アドミラル・ブリザード   作:朝倉ひな

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03 ウィーアー・オール・アローン

 私は、朝日に煌めく宿毛の海を見ていた。水面に朝の陽光が乱反射して、私の視界を喜ばせたり、邪魔したりしていた。思わず目を細める。

 そう私は四国は高知県、南西端にある宿毛の地に立っている。私、吹雪は、この泊地にある鎮守府に今日付けで着任することになったのだ。

 京都から列車を乗り継ぎ、土佐白潮鉄道の寝台特急に乗って宿毛駅に辿り着いた私は、明け方の朝日に負けず、高砂地区を大島地区方面に歩いていた。片島地区へと入り、大島が見えたところで大島橋から覗く森の緑と、海の青のコントラストに惹きこまれてしまっていた。

 自然と口から言葉が溢れる。

 

「これが、私の駆ける海……」

 

 不安と期待が入り混じった心臓の拍動はしばらく収まらなかった。気付けば、ズック鞄の肩掛けをぎゅっと握りしめていた。センチメンタルに沈む私に一声かける者がいた。

 

「よう、探したで」

 

「あっ、貴女は……」

 

 赤い道着に黒スカートの彼女は前髪をかき分けながら言う。

 

「オーシマ鎮守府の者や。キミが今度、ウチに着任するっていう……」

 

「はっ、はいっ! 特一型駆逐艦一番艦の吹雪と申します! 本日付で、当鎮守府に配属となります! よろしくお願いいたします!」

 

 私は慌てふためきながら、目前の彼女に敬礼を返した。深めの帽子を被った彼女は笑みを浮かべて、帽子を指であげた。

 

「ウチは航空母艦、龍驤(りゅうじょう)や。キミの着任、歓迎するで。……まったく元気のいいこって」

 

 龍驤はどこか間の抜けた大阪弁と共に返礼した。

 互いに挨拶を終えた私たちは、橋を渡って島の沿岸沿いを走る道を歩いていた。私よりもほんの少しだけ目線の低い、彼女が上目がちにこちらをチラリと見て言った。

 

「吹雪は、なんでここに着任することになったん?」

 

「ええ……いや、舞鶴で勉強の日々だったんですが、ある日突然執務室に呼び出されて……そのまま流されるままに、です……」

 

「ハハ、せやろな。ウチら艦娘は、いつもお上の気まぐれで好きなように振り回される道具に過ぎひん」

 

「それは……私たちは兵器――ですから」

 

「兵器……ねえ。まま、ウチの提督はそこら辺の話の分かるヤツや。心配せんでええ。お、見えてきたで――アレや」

 

 龍驤は首を小さく動かした。その先には、古びた木造校舎めいた建築物が堂々と建っていた。

 

「あっ、あれが……龍驤さんの鎮守府」

 

「ああ。そして、キミの鎮守府になるんやで吹雪」

 

「私の……鎮守府」

 

 これが、私とオーシマ鎮守府との出会いであった。

 

 

――――

 

 

「えー、君が吹雪君かね」

 

 ファイリングされた資料に目を落としながら男は言う。その厳かな物言いと取ってつけたように見える髭が男の印象を不思議なものにしていた。

 

「は、はい! 特一型駆逐艦一番艦の吹雪、ただいま着任いたしました!よろしくお願いいたします!」

 

 私は声を上ずらせながら敬礼した。

 私は今、オーシマ鎮守府はその執務室に居る。目前で資料をぱらりぱらりとめくり上げては、よく蓄えた髭をしきりに触っているこの男こそ、この鎮守府の指揮官、提督なのだ。そう意識すると、私の背筋は磔にされたように固まってしまっていた。

 

「元気はいいが、そう緊張せんでもよい。俺は宿毛湾泊地域属、オーシマ鎮守府の古賀喜一(こが きいち)少将だ。今年で四十になる。よろしく頼むぞ、吹雪君」

 

 年の割に若く見える古賀は、ひとしきり話したあと、首の後を痒そうに掻きながら満足気に頷いた。

 

「はいっ」

 

「ちょい待ち吹雪、この坊の言ったことはほとんど嘘っぱちやで」

 

 その時、執務室の扉が軋み、龍驤が現れた。龍驤は私を通り過ぎて、古賀の方へと向かいながら続ける。

 

「少将なんていうのは嘘や。本当は少佐だし、歳も嘘。キミまだ三十なったばかりやろ? それにな、この髭も……」

 

 龍驤は古賀の横へとつき、髭へと手を伸ばすと、古賀の制止も聞かず。

 

「あっ、おい待てって龍驤!」

 

「嘘やんなっ!」

 

「――……ッ!!! おま……うご」

 

 髭はベリベリと音をたてて、剥がれた。髭の貼ってあった箇所は赤く腫れ染まり、古賀は口を抑えて呻いていた。

 

「まあ、こんなヤツやけど、腕はたつし、まっすぐな男や。よろしくしてやってくれな」

 

「あは……ハハ……」

 

 私は笑うしかなかった。

 しばらく口元を抑えて、机に臥せったまま動かない古賀であったが、おもむろに頭を上げると、龍驤の方をキッと睨んだ。龍驤は肩をすくめて、苦笑いした。

 

「……ゴホン」

 

 古賀はわざとらしく咳払いをして、口を開いた。

 

「さっきは冗談を言って悪かった、すまない。ちょっぴり場を和ませようとしただけなんだが……思わぬ邪魔が入ったねまったく」

 

 古賀は龍驤の方を再び見やると、龍驤は古賀の頭を軽く叩いた。

 

「何が和ませるや、坊(ぼん)が不必要に威圧するから吹雪なんかガチガチになっとったやないか」

 

「坊、坊とうるさいぞ龍驤。まあそれは置いといて、改めて自己紹介をしたいと思う。俺は古賀喜一、階級は少佐だ。よろしく頼む、吹雪」

 

 古賀はにこやかにそう言った。私はホッと胸をなでおろした。内心、着任する鎮守府提督が怖い人であったらどうしようとびくびくしていたのだ。少しおちゃらけたところがあるようだけれど、龍驤さんが信用しているのもわかる気がした。

 

「はいっ、よろしくお願いします!」

 

 私は固まった背筋が徐々に柔らかさを取り戻していくのを感じながら、敬礼した。着任の挨拶が終わったところで、ふと私は重要なことに気付いた。

 

「あのー……」

 

「ん、なんだ吹雪」

 

「古賀さんのことはなんとお呼びすればよろしいですか?」

 

 古賀は佐官の身である。元来、提督とは、海軍将官の総称として使われてきた。そのため、古賀を提督と呼称するのは少々おかしなことになる。しかし、私は少佐の彼を呼称するにふさわしい言葉を知らなかった。私が考えていると、古賀は笑いながら言う。

 

「ハハ、別になんとでも呼んでくれて構わないさ。コイツだって好き勝手呼びやがるしな」

 

 そう言って龍驤を指さす。龍驤は古賀の脇腹をどつく。古賀は眉をひそめる。見事な流れであった。古賀は表情を戻して、続ける。

 

「立場的にはこの鎮守府を統括する、提督ということになるんだろうが、正直あまり慣れないね。俺は……将官ではないし、指揮経験もそこまでない」

 

 龍驤は古賀をじっと見やる。私は疑念を口にした。

 

「好きに呼べとおっしゃりますが、それでは他に示しがつかないというか……。艦隊の士気にかかわるんじゃ?」

 

 すると、二人は顔を見合わせて、クックッと笑い出した。私は二人が笑う意味がわからず、首をかしげた。何か変なことを口走っただろうか?

 

「?」

 

「まあええ、まあええわ。吹雪、コイツのことはキミの好きなようにお呼び」と龍驤。

 

「うーん……」

 

 そう言われてしまうと、どう呼べばいいのか余計にわからなくなってしまう。もがけばもがくほど沈んでしまう沼にはまってしまっているような感覚だった。思い返せば、私は戦闘に必要なことだけを学んでいただけで、知識についてはからきしだったのだ。もういっそのこと、難しいことは考えず、私が呼びたいようなモノを……。

 

「……司令官!」

 

「はえ?」

 

 古賀が間抜けな声を出した。と同時に隣に立つ龍驤が吹き出す。

 

「ぶっ、吹雪、キミおもろいなあ」

 

「司令官、私、古賀さんのこと司令官ってお呼びいたします!」

 

「お、おう。よろしく。ひとつ訊いていいかな。どうして司令官なんだ?」」

 

 司令官は水雷戦隊や航空戦隊などの戦隊をまとめる長のことを言う。主に大佐から中将の高級佐官、将官がその任につく。提督と呼ぶにしても、司令官と呼ぶにしても、そこまでの大差がないのである。ここまで形式にこだわるような真面目な子がどうしてだろう、と古賀は不思議に思ったのだった。けれども、その答えは単純明快なものだった。

 

「だって、司令官ですよ司令官! コマンダーなんですよ! 格好良くありませんか?」

 

 古賀は大笑する。

 

「アッハッハッハ! クク、いやあ、すまない思わずね。それにしても司令官ときたかあ、こりゃ困ったな」

 

 古賀は首を捻りながら、頭を掻いた。

 

「まあま、丁度ええんちゃう? 坊にはそんくらい働いてもらわなな」

 

「うん、頑張るよふたりとも」

 

「頑張りましょう、司令官!」

 

 私は気をつけを解いて、グッと拳を握りしめ言った。龍驤がにこやかに言う。

 

「こういうんも悪くないね、坊」

 

「また、賑やかになりそうだな」

 

 こうして、私、吹雪はオーシマ鎮守府に着任となったのだった。

 

 

――

 

 

 古賀はパンと手を叩いて、ぬっと立ち上がった。

 

「よし、挨拶も済んだし、鎮守府の概要でも話すか」

 

 そう言って古賀は、背後にあったカーテンを開きだした。開かれた箇所には窓、ではなく、ディスプレイがあった。ディスプレイには軍艦色に塗装された壁面が透けて映っていた。どうやらとても薄く、そして透明であるようだ。古賀がディスプレイに手を触れると、柔らかな光と共に起動し、宿毛湾沿岸図が映し出された。

 

「では、鎮守府とは何か。鎮守府とは、古代日本の東北に置かれた、軍政を司る役所を由来とし、我が海軍艦隊の後方を統轄する機関である」

 

 古賀は図上の大島近海を指さしながら続ける。

 

「機能としては、所轄する区域――俺たちで言うとこの辺りだな――の防備や、所属艦娘の統率、補給、訓練など様々だ。そして艦隊の出撃もこの鎮守府から行う。これらのことは周知のことだと思うが、確認も含め続けさせていただく。そして、鎮守府には鎮守府近海を警戒する警備戦隊や、防衛のための防備戦隊があるのだが……」

 

「このオーシマ鎮守府にはおらんのよな」

 

「えっ、どうしてですか!?」

 

「事情はあとで話すよ。まあそんな当鎮守府、オーシマ鎮守府は文字通り、四国は高知、宿毛湾に浮かぶ大島に建っている。昔は学校であったという木造校舎を軍が買い付け、鎮守府として改装したらしい。のだが……、改装費をケチったのか知らんが、君たち艦娘に必要な生活空間があまり無くてね……。未だ、校舎内の部屋の大半が教室というありさまだ」

 

 私はなるほどと思った。この鎮守府の外観、そして廊下の内装、妙に広い大部屋は、ここが学校であったことを示唆していたのだ。執務室への道中、私はどこか不思議な懐かしさを感じていたが、それはこれが要因であった。

 

「大変ですね……」

 

「まあ、座学のときや、ブリーフィングなんかには役に立つんやけどねえ」

 

「えっ、ここでも座学があるんですか?」

 

 龍驤は頷く。

 

「うん。キミはここに来る前に舞鶴で教練に励んどったみたいやけれど、着任前に教わるのは戦場であっさり死なんための最低限の事柄だけや。ウチらの敵かて指を咥えて見ているだけのようなただのアホやない。奴らも常に進化しとる、だからウチらの戦い方だってそれに合わせて変えていかなきゃならない。こちらに来ても、勉強するってことは大切なんや」

 

 龍驤は至極冷静に語った。その目は関西弁の可愛らしい可憐な少女のそれから、歴戦の戦士のものへと変化していた。おそらく、龍驤はその深海棲艦たちの進化を最前線で目の当たりにしてきた一人なのだろう。そしてそれに対応し、生き延びてきた艦娘なのだ。龍驤の言葉の重みは私にとって尋常なものではなかった。

 

「そうですよね……。軽率な発言でした。すみません」

 

「あ、いや、別に吹雪のことを叱責しようとかそういうんじゃないんよ」

 

「そうだ、俺たちの仕事は単に深海棲艦と闇雲に戦うことじゃない。奴らを知ることも大切だ。彼を知り、己を知れば……」

 

「百戦殆うからず、ですね。司令官」

 

「その通りだ。さて、だいぶ話も逸れてしまったが、つまりはこの鎮守府はまだ未完成でね。なので、君たちの住む部屋もあまり数を用意できなかったのだが、幸い今はまだ余裕があるんだ。ということで、吹雪は相部屋と個室どちらがいいかな?」

 

「あ、いえ、そんな……。新米の私が個室なんて滅相もないです。それに余裕があると言っても、他の皆さんに後々ご迷惑になってしまうかも……」

 

 しどろもどろにそこまで話したところで、古賀と龍驤が顔を合わせて笑いをこらえていることに気付いた。

 

「……あの、さっきからどうしたんです?」

 

 私は怪訝そうに尋ねる。龍驤は笑気を吹き飛ばすようにいちど大きく咳払いをすると、口を開いた。

 

「いや、実はな。ウチらだけなんよ」

 

「は、え?」

 

「だからな、この鎮守府に着任しとるのはウチと、吹雪、キミの二人だけなんや」

 

「えっ、えーーーーーーーー!?」

 

 のちに聞いた話だが、このとき私の驚嘆の大声は島中に響き渡るほどであったという。まさか、オーシマには私と龍驤さんしかいないだなんて知りもしなかった。一体これからどうなってしまうのか、私はただただ不安であった。




 こんばんは、めだるです。今回はいよいよ鎮守府へ着任し、提督の古賀 喜一と龍驤たちと顔を合わせるというお話でした。僕は関西圏の人間ではないので、龍驤の関西弁はフィーリングもいいところの似非関西弁でありますが、そこはご了承ください。感想、ご指摘、批評などお待ちしております。
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