目覚めると、私は純白のベッドに横たわっていた。天井の蛍光灯が煌々と私の身体とシーツとを照らしていた。ひとつふたつとまばたきをして、ぼんやりとその光を見つめる。中空を原生微生物のような飛蚊が漂っていた。
『お目覚めかな』
部屋に、突如として声が響いた。私はとっさに右手の12.7cm連装砲を構えようとした。しかし、響いたのは砲声ではなく手首の痛みであった。わずかばかりに顔と目線を動かし見れば、私の両腕は抑制帯によってベッドに固定されていた。さらに、私の艤装もそこには無かった。いったい何が――。驚き、困惑する私に声は続けた。
『落ち着いてくれたまえ。われわれは君の生命を脅かそうという訳ではない。われわれは対話がしたいだけなのだ。そうだ、話をしやすいようにベッドのリクライニングを調節しよう』
奇怪な加工音声がそう言うと、私の横たわっていたベッドが徐々に起き上がっていった。それに伴って、ベッドの向かいに、黒枠のついた透明なシートのようなものが垂れ下がっていることに気付いた。
私は戸惑いつつ、ゆっくりと声を発した。
「ここは……どこですか」
ひどくかすれた声だった。同時に喉にもやもやした痛みを感じた。
『質問に答えたいところだが、すまない。今は教えることが出来ない。代わりに、見てもらいたいものがある。眼前のディスプレイを注視してくれ』
音声が言うには垂れ下がっているシートはディスプレイであるらしい。こんな、吹けば飛ぶような薄いものに動画が映るものか、と訝しんでいると、先ほどまでアクリル板のように透き通っていたシートが瞬時に暗転し、映像へと切り替わった。映像には部屋のあちこちを忙しそうに制服姿の人々が行き交っていた。
少しして、シートは再び暗転し、元の透明さを取り戻した。再度、声が響く。
『君の質問を撥ね返した手前申し訳ないのだが、まず、第一の質問をさせてほしい』
『君が今目にした映像に、"人間"は映っていたか? 』
「……なにを」
『素直に答えてくれ。今の映像に、人間はいたか』
「……いました。白い制服姿の――軍人?」
そのとき、かすかに息を呑む音が聴こえた。
『……ありがとう。次の質問に移ろう。ディスプレイを見てくれたまえ』
いつの間にか映像を映し出していたシートには、大きな艦船があった。少し、奇妙な形をしている。
『君は"これ"が、どう見える?』
大人しく聞いていれば、ふざけているのだろうか。これは大きな船に決まって――。そのとき、私の目に稲妻がかったノイズがちらついた。
「ッ!?」
私は思わず目を押さえた。どうして、"人であるはずの私"にこんな機械じみた現象が――。いや、私は艦娘という"兵器"として生まれたのだ。兵器が人であるはずが無い。けれども、脳裏を過ぎるのは、"私が人であった頃"の記憶ばかりだ。私と同じ目線の、同じ声をした、"私のような女の子"が、私と同じ年頃のほかの女の子たちと楽しそうに談笑している。熱心に教室で勉学に励んでいる。深由と一緒に帰路を歩いている――。そうか、私は……。
ゆっくりと目から手を離す。手のひらには雫が垂れていた。
「深由。私、泣いているの」
『……感情の昂りがあったようだが、大丈夫かね』
それは無意識の涙であった。しかし、その一滴が心の奥底に凍てつき固まった記憶を。少しずつ融解させていることを私はひしと感じていた。目元をぬぐうと、私は平静を取り戻していた。
「ええ――え?」
『どうした』
「画像自体は、艦船のように見えます。しかし……」
「私の中の"何か"があれは深海棲艦だと考えている、気がします……。ごめんなさい、妙なことを」
「……おお。確かに"艦船と認識できている"のだな?」
「そのようにしか見えません。けれど、感じるのは深海棲艦という雰囲気なのです」
自分でも、何を言っているのかがよくわからなかった。だが、どうにもこの艦があの異形と重なってしまうのだった。そのとき、加工音声の向こう側から、どよめきと歓声が聞こえてきた。
「何事ですか?」
私は不審がって尋ねた。
『いや、すまない。兵には私から言っておこう。しかし彼らが喜ぶのも無理は無い。君は、われわれの――いや、合衆国の――ただひとつの希望になり得るかもしれないのだから』
私には、その言葉の意味がまだ理解できていなかった。
――
「――ハッ、はあッ……は、あっ、ああ」
私は跳ね起きた。途切れ途切れに口から漏れ出る空気と、短間隔の吸入は、まるで今の今まで水中に身を潜めていたかのような、息の荒れようであった。私は胸に手を置いて、激しく拍動する心臓を感じながら、ゆっくりと息を整えた。
「……はあ」
落ち着いたところで、辺りを見回してみた。ずいぶん、こざっぱりとした部屋だ。私が寝ていた寝台――枕も、布団も無く、本当に寝転がれるだけのスペースしかない。おまけに鉄製で体が痛くなりそうだが――の他には、壁に嵌めこまれた姿見と、木製のドアしかない。
私は脚を下ろすと、板張りの床にそっと足をつけた。重力を感じて、くらくらと目眩がする。立ち上がると、違和感を覚えた。何かが"いつも"と違うような気がするのだ。けれども、その"いつも"というものが分からなかった。"いつも"というものが、私に存在したのか? そもそも、"私"とはいったい……。混乱する思考に戸惑いながら、私は右手に目を落とした。ゆっくりと握りしめて、開く。どこか、馴染まない気がした。
手のひらから目を離して、姿見の方へと向かった。鏡に映る、己の姿をまじまじと眺めた。セーラー服を着こなした、年端もいかぬ少女である。それを見た瞬間、私はこれが"私"なのだと認識していた。私は――。
その時、右手の戸が音を立てて開いた。思わず身構えてしまうが、現れたのは私よりも少しだけ歳が上に見える、風変わりなデザインのセーラー服の少女であった。彼女は木枠に手をかけて口を開く。
「調子はどうかしら?」
落ち着いた印象を持ったこの女性を私は知らない、はずだった。
「貴女は……大、淀さん」
口をついて出てきたのは大淀という名――いや、艦の名だ。ああ……、彼女は大淀そのものなのだ。私の記憶から、何かが染みだしていくような感じがあった。大淀は、満足気に頷く。
「そう、私は大淀。貴女の名前は?」
「私の名前……。私は……――き」
その時、私の中の何かが必死に声を上げようとしている気がして、私はうまく名前を言い切れなかった。私の口から掠れた空気音しか漏れ出ないのを見て、大淀の顔が曇るのがわかった。
「貴女は……」
「……吹雪。吹雪です。特一型駆逐艦、吹雪です」
「よく言えたわね。さあ、こちらにいらっしゃい」
大淀は笑った。私は大淀に促されるまま、ドアをくぐった。私の中で何かの声はすでに聞こえなくなっていた。けれど、私には大淀のその笑みが少しだけ、不気味に思えた。
――――
「――ええ、はい。彼女は大丈夫でした。はい、成功です」
女は黒い長髪の毛先を指で弄びながら、携帯端末を耳に当てて言った。
「はい。そう、確かに長期間の休眠期間が少し不安要素として残ってはいましたが、少し記憶の定着に時間がかかっただけで、ええ。問題はありません」
女は油と鉄の臭いの染みきったトタン屋根の下にいた。あちこちにはパイプラインが乱立し、どこか古臭い工場の香りを漂わせていた。
「はい。"着水"と"竣工"は迎えましたので、現在は舞鶴にて座学の方を。ええ、そうですね来月中には"就役"できるかと。着任場所につきましては……はい後ほどですね。ええ、その他詳細含めまして報告書の方で」
女は毛先を弄ぶのをやめ、壁面の認証装置に手のひらをかざした。認証が終わると、壁面のタッチパネル画面に各艦の艤装が詳細に映し出された。女はスワイプ動作で艤装を選択すると、前方床面が円形状に開き、エレベーター装置で押し出された軽巡洋艦用艤装がその姿を現した。巨大なカタパルト装置と、艦載機格納庫の目立つ艤装に近付くと、女は優しく触れた。そして、おもむろに艤装に背を向ける。艤装側結合部と、女の背中が奇妙な光線で一つに繋がっていた。
「ええ、では……報告書の方は横須賀、でしょうか。はいわかりました。……んッ。ああ、大丈夫です。艤装を装着しただけですから。ふふ、物好きなどではありませんよ。ただ、少しでも時間が惜しいだけですわ。ええ、このあとすぐに横須賀へ参ります。では後ほど。失礼致します、――提督」
女は通話を切ると、端末を胸ポケットへしまいこんだ。端末の先で、その名で呼ぶなという声が聞こえた気がしたが、お構いなしであった。
先ほどまで艤装と女の背中を繋いでいた奇妙な光線は跡形もなく消え去り、艤装は女の背面へとぴたりと結合されていた。
「いつ装着しても、あの痛みには慣れないわね」
艤装結合部が脊髄――中枢神経へと直に接続されるときの痛みをぼやきながら、女は歩みだした。
「さて、連合艦隊旗艦、大淀。出撃の時ね……」
やらねばならぬことが多いほど、人は独り言をよく零す。そんなことを思いつつ、大淀は一路、横須賀へと向かった。
おはようございます。めだるです。
よっしゃー書いた!って時に限って、文字数を見ると四千字にも満たないのはよくありますよね。
それぞれの目覚めを書いた話です。
無いように努めておりますが、もし誤字脱字、または間違った表現等ございましたら、指摘していただけると大変ありがたいです。