「小猫ちゃん、もう身体は大丈夫なの? 辛いなら無理せず断ってくれていいんだからね?」
「……大丈夫です、そして過剰な心配は不要です」
何故ならですですとまくし立ててしまった訳は、要するに照れ隠しだからです……
最後に瀬留さんと会った後、ふと頭を過ぎった事。
もしも本当に本気で、瀬留さんが私を求めてきたら私はどうするのか。
少し休みを取った今でも答えは出ていませんが、こうして瀬留さんと顔を突き合わせると妙に気恥ずかしさを感じてしまう。熱を持つ顔を見られないようにそっぽを向いて、そのまま会話を再開する。
「……そういう瀬留さんは、大丈夫なのですか? 心なしか、妙に熱っぽい様な気がしますが」
これは私自身の羞恥を隠す為の話題転換でも、まして咄嗟に吐いた嘘でもなく、偽らざる本心。少し間が空いたせいかは分からないけど、私の眼にはそう映った。
「んー、そう、見える?」
あはは、なんて笑いながら言われて……疑惑は確信に変わる。恥ずかしさも忘れて瀬留さんの額に自分の額をくっつければ……人肌以上の熱が感じられた。
「やはり、熱があるじゃないですか……!」
「えへへ、そ~かなぁ~?」
熱に浮されたのか、酔っ払ったかのようなテンションで受け答えする瀬留さんを本格的に危険と断じて、少々荒っぽいながらも軽く当て身を一発。気を失った瀬留さんを、もはや勝手知ったる我が家の勢いで布団へ寝かせる。
熱があるのならばご両親をお呼びしないと……しかし、いきなり現れた私の説明はどうしましょう? ……いえ、今は考えても詮なき事です。そのまま扉を開き、階下へとご両親を探しに行く。
しかし、捜せど捜せど見つからない。全ての部屋を見てきましたが、瀬留さん以外の人は誰もおらず。それどころか、瀬留さん以外の人が居た形跡すら残っていない。これは、一体……?
リビングらしき場所へ赴けば、そこにはレトルト食品の山。掃除もろくに行き届いていないのか、視界の端々に汚れやゴミが見られる。……ここまでの惨状を見せられれば、いくら私でも理解出来た。
「……小猫ちゃん?」
いない私を探しに来たのか、瀬留さんが拙いながらに私へと歩み寄る。その姿があまりに痛々しく、思わず私は瀬留さんの頭を抱きしめ、包み込んでいた。
「えっと……その、小猫ちゃん? あの、これは一体。いや嬉しいんだけどね? すっごい嬉しくて理性を捨てたくなりそうなんだけどね? でもでもやっぱり心の準備が欲しいというか……!」
「一人、なんですね」
あたふたとあわてふためいていた瀬留さんの動きが、私の一言によってピタリと止まる。今の体勢では伺えないけれど、瀬留さんは今どんな顔をしているのだろう? 何も言わずに瀬留さんを抱きしめたまま、話してくれるのをじっと待つ。するとぽつりぽつりと、瀬留さんは自分の身の上を語りだしてくれた。
僕には生まれつき、父親がいなかった。
淋しいとは思わなかった。最初からいないなら、それの有り難みなんて判らないのだから。
僕には母しかいなかった。
そんな母は、父の事をずっと愛したままでいた。時折聞かされる惚気には辟易したけれど、母が楽しそうだから僕は何も言わなかった。
僕には母しかいなかった。だから………母を失った僕に、存在する価値なんてないんだと思っていた。
実感を伴わない母の葬儀の帰り、渡されたチラシに書かれていた「悪魔」という単語に導かれ……気付けば悪魔を呼び出していた。
魂を対価に願いを叶えるのではなく、願いと同等の対価を支払えば叶えられる。いわゆる等価交換の契約で、母を生き返らせたいとは思わなかった。それを為すにはきっと、誰かの命が必要だから。そんな事をした僕を母が許してくれるとは到底思えないから、だから僕を苦しまずに母と同じ所へ連れていってほしかった。
ーーーそして僕は、初めて母以外を好きになれることを知ったんだ。
「ここから先は、小猫ちゃんも知っての通りだよ」
「……そう、ですか」
思わず沈黙が響く。私の中に渦巻いている、言葉にならないこの感情は何なのか。
悲しみ? 同情? それとも、もっと別の何か? 今の私には、その区別が付かない。だけどーーー彼の、瀬留さんの助けに私がなっていたと知って、無性に喜びを感じている、そんな場違いな私がいた。
頑張りましたがシリアスになれなかった私はこちらになります
次回の予定は未定