昔から双子というものに憧れていた。自分とほとんど一緒の人間が傍で共に生きているというのが、運命的に感じていたのだろう。よくありがちな自分を特別視してしまう思春期の病気みたいなものだ。
それでも同じ血肉を分けた、もしかしたら魂すら分けた存在だと思うと、なんだかとても特別なものに思えた。
しかし、転生してからはそんな幻想は捨て去った。いや、幻想を捨てなければいけなくなった。
俺が生まれた先は・・・オネスト大臣の息子、しかもシュラの双子の兄としてだった。
母親の記憶なんて覚えてない。というか、俺が前世のことを思い出したのは母親がいなくなってからだったはずだ。確か・・・そう、4歳ぐらいだろうか。
あのシュラと同じ顔で同じ髪色で同じ肌の色、それがとても気持ち悪く感じた。何度も何度も肌をこすって炎症を起こしてしまったり、顔を隠そうとマスクや布を使ったり・・・5歳の頃ぐらいから髪の色を無理やり真っ黒に染めるようになった。
少しでもシュラの外見から離れたかったし、オネスト大臣と同じ髪色というのもすごい嫌だった。
オネスト大臣はもちろん嫌いだったが、あいつはあまり俺やシュラに関わってこない。だから俺も関わってこない分にはどうでもよかった。
・・・ただ、問題はシュラにあった
「なぁなぁ、何してるんだ?」
「・・・」
「兄ちゃん、何してんだよ」
「・・・」
「一緒に遊ぼうぜ」
「嫌だ」
「いいだろ、なんでいっつも一人でいるんだよ。楽しくないだろ」
「うるさい、こっちに近づくな」
「たまにはいいだろー」
「黙れかませ犬」
「かま・・・?」
俺はなんとか今の身体でオネスト大臣とシュラを殺そうと計画を練っているというのに、シュラがいつも俺に付きまとう。何度も何度も一緒に遊ぼうと誘ってきて・・・うざったい。
大体俺と遊ばなくても、悪戯したりとか給仕たちにわがまま言ってるくせに。
「他の奴と遊べ」
「・・・」
俺がこう言うと決まって、どこかに行ってしまう。
まぁ、俺は処刑方法や殺しに関する書籍を読みながら適当に相手をしているので、シュラの顔はろくに見ていない。と、言っても、どうせいつもみたいにむかつく顔だ。
・・・まぁ、俺も同じ顔だけど。
だからどうせ同じ顔なんだから見飽きてるし、シュラのことなんてどうでもいい。
そうやって勉学に励んでいると、たまにオネスト大臣が話しかけてきた。
「おやおや、リンネ・・・また勉強ですか?偉いですね」
「・・・別に」
「シュラもあなたのように大人らしく振舞ったらいいのですがねぇ~」
「・・・別に。どうでもいい」
適当に流しながら、どうやって殺せるかを考える。
この年齢でもできるものは毒殺だろうが、寝ている部屋に潜り込めたら刺殺もいけるだろう。
確実に息の根を止めることができる計画を立てなければならない
そのうち、宮殿にある帝具保管室の場所を知った。
大臣の息子という立場なら見学ぐらいできるかもしれないが、怪しまれてはいけない。今はどんな帝具があるのだろうか。原作よりもかなり前にあるのだから、それなりに数はあるはずだ。
ブラックマリンあたりがあれば暗殺もぐっとしやすいだろう。
人気がない時間帯も確認し、帝具保管室の鍵も複製した。石膏ではあるが1度か2度なら使えるだろう。
その間もシュラがかまえかまえとうるさかったが適当に追い払った。
まったく、本当にしつこい奴だ。どうせ殺すわけだからかまわないが。
そして俺は準備を整えて帝具保管室へと向かった。
石膏の複製鍵を使って部屋の中に入り込んだ。ゆっくりとドアを閉めて、部屋の中を見渡す。
少し背が低いのが難点だが、なんとか部屋にあるものを確認した。
デモンズエキス、スクリーム、ブラックマリン、ベルヴァーク、バルザック、ヘカトンケイル、パーフェクター、シャンバラ、八房、村雨、パンプキン・・・見たことの無い帝具までこの帝具保管室に置かれていた。
「(俺でも使えるのはブラックマリンぐらいか?パーフェクターでもいいかもしれないな。シュラを殺した後ならシャンバラをメインに使ってもいいかもしれないけど・・・)」
「・・・何してるんだ?」
不意に背後から聞こえた声に驚いて体勢を崩してしまう。掌などがじんじんと痛み始めるが、血は出ていないようだ。
声の主は・・・分かり切っていた。
いつも聞いている嫌な奴の声だから
「なんだよ、こんな面白そうなことになんで誘ってくれなかったんだよ」
「・・・・・・シュラ」
「兄ちゃん、すっごいよなー。ここの部屋ってずっと鍵掛かってたのに開けちまうんだもん」
笑いかけてくるこいつが、ほんとうにうざったくて
お前みたいな悪人なんて、早く死ねばいいのに
そんなことを思いながらすぐに立ち上がって他の帝具を吟味する。シュラが邪魔で仕方ない。いくらかませ犬で馬鹿な奴とはいえ、オネスト大臣に情報を漏らされては困る。
「帰れ」
「いいじゃん、俺も一緒に見てもいいだろ?」
「遊びたいなら他の奴と遊べ」
いつものようにその言葉を俺はシュラに言った。
だがシュラはその場から立ち去る気配が無い。背後にはまだシュラがいる気配がしているのだ。
・・・聞き分けのねェクソガキだな
「他の奴と遊べよ」
「・・・」
「出ていけ、俺に話しかけるな」
「・・・」
「出て行けって言ってるだろ」
「・・・な、なんだよ・・・」
声色が震えていることに気が付いて、振り向くとシュラの奴が目に涙を溜めていた。
「ッ!?」
「い、いっつも・・・そんな・・・他に遊べる奴なんて、ここに、いるわけねーだろ・・・」
「な、んだよ・・・泣いたら遊ぶとか思ってんのか・・・」
「っ・・・なんだよ!兄ちゃんのばか!なんで一緒に遊んでくれないんだよ!」
泣きながら怒って後ずさるシュラ、シュラの後ろには・・・ヘカトンケイルが保管されている容器が小さなテーブルに置かれてあった。
俺が言葉を掛ける前にシュラが後ろのテーブルにあたり、ぐらり、とテーブルが揺れる。
「えっ?」
そのまま容器が、床に落ちる
勢いよく容器のガラスが割れて、なんだかよく分からない液体が床を濡らした
「わっ・・・」
「・・・ッ!おい!何したんだこの馬鹿!」
「な、お、おれは・・・だ、だって」
シュラのせいで容器が割れて、部屋に忍び込んだ証拠が残ってしまったと焦っている俺の耳に「きゅう」という鳴き声が聞こえた。
「えっ」
「あ・・・」
容器の中にいたヘカトンケイルが、動き出していた。
そして俺は原作でのセリューが言っていた台詞とシーンを思い出した。
“上層部ではだれも使えなくてヒラの私たちも調べられて”
そのシーンの時に確か、死体が入っているであろう袋があった
あれは・・・ヘカトンケイルの適正者になりそこねた人間の死体なんじゃないか、そんな一説を思い出した。
いや、どうやらそれは、正解だったようだ
襲われてからのことを、俺は良く覚えていない
いや、思い出すのを頭が拒否しているんだろう。化け物に襲われることなんて初めてだったのだ。
ヘカトンケイルが帝具保管室で暴れまわり、兵士も何人か死んだと後から聞いた。
俺は軽傷で済んだみたいが、シュラは顔に傷を負い、頭も打ったらしい
隣のベッドで未だに意識が戻っていないシュラの姿が見えた。
・・・そして俺のベッドの傍にはブドー将軍がいた。どうやらブドー将軍がヘカトンケイルを止めたらしい。さすがは次期大将軍と名高い武人だ。(実際に大将軍になるけれども)
「・・・どうしてこうなったのかは今は聞かない。シュラが起きてから事情は聞こう」
「・・・」
ブドー将軍にそう言われても、俺はただどうやってシュラにこの責任をなすりつけるか考えていた。
大体あいつがこなければこんなことにはならなかった。このまま死んでくれたらそれが一番良いのに
そうすれば殺す手間も省けるし、証拠隠滅もできる。あいつが悪戯したってことにすればいい
「しかしお前たちが一緒にいたとはな」
「・・・」
「あまり、一緒に遊んでないのだろう?」
「・・・・・・勉強してますから」
気まずい空気の中、なんとかブドー将軍にそう返した。
「たまには一緒に遊んだらどうだ。そうすればシュラの悪戯も減る」
「っ、な、なんで俺がっ!・・・あ・・・す、すみません・・・」
「・・・最初はあいつも悪戯なんてしていなかったんだぞ」
「は?」
神妙な顔をしたブドーがじっと俺を見てくる。なんだろう、とても居心地が悪いというか、モヤモヤしてくる。
「最初は給仕や兵士たちに遊んでほしいと言っていた。私にもな。兄が遊んでくれないから、と。ただ、我々も仕事がある。そのうち悪戯をするようになったのだが、その時もあいつ一人だ。決まっていつも“遊ぶ相手がいなくてつまらない、退屈だ”とな」
「・・・」
「その年齢で勉学に励むのは良いことだが、共に遊ぶことも子供の仕事だろう」
「・・・俺のせいじゃ、ないです」
「・・・お前のせいだとは言っていない」
「俺は、俺は悪くない!だって俺は大事なことを・・・」
この帝国をオネスト大臣やワイルドハントの魔の手から救うために頑張っているのに
「おやおや、どうしましたか?」
医務室の扉から、オネスト大臣がやってきた。いつものように肉を食べている。
「オネスト・・・遅かったな」
「あぁ、食事に忙しかったのですよ。それで?シュラが怪我をしたと聞きましたが・・・あぁ、これはこれは。死にそうですね」
あっけらかんというオネスト大臣にブドー将軍から威圧を感じた。
怒っているのだろうか。いや、普通は怒るのだろう・・・子供をないがしろにしているのだから
「・・・顔の傷は残るそうだ。頭を強く打ったらしいからまだ意識が戻ってない」
「へぇ、そうですか」
ブドーの言葉に適当に返事をして、肉を一齧りして咀嚼するオネスト。
俺のほうへと視線を向けて「あぁ、無事でよかったですよ」とにこりと笑っていた。
「大事な息子が軽いけがで済んでよかったです」
その言葉に、何か違和感を覚えた。
「・・・シュラは、大怪我してるけど」
俺がそう言うと、オネスト大臣は俺に向かって口角をあげて笑みを浮かべてこう答えた。
「はて、誰のことですかな?」
その言葉に、俺は絶句する。ブドー将軍も珍しく眉をあげて驚いていた。
「こんなことぐらいで大怪我を負うような人間は、私の息子ではありませんね~」
「・・・・・・オネスト」
怒気を孕んだ声でブドー将軍がオネストの名前を呼んだ。
「おやおや?なんですかねぇ。そんなに怒って」
「・・・親としては最低だな」
「なんですかいきなり。失礼な方ですね。私はただこの程度で死にかける子は息子として認めないだけですよ」
俺も大概、前の世界で“毒親”と呼ばれるような親がいることは知識として知っていたし、何よりオネスト大臣がこういう“最低な人間”だと分かっていたはずだ。
分かっていたけれど、目の前でされると何故か頭がぐるぐるとし始める。
シュラはどうせ、オネスト大臣の捨て駒なんだから、いいじゃないか。好きに言わせておけばいい
そう考えても、俺の中で葉に表せない何かがオネスト大臣への怒りへと変わっていく。
怒ることはないのに、どうせシュラは・・・捨て駒で、このまま捨てられて死んだほうが・・・
「おれ、は、だいじょう、ぶ、だから」
ふと、弱弱しい声が聞こえた。
包帯が巻かれているため目が開いているかどうか分からないが、シュラが起きたらしい。
震えながら手が何かを探しているようだ。
「これぐらい、だいじょうぶ」
オネスト大臣のコートの袖を弱弱しくシュラが掴む。
「だから、すてないで」
「・・・シュラ」
オネスト大臣がシュラへと視線を向ける。
「そんなことぐらいで甘えようとするとは、つくづく情けないですね」
コートの袖を掴んでいたシュラの手を手荒く払って、蔑んだ言葉をオネストがシュラに吐いた。
俺の中で何かがふつりと切れる
「ふざけんじゃねええ!てめぇの血を分けた息子だろうが!!父親が息子捨てようとしてんじゃねぇよ!!何が情けないだ!!ガキが親に甘えるのは当たり前だ!!!」
腹の底から声を出して、息があがってしまった。
オネスト大臣とブドー将軍の視線が俺に集まっているのが分かる。けれどそれにかまわず俺はベッドの上で立ち上がってオネストの胸倉を小さな手でひっつかんでやった。
「俺は、お前のことが、殺したいほど嫌いなんだよ。いつか絶対殺してやる」
それだけ言って、ベッドの上にへたり込んだ。
弱っている体で大声を出したせいか、息が上がってかなり辛い
オネスト大臣はそのまま何も言わずに医務室から出て行ってしまった。
ブドー将軍は何も言わずにそのままベッドの傍にいるようだ。
「・・・宮殿で殺しはするなよ」
ただ、それだけ言って医務室から出て行ってしまった。
残された俺は息を整えながらシュラのほうを見る。
あいつが今も意識があるか分からないが、特に何も言ってこない
「・・・・・・ごめん」
何に対して謝っているか、自分ですら分からなかった。
一緒に遊ばなかったことなのか、それとも殺そうとしたことなのか
ただ単にうるさくしてしまったからなのか
そのままシュラは返事もせずに反対側を向いてしまった。
「・・・・・・親父は、あの男は、あぁいう人間だ」
「・・・」
「俺はあいつを尊敬してない、殺したいぐらい、嫌いなんだ」
「・・・」
「・・・・・・だから、俺は強くなる。あいつを見返して、俺が殺す」
「・・・」
その日はそのまま眠ってしまったのだが、後日、2人でブドー将軍にこっぴどく叱られて拳骨をくらった。
「あのカミナリオヤジ・・・」
「・・・」
「・・・兄ちゃん、遊びに行かねぇ?」
性懲りもなくそんなことを聞いて、俺の服の袖をシュラが掴んできた。
真新しく残る傷跡を見ると、あの医務室でのことを思い出した。
「・・・つまんねー遊びなら、勉強に戻るからな」
その手を振り払うことなく、掴み直してやる
目の前の馬鹿は嬉しそうにしながら俺に何で遊ぶか話しかけてくる。
まったく、本当に単純だな・・・俺の弟は。
ロッドバルト「いよいよ次回から本編軸に戻り・・・・・・その前に帝具説明ですかね?まぁ、次回をまたお楽しみに」