ワイルドハント異伝   作:椿リンカ

37 / 51
許しとは、悪の問題を取り除くことではなく、悪の存在を認め、悪を含みつつそれを変容させる機会を持つことである。 (エリザベス・ボイデン・ハウズ)


「俺の、今、答えれること」

 

イエヤスとサヨの誘いを断り、連絡ができるところだけ教えて・・・その日は詰所ですぐに眠った。

本当は一緒に行きたかった。また三人で一緒に村に仕送りをして、ご飯を食べて、それで・・・三人で一緒にいたい。

 

それは間違いじゃない。その気持ちだって俺にはある。

・・・村のために、善良な民のために何かをするのは、間違いではないのだ。この国は確かに腐っている。

 

けれど俺は・・・

 

 

国が腐っていても頑張っている人間がいることも知ってしまった

 

民衆のために、誰かのために軍から離反してまで信念を貫いた人間がいることを知ってしまった

 

生きるために足掻いた結果、悪事をしている人間がいることを知ってしまった

 

正当な恨みだとしても、尽きない恨みを抱えてしまう人間を知ってしまった

 

 

・・・俺は、もっと人間を知りたい。

 

 

 

 

 

次の日、俺はリンネさんの執務室へとやってきた。案内してくれた侍女の人にお礼を言ってから、ノックをして室内へと入る。

リンネさんは執務室の椅子に座って、書類を処理していた。

 

俺へと視線を向けて、彼は作業の手を休める。

 

「試験雇用期間が終わったな。最後は慌ただしかったが、どうだ?帝国がいかに腐っているか分かっただろう?」

「・・・はい」

 

「決まりだな。お前は民衆のことを大事に出来る人間だ。帝国にいるべきではない・・・こんなところにいたところで、自分の精神を削るだけだぞ」

「確かに、試験雇用期間中・・・きつかったですね」

 

 

「それなら話は早い。答えを聞かせてもらおう」

「リンネさん、俺・・・」

 

一呼吸おいて、俺は自分の答えをリンネさんに伝えた。

 

 

 

「ワイルドハントに入ります」

 

 

 

俺の言葉を聞いたリンネさんは珍しく呆気にとられていた。すぐに眉を顰めて俺を睨みつけて「もう一度言ってみろ」と聞き返してきた。

 

「・・・俺は、ワイルドハントに入りたいです」

 

もう一度言い直すと、リンネさんは小さくため息を吐いて片手で顔を隠すような仕草をしていた。

 

「・・・・・・いいのか」

「はい」

 

「正義の味方じゃないぞ」

「知ってます」

 

「悪人ばかりだ、ろくでもない奴等しかいない」

「確かに、善人というには少し困った人が多いですね」

 

少しだけ彼らのことを思い出して苦笑いをしてしまう。

そう、善人ではないのだが・・・すくなくとも、全部が悪人でもない。

 

「・・・・・・この国は腐敗している」

「・・・それなら、俺たちが治せばいい。できるかどうかは、分かりませんが」

 

もしかしたら失敗するかもしれない

イエヤスやサヨがナイトレイドに誘ったように、外から壊してしまうのが正しいのかもしれない

 

「敵は多いぞ。戦闘だけじゃない、政治も関わってくる」

「強くなります。元々俺はブドー大将軍みたいな人に憧れてましたから。政治は・・・頑張ってみます」

 

「・・・ワイルドハントの有様も歪んでいる。抑止力が無ければ無法者の集団になる」

「もしもそうなったら、俺が止めます」

 

止めれるか分からないが、止めれるように

 

俺はここで、強くなりたい

 

「・・・」

「・・・俺は、ここを選びます」

 

リンネさんは俺への詰問を終えると、黙り込んでしまった。

 

確かに俺はリンネさんの言うとおり、今のこの帝国で働くことは向いてないだろう。国を変えるために外から壊したほうがいい可能性だって捨てきれてない。

 

でも、俺はここで学んだことがあって・・・ここにいたいと思ったのだ。

 

「リンネさん、俺、確かに今の帝国で働くのは向いてないかもしれません」

「・・・じゃあ、なぜわざわざこんな組織に残るんだ」

 

そう聞かれてしまった。

 

・・・うまく説明できるかは分からないけれど、俺が思ったことを伝えてみよう。

 

「俺は、最初は善悪ってはっきりしたものだと思ってたんです。良い奴と悪い奴がいるだけだって。・・・実際はそうじゃない、誰だって良いところも悪いとこもあるって気が付いたんです」

 

リンネさんは静かに俺の言葉を聞いている。俺もゆっくりと、頭の中で喋ることを整理してから、自分が考えてたことを言葉へと変換する。

 

「・・・世の中は、いや・・・人間は、はっきりしてないほうが多いんだって気が付きました」

「・・・」

 

「悪人だって、家族や友人を大事にするし・・・善人だって、誰かを殺すほど憎んだり恨んだりする」

 

俺はここにきて、それを知った。

 

たった一面しかないなら・・・悪人は悪人で、善人は善人という簡単なものだったら、もっと楽に考えただろう。

 

「ワイルドハントで試験雇用されて、俺はいろんなことを知ることができました。もしも、最初に会っていたのがイェーガーズの人たちや・・・革命軍の人だったら、違っていたかもしれませんね」

 

それだけはリンネさんに伝える。

 

 

「でも俺が最初に出会ったのがここだったから・・・もっと俺は、学ぶことがあります。だから、お願いします」

 

 

それだけ伝えて俺はリンネさんの返事を待った。

 

しばらく・・・どれぐらい経ったか分からない。だが、リンネさんは重い口を開いて「わかった」とだけ答えた。

 

 

 

「・・・そこまで言うなら、かまわない」

 

 

 

「!」

 

 

 

「ワイルドハントに、入隊することを許可する」

 

 

 




ロッドバルト「これで試験雇用編は終了です。次回は番外編ですよ?」

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。