ワイルドハント異伝   作:椿リンカ

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ロッドバルト「人間なんて、自分が傷つけられたことには敏感な癖に、自分が傷けられることには鈍感なんです。自分が傷つけられたことがあるのに、他人には平気で傷つけるんです。おかしいですよね、自分がされて嫌なことを、平気で他人にはするんですよ?」


「僕が守るから、安心してね。姉さん」

【タツミ視点】

 

前大臣チョウリ様が娘さんを伴って帝都宮殿に復職するとの連絡を受け、護衛として俺と、イゾウさん、コスミナさん、そしてセシルさんの四人が担当することとなった。

 

アオイさんは不服そうにしていたが、リンネさんが「同じ組み合わせでしか戦えないならチームとして戦うつもりが無いとみなす」と言ったことでなんとか納得してくれた。

 

アオイさんはいつもイゾウさんと一緒に行動したいらしいが、リンネさんはそういったものを我が儘だと思っているようだ。

うーん、確かに襲撃されたりした時に困るもんな。仲間の誰とでもそれなりに連携をとれるようにしないといけない。

 

ナイトレイドは帝具使いの集まりだと聞く。

もしかしたらイエヤスやサヨも帝具を持っているかもしれない。

戦うのはもちろん嫌だ。あの二人は俺の大事な幼馴染なのだから。

それに俺だって、どちらかと言えば民衆のために戦うほうが性に合ってると自覚はしてる。

 

「タツミちゃん、考え事ですか?」

 

考え事をしているとコスミナさんに声を掛けられた。

 

「えっ、あ、はい!すんません!」

「姉さん、タツミ君も緊張してるんだよ」

「そうなんです?」

 

セシルさんの指摘通りだ。

ただの護衛任務だけど、緊張している。人を殺すことは覚悟していたが、これは初めての遠征任務になる。

しかも護衛対象は前大臣とその娘・・・緊張しないわけがない。

 

「リンネ殿の指揮する秘密警察と聞いていたが、初々しい若者もいるものだな」

 

チョウリ様が少しリラックスしながらこちらに話しかけてくれた。

 

「あのっ、はい!タツミといいます!この間、帝都に来たばかりで…外にいるイゾウさんたちより経験は少ないけど、頑張らせてもらいます!」

「ははっ、そう堅苦しくしなくていい。帝都にもまだ、有望な若者はいるようだな」

 

「リンネ殿の指揮下にいる方なら安心します。あの大臣の息子ですが反大臣派ですから。それに任せてください!いざとなれば私も戦いに参加します」

「え?えっと、スピア、様もですか?確かに武器はあるみたいですけど・・・」

 

チョウリ様の娘であるスピア様が誇らしげに「こう見えて皇拳寺に認められていますので」と返してきた。

 

皇拳寺、と聞いてあのときのことを思い出した。

あの惨状と悲鳴と、謝罪もなく開き直った叫び・・・リンネさんを少し怖いと思ったときのことだ。

 

「ふむ、娘はこう言ってるがおかげで嫁の貰い手がなぁ」

「うっ、わ、私だってあれですよ?気にしてないわけじゃないけですけど!でもほら、殿方のほうが先に引いて・・・」

 

「スピアちゃんも可愛いですからすぐにお婿さんも見つかりますよ!ね、セシルちゃん。可愛いと思いませんか?」

「えっ、ぼ、僕に聞くの?えぇっと、そうだな・・・」

 

そんな会話をしているうちに馬車がいきなり止まった。何かあったのかと馬車から降りると、そこにはエスデス将軍の配下である三獣士の二人・ダイダラとニャウが道先に立っていた。

 

「おー、まじでワイルドハントもいやがった」

「好きにしていいって言われてたし、いいよね?」

 

「いいのかよ、お気に入りの坊主もいるのに」

「僕らに殺されるぐらいの弱い奴なんか、エスデス様に気に入られる価値もないよ」

 

チョウリ様が雇った他の護衛たちも武器を構え、外で馬に乗っていたイゾウさんも江雪を構えている。

まさか、エスデス将軍の部下が・・・同じ帝国の人間なのにどうしてだ!?

 

「セシルちゃん、どうやら喧嘩を売られたようですね。」

「チョウリ様、スピア様は僕と姉さんが守ります。タツミ君は前線でイゾウさんと・・・」

「いやっ、待ってください!あれってエスデス将軍の・・・」

 

俺が慌ててセシルさんたちに事情を聞こうとすると、笛の音が聞こえてきた。少し力が抜けるような感覚を覚えてすぐに視線を三獣士の二人に向ける。

 

ニャウと呼ばれていた小さな青年が笛を吹いている。

 

「ふ、笛?!」

「軍楽夢想スクリーム・・・っ!あれて護衛の皆さんの力を削いでるんです!」

 

セシルさんに説明され、すぐに剣を構えた。

 

どうやらイゾウさんは帝具の影響をあまり受けてないらしい。それどころか、目の前の二人に対して、笑っていた。

 

「江雪、そろそろ食事の時間だ。」

「おっと、そっちのアンタはかなりの手練れだな。いい経験値になるぜ」

 

どうやらダイダラのほうはイゾウさんが相手をしてくれるらしい。

と、なると俺はあっちのニャウのほうか。同じ帝国の人間なのに、なんでこんな真似をするのか聞かないとな。

 

ふと、後ろから聞きなれた楽器の音がした。

 

「音で相殺しました。眠ってしまった護衛の皆さんは仕方ありませんが、これでもう後方支援なんかさせません」

「そっちのダッサイ楽器の少年、よくやるじゃん・・・あーあ、腹が立つなぁ」

 

どうやらセシルさんが帝具で相殺してくれたらしい。

チョウリ様とスピア様はセシル君が庇っているが、スピアさんが武器を構えているのをチョウリ様が止めている。

 

早くしないと無理にでも戦いかねない。

強さを疑っているわけでもないが、あくまでも護衛対象だ。戦わせるわけにはいかない。

 

「僕は残りの雑魚を倒すからそっちはよろしくね、ダイダラ」

「おう!」

 

ダイダラがイゾウさんに向かっていく間に、俺はニャウに斬りかかる。しかし帝具【軍楽夢想スクリーム】で防がれてしまった。

 

楽器とはいえ、帝具だ。耐久性は並大抵のものではないらしい。

 

「未熟なくせに帝具持ちなんて笑わせないでよ、それ、保管庫にあったなまくらじゃん」

「んな話はどうでもいい!なんで同じ帝国の軍人がこんなこと・・・!」

 

「さぁね!」

「このっ・・・」

 

競り合いをしているうちに、コスミナさんが背後に見えた。コスミナさんの帝具【大地鳴動ヘヴィプレッシャー】で攻撃するのだろう。

距離を離して避けたが、向こうもすぐに気がついたらしい。ニャウは軽々と避けてしまった。

 

「そっちの女の子共々、楽しみが増えたよ。顔の皮を2つも剥げるなんて今日はラッキーだね」

 

顔の、皮・・・?!

 

「さて、使いたくなかったけどやるしかないか」

 

そう言いながらニャウが笛を吹き始める。みるみるうちに小さな体が逞しい体つきになっていく。

 

「なっ、なんなんですかー?!イイ男だと思ったら変身しちゃいましたよ?!」

「じ、自分の強化までできんのかよ・・・!」

 

本当に帝具ってのはデタラメ過ぎる。ただの後方支援かと思ったら、あんな奥の手があるなんて!

 

「ふぅ・・・あんまりこの姿にはなりたくないんだけどなぁ」

 

そんなため息を吐きながらも、・・・こちらに向かってきた。

 

「くそがっ!」

 

なんとか攻撃を帝具で凌ぐが、先程とは攻撃力があまりにも違う。

 

「エスデス様に気に入られるなんてっ、お前みたいな田舎臭いガキが・・・!」

「んなこと知るかっ・・・!」

「ここでついでにお前を殺せば、エスデス様だって目が覚めるはずだ!」

 

とんだ言い掛かりだ。向こうが勝手に気に入っただけで、俺は何もしていない。

というか、そんな私怨で殺されるなんてたまったもんじゃない

 

「タツミちゃん!」

「!」

 

コスミナさんの声にすぐに攻撃を弾いてよける。今度こそニャウにコスミナさんの攻撃が当たるかと思ったが奴は高く飛び上がって避けてみせた。

 

すぐさま奴は・・・コスミナさんへと距離を縮める。

 

「さっきからうざいんだよ。先に殺しておくか」

「っ!」

 

ニャウの攻撃がコスミナさんへと繰り出される。少しは避けていたがコスミナさんの首をニャウが掴んだ。

 

「コスミナさん!」

 

「っあ、・・・!」

「生きたまま剥ぎたかったけど、首折ってさっさと済ませるか」

 

無慈悲な言葉に俺はすぐに飛び掛かろうとしたが、すぐ音が聞こえた。

 

音楽、というにもあまりに攻撃的な【音の塊】だ。

 

「ちっ、なんだ?!」

「セシルさん、何を・・・」

 

異変はすぐに起きた。眠らされた護衛たちの体が一ヶ所に集まっていく。一ヶ所に集まるだけではなく、混ざるようにまとまっていった。

骨の折れる音から体液が混ざる音、途中で目が覚めたであろう護衛の悲鳴がその場に響いた。

 

肉の塊、といえばいいのか。

 

あまりにも醜悪なそれをみて、吐き気を覚えた。

 

「なんだそれは!?」

「っ、せし、る、ちゃん、それは・・・」

「うっ・・・」

 

「やれ」

 

初めて聞いたセシルさんの冷たい声に肉の塊は反応した。真っ直ぐにニャウのところへと向かっていく。

 

「こんな雑魚の塊に僕が倒せると思ってるのか!」

 

帝具の奥の手を使ったニャウはコスミナさんを離し、自信ありげに粉砕しようとした。

その拳は肉の塊を粉砕することなく、塊にのめり込んだ。

 

「なっ、離せ!」

 

「呑み込め」

 

容赦なく肉の塊がニャウを呑み込んでいく。叫び声も聞こえたと思うが、あまりの光景に感覚が追い付いてこない。

あの穏やかなセシルさんは、味方であるはずの護衛を全て惨たらしい殺しかたをして、ニャウまで手にかけただなんて。

 

「姉さん、大丈夫?」

 

いつもより明るく、セシルさんはコスミナさんに話しかける。

 

「セシル、ちゃん・・・?」

「原作でも使えない雑魚だったし、姉さんを助けるために消費するぐらい役立てて良かったよ」

 

「何を言って・・・」

「姉さんは僕が守るから、安心して。姉さんを傷付けるものは、僕が殺すし、もしも姉さんが死んだら僕も死ぬから。ずーっと一緒にいるからね」

 

先程から、セシルさんはにこやかに話しているはずだ。だが、なぜこんなにも理解できない言葉を発しているのだろうか。

 

「最期まで姉さんと生きるためには邪魔だったからさ。ここは姉さんが死ぬべき時じゃないもん。リンネさんに原作を崩すなって文句言わないとなぁ」

「セシルちゃん、何をさっきから・・・」

 

混乱する俺たちをよそに、雰囲気の変わったセシルさんは独り言のように呟いていた。

 

「姉さん、安心してね。姉さんを守れるぐらいには僕は強いからさ」




セシルの帝具の奥の手
特定範囲の生物や物体を強制的に操作して【ひとまとめ】にできる。

※ダイダラVSイゾウさんに関してはタツミ視点ですので描写しませんがイゾウさんが勝ちましたので、次の回あたりでちらほら話す予定です

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