あの後まだスペースに余裕があるらしい船に馬車の荷物を積んでもらい、ルイズの扉の周囲に感知結界の増幅器を置いて寝た。深夜ワルドがたずねていたようだが、ルイズの持っている手紙はダミーなので、ある程度は求められたら見せても構わないと渡す際に話しておいたので特に心配もしていない。
そして翌朝、ワルドが決闘をしかけてきた。
「サイト、ワルド様。こんな場所でお互い消耗するようなことはやめて頂けませんか?」
「ルイズ、ここは過去、貴族がよく決闘に使った場所なんだそうだ。僕も彼の強さを知りたい。大丈夫、加減は出来るさ。だろう? 使い魔君」
「問題ありません」
「陰のあるダーリンも素敵よねぇ・・・・・・」
(これでサイト・ヒラガの強さの一端が見られるかもしれない)
ここにはギーシュ以外の全員が居る。あいつは寝ていたから置いてきた。
「では始めようか。水メイジが居ないので切断するような一撃は禁止、頭部へは寸止めで勝敗を決しよう」
「了解しました。ではこのコインを投げますので、落ちた瞬間が開始でよろしいですか?」
「ああ、もちろんだとも」
「それでは、戦闘モードに移行。ターゲットを無力化します」
なんか口調が機械っぽくないかって? うんそうなんだ。昨日で正直疲れてるから、戦闘補助術式を脳内で起動している。今回は割合が大きいためこうなっているのだ。
今までまともな魔術は部屋で水を温める火魔術とかだったが、戦闘補助などの身体強化、肉体、精神攻撃へのレジスト、視界や対象の一部や持ち物を媒介とした呪いなどが得意なので、今まで出番がなかった。
身体強化と言っても、思考の補助や脳内麻薬の分泌量の操作による痛みへの耐性、限界から溢れている回復量の魔力を使っての自動修復、それによる筋力の上限の解除がある。最後のは断裂しながらも自己修復するので常に見た目以上の筋力が出せるわけだ。
これだけあるが、全て同時に起動していたわけではない。だが、「ガンダールヴ」を手に入れ、身体面でおおきなメリットを手に入れた。それに割いていた筋力リミッターの解除は一部停止し、無理な挙動での負荷に対する対策も自動で回復するのだ。そろそろ空中で集めた塵を固めた足場を蹴って空中ジャンプが出来そう。これはこちらの水魔法の「抽出」を空気中に広範囲にやるような形だ。乱戦で煙や埃が舞えば舞う程楽に出来る。
抽出と言えばギーシュの訓練でも使っているが、実は、あれはモンモランシーの協力が裏にある。香水作りで慣れている彼女と、仲良くしたいギーシュの間を取り持ちつつ、俺にもメリットがある形を追い求めた結果があれだった。まだ脈はあったし。それでハルケギニア原産のものを使った水の秘薬も作ることが可能となった。
おっとと、今は戦闘中だったな。俺はデルフの峰を返し、ワルドはブレイドを使わず何合か打ち合っている。お互い牽制の色が強いので今のところ俺もワルドも掠りすらしていない。
しかしこれでは埒があかんな。負けてやっても良いけど、秘薬はまだ使いたくない。かと言って勝ったら偏在を何体も差し向けて本気で殺そうとしてくるだろう。俺は出来るだけ相手に本気を出させる前になんとかするのがベターだと思っている。引き分け狙いでいこう。
「ワルド様、この様子じゃ千日手です。少々強めにいきますよ」
「よかろう、使い魔君。この「閃光」のワルドの名の由来を知ると良い」
お互い軽く挑発し、俺はまっすぐ特攻する。ワルドはあの闇討ち連中とは次元の違う速さでスペルを唱えていた。
「ウィンド・ブレイク!」
もうちょっとスペルに緩急と言うかフェイントを入れて読みにくくすれば当たっただろうが、俺は「ただ速い」だけでは当たらない。足に負荷をかけ、速度を落とさず90度移動しながら残る足でワルドに向かって加速する。
あれで決めるつもりだったのだろう。少し気が緩んでいるところを強襲されて慌てて軍杖で突きを繰り出す。俺はそれに合わせてワルドの首に寸止めをした。結果としてお互いが急所に武器を突きつけあっている状態だ。
「僕も最後は結構本気のつもりだったけど、強いな、使い魔君。いや、これだけ強いのなら使い魔君と呼べないな。失礼かもしれないが、改めて名を教えてくれないか?」
「サイトと申します。改めてよろしくお願いします」
今回はお互いの健闘を称える形となった。ワルドの目の奥が笑っていなかったが。まだスヴェルの夜には時間があるが、この後傭兵の残党が襲ってくるなら好都合だ。精神力全て吐き出して無力となったところで、上手く行けば儲けもの程度に勧誘してみよう。場合によってはロングビルみたいに釣れるかもしれない。
「ダーリン、魔法衛士隊の隊長と引き分けちゃうなんて、すごい!」
(彼はまだ力を残しているようだった。それにあの授業でギトーの返したキュルケのファイヤーボールを無力化した剣で風を切れば良いのに、それをしないでわざわざ引き分けの形を取った。母様の症状を軽く出来るかもしれないとも言っていたけど、これなら帰る途中彼を護衛せずに、むしろ戦力として数えられる。私の貧相な身体では釣れる可能性は少ない。でもルイズとのやりとりを見ていると万が一もありうる・・・・・・? ともかく、利害が一致すれば依頼を引き受けてくれるかもしれない。ここは大人しく恩を売るべき)
「もう・・・・・・! はぁ、怪我がなくて良かったわ。ワルド様もお戯れは程々にしておいて下さい」
「はは、すまない、ルイズ。婚約者として君を守る使い魔の強さを知っておきたかったんだ」
白々しい、いや、あながち間違ってはいないか? 戦力の偵察と言う意味では。
それから少しの休憩の後、すぐに回復する程度に軽く剣を振って、昼食を取った後、傭兵が攻めてきた。
「敵襲!」
その場で石のテーブルの足を折って横に倒し、矢を防ぐ。他の連中も錬金などで足を脆くして倒していた。
全員の無事を確認してワルドが言う。
「こういった任務は半数が残っていれば成功する」
「つまり、直接任務を受けた私達以外を囮にするのですか?」
「そうだ、サイト君。よって3人、可能とあらば倒してもらいたい」
キュルケとタバサは平気そうだが、ギーシュが昨日のことを思い出して顔を青くしている。何らかの処置が必要なようだな。
「ギーシュ「大丈夫だ、別に敵を積極的に殺す必要は無い。これでも飲んで落ち着け」」
まだ無事なテーブルに置いてあったハーブティを持ってきて、何かを入れるフリをしつつ暗示を使ってギーシュを落ち着かせる。こいつにはルイズみたいに常日頃から貴族とは何かとか説いてないからな。応急処置だ。
「ありがとうサイト。すごく落ち着いたよ。ここは任せたまえ!」
「ああ、キュルケとタバサも、任せる」
「任せて、ダーリン!」
(やっとミスが取れた。戦場で高揚している? なし崩しでも良いから距離を縮めていけば良い。そうすれば依頼もしやすくなる)
「では、諸君、作戦開始だ!」
俺は咄嗟に「修理費の請求は襲ってきた傭兵へ」と書き残し、船に向かっていた。
そこに、先行しているルイズとワルドから俺を遮るようにワルドの偏在が出てきた。
「サイト!」
「サイト君、先に行く!」
ここでばらしてもルイズを人質に取られる危険性があるからな。黙って見送る。
さて、そろそろいいか。
「で、何やってるんですか? ワルド様の偏在さん? 同じ体格、同じ軍杖、同じ服。これでスペルを唱えて声が一緒だったら決定ですね」
どうせ本人には伝わらないのでニヤニヤしながら聞いてみる。
「・・・・・・」
「だんまりですか。ま、いいでしょう。メイジだったら否が応でもスペルを唱えざるを得ないでしょうし」
「あなたはここで退場するので、この情報が本人に漏れることは無いのですから」
偏在は軍杖をこちらに向け、スペルを唱え――。
「ライトn!?」
ババンッ! と轟音が響く。容赦なく右目と口内を狙ってリボルバーを撃った。撃たれた偏在は一瞬出血するも、それ自体すら霧散し、何もなかったかのように掻き消えた。ガンダールヴだからこその速度で抜け、重いトリガーでも問題なく狙えた。
「さて」
スピードローダーとは別のバラで収納している弾を装填し、空になった薬莢は再利用するためにしまう。置いていかれたらルイズの命が危ない。急ごう。
無事合流し、お互い無傷を確認したので、3人で特室の中で相談していたが、切り出すことにした。
「主、これから話すことはとても衝撃的なことです。そしてワルド様。貴方にとっても。しかし、ワルド様の目的にも一致しているので最後までお聞き下さい」
ルイズは神妙にうなずき、ワルドは――。
「分かった。話してくれたまえ」
まずは聞く姿勢のようだ。どっちにせよ今は風石の飛距離を伸ばすために精神力を使い切っているから肉弾戦しか出来ないだろうけどね。
「はじめに、私の国の概念に「地脈」と言うものがあります。これは世界にとっての精神力と考えてくれても良いでしょう」
「そして、その地脈。こちらに来てからどうも不自然なのです。貯まっているのではなく、停滞している。それも地下深く」
「その停滞しているものの属性は風。おそらく風石でしょう」
「これから行くアルビオンが何故風石を採掘されながらも浮いていられると思いますか?」
二人は理解出来ないと言った顔から理解したくないと言う顔になった。
「そう、地下深くに風石が貯まっている可能性がとても高い。そしてワルド様。失礼ながら素性を調べさせて頂きました」
裏を取ると言う意味で、金が入ったのでロングビル以外にもあちらこちらに目と耳を散らせてある。
「貴方の御母堂はアカデミーにかつて在籍し、その後病気にかかり死去したことになっていますね?」
ワルドの顔がゆがむが関係ない。俺に殴りかかるより、ルイズを人質に取るより俺の方が速い。
「確かにご病気だったのでしょう。ただ、これには理由があります」
「・・・・・・なんだというのかね?」
「薄々感づいているでしょう。あれだけの前置きをした後、アカデミーの名が出てくる時点で」
「そう、このトリステイン、いえ、ハルケギニアの大部分に大量の風石が埋まっており、それにより大地がばらばらに浮き上がり、浮ききれなかったものは空から墜ちる。そうすれば大量の人が死にます。平民はフライすら唱えられませんし」
「・・・・・・それ、本当のことなの?」
ルイズが驚愕と不安の表情で問いただしてくるが――。
「ほぼ間違いないでしょう。一番早く浮き上がるのは、火竜山脈です」
実際風の魔力の方角と強さを調べる魔道具を作って地脈を速い「足」を持つメイジに調べてもらったんだ。その分値段がかかった。このためにオスマンに吹っかけたと言っても過言では無い。
「それが本当ならば・・・・・・母は・・・・・・」
「こんなことを吹聴すれば異端扱いされかねません。かと言って黙っていては良心の呵責に苛まれ、結果病気にかかってしまったのでしょう」
まあ、こちらから精神病だとか断定する言葉は使わんが。
「では、どうすれば良い? 母は聖地に行けと言っていた」
「聖地・・・・・・ああ、今はエルフの地となっているあの地ですか。行くだけでは何の解決にもなりませんね。それをするくらいなら凡人は凡人なりにあがくべきです」
「ははは・・・・・・風のスクウェアも、所詮は人か」
「それと、蛇足ですが偏在の仮装があまりにもお粗末過ぎです。体格、使っている軍杖、服、そしてスペルを唱えた時の声。おおかた主の気を引くために二人っきりになる計画だったようですが、それなら何年もかけた計画をお勧めします。今まで放っておいたのなら、それだけ人の心は離れるものですから」
「サイト! それ以上は!」
「いえ、主よ。この際全てを話してしまった方が良いでしょう。ワルド様。いえ、ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルドがレコン・キスタと内通し、私がガンダールヴだという憶測から未だ目覚めていない主の「虚無」を目当てにしていたことも」
まさかここまでばれているとは思わなかったのだろう。大きく目を見開いている。
「さて、どうしますか? ワルド卿。それとも「裏切り者ワルド」として私達に敵対しますか?」
感知能力を全て最大にする。いかなる嘘も見逃さないように。
「そこまでばれていたか。君には完敗だよ。虚無の付属物と侮っていたが、まさかここまでのものとは。降参だ」
ワルドが両手を上げてアピールする。嘘は無いようだ。
「そうですか。それならば良かった。しかし当初の目的はこうなってしまった以上、もう無理でしょう。そこで、私の同士として今申した問題をなんとかするよう動きませんか?」
せっかく手に入りそうな駒なので有効に活用したい。
「こんな僕にでも何か出来ると言うのか?」
「ええ、レコン・キスタから抜けるもよし、二重スパイとして活動するもよし、ひそかにトリステインで同士を集めるのもよしです。ただし、ロマリアはダメです。あっちはあっちで何とかしようとしているようですが、その過程に「聖戦」が含まれる」
進路は示した。
「分かった。僕は任務一筋で交友関係も狭いけど、同士を集めてみることにするよ。だが、それには証拠が必要だ」
「ええ、そうですね。私が作ったマジックアイテムがあるので、それを火竜山脈で使ってみて下さい。あそこが一番反応が大きいので」
スクウェアだったら火竜くらい対処できるだろう。
「さて、話は終わりました。ワルド様も一応方針を決めましたが、考える時間も必要でしょう。主、行きましょうか」
後はアルビオンでの任務をこなすだけだ。少なくともあのワルドに何かしようと言う意志は見られなかった。暗示をかけても良かったが、その場しのぎにしかならない。その後のことはその時に対処しようか。
サイトは不良だからよ。FM3でもボスの機体にイジェクトパンチして機体を奪って大暴れしたりもする。