…お、お久しぶりです…。
作家が最も言ってはいけないセリフベスト10には入るであろう、とても読者様に失礼な発言です。
大変、長らく更新をせずに申し訳ありませんでした。
今後もおそらく、非常に不定期な更新となりますが…ぜひ、見放さずに心の片隅にでも覚えてもらっていれば幸いです。
7月24日。
いよいよカジノ警備の本番の日がやってきました。
従業員役のアリアさん・白雪さん・理子ちゃんの3人はもう先に働いていることでしょう。
レキさんは…そもそも何の役なのかわかりませんが。
彼女もまた、既にこの場所にいることでしょう。
そして、お客さん役で店内を見回りする私とキンジ君のペアは…。
「…お、大きいですね…。」
「何せ公営カジノの第1号店らしいからな。」
巨大な建物を前に、唖然としていました。
カジノ『ピラディミオン』。
キンジ君の言うとおり、日本でカジノが公営化された中…最もはじめに作られた巨大賭博施設です。
建物はピラミッドの形をしており、見上げれば首の皮が伸びきってしまうくらいの大きさ。
全面ガラス張りのこの建物は、相当な予算をもって建てられたもの…らしいです。
こんな大きさでやってることは賭博です。
…なんだか少し残念な気持ちになってしまいますが、これも立派な公営施設。
私たちの仕事も立派な
気を引き締めて…キンジ君と中に入りました。
中は当然冷房が効いていて涼しく、少しばかりの幸せを感じながらも。
ニコニコしながら立っている受付のお姉さんのところまで行って。
「両替をお願いします。今朝は、社長のお部屋に青いカナリヤが入ってきたんですよ。きっと、今日はラッキーな日です。」
などと多少こっぱずかしい合言葉を言い、偽物の1000万円をその分のチップと交換して受け取ります。
1つ1つのチップがそれぞれ1万、10万、100万…。
一時的に、しかも借り物とはいえ1000万円を受け取ってしまった私は、少しビビりながら館内へと踏み込んでいきました…。
このカジノは…1階と2階の2つの階で主に賭博が行われているようです。
とりあえずキンジ君と別れ、それぞれ別行動。
まず、私は1階を中心に回ることにしました。
1階は、主にスロットを中心に一般の方々のためのゾーンと、トランプや
マネーホイール、ダイスといった少し高額な賭場。
ただ遊びに来た若者の方でも充分楽しめるように、スロットは手前側に配置されています。
逆にギャンブラーの方々用の賭場は奥まった場所にあって、パッと見では見つけにくくなっているみたいですね。
そしてこのお店は…何やら特殊な構造になっているみたいです。
四角いホールの周りを、ぐるっと一周…プールのような水路で囲ってあるのです。
そしてその水路を、バニーガールなウェイトレスさん達が水上バイクでビュンビュン移動しています。
…なるほど。
ああいった方法を使えば、早く、そしてパフォーマンス性も兼ねてお仕事ができるわけですね。
随分と豪勢というか…変わった店内です。
…さて。
店内の様子や仕組みはなんとなく把握しました。
とりあえず、スロットのあたりでも見て回りましょうか。
「……うーむ。」
「…あれ、アリアさん。」
「あら、詩穂。奇遇ね。」
…と。
少し歩いていると、アリアさんに遭遇しました。
この前見た通りのバニー姿で、少し不機嫌そうな顔をしています。
「…どうかしたんですか?」
「んーん、別に。ただお客さんが誰もあたしに話しかけてこないから暇なのよ。」
そりゃそうです。
残念ながら、色気が重要になってくるバニー姿において…アリアさんの体形は残念ながら色々足りていません。
…なんて言うと怒られちゃいますけど。
「……へー。そーなんですかー。」
「なによ、その言い方。」
「いえいえ、別に他意はありませんよ?」
「ふーん……?」
アリアさんは怪訝そうな顔をしながらも、またお仕事に戻っていきました。
その少し気張った感じの小さな後姿を見ながら、少しばかり違和感を覚えてしまいます。
…うーん、でも顔はめちゃくちゃ可愛いのに…。
そこまで人気が出ないんものなんでしょうか?
と、思っていると…。
「おや、お嬢ちゃん、コスプレかい?可愛いけど、ここは大人の遊び場だから、君みたいなお嬢ちゃんは帰ったほうが…。」
小太り気味のお兄さんが、アリアさんに話しかけていました。
…迷子かなにかと間違えられているみたいですが。
「………うん?何でしょうか、お・き・ゃ・く・さ・ま?」
「ひぃっ!?す、すみませんでしたぁっ!」
当然アリアさんは殺気を出してお兄さんを笑顔で迎撃。
お兄さんはたまらず退散。
そしてそれを見ていた他のお客さんも怖がって離れていきます。
…アリアさんがお客さんに声をかけられない悪循環の一端を垣間見たのでした…。
…さて、ところ変わって奥の方のギャンブルな場所にやってきました。
こちらは先程の場所よりも、どことなく静かで物々しい雰囲気です。
それもそのはず、ここにいる人たちは明らかに雰囲気が一般の方とは違います。
明らかにギャンブラー、って感じのサングラスをかけたおじさん。
ドレスで着飾っているものの、雰囲気が完全に一般人のそれではないお姉さん。
なにやらスマートフォンをポチポチしている眼鏡なお兄さん。
…うわぁ、こわ…。
とは言うものの、お仕事なので怪しまれないように目くばせ程度に視線をかしこに巡らせます。
…と。
ざわざわ、と…何やら騒がしい一角を見つけました。
何か起きているんでしょうか…?
警戒しながら近づいてみると…。
「なんだこの子、めっちゃ可愛いぞ!」
「なんかエロイ…!まだ若いのに!」
「こっちむいてー!」
「やぁん♪撮影は禁止だよ、おにーさん!」
…何故か男の人たちに囲まれている、理子ちゃんの姿が。
なんかやたら似た格好の男の人たちを魅惑していますが…額には少し汗が滲んでいました。
どうやら、ちょっと困っているみたいです。
助けてあげようか少し逡巡していると…。
「あ、詩穂!」
理子ちゃんがこっちに気付いたみたいです。
と、同時に男の人たちもこちらに一斉に向きます。
そしてそのまま一瞬、一同沈黙…。
…う、うわぁ…なんですかこの状況…。
男の人たちの視線が、珍獣でも見つけたかのように私に集まります。
…こ、こわ…。
「おにーさんたち、ごめんね!理子、この子と少しやることあるから!」
理子ちゃんはそう言うや否や、困惑している私を引っ張ってバックヤードまで引っ張っていきます。
取り残された男の人達もまた、唖然として私たちを見送るのでした…。
…さて、バニー姿の理子ちゃんに手を引かれて走って。
スタッフオンリーのバックヤードまで引っ張ってこられました。
「…ふぃー。助かったよ、詩穂ー。このままじゃ仕事にならなかったね。」
「は、はぁ…。」
ぎゅー、と私に抱き着きながら理子ちゃんが疲れたように嘆きます。
…1回1回抱き着かないといけないんでしょうか、理子ちゃん。
「というか、そもそもどうしてあんなことになっていたんですか?」
「え?…さぁ?」
理子ちゃんを引き剝がし、質問しつつも…。
その恰好を見て、なんとなく察しました。
バニーガールは、色気で勝負する衣装。
アリアさんは残念ながら
柔らかそうな胸やら太もも。
そのくせ身長は低く顔も童顔そのもの。
金髪で活発そうなツーサイドアップの髪型。
表情豊かで明るい性格。
…そりゃ、ああなりますね。
「まぁ…理子ちゃんはこのままじゃ仕事になりませんね。」
「うーん。困ったなぁ…。じゃあ私は何しよう?」
「それなら、裏で働くのはどうかな?」
「…およ、ゆきちゃん。」
…と。
いつの間にやら白雪さんがいました。
「詩穂もいたんだね。どうしたの?」
「白雪さん。理子ちゃんに…ちょっと。」
「ああー…うん。大体わかったよ。」
と、少しだけ苦笑してみせる白雪さん。
やっぱりバニー衣装ですが…どうやら白雪さんは裏で働いていたみたいです。
ここで働く役割を決めていた時に、キンジ君の忠告で白雪さんはバックヤード担当になっていました。
白雪さんは知らない人相手だと人見知りが激しいので、裏の方がいいだろう…とはキンジ君談です。
「うーん…じゃあ、そうしよっかな。」
「うん!裏の人たちにも話しておくね。」
「ん、ありがと!」
理子ちゃんはよし!と意気込むと、裏の方に入っていきました。
…去り際に。
「詩穂、またあとでねっ!ちゅっ♪」
と投げキッスをしながら。
バックヤードから離れて、1階を見て回った後。
私は2階の方に来ました。
2階は、超高額のチップしか賭けられない特等のルーレット・エリア。
入ることにも会員用パスカードが要り、賭ける金額は最低でも100万と常識外れです。
見物にすらお金がかかるので、乱闘とか騒ぎはおろかお客さん自体も少ないだろう…と踏んでいましたが。
ワーワー、と何やら盛り上がっている一角をまたもや発見しました。
…どうやら、大勝負が行われているみたいです。
近寄ってみると、そのルーレット台のディーラーは…。
「……………。」
無表情で台を見つめる、レキさんでした。
レキさんはこんなところで働いていたんですか…。
急にレキさんも参加する、となってどうやることになるやらと思っていましたが。
まさかの少しカッコいいディーラー姿にびっくりです。
「では、次のゲームを始めます。プレイヤーは次の
淡々としゃべるレキさんの正面には…何やら興奮した様子の若い男性が座っています。
「は、ははっ…。こんなに強くて可憐なディーラーさんは初めてだよ。僕も運は強い自信があったんだが…。」
その男性は…見覚えが、あります。
テレビで最近少し有名になってきた、IT企業の若社長…。
よく若い女性タレントとスキャンダルになることでも有名です。
「…よし、決めた。僕は次のゲームで、残りの手持ちの35枚のチップ…。このすべてを賭けよう!」
わぁっ!
っと、見物客の皆さんが大いに盛り上がります。
…そんな有名な方の、大勝負。
確かに盛り上がるのはわかりますが…。
少々危険かもしれません。
「賭ける場所は…『
ダンッ!
と台に強く手を置く若社長さんは…明らかに、負け続けてハイになっちゃっている顔です。
このまま負ければ…ハイが高まりすぎて、ちょっとした騒ぎになる可能性もあります。
もちろん、負けて燃え尽きてもらえればそれで結構なのですが…。
「はい。では、『
「いいや、配当も何もいらないよ。その代わり、勝てばキミを
…また、妙なことを口走り始めましたね。
これには周囲の見物客の皆さんもどよめきます。
…しかし、レキさんは表情1つ、言葉1つ変化有りません。
「僕は強運な女性を手にすることで、強運を手にしてきたからね。」
うわぁ…。
これは、相当な女好きみたいですね…。
ていうかこんなこと言う割に『
確率2分の1じゃないですか。
こういうところは割と堅実ですね。
「…ちょっと失礼。」
しかし、このおかしな勝負に…聞き覚えのある声が割り込みました。
「俺も、この勝負に参加させてもらいましょう。」
「…誰だね、キミは。」
若社長の睨んだ先には…。
同じく若社長(偽)の、キンジ君が軽い苦笑いで立っていました。
…って、何やってんですか、キンジ君!?
「あなたの商売敵…の、下請けですよ。賭け金もこれだけです。」
「ちっ。さっさと賭けろ。この娘は渡さんぞ。」
「ああ、目当ては配当金だけですよ。」
キンジ君は1つのチップ―それでも100万ですが―を懐から取り出し、ちらり、と若社長に見せます。
若社長も見物客の皆さんも…少し、盛り上がったムードが冷めました。
…なるほど。
キンジ君もこの騒ぎを見て、危険だと判断したのでしょう。
そして、この場をしらけさせることで騒ぎを小さくしようとしたんですね。
「…
レキさんは
うーむ、ロボット・レキ、恐るべし…。
「掛け金はこれだけだ。場所は、『
キンジ君は明らかにテキトーな場所に1つのチップを賭け、テーブルに座り込みました。
…ど、どうしましょう。
私も行った方がいいのかな…?
うーん、でもあんまり目立ちたくはないし…。
…ああ、でも私も出て行った方が効果的な気も…!
「……
とか、悩んでいるうちに。
レキさんが淡々と
残念…と思う反面、どこかほっとしてしまいます。
「「「………!」」」
観客も皆さんも、若社長も。
キンジ君…は緊張しているふりでもしているのでしょうか、顔を強張らせようと頑張っています。
皆一斉に黙り、かたずをのんでレキさんの仕草を見守ります。
「……………。」
しかしレキさんはそんなことを気にも留めず、あくまで機械的にルーレットをくるりと回しました。
手に持った白い手球をぽいっと投げ入れ、また棒立ちに戻ります。
からっからからから…。
軽やかな音を立て、手球が転がります。
ルーレットの回転数が落ち、そして…。
……こん…。
小さな音を立てて、手球が入った先は…。
「…
レキさんが抑揚なく、そう伝えました。
…そう、キンジ君の適当に言った番号に入ってしまったのです。
わぁぁぁぁぁぁ!!!!
と観客が大いに盛り上がります。
ただ、当事者であるキンジ君と若社長は唖然とするばかり。
「こちらが配当です。受け取ってください。」
レキさんはやはり機械的な動作で、キンジ君に36枚のチップを渡しました。
キンジ君はボーっとそれを受け取ると…。
全てを察したように顔を上げ、そしてガックリと肩を落としました。
……おそらく。
こんなことがあり得るとは思いませんが、レキさんは…狙って
普通はそんな芸当出来っこないですが、彼女は天才狙撃手レキさん。
彼女なら…本当にやりかねません。
そして場を盛り下げるのが目的だったキンジ君は、逆に盛り上がってしまったこの場にがっかりしているのでしょう。
「は…はは、キミには負けたよ、お嬢さん。7000万も持っていかれてしまった…。」
大金をスってしまった若社長は、よろよろとレキさんに近寄ります。
…よくもまぁ、それだけ使って立ち上がれますね…。
「せめて、キミのケータイ番号…いや、名前だけでも教えてくれないか!」
…超必死ですね。
ある意味、粘り強いことは社長である資質にぴったりです。
「…お引き取りください。お集りの皆さんも、お帰りください。」
そんな若社長を颯爽とスルーし、レキさんは冷たく呼びかけました。
…先程よりも、少し低い声で。
レキさんの、少し冷たい…冷静な声。
…何か、嫌な予感が、します。
悪寒が全身にゾクゾク、と流れていきます。
「…よくない風が、吹き込んでいます。」
………バァァァン!!
大きな音がルーレット台から鳴り響きました。
―銀狼、ハイマキ。
レキさんの飼っている、大型のコーカサスハクギンオオカミがルーレット台を踏み台にして大きく跳躍します。
一体、どこから…!?
ハイマキはそのまま観客の皆さんを飛び越し…。
フロアの片隅にいた――人間…?――に向かって、体当たりを仕掛けます。
ドォン!
ハイマキが当たる衝撃は、バイクに正面衝突するようなもの。
彼は、そのくらい強烈な図体と速度を持っています。
その体当たりを食らった男(?)は、そのまま壁までぶっ飛ばされました。
「……な、なんなんだあれは!?」
若社長が叫びます。
…どうやら、非常事態みたいですね…!
「……詩穂。」
「…はい。」
私に気付いたキンジ君が、チャキ、とベレッタを取り出しました。
私もそれにつられて、背中から銃と
「………!!」
若社長はそんな私たちを見て、一目散に逃げだします。
周りの観客の皆さんも蜘蛛の子を散らすように逃げていき…。
そして広い2階のフロアホールには、私とレキさん、キンジ君とハイマキ…そして、例のあの男だけが残りました。
「…あれは…。」
男が亀裂の入った壁から、むくりと起き上がりました。
…そして、ようやくその姿を認識します。
ゆうに2mはある、真っ黒で筋肉質な巨漢。
上半身はむき出しにしていて、下半身は布のようなものを巻き付けているだけ。
…しかし、決定的に異質だと思えるものがありました。
「…頭が…。」
キンジ君が少し、緊張した声音で呟きます。
…その男の頭は、ジャッカルそのものでした。
まるでゲームに出てくるモンスターのように、頭だけが人のそれではありません。
口の動きがとても生物的で、今にもこちらに食いついてきそうです。
…被り物とか仮装とかそんな生易しい世界ではないようです。
しかもそんなジャッカル男の手には…大振りの、斧まで。
どう見てもただの暴漢や強盗ではないみたいですね…。
「グオォォォン!!」
立ち上がったジャッカル男にハイマキが再び突進を仕掛けますが…。
ベシッ、といとも簡単に片手で振り払われてしまいます。
ゴロゴロと床を転がったハイマキは、当たり所が悪かったのか朦朧とその場でふらついています。
「…気を付けてください。あれは、人間ではありません。」
レキさんの冷静な言葉に、やはりという確信と緊張感が体を巡ります。
…ハイマキを簡単にあしらっていることから、私や通常モードのキンジ君では勝ち目がない可能性が高いですね…。
「キンちゃぁぁぁん!!」
「詩穂っ!」
階段から、たたた、と理子ちゃんと白雪さんが駆け上がってきました。
1階にいた2人も騒ぎを聞いて駆けつけてくれたみたいです。
休憩中だったのか仕事はもう終わったのか、2人とも武偵制服姿です。
白雪さんの腰にちゃんと日本刀が据えられているあたり、武装までがっちりみたいですね。
…5対1。
ハイマキも入れれば6対1です。
それでも…ジャッカル男はこちらに襲い掛かろうと、威嚇するように重心を低くし構えたまま。
「…
白雪さんが日本刀・
理子ちゃんもまた、訝しむようにジャッカル男を睨んでいます。
「…あれは、もしかすると…パトラの。」
「理子ちゃん、知っているんですか?」
「うん…。多分だけど。そして、もしそうなら…まずいかも。」
「………?」
理子ちゃんは額に汗を滲ませ、随分緊張しているように見えます。
…こちらの方が圧倒的に有利なのに、何故か。
「皆さん、下がってください。…キンジさん、肩をお借りします。」
そう告げるレキさんは、ルーレット台の上に片膝立ちで飛び乗り…。
キンジ君の肩を台座に彼女の愛銃・ドラグノフを置きます。
…狙撃銃はその性質上、銃身を固定できる場所や安定した姿勢が求められます。
強烈な反動を、支えるために。
当然、わかりやすい隙も出来てしまいます。
本来ならこんな近距離で銃弾を放つことはない狙撃手ですが…今回は緊急事態なので話は別です。
バズンッッ!!
ビスッ!!
レキさんの放った一撃が、ジャッカル男の脳天を正確に打ち抜きます。
あまりの威力にジャッカル男は大きく後ろにのけぞりました。
…人間でないとわかったら殺してもオッケー、となる武偵の思考はいつ見ても恐ろしいものです…。
どさり、とその場に倒れ伏したジャッカル男はその場で2、3度痙攣すると。
サァァァァ…と、砂になって溶けてしまいました。
「……え?」
砂に…なった?
状況が全く掴めません。
まるで化学の実験だかマジックだかでも見ているような気分です。
「………?」
周りを見てみると、キンジ君もよくわかっていないみたいでした。
仲間がいてよかったです。
…逆に言えば、それ以外の3人は理解しているみたいですが。
ぶぅぅぅん…。
更に、砂の中から…何かが舞い上がります。
…黒い、虫?
「…あのスカラベ。やっぱり星伽神社の読み通りだね。」
白雪さんがその虫を警戒するように見送ります。
黒い虫はそのまま、びびびび…と扉から逃げていきます。
「スカラベ…ですか?」
「うん。あれは、多分使い魔の一種の…。」
「…ゆきちゃん、詩穂。のんびりしてる暇は…ないみたい。」
白雪さんの説明を受ける前に…理子ちゃんが固い声音で私たちを制します。
彼女の…いや、皆の視線は上に向いていました。
釣られて私も上を見上げ…そして、見上げたことを後悔。
…天井に、それこそ虫のように張り付いたジャッカル男が10をゆうに超える数、張り付いていました。
…気持ち悪さもそうですが、なにより絶望感がある光景です…。
「…レキ、弾は?」
「あと3発です。キンジさんは?」
「20発はあると思うが…
「そうですか。」
キンジ君とレキさんは、淡白な会話を少しばかり。
…この2人は1年のころに何度か組んだことがあるそうです。
やはりSランク同士、ある程度の修羅場は潜り抜けているのか…どこか冷静な2人に驚きます。
白雪さんも色金殺女を構えなおし、理子ちゃんもワルサーを2丁両手で構えて。
私も、心底ビビりつつ
「あら、楽しそうじゃない。あたしも混ぜなさいよ。」
バスン!!バスン!!
…最近は聞き慣れてきた、コルト・ガバメントの銃声。
そして、特徴的なアニメ声。
アリアさんが、とうとう2階に来てくれました。
…バニー姿でのままで。
白雪さんと理子ちゃんは着替えていたのを考えると、アリアさんはまだ仕事中だったみたいです。
登場ついでに放った彼女の銃弾は、見事2体を打ち抜いていました。
どさどさ、と天井から落ちてきたジャッカル男は…また、砂になって。
スカラベが2匹ぶぅん、と逃げていきました。
「あ…アリアさん!」
「詩穂ー。あんたこういう非常事態が起こったんなら、ちゃんとメンバー全員に連絡しなさい。基本でしょ?」
「あ…ご、ごめんなさい…?」
いつもみたいに軽いお説教を交えつつ、アリアさんはこちらに合流します。
…と同時に、ジャッカル男たちが天井からボトボトと落ちてきました。
1ヶ所に固まってしまっている私たちは、大勢のジャッカル男に囲まれる形になってしまいます。
「こっちから上がって倒そうと思ってたんだけど…。ちょうどいいわ。あんたら、行くわよ!」
バスン!バスン!
アリアさんはやたら好戦的な笑みを浮かべ、真っ先に手近な敵の頭部を打ち抜いていきます。
そしてそのまま…ジャッカル男の群れの中へ。
「へへっ!そうこなくっちゃ!詩穂、私たちも行くよ!」
「あ、理子ちゃ…。」
そしてアリアさんに対抗心を燃やしたのか、理子ちゃんも敵の中へ飛び込んでいきます。
復活したハイマキも、やっぱり突撃しに行ってしまいます。
「よし!私はキンちゃんと一緒にいるね!」
白雪さんだけこの場に残って、威嚇するように大上段で構えました。
どうやら、私たち…というかキンジ君を守ってくれるみたいです。
…こういう状況のことを、白兵戦、とでもいうのでしょうか…。
それとも、ただの乱闘にすら見えます。
というか、あの2人と1匹は突撃しか頭にないんでしょうか…?
「…………。」
レキさんも、その場で狙撃銃を構えて…取りこぼしを狙うスタイルです。
完全に戦力外な私と通常モードなキンジ君は…。
「…レキと白雪をサポートするぞ。」
「……はい。」
なんともやる気のない、キンジ君の提案で。
私たちのなんだかやるせない任務は開始するのでした…。
戦況は、一言でいえば。
圧倒、でした。
アリアさんはそもそも近接戦のプロ、
彼女がいる時点で、正直負ける気がしないレベルでした。
更に、そのアリアさんと近接戦でタメを張ったことのある理子ちゃんと白雪さんが加わったら…そりゃあもう、戦力過多というものです。
理子ちゃんも白雪さんはどちらも超能力は使用していませんが…それでも充分と言えます。
レキさんも途中でサポートを諦めたのか、棒立ちモードに入ってしまいました。
…確かに、乱戦状態における援護射撃は射線に味方が入りがちなので間違ってはいない判断なのですが…。
そして、白雪さんが私たちの方に敵が来ないように上手く近くで立ち回ってくれるため…。
「…おっと。」
ガギュン!
白雪さんが取りこぼした…というか仕留め損ねた足元のジャッカル男を、キンジ君が無慈悲に打ち抜きます。
憐れジャッカル男、砂に帰します。
まぁ…つまりは、そのぐらい余裕をもって相手が出来ているのでした。
「はぁぁぁっ!」
「うりゃりゃー!」
前線で戦うアリアさんや理子ちゃんも、余裕そうに動く中で…。
「…あれ?」
2人の…いえ、白雪さんやハイマキも含めて。
戦う中での不思議な共通点が見えました。
…みんな、倒した後のジャッカル男から出てくる…。
黒いスカラベを、大げさなくらい避けながら戦っているのです。
「よいしょ…っと。」
白雪さんがズバッと敵を切り捨て、残り3体。
…残りの3体は、アリアさん達が相手をしているので…こちらはフリーとなってしまいます。
丁度いいので聞いてみましょう。
「あの…白雪さん。」
「ん?どうしたの、詩穂。」
「いや、えっと…どうして皆さんはあの…スカラベ?を避けているんですか…?」
「ああ、それはね…。」
白雪さんはちらり、とさっき切り伏せたジャッカル男の死体を見ます。
その砂の塊からは、やはり。
ぶぅん、とスカラベが空に舞い、階段の方に逃げて行ってしまいました。
「あれは…敵の
「使い魔、兼依り代…。」
「うん。ヒトガタを動かすためには、大抵依り代がいるの。動力源とコントロール性を確保できるからね。」
「は、はぁ…。でも、それとアレを避けるのに何の関係が…?」
確かに、なんとなく依り代の原理とか使い魔だとかっていうのはわかります。
が…なぜスカラベを避けるのかがわかりません。
白雪さんは、アリアさん達の方を見て…。
圧倒的な戦況を確認すると、緊張を解きながら説明を続けます。
「使い魔はね、主人から『魔力』みたいなものを貰って動いているの。だから、使い魔自体も大抵はある程度魔術が使える。」
「…はい。」
「で、今回のあのスカラベが使う魔術は…『呪い』。」
「の、呪い…?」
なんだか不穏なワードです…。
そしてなんとなく、避ける理由がわかりました。
「…ということは、あれに触ったら…。」
「うん、つまりね。」
「死んじゃうんですか!?」
「い、いやそんなに強烈じゃないんだけどね…。不幸に、なるの。」
不幸。
…いつもキンジ君や私が見舞われているような気もしますが…。
「…どのくらい不幸になるんですか?」
「うーん…そうだなぁ…。あ、この間ジャンヌに会ったの覚えてる?」
「えっと…ああはい、覚えています。」
単位不足者の張り紙を見たあの日。
…確か、足を怪我して松葉杖をついていました。
「…多分、あの足は…スカラベの所為だよ。」
「ええっ!?」
ジャンヌさんの言葉を…少しだけ、思い出します。
『ああ、少しな。バスに轢かれたのだ。』
…つまり、そのくらい。
体の一部が機能停止するくらいの、不幸…。
…思ったより、危険かつ重要な情報です。
気を付けないと…!
「理子!」
「あいよー!」
…と。
そんなことを教えてもらっているうちに。
アリアさんが手負いにしたジャッカル男を、理子ちゃんが撃ち抜きます。
とどめとばかりにハイマキがジャッカル男にガブガブと食らいつき、砂に帰します。
…これで、あと2体。
「ォォォォーーーーン……。」
残った2匹は甲高い雄叫びを上げると…。
バリィン!と窓ガラスをぶち破り、屋外へと逃げて行ってしまいました。
「ああっ!逃げられた…!」
「観客も外に逃がしたのに、ゴレムも外に逃がしちゃ…まずいわね。」
倒しきれなかった理子ちゃんとアリアさんが、不服そうに唸ります。
「キンジ!詩穂!何ボーっとしてんのよ!追うわよ!」
「…おう。」
「は、はいっ!」
アリアさんは威勢良く、私たちを鼓舞し。
キンジ君は、どこか面倒そうに。
残る2体を、倒しに。
「…嫌な、風を感じます。白雪さんはここに。」
「え?あ…うん。わかったよ…?」
「私は詩穂と行くよっ!」
残る3人も方針が決まったみたいです。
よし…。
「それじゃ…。」
「頑張りましょう!」
先を駆けるアリアさんを追いながら。
キンジ君と、今一度やる気を確かめたのでした。
「うわぁ…。」
ピラディミオン1階から、逃げて行ったジャッカル男を目で追うと…。
なんと、海上を走って逃げていました。
流石の光景に思わずドン引きしていると…。
「詩穂ーっ!こっちこっち!」
見慣れた防弾制服姿の理子ちゃんが、水上バイクの上で手招きしています。
…ああ、そういえば。
このお店の1階は、海と繋がっている水路を高速で走るための水上バイクを導入していたんでしたっけ。
この水上バイクを使って海の上を追うという寸法らしいです。
手を振る理子ちゃんに近づくと…既にエンジンがかかり、いつでも発進可能な状態でした。
「よし、これで行くよ!」
「ええー…い、嫌ですよ…。」
「なんで!?」
理子ちゃんがガビーン、といった風にツッコみます。
…当然ながら私は泳げないので、海の上に出たいだなんて微塵にも思いません。
というか怖いです。
以前一回白雪さんに東京湾に落とされた辺りから、海は本気でトラウマです…。
「私泳げないですし…。キンジ君と行ったらどうですか?」
「いやー、キー君もうアリアと乗っちゃってるし。」
理子ちゃんが横目でチラリ、と視線を寄越します。
私もそれを追うと…。
「き、きんじぃーっ!」
「おいバカ、離れろ…っ!誰が操縦すんだよ…!」
2人は水上バイクの上で抱き合っていました。
アリアさんが
アリアさんも水にビビり、キンジ君に抱き着いちゃってる感じです。
「……ね?」
「…はい。」
理子ちゃんが呆れたように息を吐き。
そして気を取り直したように私をキラキラした目で誘います。
「だからっ!私たちも抱き合おう?」
「そっちですか!?」
…というかこんなにのんびりしててジャッカル男は平気なんでしょうか?
と、ジャッカルさん2頭を目で追うと…。
…あんまり、速いスピードでは走っていない模様です。
そしてこの水上バイクのスピードメーターをチラリとみると…最高時速は相当出るみたいです。
これならすぐにでも追いつけそうですね。
…というか仕事用なのに何故ここまでガチ仕様なんでしょうか…。
「…わ、わかりました。頑張って乗ります…。」
「うぇーい!そう来なくっちゃ!」
渋々…心から渋々理子ちゃんの後部座席に乗り、銃を構えます。
そして、銃を構えていない右手は理子ちゃんの腰にしっかりと回し…。
「あんっ♪詩穂、いきなりは駄目だよ…!」
「そういうのはもういいですから…。」
「冷たーい…。」
…しっかりと腕を回し、落ちないように体を理子ちゃんに固定します。
高速で移動する水上バイクから海に落ちたらひとたまりもありません。
「ば、バカキンジぃーーーーっ!」
…と、ここでアリアさんの悲鳴が上がります。
何事かとそちらを見ると…。
ざざざざざざあああっ!
っと、猛スピードで海の方に進むアリアさんバイク。
…何があったのかは知りませんが、どうやらアリアさん達の方も問題なく発進できたみたいです。
「んじゃ…私たちも、いこっか!」
「出来ればあの2人に全部任せたいんですけどね…!」
生憎、ジャッカル男は微妙に別方向に行っているので二手で追撃した方がよさそうです。
もう一度、ギュッと理子ちゃんを右手で強く抱きます。
理子ちゃんは今度は茶化すことなく、私を一瞥すると。
「さ、
ドルッドルルルルルルル……!!
力強いエンジンを一瞬響かせた水上バイクは…。
理子ちゃんの運転で、進み始めます…!
ものすごい速度で走るアリアさん達の水上バイクを遠目に、私たちのバイクも進みます。
アリアさんは…未だに若干パニックが入っているのか、明らかに危険な走行方法で走っていました。
というのも。
車体は完全に斜め上を向き、波を割りながらのフルスロットル運転です。
アリアさんらしいっちゃアリアさんらしいですけど…。
「ありゃ水上ウィリーだね!アリアやるじゃん、かっくいー!」
「理子ちゃん!?真似しないでくださいね!?」
「へーきへーき…っと。近いよ、詩穂。」
…少し前には、ジャッカル男。
先程は2足歩行で水上を走っていましたが、今は4足歩行で走っています。
頭だけでなく行動も、ここまでくるとそれこそジャッカルです。
「…もう少しで射程圏内、入ります。」
「はいよー…っと。」
流石水上バイク、圧倒的速度でジャッカル男に迫っていきます。
…ものの数分でここまで追いついてしまいました。
やはり現代科学は恐ろしいものです。
「…よし。」
射程圏内。
私の銃の腕前は、相変わらずのダメダメです。
しかも、水上…足場も悪く、狙いもつけづらく。
…でも。
「がんば、詩穂。」
「…理子ちゃん。」
いつもなら緊張で震えてしまう手も、理子ちゃんがいるなら震えません。
――落ち着いて狙いさえつけれれば。
ガギュン!
あとはこの銃が、当ててくれる――
私の撃った、弾丸は。
狂いなく、ジャッカル男の肩を、撃ち抜きました。
ざざぁっ!
バランスを失ったジャッカル男は、そのまま海へと沈み込んでいきます。
…スカラベだけは、水没する瞬間に脱出し。
びびび…と空へと逃げていきました。
「なーいす、詩穂。」
「えへへ…。当たって、よかったです。」
水上バイクを減速させながら。
私と理子ちゃんは、笑い合いました。
詩穂→理子
…さて。
ジャッカル退治も終わったし、このままカジノに戻ろっかなー…。
と、呑気に考えていると。
「おーい、詩穂、理子ー!」
少し離れたところから、キー君の声。
声の方角を見ると、キー君がこっちに手を振っていた。
アリアは…何故か操縦席で顔を真っ赤にしながら蹲っている。
「…やっほー!」
とりあえず手を振り返してみる。
「こっちに来てくれないか?」
「どしたのー?」
「エンジンが
そりゃ、ウィリーなんかしたらエンストするよ…。
「んー、わかったー!…じゃ、詩穂。もっかい動かすね?」
「はい。」
ぎゅっ…と、詩穂が腰にしがみつく。
うおああああああ!
かわいいいいいい!!
水が怖いから毎回何かあるたびに抱きしめてくる詩穂かわいいいいい!!!
思えばさっき銃当てた後の照れ気味な顔も可愛かったあああああ!!
帰りたい!
今すぐ帰って詩穂と
「…あの、理子ちゃん?」
「うん、平気だよ!キー君たちのところにいこ!」
「は、はい…。」
もちろん、そんなことは口に出さない。
なぜなら私は、誇り高きフランスの淑女だから。
アリアたちの水上バイクに寄ってみると。
…キー君とアリアが、何やらを言い争っている。
「ま、ま、まだ6時回ってないもん!ロンドンではまだ6時じゃない!」
「そうか。じゃあ…俺の負けだ、アリア。約束通り、俺をあげよう。」
「みきゅぅ!」
言い争ってる…というか、キー君がアリアをからかっているだけだった。
キー君がHSSに入っている時点でなんとなく状況わかるけどね。
キー君たちの乗る水上バイクに並列させると、一旦私もバイクを停止。
いくらエンストといっても、エンジンをかけなおせば平気だろう。
キー君もそれをわかっているのか、ドゥルン、ドゥルン…とエンジンをかけなおそうとしている。
「じゃ、戻ろっか。」
「まま待ちなさいよ!バカキンジをどうにかして!」
「えー…だってアリアの問題じゃん…。理子には関係なーし。」
「ちょ、あんたねぇ…!」
アリアは正面対決を諦めたのか、私を使おうとするも。
残念ながら失敗。
そもそも、今気付いたけどヒスキー君は危険だ。
詩穂を取られちゃうかもしれないし。
おしゃべりもいいけど、もう戻んないとね。
「よし、そろそろホントに…」
タァーーーー…………ン。
私が、言いかけた言葉を。
掻き消すように聞こえたその銃声。
「………う……。」
アリアの方に、振り向く。
「……アンタたち…。」
アリアの影が、ぐらりと揺れる。
「第2射に…気を付けるのよ…。」
鮮血が、舞う。
ばしゃぁっ!
アリアは、そのまま…。
海へ、落ちて行った。
「…あ、アリアさんっ!?」
詩穂が叫ぶ。
もう、沈みゆくアリアは見えない。
銃弾の飛んできた方角を見る。
そこには、さっきまではなかった巨大な船。
金銀で飾られ、しかし現代のものとは思えないくらい古い造りの船。
6匹のジャッカル男が櫂を持ち、船をこぐ。
その船の船室の屋上には…知った顔が、悠然と立っていた。
おかっぱ頭に、体中を彩る金銀財宝。
勝気な鋭い目つきと、悔しいけど美貌な見た目。
…間違いない。
イ・ウーから追い出された、元イ・ウーナンバー2。
世界有数であり最高峰の魔女。
――砂礫の魔女、パトラ!
「アリアさんっ…!」
ばしゃあっ!
「え、詩穂!?」
詩穂が、気が付けば海に飛び込んでいった。
アリアを追うため…!
泳げないのに、無茶苦茶な!
私も、詩穂を追おうとしても…動けない。
パトラが、その手に持つ銃を…構えた。
WA2000。
ワルサー社がひと昔前に開発した、高性能狙撃銃。
セミオートマチック式ながら、高い狙撃性能を持つ。
…その矛先が、私を捉える。
やられた。
ジャッカル男のゴレムの時点で、私は気付いていたはずなのに…!
上手いことおびき寄せられて、まんまと隙を見せた。
そして…!
今、ここで…撃ち抜かれる…!
親友を、戦友を、仲間を。
何も出来ずに、私は…!
ビスッ!
銃弾が、飛来した。
…パトラの頭部に、向かって。
タァァァン…。
遅れて、銃声。
振り返ると、カジノ・ピラディミオンの窓に膝立ちでドラグノフを構えるレキュが見えた。
…おそらく、レキュは。
WA2000の銃声を聞いて、即座に援護射撃をしてくれたのだろう。
…しかし、パトラの額から血は流れない。
サラサラ…と、パトラの体が砂に戻っていく。
…あれもまた、ゴレム!
「……!」
驚きの、連続。
複数の事柄が畳みかけるように起こる。
でも…なんとか、状況に付いていけていた。
…その姿を、見るまでは。
「にい…さん…!」
キー君が、絞り出すように呟く。
宝石で飾られた船室から出てきた、全身真っ黒のロングコートを着た男。
端正な顔立ち、鋭く光る眼。
…遠山金一。
カナの姿ではない、男の状態の、キー君の兄。
…姿を認識した途端、強烈な殺気に体が覆われる。
まるでこの世のものとは思えない、鬼のような殺気。
本能が、体の動きを…止める。
「――夢を、見た。」
…低い、声。
カナの柔らかい、暖かい声ではなく。
冷たい、見下すような…遠山金一の声。
「長い眠りの中で、『第二の可能性』を成し遂げる夢を…。」
その声は、突き放すようにキー君に向けられている。
絶望と悲しみに満ちた、そんな人の声だ。
「キンジ…残念だ。パトラごときに不覚を取るようなら、『第二の可能性』は…ない。」
冷たく、冷たく。
感情を押し殺した、淡々とした声。
「兄さん…っ!なんなんだよ…!パトラって誰なんだ!『第二の可能性』ってなんだ!まだ、アリアを…殺そうっての言うのか!」
キー君が叫ぶ。
HSSを発現しているはずなのに…激しい怒りに駆られている。
私は…まだ、金一の殺気にあてられ、動けない。
詩穂を助けに行かなくてはならないのに…体が、本能が、動いたら殺されると、訴える。
「…パトラ。俺の弟が、呼んでいる。出てきてくれないか。」
金一が、海に向かって話しかけた。
その水面は…。
ざ…ざざ…。
小さく、揺れ。
ざばぁっ!
何かが…いや、何者かが勢いよく。
海の中から、飛び出した。
「気安く妾の名を呼ぶでない、トオヤマキンイチ。」
パトラ、だ。
こいつも本物だろうかはわからないが。
彼女はそのままスーッと、自然に金一の隣に降り立った。
…手には、何か大きなものを持っている。
黄金の…柩…?
古代エジプトで用いられた、王族や貴族を埋葬する聖柩。
その柩は、半分ほど蓋が開いていて。
中にはぐったりと動かないアリア。
そして…。
「詩穂…!」
アリアを庇うように抱きかかえ、同じく動かない詩穂…だった…!
「…ほ。」
パトラが、嗤う。
面白いものでも見つけたかのように。
「リュパンの、曾孫…か。久しいのう。
「…ちっ!」
…ばたん!
柩の蓋が、閉められた。
もう…詩穂の顔を見ることすら、出来ない。
「余計な小娘も間違えて捕らえてしもうたが、中々どうして、良い拾い物をしたようじゃの。」
ほほ。
ほほほ。
口に手を当てて、見下すように嗤う。
その癖はいつまでも、変わらないみたいだ。
そして、今。
『捕らえた』、と言った。
あれはおそらく、アリアは…そして、詩穂も。
死んでいないということ。
…しかし、まずい。
この状況は、厄介な状況になってしまった。
詩穂が…私の反応のせいで、人質としてあいつに認識された。
「のう、リュパンの曾孫よ。この小娘…返してやろう。」
「なっ!?」
「ここで、お前は贄になってもらうがの。」
パトラは嫌らしく笑うと…両手を、私に向けて差し出した。
そして、その両手の指が、妖しく…蠢く。
じゅぅぅ…。
「……!!」
私の体から、蒸気が…上がる。
全身から水蒸気が…まるで、湯気のように。
これは…!
「…パトラ。それは、ルール違反だ。」
金一の、制する声。
それを合図に、私の体から上がる蒸気も止まる。
…今のは、危なかったかも。
「なんぢゃ…気に入らんのう…。」
言いつつ、パトラは金一に向き直った。
船上で櫂を持っていたゴレム達も、その櫂を持ち上げ金一を威嚇する。
櫂の先端は、刃物のように尖っている。
あの櫂は、武器の役割も果たしている…!
「…『アリアに仕掛けてもいいが、無用の殺しは禁ずる』…。『
金一は…切っ先を向けられても、全く動じない。
それどころか、一歩、パトラに近づく。
「な、な、な…!」
明らかに…パトラは、大きく動揺を見せた。
金一が近づいたから。
「は、離れよ!妾を侮辱するのか…!」
金一は、また一歩、近づく。
パトラはそれに少し遅れて、後ずさる。
そして、また一歩…金一が、近づくと同時に。
金一が、唐突に。
パトラの唇を、奪った…。
「…これで、赦せ。俺の弟と、その大切な友人らしいからな。」
金一が、すっ、とパトラを抱き寄せる。
その金一から…異様な、先程とは比べ物にならない…強烈な雰囲気が漂い出す。
「わ…妾を、使ったな?好いてもおらぬくせに…!」
「哀しいことを言わないでくれ、パトラ。打算でこんなことが出来るほど…俺は、器用じゃない。」
真っ赤になったパトラは、そのままわなわな、と両手を震わせる。
それを、金一が――HSSを発言した金一が、彼女の両手首をやさしく握る。
パトラは数瞬呆けたのち…。
バッ、と金一を振りほどき、すごい勢いで後ずさった。
「…な、なんにせよ、妾はこんなところで遊んでいる暇などない!」
パトラは、ほいっ、と金一に何かを渡すと。
ざばぁ、とまた海の中に柩を持って行ってしまった。
「…アリアっ!」
キー君が、反射で追おうとする。
私も動こうとして…。
「止まれ!!」
金一が、鋭く制した。
その声は…もう、先程とは比べ物にならないほど…殺気に満ちている。
どうやら、パトラとの関係を茶化すような幸せな雰囲気ではないようだ。
「……!!」
いつの間にか…ジャッカル男たちが。
私とキー君の水上バイクを取り囲むように…水上に立っている。
もう、動けない。
もう詩穂を…追うことも、叶わない。
詩穂…!
「『緋弾のアリア』か。儚い、夢だったな…。」
金一が、呟く。
私も知らないその言葉は…強く、耳に残った。
「緋弾の…アリア…?」
キー君が、その顔を。
怒りに、歪ませる。
「なんだよ、それ…!」
彼は、怒る。
アリアを奪われ、それを奪ったのは…尊敬していた、兄。
大切なものを同時に失い、その理不尽な世界に…憤る。
「アリアを…殺したのは!なぜだ!あの時殺さないって言ったじゃないか!」
「殺してはいない。看過しただけだ。」
「そんなの…!そんなの、詭弁だろ!」
「…いや、まだだ。アリアは、死んでなどいない。」
金一は、さっきパトラから受け取った何かを、懐から取り出した。
それは…水晶玉に入った、砂時計。
必ず下に砂が落ち続ける仕組みになっているのだろうか、しかしその砂は…やけに、少しずつしか落ちない。
「パトラが撃った弾は、呪弾。この砂が落ちきるまで…あと、『24時間』の間は生きている。」
「……!」
「パトラはその間…『教授』と交渉するのだろう。だが…それも、関係ない。『第二の可能性』がないのなら、アリアは……死ぬべきだ。」
「なんなんだよ…!一体、なんなんだ!さっきから『第二の可能性』って、そう言ってアリアを…!」
…『第二の可能性』。
それは、私も金一に…いや、カナに聞いていたことだ。
カナから、私だけが聞いた話。
結論からして言えば。
『第二の可能性』は不可能。
はじめてその話を聞いたときに思ったし、今も思っている。
「キンジ。よく聞け。」
「…………。」
「イ・ウーは、自由。法も無く、律も無い。各々がその目的や強さの為に…その邪魔となる場合や糧となる場合、『他者を殺すことも自由』なのだ。」
…私は。
だから、イ・ウーを、抜けたんだ。
目的を果たし、未来を掴み…。
私はもうあそこにいる意味がないから。
「…そんなことは、ありえない。そんな組織、すぐに内部抗争でバラバラになるに決まってる!」
「ああ。だからこそ、存続できたのだ。内部抗争は起きてもそのリーダー…『教授』が絶対的だからだ。」
…絶対的。
私は、知っている。
『教授』がなぜ絶対的であり、最強であるかを。
「だが、もうじき…イ・ウーは終わる。」
「…終わる…?」
「『教授』が、死ぬのだ。病でもなく傷でもなく。……寿命で、な。」
寿命で死ぬ。
詳しくは知らないが…あの『教授』なら、ありうる。
それ以外で死ぬところなんて想像できないから。
「…イ・ウーは、ただの超人育成機関などではない。超能力を、超人を、核を…すなわち、この世のあらゆる武力を持つ武装集団だ。そして、中には過激な一派…世界を、わが手に収めようと目論む『
「…世界、を…。」
キー君が驚きのあまり目を見開く。
それは、簡単に言えば――世界征服。
あまりにも滅茶苦茶で…恐ろしい行為。
それが出来る力を、イ・ウーは持っている。
「当然、それだけではない。純粋に己の力を磨くことを追求し、イ・ウーを『教授』の理想のまま続けようとする集団も、いる。『
『研鑽派』。
私やジャンヌ、表向きはカナも所属していた。
逆に『主戦派』はパトラが目立っていた。
「そして、『研鑽派』は『教授』の死期を悟ったとき、『主戦派』にリーダーの座を渡さぬよう次期リーダーを探し始めた。そして、選ばれたのは…アリアだ。」
…アリア。
『教授』の正体を知れば当然のことだった。
だから私は。
私とジャンヌを含めた『研鑽派』は。
アリアの『誘拐』を、しようとしたんだ。
「アリア、を…?そんな、そんな方法でアリアを攫ったって、アリアがあんたらの言いなりになるはずがない!」
「いや、なるさ。必ず、アリアは『教授』の言葉を聞く。」
…これもまた、『教授』の正体を知っていれば予想は容易い。
『教授』とアリアは、深い関係にあるのだから。
しかしアリアは何も知らずにイ・ウーに立ち向かっているのも、また皮肉だ。
「キンジ……すまなかった。何も教えられずに、お前を1人にして。」
「…兄さん。」
金一の表情が、曇る。
「俺は…巨悪であるイ・ウーを殲滅するために、表舞台を去った。そして、イ・ウーを内部分裂…すなわち、『
…それは。
金一を私がアンベリール号で誘拐するとき、金一から聞いた言葉。
金一は…初めから、イ・ウーを崩壊させるためにイ・ウーに潜入したのだ。
つまり…結局のところ、実は私は誘拐に成功しているわけではない。
ちらり、と金一が私を見た。
その瞳からは…なにも、伺えない。
すぐにキー君に視線を戻す。
「俺はイ・ウーを崩壊させるべく、道を探した。そして、そのためにはリーダー…『教授』の存在を、消さねばならない。そして思いついた可能性は…二つ。」
『同士討ち』。
それは、非常にリスクの大きい行為。
下手をしてバレれば、命はない…そんな作戦だ。
「『第一の可能性』は、もうすぐ訪れる『教授』の死と同時に、アリアを抹殺すること。そして、『第二の可能性』とは…『教授』の、暗殺。」
…だから、不可能。
そんなもの、『無理』だ。
そもそもパトラですら『教授』の足元にも及ばないのに、暗殺なんて、無理に決まっている。
「『第二の可能性』の向こうには…『教授』と、戦う未来が待っている。ブラドをも下したお前たちなら、と思ったが…それは、俺の見込み違いだったようだ。なら、俺は…『第一の可能性』に、戻る。」
話は終わりだ、とでも言うように。
金一が踵を返す。
同時に船も、サラサラ…と、砂に戻り始めた。
視界が砂で覆われ、金一の姿がどんどん見えなくなっていく。
「…ふざ、けんな……!」
…ここまで聞いておいて。
キー君は、まだ…その瞳を、金一に向ける。
アリアを、助けようとしている。
抗おうとしている。
まだ、戦おうとしている。
―――不可能と。
「あんた…人を、殺してでも…イ・ウーを、討つのか…!」
「…ああ。そうだ。義を果たすには、犠牲が必要な時も、ある。」
金一は背中を向けたまま。
キー君は…キンジは。
水上バイクを、フルスロットルで発進させる…!
理子→キンジ
俺は、例えヒステリアモードであっても。
こういう時は上手いこと賢い選択ができないらしい。
「…兄さんッ!」
ジャッカル男たちを水上バイクで轢き倒しながら、もはや原形のない…砂に帰りつつある船に迫る。
当然、残りのジャッカル男は妨害しようとするが…。
「っっ!!」
ガギュン!ガギュン!
背後の理子が、両手のワルサーを発砲しそれを阻止した。
理子…!
ちらりと後ろを見ると、理子は…。
懇願するような、後押しするような…優しい目で、俺を見ていた。
かつて敵だった理子を信じて、俺は兄さんを追う。
「…………!!」
兄さんが、とうとう振り向いた。
その目は、怒りに染まり、殺気すらも超えた強い衝動を纏っている。
兄さんは、幼いころから。
俺に対して本気で怒るのは、俺が自らを危険に晒そうとした時だけだった。
…そんな、優しい人が。
ガァン、と水上バイクが船と衝突する。
その勢いで俺は上空に身を投げ出し…計算通り、船の上にすんなりと着地できた。
すぐに愛銃…ベレッタを腰から抜き、兄さんに向ける。
「…あんただって、本当はわかっているんだろ!こんな…誰かを犠牲にするやり方は間違っていると!それが遠山家の『義』に反するってことを!」
「キンジ。それは、俺も何度も考え、何度も挫折した道だ。理想は…現実と、いつだって相容れないものだ。」
…おそらく。
間違っているのは…俺だ。
いつだって兄さんは正しかった。
俺より数年早く生まれ、しかし俺より確実に長く生きていて。
強く、賢く、誰もが憧れる兄さんは、いつだって俺より正しい。
でも、俺は。
そんな兄さんと今、向かい合っている。
立ち向かっている。
それは、なぜか。
「…アリアを、殺させは、しない…!」
アリア…!
たった1人で気高くイ・ウーに立ち向かうアリア。
隙を見せると、普通の女の子らしく喜ぶアリア。
強く振舞いながらも、時には寂しそうに背を向けるアリア。
俺は、兄さんより、アリアと、この先の未来を見たいと、願ったんだ。
「…元武偵庁特命武偵、遠山金一!俺はあんたを、殺人未遂及び殺人幇助の容疑で逮捕する!」
兄さんは、ふと…。
優しげに目を、細めた。
「…来い、キンジ。俺はお前の実力を…まだ、確かめていなかったな。」
もう、兄さんの目に優しさはない。
強い殺気が、あるだけだった。
「この船が沈むまで、あと20秒もない。その短い時間で…俺は、お前を見極める。」
スッ…と。
兄さんが、つま先を僅かに動かした。
これは…そういう構え。
『無形の構え』。
そこから放たれるのは、決して避けることも見ることも適わない銃弾…!
――『
……パァン!
乾いた銃声。
俺の胸に、強い衝撃が走る。
兄さんの腰のあたりで光ったマズルフラッシュ。
そして…記憶のかなたにある、幼き日の記憶。
そして…舞い散る、砂の嵐。
「…視えたぞ…『不可視の銃弾』…!」
兄さんが、その表情を…強く、顰めた。
それは初めて見る…兄さんの、苦戦したような表情。
「…わざと、か。」
「ああ。兄さん…昔、小さいころ、見たよな。ジョン・ウェインの西部劇映画を…。」
『不可視の銃弾』。
そのからくりは、意外と単純だった。
マズルフラッシュから判断するに、兄さんの銃は…
その銃は100年以上も前に作られた、骨董品のような銃。
そんな銃だが、この銃はありとあらゆる性能が現代に負ける中…唯一の長所がある。
それは、早撃ち。
それこそ西部劇にでも出てくる早撃ち対決なら輝くような、尖った性能の銃なのだ。
そして、『不可視の銃弾』とは。
このピースメーカーとヒステリアモードの驚異的な反射神経を利用して、文字通り神速で発砲する技だったのだ!
「…キンジ。よくぞ見破った。お前が確実に成長していることは、よく…伝わった。だが…。」
兄さんはまた、つま先を僅かに動かした。
もう1発、撃たれる…!
「見破っても、この弾丸を避けることは不可能だ。1/36秒で放たれる銃弾を躱すことなど、人間には出来ないことなのだ。」
…そう。
いくらヒステリアモードでも、射線が見えなければ躱すことなどできない。
…そう、躱すことは、出来ない。
「…浅はかな…。」
俺は、腕を下げ。
足は肩幅程度に開き。
つま先を、真っ直ぐ兄さんに向ける…。
『無形の構え』。
俺は鏡写しのように、兄さんと同じ構えで立った。
「…終わりだ、キンジ。」
船が、崩れる。
砂が舞う。
世界が…スローモーションに、動き始める。
兄さんの腕が、僅かに動く。
あまりの速度に、その腕は全く見えない。
しかし…。
砂が。
舞い上がる砂が、兄さんの腕の軌跡を形作る。
それはまるで、水面を薙いだ波紋のように…!
俺はその砂の軌跡の通りに、腕を動かした。
それは、兄さんの真似であり。
決定的な、兄さんを倒す糸口。
―パァン!
―ガギュン!
銃声が、鳴り響く。
ピースメーカーに遅れて、俺のベレッタの銃声。
2つの銃弾が、交差する…!
兄さんの弾は確実に俺の心臓を撃ちぬくルート。
それを俺の弾が、迎え撃つ。
ギィン…!
銃弾で、銃弾を撃つ。
『
少し前、詩穂とブラドの館でビリヤードをしていた時に思いついていた技だ。
しかし、それだけではない。
弾かれた弾丸は、正確に跳ね返る。
兄さんの、そのピースメーカーの元へ…!
「………!!」
兄さんの顔が、驚愕に染まる。
銃弾は見事、計算通りに兄さんのピースメーカーの銃口に入り。
…破壊、した。
――『
一方、弾かれた俺の銃弾もまた…。
俺のベレッタの銃口に向かっていた。
鏡合わせのように動いたのだから、これも計算していたことだった。
…ガギュン!
俺の銃から、
俺の銃…ベレッタは。
…通称ベレッタ・キンジモデルは、トリガー1引きで銃弾2発がほぼ同時に飛び出すセレクターが存在する。
その2発目が、1発目を斜めに弾き…。
その銃弾は、俺の頬をかすめて、海原に消えていく。
「…キンジ…。」
壊れたピースメイカーを兄さんが落とす。
それと、ほぼ同時に。
限界を迎えた船が、とうとう砂に戻り切り…。
水没、していく…。
俺も、兄さんも。
海へ、堕ちていく………。
「……キー君っ!」
ドルルルルッッ!!
水上バイクの強烈なエンジン音が聞こえる。
理子が、堕ちる俺たちめがけて…水上を、走る。
その姿を見ながら、俺は。
意識が、消えていくのを感じた。
兄さん。
俺は、あんたが死んだと聞いたとき、死にたくなるぐらい泣いたさ。
あんたが生きていると知った時、心から嬉しかったんだ。
それぐらい、憧れていたんだ。
でも、それでも。
大切な、仲間のためなら。
大切な、パートナーのためなら。
俺はあんたを、乗り越えられたんだ…。
だからさ、そんな簡単に、理想を諦めないでくれ。
子供じみた夢を、捨てないでくれ。
そんな俺のワガママを、許してくれ…。
読了、ありがとうございました!
今回のお話ですが、長らくのブランクのせいで文体や構成が違ってしまっているかもしれません…。
ご容赦ください。
重ね重ねですが、長らく放置してしまい大変申し訳ありませんでした。
あと、意図的なものですが今回から少しだけ詩穂が空気と化します。
今回のお話でも、キンジはアリアを、理子は詩穂を意識するように書いてみた…つもりです。
オリ主作品でオリ主不在期間が少しだけ続きますが、何卒ご理解いただけると嬉しいです。
ご感想・ご意見・評価・誤字脱字等の指摘をいつでもお待ちしております!
これからもよろしくしていただけると嬉しいです!
※追記
本編第2話を大幅に加筆・修正いたしました。
また、自己紹介のページも削除させていただきました。
勝手ながら申し訳ありません。