今回はセシル視点です
護衛の任務があってから、事後処理や面談などで少し慌ただしかった。コスミナとタツミ君は先に休みをもらっていて、今日から数日間は僕の休みになる。
帝具であるスカイハイを背中に背負って街中を歩くことにした。
休みとはいえ、やることもないし、特筆した趣味はない。
転生する前、ひきこもっていた頃はずっとパソコンでネットサーフィンをするか漫画を読むかぐらいだったし、正直それも惰性みたいなものだ。
帝都にも娯楽は溢れているが、あまり興味を持てないのは・・・別に娯楽作品が好きだったわけではないからだろう。
「あら、セシル君。おはよう」
「おはようございます。いい天気で良かったですね。お仕事、頑張って下さい」
「おや、今日は休みかい?それならほら、うちのリンゴでもおやつにしな」
「ありがとうございます。また何かありましたら、気軽にどうぞ」
帝都の人間には愛想よく振る舞い、彼等の困り事は積極的に解決するように務めている。
「セシルさん、非番なのに見廻り?仕事が好きなんだねぇ」
「いえいえ、困ってる皆さんのために何かしたいだけですよ」
彼等には優しくしておくべきだ。いつナイトレイドに依頼するか分かったものではない。イェーガーズに頼る可能性もあるし、帝都警備隊だって危険かもしれない。
コスミナはいつか絶対に殺されるだろう。
だってどうあがいても魔女と呼ばれて迫害されたんだ。運命なんて覆らないし、やるだけ無駄だ。
どうせ他人なんて信用ならない。
誰だって自分が大事で、平気で裏切るんだから
他人なんて、何を考えてるか分からなくて怖い生き物だ
・・・自分だって、コスミナを殺そうと考えていたんだ。
自分にあんなに優しくしてくれたコスミナのことを・・・。だから、コスミナだけには負い目がある。
彼女だけは自分が信用してもいいと思えるだけの人間だ。
だからこそ、一緒に・・・せめて、彼女が殺されるまでは生きようと決意した。そうすべき、なんだから。
「ん?」
ふと、ウマトラ劇場から聞きなれた歌声が聞こえた。
コスミナの歌声だ。
何故姉さんがウマトラ劇場に?
あそこに査察に入る話は先だし、そもそも歌声が聞こえるなんてそんな・・・
だが、この歌声はコスミナのものだ。
劇場方面に堂々といかず、隠れるようにして様子を伺った。今日は練習日なのか、お客はいないようだ。
こっそりと覗いてみると、コスミナがウマトラ劇場の劇団員たちと歌いあったり、何か話して賑やかそうにしていた。
・・・家族や数少ない人間にしかみせない、笑った顔で、楽しそうにしている。
胸の奥が焼けつくように痛む。
なんでコスミナはこんなモブ共と仲良くしてるんだ。そいつらはそのうち好き勝手殺して犯すくせに。
なんで僕の知らないところで、そんな幸せそうにしてるんだ。
まるで壊れてない、以前のコスミナみたいに・・・
コスミナがウマトラ劇場を離れたのを確認して、それから日が落ちるまで待った。
練習日だから夜には帰るだろうが、誰かが来ると困る。
夕暮れ時に劇場へと入っていった。
「おや、君は確か・・・秘密警察の」
団長とおぼしき男が近付いてきた。
「あぁ、街でよく見かける・・・コスミナさんの弟か」
「いつも街の人が感謝してるって聞いたけど」
「そうそう、うちも近所の人が手伝ってもらったって・・・」
団員たちの声がやたらと耳障りだ。
「すみません、僕の姉が来ていたようですが・・・」
「むっ・・・バレてしまったか。コスミナさんからは黙っていてほしいと言われたんだがなぁ」
僕に秘密を作るなんて、何を考えているんだろう。
コスミナには僕しかいないのに
「・・・すみませんが、僕に知られると困ることでしょうか?もしかして姉さんがご迷惑をお掛けしていますか?それなら・・・」
「いやいや、とんでもない!君の姉は逸材だよ。是非とも我が劇場に転職してほしいところさ。最も、そういったことは先々になりそうだが」
「転職・・・?」
「あぁ。君の姉君は本当に素晴らしい歌声の持ち主だ。劇団員とも仲良くしてくれている。大臣のご子息から聞かされたが・・・大変な経験をされたようだね」
大臣の息子・・・シュラがそんなことするはずもない。こんな余計なことはリンネさんしかしないだろう。
悪人が嫌いだからと言いながら原作を変えてるし・・・何を考えているんだろう。
本当にあの人は・・・怖い
「コスミナさんは君のことも気にかけていてね。だから・・・」
「もういいです」
「えっ?」
「もう、かまいませんから」
劇場のどうせ死ぬモブたちと仲良く?
劇場に転職?
まったく、そんなことできるはずないじゃないか。
どうせコスミナの歌声で、みんな魔女扱いして迫害するくせに
それに、姉さんには僕だけいればいい
他の人間なんて、姉さんをすぐ裏切ったりするんだよ、掌を返すんだから
コスミナにはもう、僕だけしかいないんだ。
僕だけで満足なはずなんだ。
それなのに、なんでコスミナを真っ当な人間に戻そうとしてるんだ。
こんな僕よりも酷い存在として堕ちてくれたのに。
あの理解できなくて怖い、色欲にまみれた魔女になったのに。
・・・そうなっても、家族(ぼく)のことだけ大事にしてくれる存在になったのに。
コスミナには、僕だけいればいいのに
ロッドバルト「理解できないものに対しての恐怖、人間として当たり前のことです。彼もワイルドハントは怖いと思っていたようですし。一説には敵にまわすと怖い存在に好意を持つこともあるようですね。・・・人の心なんて分かりませんし、実際はどうだかわかりませんがね」