あれからやることと言ったら軽い荷物整理くらいで、さっさと寝た俺は夜明け前に起きた。
なので軽い柔軟体操と型の練習を一通り終えて、装備を整えることとした。この部屋は元々複数人が暮らす想定だったのか刀を振り回すにも問題ない広さがある。
起きて来たお向かいのメイドさんに自己紹介は昨日済ませていたので、井戸の場所を教えてもらい、水を汲んでくる。そして水の中に手を突っ込んで火の魔術を使う。少し熱いくらいになってきたところで髪の毛を洗う。シャンプーなど無いので地道に時間をかけて油脂を落としていく。
30分くらいかけて髪を洗った後、もう一度温めてから今度は身体を拭く。朝の練習はあまり汗をかかないようにしてるとは言え今の肉体年齢は年頃なのだ。代謝ですぐ臭くなるのでこまめに清潔に保つのは良い事だろう。
その後無臭の制汗スプレーをして手首に香油を一滴垂らしなじませた後、武具を装備していく。
まず、長袖のTシャツの上から金属製の手甲を付ける。手首から先は別になっているタイプで、軽さの割りに丈夫さが売り。金属は修理の際別途設計図を持って来ているので手間さえかければドットメイジの世話にならなくても自分で出来る。
その上から厚手のYシャツを羽織り、裏地にスペクトラ繊維と金属片をブリガンダインの要領で貼り付けたベストを着る。
一応武器は使わないに越したことは無いのだが、ギーシュ辺りがはっちゃける可能性があるので両手首にナイフを収納する。
下はスペクトラのスパッツにハイソックスの上から脚甲を着け、そのさらに上からスラックスを履き、一見革靴だが内部が鉄靴になっているものを履く。ここに来る前に何度か着けてみたが目立ってないので大丈夫。この時点で「これは凶器だ」と認識するとそれに応え左手のルーンが明滅する。検証も十分だな。武器を身につけていれば発動するようだ。
そうそう、ルーンの解析だが、昨日レジスト部分だけ見てみたら鼓舞効果も切れていた。これは戦闘時に自己暗示で代用するしかないな。
後はコットンの手袋の上から砂鉄の量をぎりぎりまで減らしてカモフラージュしたグローブを着け、何度か手首のナイフを展開しては振ってみる。問題なし。
この状態からもう一度、すり足などで極力音を殺した状態での拳打などを放ってみる。ルーン効果が効いているようでキレが何倍も良い。ただ、冷静な時にこれなのだから戦闘時にはどうなってしまうのだろう?
そして最後に、いらないと思うが念の為持ってきたリボルバーを肩から吊り下げ、ルイズを待つために女子棟に向かった。
出てくる女生徒に怪訝な目で見られつつも、休めの姿勢で我が主人を待つ。しばらくしてなにやら不機嫌なご主人とキュルケと思われる女性が言い争いのようなものをしながら出てきた。
「あら、あなたがルイズの使い魔? 私はキュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーよ」
「初めまして。この度ミス・ヴァリエールの使い魔となりました。サイト・ヒラガと申します。以後お見知りおきを」
「ツェルプストーに挨拶なんかするんじゃないわよ!」
「と、言いましても主、自己紹介は大切ですよ? 第一印象が悪いのは後々の主の行動にも障るので目を瞑って頂きたい」
「その変な敬語やめろって言ったでしょ! 私を立ててるようで全然立ててる雰囲気ないじゃない!」
「ハハハ、そのような事決してあるわけ無いじゃないですか。私は主に好かれようとこうして努力していると言うのに」
可愛い子にはついつい意地悪しちゃう男心で。
「このっ!」
「はいはい、あなた達の仲が良いことは分かったから通してくれない? 服も下男にしては良いの着てるし、あなたにしては案外当たりだったのかもね? ヴァリエール」
「誰がこんなの!」
「こんなのとはずいぶんな言いようですな」
「じゃ、私は行くから。私も自慢しようかと思ったけどなんか醒めちゃったわ。じゃあね」
おや、フレイム紹介するところが折れましたな。まあいいか。
「ではご主人、これから朝食ですよね? 食堂まで参りましょう」
「あんたそろそろ悔い改めないと後悔させるわよ」
そんな言葉のドッジボールをしながら食堂まで付き従うのであった。
そうしてやってきました「アルヴィーズの食堂」。
「本来あんたなんかがこのアルヴィーズの食堂には入れないんだからね」
「いえ、それは構わないのですが、主よ。私はどちらで食事を取ればよろしいので? まさかこの食堂の床で犬のように喰らえとは仰りますまい」
「うっ」
図星かよ・・・・・・まあ結構いじったからやり返したい気持ちもあったのだろう。ここは一つ寛大な気持ちで注意してやろう。
「いいですか。主。そう言ったことは間接的に主人の評判、そして貴族の評判を落とします。「異邦人を身分も定かではないうちから奴隷のような扱いをする鬼畜」として。それよりは普通の平民ならば椅子に座って食べるでしょう? 確かに私も非があると思います。異国から見ず知らずの土地に一人放り出されて知らぬうちにストレスを溜め込んでいたのでしょう。申し訳ありません。しかし、なればこそ主には誇り高き貴族として模範となる行動を取ってもらいたい。右も左も分からぬ使い魔を、そして民草を大切に出来るように」
ルイズは唇を噛んで何かをこらえている。ちょっと言い過ぎたかな。
「ご主人ならきっと分かってくれると思います。何せ地球上で最も繁栄した「ヒト」を召喚したのですから。偉大なメイジになれますよ。これで話はおしまいです。可愛い顔が台無しですよ。これをあげますから機嫌を直して下さい」
そう言ってベストに入れてあった非常食用のチョコを一欠ルイズの口に放り込む。どうやらこちらにはカカオは無かったらしくびっくりしたようだ。
「ふふっ気に入りましたか? それでは私は近くの使用人から食事出来るところを聞いてきますので、後ほど合流しましょう」
「あ、すみません」
「はい? なんでしょう?」
こちらに気がついたメイドさんが寄ってくる。この子がシエスタかな?
「初めまして、昨日からミス・ヴァリエールの使い魔になったサイトと言います。どうやらうちのご主人様が私の食事の手配を忘れちゃったみたいで、どこかで食事できる場所はありますか?」
「はい、それでしたら厨房に案内しますね」
「ところでお嬢さんのお名前を伺ってもよろしいですか? 私はサイトと言います」
「お嬢さんだなんて・・・・・・私はシエスタです。気軽に呼んで下さい」
「うん、分かった。よろしく、シエスタ」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
特に問題も無く案内された。
「こちらマルトーさんです。とても美味しい料理を作って下さるんですよ」
「おう、あんたが貴族様に使い魔にされたって言う奴か。俺はマルトーって言うんだ。よろしくな!」
「はい、サイトと言います。こちらこそよろしくお願いします」
「あんたどっか別の国から来た異邦人だって? ろくに知らねえ場所に放っぽりだされて不安だっただろ。ここだったら飯くらいは食わしてやっから安心しな」
「ありがとうございます。実際どこか不安があったようで、さっきもご主人に迷惑をかけてしまいました。そう言っていただけるととても助かります」
「ま、かたっ苦しいのは無しにして、まずは飯だな。まかない用意してやるから待ってな」
「はい。シエスタもありがとう。案内してくれたお礼に食べ終わった後でいいなら何か手伝うよ」
「分かりました。では、あとでデザートの配膳の手伝いをお願いしてもいいですか?」
「それくらいお安い御用だよ」
「ありがとうございます。それじゃ、失礼しますね」
各々が仕事に戻っていったので俺は俺でまかないのシチューを食べ始めた。うん、十分美味いなこれ。
そうして食べ終わった後、マルトーさんにお礼を言ってシエスタの配膳の手伝いをすることにした。
「あんた何やってるの?」
ルイズがそんな俺を見咎めてきた。
「配膳の手伝いです。食事を手配してもらったので」
「なんか私の時と態度違わなくない?」
態度がツンツンしてるなぁ。
「そうでしょうか? ご主人が可愛いのでつい無意識のうちに意地悪しちゃってたかもしれませんね」
「ああもう、あんたと居るとほんと調子狂うわ! さっさと終わらせてきなさい!」
「畏まりました」
その後ギーシュの決闘に備えていたが、特に何も無くて拍子抜けした。何年も前の記憶だからな。抜け落ちてても仕方が無いか。