒ウサギが戻ってくると、まずは女性陣が風呂に入る事になった。

 

「んじゃ、俺らも行くとするか」

 

 黒ウサギ達が退室したのを見計らって十六夜が声をかけた。貞夫は閉じていた目を開け十六夜を一瞥すると、面倒そうに上半身を起こした。

 

「外に妙な気配は感じてたが、やっぱ敵かな?」

「だろうな」

 

 このタイミングでやって来る相手と言えばフォレスガロの構成員くらいか。

 本館の脇に建つ別館、そこには120人の子供たちが住んでいるのだが、その近くを10数個の気配がうろついている。

 ガルドはゲームを有利に進めるため対戦相手から人質を取る事を繰り返していたというから、今回もノーネームの子供を攫いに来たのだろう。感じる気配の強さからして、寄越されたのは下っ端の使いっ走りか。

 これなら十六夜一人でどうにでもなるが、気づいていながら無視するのも引け目を感じるので、貞夫も渋々別館の正面に同行した。

 しかし、待っていても襲撃者はなかなか出て来なかった。いなかったというわけではなく、すぐ目の前の茂みから姿を見せないという意味だ。

 こちらの戦力が分からないため手が出せないのだろう。痺れを切らした十六夜は、小石を拾い上げると茂みに向かって軽く指ではじいた。

 それは凄まじいスピードで着弾すると、砲弾が炸裂したような轟音を辺りに響かせた。

 その音に目を覚ましたジンが慌てて2人の元にやって来る。煙の中からも何人かの人影がフラフラと出てきた。侵入者は仲間内で何事か話すと、全員がこちらに向かって頭を下げた。

 

「恥を忍んで頼む! フォレス・ガロを完膚無きまでに叩き潰していただけないでしょうか!」

「嫌だね」

 

 突然の申し出を十六夜は即答で断った。侵入者はフォレスガロのメンバーではなく、人質を取られ無理矢理従わされていただけだという。

 

「その人質もうこの世にいねぇから。はいこの話題終了」

「十六夜さん、何て事を……!」

「オブラート!」

 

 何の感情も込めず事実をありのまま告げる十六夜にジンは怒り、貞夫も言葉を選べと声を上げた。

 

「気を使えってか? 殺された人質を攫ってきたのは、他でもないコイツらだろうが」

 

 十六夜は冷たく突き放す。侵入者たちもその言葉に皆項垂れた。

 

「事実だとしても、それは言っちゃダメ」

 

 貞夫は十六夜の肩をつかむと少し強い口調で言った。

 

「この人たちはやらされてただけなんだ。悪いのはガルドだよ」

 

 貞夫が侵入者たちを庇うように十六夜の前に立つ。

 

「誰もが君の様に強くいられる訳じゃない。弱い人たちの事も考えてあげてくれ」

 

 いつになくハッキリとした態度の貞夫に、十六夜も肩をすくめそれ以上は何も言わなかった。

 しかし侵入者たちを見ると、何か思いついたようで僅かに口元を釣り上げる。

 

「お前達、フォレス・ガロが憎いか?」

「当たり前だ! 俺達がこれまでどんな目にあってきたか……」

 

 しかし相手は自分達よりギフトの格が上であり、魔王という後ろ盾もあっておいそれと手が出せない。万が一ガルドには勝てても魔王相手では為すすべがない。

 

「その魔王を倒すためのコミュニティがあるとしたら、どうする?」

 

 十六夜の言葉に全員が顔を上げる。あっ、と貞夫は彼の企みを察し、同時に嫌な予感を覚えた。

 

「このジン坊ちゃんが、魔王を倒すためのコミュニティを作ると言っているんだ!」

 

 静寂の中、声高らかに宣言した。侵入者もジンも驚きの顔で、貞夫はまたかという諦めの顔で十六夜を見つめる。

 

「僕らはコミュニティの名と旗を奪った魔王だけを……!」

「これまで大変だったなお前ら。だが安心しろ。

明日のゲームでジン・ラッセル率いるメンバーがお前達の仇を取ってくれる!」

 

 慌てて訂正しようとしたジンの口を塞ぎながら、十六夜は言葉を続ける。

 

「その後の事も心配するな。何故ならこのジン・ラッセル率いるノーネームが

魔王とその傘下を倒し、全てのコミュニティを救うために立ち上がったのだからな!」

 

 十六夜に煽られた侵入者たちは口々にジンにエールを送り立ち去って行った。

 残されたのは満足げな十六夜と呆然とするジン、そしてジンにかかる今後の負担に同情する貞夫だけだった。

 

 3人は一旦貴賓室に戻る。ドアを閉めた途端ジンが開口一番、十六夜への怒りを発した。

 

「どういうつもりですか!」

「打倒魔王が、打倒全ての魔王とその関係者になっただけだろ」

 

 十六夜が何でもないといった風に答えた。

 

「コミュニティの入口で、魔王の力の恐ろしさを見たはずでしょう!?」

「あんな面白そうな力を持った連中とゲームで戦えるなんて最高じゃねえか」

 

 心底楽しそうな十六夜にジンは、自分の体が奈落の底に落とされるような気分を覚えた。

 

「十六夜さんは自分の趣味のためにコミュニティを滅亡に追いやるつもりですか!?」

「ジンくん、それは違うぞ」

 

 思わず叫び声を上げるジンに、それまで黙っていた貞夫が訂正に入った。

 

「何か考えがあっての事なんだろ?」

 

 いくら問題児とはいえ、自分の快楽のためだけに大多数の人間を巻き込むような男とは思えない。

 

「御チビは俺達を呼び出して、どうやって魔王を倒すつもりだったんだ?」

 

 十六夜の問いに、堅実にゲームをクリアしていけば報酬の恩恵でコミュニティは大きくなっていくと答える。

 しかしその方法では、余りにも時間がかかりすぎる。それ以前にノーネームではゲームの参加自体を拒否されてしまう事だってあるのだ。

 十六夜も、それはやって当然の大前提で、問題はどうやって魔王に勝つかだと述べる。

 

「あとは強力なギフトを持った人材を集める事くらいかな」

 

 君たちの様な、と貞夫が十六夜に目を向けた。

 しかし名も旗も無いコミュニティに、そんな有力な者が集まるはずもない。

 こうなれば後はリーダーの名前を売り出すしかないと十六夜はジンを指さし言う。

 打倒魔王を掲げた少年とそのコミュニティが1度でも魔王一味に勝ったという実績があれば、それは波紋となり、魔王のみならず同じく打倒魔王を胸に秘めた者たちにも届く。

 そうなれば共に魔王と戦おうとする者も現れるはずだと。

 

「どーよ、分かりやすいだろ?」

「確かに、プラカード掲げて街中をうろつき回るよりは、よっぽど効果的だ」

 

 しかし相当に危険な手段であることも確かだ。

 なにせ無関係の魔王勢力も一手に引き受ける事になるのだから。

 貞夫は内心この提案を止めたかった。まだ11歳の子供に背負わせるには余りにも大きすぎる責任だ。しかしこの場は状況を静観する事にした。所詮自分はただの客人、口出しできる立場ではない。

 

「……一つ条件があります」

 

 しばしの逡巡の後、ジンが口を開いた。

 

「今度開かれるサウザンドアイズのゲームに出場してください。それには昔の仲間が出品されるんです」

 

 出品という単語に貞夫は眉をひそめた。話しには聞いたが、本当に人間も商品として取り扱っているらしい。嫌悪感を抱くが、それがこの世界のルールだというなら仕方ないのかもしれない。

 ジンが、その仲間は元魔王なのだと続ける。かつてのノーネームは魔王を倒し隷属させていた。

 そしてそれほどの力を持ったコミュニティすら滅ぼせる魔王が存在する事実に、貞夫は箱庭世界の広大さを思い知った。

 

「十六夜さんの作戦には多くの戦力が必要です。そのゲームで力を示し、強大な仲間を取り戻す事が出来れば、僕も十六夜さんの作戦を指示します」

「いいぜ、交渉成立だ。」

 

 覚悟を決めたジンの言葉に十六夜も満足気に笑みを浮かべる。

 

「そのためにも明日のゲーム勝てよ。でないと俺の作戦は成り立たないからな」

「はい」

 

 力強く頷くジン。貞夫は両肩に無言のプレッシャーがかかるのを感じ、ウッと呻くと肩を落とし諦めの表情を浮かべた。

 

「もし負けちまったら、俺コミュニティ抜けるから」

 

 笑顔でそう言い残すと、十六夜はさっさと貴賓室から出て行った。

 残されたジンがしばらく呆けた顔をした後、言葉の意味を理解すると同時に驚きの声を上げた。

 あたふたと慌てるジンを落ち着かせようと貞夫は肩に手を置く。

 

「大丈夫、あんな事言うのも信頼の裏返しだよ」

 

 多分、と心中で付け加える。

 

「僕も出来る限りの事はする。だから、まぁ……お互い頑張ろう」

 

 帽子のつばをつかみグッと被り直すと、視線だけジンに向け、安心させるように無理に口元に微笑を浮かべてみせた。

 この世界に来てから不本意の連続だ。いくつトラブルに巻き込まれたのだろう。

 だが1人の大人として、子供だけを危険な目に会わせるわけにはいかない。

 私室に入った貞夫はベッドに倒れ込むと、明日のゲームの内容に沸き起こる不安を振り払うように頭から布団を被った。しかしゲームに対する緊張か、いつもと違う環境に置かれたためか、思うように眠る事が出来なかった。

 ボンヤリとした頭に聖書のある一説が思い浮かぶ。

 

『私が来たのは平和をもたらすためではない、剣をもたらしに来たのだ』

 

 はたして十六夜の提案はコミュニティに平穏をもたらすのか、それとも果てしなき闘争への道か……。

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