リンネさんとシュラさんがまた仕事にそれぞれ戻ってから、俺とドロテアさんは再び仕事に戻った。ドロテアさんはウェイブが持ってきたレポートに目を通しながら何かを書いたり計算しているようだ。
ただ、集中力がずっと続くわけでもない。適度にコーヒーやお茶菓子をつまみながら、仕事を続けた。
ドロテアさんは西の王国のことや、錬金術の初歩的なもの、俺の知らないことをどんどん話してくれる。
俺にとっては新しいことばかりで、興味を持ってなんでも聞けた。
コース料理などの初歩的なマナーなんかも結構面白かったし、危険種の食べ方とかもタメになった。
「しかし、イェーガーズのセリューといったか、中々に激情家じゃなぁ。見ていて青臭かったぞ」
「そうですか?俺はその・・・セリューさんが言いたいことも分かったんですけど・・・」
「世の中、清濁併せ吞まないとな。綺麗なものだけで人間は生きていけんぞ」
「そうなんですかね?悪いことってなるべく少ないほうがいいじゃないですか」
綺麗なものだけのほうが、人間はみんな生きやすいと思う。
真面目に生きて、正直に生きて、善行を積むのがいいことなわけだし。そりゃあ、嘘も方便っていうのはあるだろうけど。
悪いことだって、あんまり無いほうが幸せだと思う。
「悪いものだけ、綺麗なものだけ・・・そんな風に偏ったものしか栄養を得なければ、人間として歪むぞー?妾はそれなりに酸いも甘いも経験してきたからのぅ」
「・・・そ、それなりですか」
「そうじゃぞ?綺麗なものだけしか見たり聞いたりしてないと、変に騙されやすかったり、正論だけで物事を論じて空気が読めないとか・・・幸せなことだけを経験して不幸を経験してないと、精神的に脆かったりするそうじゃからなぁ」
「・・・えーと、ドロテアさんってそれなりに年齢を重ねてるんですね。色んなことを経験してるというか」
俺がそう言った直後にドロテアさんが俺の顔を掴んできた。ものすごい握力というか頭蓋骨割れるんじゃないかという力だ。
「あ“だだだだだだだだだだっっ!」
「遠回しに“老いてる”と妾には聞こえておるがのぅ」
「す、すみませんでしたぁああああーーーー!!!」
そんなこんなでもう夕方になり、今日は研究所の仮眠室に宿泊することになった。
「それじゃあ、食堂で食べてきますか?俺、宮殿内の食堂で食べるの初めてで・・・」
「いや、今日の夕食は食べる場所が決まっておる」
別室とはどういうことなのか。
俺が疑問に思っていたら、ドロテアさんに手を繋がれて引きずられるようにしてついていくしかできなかった。
やってきた部屋に入ると、すでに先客が二人いるようだ。
一人は銀髪でかなり恰幅の良い中年の男性、もう一人は幼そうな少年だが、着ている服装からは貴族なのかと思わせた。
男性のほうは何故か既視感がある。なんだろうか・・・誰かに似ているのだろうか?
「おぉ、やっときたんですか。少し遅かったですね」
「すまなかったのぅ。ほれ、これがワイルドハントで試験雇用している奴じゃ」
どうやらドロテアさんと男性は知り合いらしい。
「あ、あの・・・ドロテアさん。この人は?知り合いですか?それにこっちの子はこの人のお子さんとか?」
俺がおそるおそる尋ねると、ドロテアさんはあっけらかんと答えた
「オネスト大臣と、皇帝陛下じゃ」
ドロテアさんの言葉を聞き、理解した直後に「失礼な態度ですみませんでした!!!」と土下座した。
背筋が凍るというか、首が落とされるんじゃないかと思って軽く走馬燈が脳内で流れてしまったほどだ。
「気にしなくても良いぞ。余も気にしておらぬからな」
皇帝陛下にそういわれて、すぐに背筋を正して立ち上がった。
「へぇ、そうですか。シュラが連れてきた試験雇用の人間が彼なんですね」
「そうじゃぞ。まだまだ拙いが、磨けば帝具を使える程度にはなるはずじゃ」
どう言われて、なんだか照れ臭くなった。
「今日は夕食を食べる予定じゃったからな。ついでに連れてきた。」
「陛下、かまいませんか?」
「余はかまわぬ。いつもは大臣と二人で食べているからな。賑やかな食事のほうが良い」
まさかオネスト大臣と皇帝陛下と共に食事をすることになるとは思ってもなかった。
ドロテアさんが今日の午後に初歩的なマナーの話をしたのはこのためだったのか・・・
皇帝陛下から、俺の故郷の話や仕事ぶりのことを聞かれ、たどたどしいながらもなんとか答えながら料理を食べていた。美味しいけど緊張で味がやや分からない・・・
・・・話の途中で何度か大臣が陛下に合いの手や話の切り替えをしていたが、大臣はこう、マナーとか関係なく食べていた。というか、ホールケーキ一個分をそのまま食べたり、大臣の食事分はかなり多かった。
俺の故郷の重税のことなどを話題にしようとすると、大臣がすかさず話の腰を折りにきたのは・・・気のせいではないと思う。
「今日は楽しかったな。タツミ、ぜひともワイルドハントの正規隊員になれるといいな」
「陛下・・・ありがとうございます!俺、頑張ります!」
皇帝陛下の言葉がとても嬉しかったと同時に・・・目の前の少年のことが、少しだけ心配になった。
食事が終わってから、ドロテアさんと二人で研究所へと戻る道すがら
「どうじゃ?この国の大臣と皇帝は」
「・・・その、噂通りなら、陛下は・・・」
「・・・摂政政治は良く聞く話じゃ。とはいえ、お主は今はここに入るつもりじゃろう?」
「・・・はい」
「妾としては応援はしておるが、リンネの意見も分からんでもない。タツミは随分と真っすぐなようじゃからなぁ。下手にイェーガーズの娘のように盲信するよりはえぇじゃろう?」
そう言って笑われてしまった。
・・・気を遣ってくれたのだろうか。なんというか、心配させてしまったのがすまないと思ってしまった。