ワイルドハント異伝   作:椿リンカ

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「これが帝都の現実なのか・・・」

オリヴァーさんの出張が終わり、ドロテアさんの仕事の手伝いが終わった頃にシュラさんから連絡があった。

ようやくリンネさんが、ワイルドハントの取り締まりに俺を連れて行ってくれるらしい。イゾウさんやシュラさんが進言してくれて本当にありがたい限りだ。

 

やっと実戦ができるんだ。ここで頑張らないと・・・そろそろ試験雇用期間も終了が近い。

 

「良かったなぁ、新人さんよ。帝都の悪いやつらがどんだけいるか、その目で見るといいぜ」

「は、はい。あー・・・緊張するというか不安というか・・・」

 

エリオットさんには激励されたものの、緊張するし不安も拭えない。

秘密警察ワイルドハントは、“悪人相手に拷問まがいのことをする”という話も聞いている。

・・・まぁ、それそのものよりも、帝都の人がそのことを“ざまぁみろ”という感情で語っていることのほうが、俺には少し怖かったけれど。

 

俺が噂を思い出していると、エリオットさんがこっそりと耳打ちしてきた。

 

「・・・それに、悪人相手に悪逆非道なことしてるメンバーもいるからな。あいつらもいつ他の帝都民にやらかすかもしれねぇから、気をつけろよ」

「・・・えーと、あの・・・」

 

エリオットさんも、リンネさんと似たような感じというか、同じ隊員を信用してないんだなぁ

 

「いざというときはお前が殺したらいいぜ。あいつら、お前のことは信用してるだろ?」

「そ、そんなことしませんって!っていうか、その、もう少し信頼したほうが・・・」

 

俺がフォローしようとすると、エリオットさんが眉を顰めて舌打ちをした。だが、すぐに明るい笑顔を浮かべて、俺にこう言ってきた。

 

「チャンプの野郎やエンシンは根っからの悪人だぜ?リンネがいるからって何もやらねぇ保障はないだろ。お前はこの中で一番才能があって強くなる。いや、絶対にお前は強いんだよ。だったら、悪い人間を殺し続ければ、お前は英雄にもなれるぜ?」

「っ・・・」

 

「みんなから認められて褒められるし、金だって稼げて故郷の奴らに仕送りもできるんだ。だからお前は、迷わずに悪人を斬れたほうがいい。な?そっちのほうがいいだろ?」

「・・・」

 

「悪人相手なんざ、何したって許されるんだよ」

 

・・・褒めてくれているのかもしれないが、なんだかとても恐ろしく感じた。

 

 

 

やってきたのはイヲカルという人間の屋敷だ。

調査資料を見せてもらったが、オネスト大臣の遠縁にあたるらしい。近しい人間ではないらしく、シュラさんも「そんな奴いたかな」程度の認識だそうだ。

 

「大臣の遠縁ですから、権力でもみ消すこともあるそうで・・・時間が掛かりました」

「そうですね。オネスト大臣にも了承を得たと聞きましたし・・・苦労したでしょう?」

 

「えぇ、まぁ・・・」

「オリヴァーさん、お疲れ様です。リンネさんも大変でしたよね」

 

セシルさんの言葉にオリヴァーさんがそう言いながら、苦笑していた。リンネさんはその言葉に何も答えずに、持っている帝具を握りしめていた。

 

「んでよ、侍らせてる女はどうすんだよ」

「護衛とイヲカル以外は一時保護をして帝都警備隊で取り調べになる。お互いに調査資料の提供をしているからな。警備隊長のオーガとの取り決めだ。代わりに護衛とイヲカルには“何をしてもいい”」

 

エンシンの言葉にリンネは冷たくそう返して、イヲカルの屋敷の門の前までやってきた。

 

「ドロテア、オリヴァー、チャンプ、エリオット、コスミナとセシルは屋敷の裏手に回れ。逃げる人間もいるだろうが、殺さずに捕まえろ。・・イェーガーズが協力のためにすでに待機している」

 

ドロテアたちがこっそりと屋敷の裏手に回る間に、リンネがコハルへと声を掛ける。

 

「コハルは帝具で正門を壊してほしい。護衛とイヲカル以外の人間が周りにいれば、コハルとアオイとイゾウで確保しろ。取り逃しても帝都警備隊が下で待機している。」

 

リンネの指示を聞きながら、タツミはシュラにこっそりと尋ねた。

 

「あの、なんかみんなリンネさんの指示をちゃんと聞きますよね。もっとこう、全員殺すとかやりそうだと思ってたんですけど」

「勤めている人間が全員グルならそれもあるぜ?・・・ただ、今回は帝都警備隊やイェーガーズの協力があるからだってよ」

 

「はぁ・・・協力体制だから、ですか?」

「あぁ。この間、貴族の屋敷の関係者を全員取り調べしたんだけどよ・・・それが酷いって進言した奴がいたから、今回はイェーガーズの隊長が進言して協力体制になったんだとよ」

 

シュラさんとこそこそと話している間に、コハルさんが帝具を構えて、一気に正門を壊した。

槍の帝具だと聞いていたが、威力は大砲並みに無いか、これ・・・?

 

帝具で壊した衝撃と爆音で、護衛らしき人間が6人と偉そうにしている中年の男がやってきた。資料に記載されていたイヲカルで間違いないだろう。

 

「なんだ突然!賊、か・・・・・・」

 

イヲカルは俺たちを見て顔を青ざめた。

 

「リ、リンネ様にシュラ様ですか・・・あ、あはは、大臣の御子息がどうしてここに?」

 

声を震わせながら、イヲカルはリンネさんとシュラさんに媚びるような視線を向ける。リンネさんはそんなイヲカルを睨みつけていた。

 

「ワイルドハントがここにくる意味ぐらい、貴様にも分かるだろう」

「・・・嫌ですね、なんのことだか。それに私はあなた方の、引いては大臣の遠縁ですよ?」

 

なんとか誤魔化そうとしているのかもしれないが、エンシンさんがイヲカルの横にいた護衛を蹴飛ばした。

 

「ったく、まどろっこしいな。んで、好きに殺してもいいんだよな?」

 

エンシンさんはそう言いながら、組み伏せた護衛の腕を容赦なく断ち切った。護衛の悲鳴が響き、床が血に染まっていく

 

「な、なにを・・・!!」

「あぁん?俺たちに逆らうってのかよ」

 

護衛達も構えるが、シュラさんは余裕があるようで口角をあげる。護衛達が5人がかりでシュラさんに襲い掛かってきたが、俺が助ける間もなく一人で伸していく。

 

・・・これ、俺の出番無くないか

 

というか、シュラさんに至っては倒れた護衛に更に追撃をしている。

 

「シュ、シュラさんもエンシンさんもちょっとあの、何してもいいって言われてても限度が・・・」

 

「・・・タツミ、まだお前にはこいつが何をしていたかの資料を見せてなかったな」

 

止めようとした俺に、イヲカルの腕を無理やり捻りあげていたリンネさんが声を掛けた。ずかずかと屋敷の中を歩くリンネさんの後をついていき、とある部屋の前にやってきた。

 

「開けてみろ」

「は、はい」

 

リンネさんに促されて扉を開ける

 

 

「・・・なんだよ、これ」

 

 

そこは、拷問室だった。床も壁も血の跡がこびりついていて、錆び付いた臭いで咽そうになる。部屋には、全裸の女性の死体が重なり合うように、無造作に部屋の隅に置かれていた。

まるでゴミか何かのような扱いだ。

 

死体は傷と血にまみれていて、局部からの出血や何かがこびりついている。

 

「このイヲカルは帝都で女を拉致しては護衛達と凌辱の限りを尽くして、拷問を加えていた。大臣の遠縁ということを利用して捕まえられなかったがな」

 

リンネさんはそう言いながらイヲカルを壁へと叩きつけた。

 

「ヒッ・・・」

「・・・やっと証拠が揃った。あの男も、お前を切り捨てるつもりだぞ?」

 

リンネさんの言葉にイヲカルは逃げようと走り始めた。俺が追いかけようとすると、リンネさんが帝具を構えた。

 

「メフィスト、やれ」

 

まるで帝具に話しかけているように命令すると、帝具の時計の針が動いた。

・・・気が付くと、またイヲカルがリンネさんに腕をひねりあげられていたのだ。

 

「!?」

 

イヲカルも驚いているし、俺も何が起こったのか分からなかったが・・・これがリンネさんの帝具の時間を巻き戻す能力か・・・!

 

「・・・・・・タツミ、お前は中に入るなよ」

「え?」

「あとは、中に誰もいれるな」

 

リンネさんはそう言って、イヲカルを連れて拷問室へ入ってしまった。

 

いったい何を・・・

 

そう思っていると中から豚のような悲鳴が聞こえてきた。どうやらイヲカルに対して何かをしているらしい。

静かになったと思ったら、何度も悲鳴が聞こえる。

 

・・・・・・あぁ、そうか

 

帝具の力で拷問しては巻き戻しているのか、あの人は。

 

あまりに恐ろしい行為だが、イヲカルはそれでも「私は悪くない!」「私はお前の血筋だぞ!」と弁明の言葉を吐き出しては拷問されている。

 

・・・謝罪の言葉は、一切聞こえない。

 

シュラさんが様子に気が付いてこちらにやってきた頃には、「殺してくれ」と懇願する声へと変わっていた。だが、時折「殺しても良いだろう!いくらでも殺していいはずだ!」とも聞こえてきた。

 

「おい、兄貴は?」

「・・・中、に・・・います」

 

「・・・みてぇだな。んでよぉ、実戦する間も無かったけど、現場体験はどうよ」

「・・・・・・帝都は、こんな奴らがいるんですね」

 

「・・・んー、まぁな。親父の周りなんてこいつの比じゃねぇのばっかだぜ」

 

その言葉を聞いて俺は唇を嚙み締めた。

 

「・・・・・・地方にいる帝国軍なんざ、盗賊を狩る仕事もしねぇからな。軍属よりは、ワイルドハントのほうが良いと思う。兄貴が認めるかどうかもあるけど、お前はどうだ」

 

「・・・俺は、分かりません」

 

「・・・そうか」

 

リンネさんが出てくるまで、シュラさんは俺と一緒に扉の前で待っていてくれた。

 

 


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