ワイルドハント異伝   作:椿リンカ

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『わたしを憎むような相手なら愛してやれますが、わたしのほうで憎しみをおぼえる相手となると愛するなんてできません。』
トルストイ



「人の恨みは恐ろしい」

エリオットさんが「涼みに行く」と言っていたが、しばらく宴会場に帰ってこなかった。

さすがに遅いと思い、外を適当に見てみるがエリオットさんの姿が見当たらない。近くにはいないようだが・・・なんだか嫌な感じがする。

 

「どうしたんだよ、ンな面してよ」

「エンシンさん・・・エリオットさんがいないんですよ。外に涼みに行くって言ってたんですけど」

 

「じゃあ真夜中の散歩ってやつじゃねぇのか?」

「それならいいんですけど・・・その、エリオットさんって見た目が子供ですし、人さらいに攫われたらって」

 

俺の言葉にコハルがさん「その前に帝具持ちなのよ、あいつ」とツッコミを入れられてしまった。

確かにエリオットさんは帝具持ちだけど・・・

 

「で、でも・・・なんか嫌な予感というか、あんまり良くない感じがして・・・」

「良くない?具体的に何か感じるのか?」

 

アオイさんに聞かれるが、具体的には分からないのでなんとも言い難い。こう、胸がざわつくというか、不安になるというか・・・なんだろう。自分でもよく分からない。

 

「と、とりあえずちょっと外出てきますね」

「それなら俺も行く」

 

俺が行こうとすると、チャンプさんも席を立った。どうやらついてきてくれるらしい。エリオットさんのことが心配なんだな。

ついてきてくれるのは有難い。まだ俺も帝都の街並みに慣れ切ったわけでもない。それにエリオットさんと行動を共にしていたチャンプさんがいれば、見つけやすいかもしれない。

 

「早く帰ってこいよ」

「はい!」

 

シュラさんに返事をして、俺とチャンプさんで夜の街を歩くことになった。

 

 

 

「しかしエリオットはどこに行ったんだろうな」

「さぁ・・・もしかしたら夜の散歩ってやつですかね」

 

チャンプさんとそんな会話をしながら歩いていると、どこからか何か聞こえた。チャンプさんと顔を見合わせて耳を澄ませてじっ・・・と聞いてみる。

・・・人の叫び声、のような、悲鳴に近いものだろうか。

 

「行きましょう!」

「・・・そうだな」

 

・・・首の後ろがざわざわする。嫌な感じがするのは気のせいだろうか。

 

 

 

着いたのは大きな廃墟だ。なんだか夜の廃墟ってすごい不気味だな・・・背筋が冷たくなってくるのは気のせいだろうか?

 

チャンプさんと共に廃墟の中を進むと、吹き抜けのある大きな空間へと着いた。

そこには大勢のニコニコと笑っている人々と、イェーガーズのセリューさん、ランさんがいた。

 

・・・大勢の人たちの足元には、何かが転がっている。

なんだろうと目を凝らしてみると、どうやら人間らしい。それにしては手足が違う方向に曲がっているし、体中痣だらけでほとんど服も破られている。

 

「エリオット・・・!!」

 

チャンプさんがエリオットさんの名前を呼んだ。

・・・・・・あれが、エリオットさん?

 

「・・・来ましたね」

 

セリューさんが冷たく俺たちに言葉を向ける。

 

「てめぇら!!エリオットに何しやがった!」

「・・・私は、彼らの意思を尊重しただけです」

 

「チャンプさん」

 

激昂するチャンプさんに対して、ランさんが穏やかに話しかけた。

 

「私や彼らは、貴方に子供を殺された遺族や関係者です」

「!」

 

「・・・それだけ言えば、なぜエリオットさんがこうなったか、分かるでしょう?」

「てめぇら・・・てめぇら卑怯なことを!!」

 

チャンプさんはそう言って、怒るが・・・・・・ランさんとセリューさん以外は、にこにこと、なぜか笑っている。

睨みつけてもないし、罵声も浴びせてない。見た目は怒っているようには・・・エリオットさんを傷つけていたとは思えない。

 

ランさんが続ける。

 

 

「彼らは貴方を殺しませんし、貴方に反撃もできません。・・・ただ、貴方と同じことをしただけです」

 

 

その言葉に彼らに殴りかかろうとしたチャンプさんが止まった。

 

「貴方が今、感じているものは、貴方が私や彼らに与えたものです。辛いですか?悲しいですか?怒りを抱いていますか?許せないと思っているんでしょう?なんで弟がこんな目に・・・なんて、思っているんでしょう?」

 

言葉の節々から怒気が籠っているのがわかる。

にこにこと笑っている人々が、口を開いて何かを言い始める。

 

「殺したいなら、殺してかまわない。これでやっと息子のところへいける」

「好きに殺せばいい、だってお前はそうやって娘を殺したんでしょう?」

「そうやって、妹を殺したんだろう?」

 

「私たちの大事な子供を、こうして奪っただろう?」

 

にこにこと、にこにこと笑いながら、そう話しかける。

 

「・・・わしらを殺したところで、もうお前の大事な弟は戻ってこないがの」

 

老人が、にこにこと、とても嬉しそうに笑ってそういった。

 

 

 

「お前の幸せを奪えて、もう満足だ」

 

 

 

遺族の誰かが言った言葉に、ぞっとした。

 

この人たちは笑顔で、本当に嬉しそうにそう語っている。

 

 

「チャンプさん」

 

 

ランさんがチャンプさんへと声を掛ける

 

 

「子供が大人にならないようにしていたなら、貴方の傍にはずっと子供のままの弟さんがいたじゃないですか?」

 

 

チャンプさんがランさんへと視線を向ける。

 

 

「貴方の弟さんは、貴方の理想そのものじゃないですか」

 

 

「そ、れは」

 

 

「結局貴方は、自分より弱い相手を虐げたかった・・・貴方を虐げた人間と、一緒なんですよ」

 

 

満面の笑みを浮かべ、彼はそう言い切った。

 

「・・・・・・ラン、時間です」

「えぇ。それじゃあ皆さん・・・皆さんの遺志は、受け継ぎます」

 

 

そう言うと、ランさんがセリューさんを抱えて、帝具で飛び去っていく。

 

「ちゃ、チャンプさん!」

「・・・」

 

顔が青ざめているチャンプさんに声を掛けるが、何も答えない。

 

・・・・・・周りでは、何もしないまま、にこにこと人々が笑っている。

 

 

 

人の恨みは、なんて恐ろしいものなんだろうか

 

 

 




ロッドバルト「あともう少しだけ試験雇用編が続きます。それでは」

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