また、この小説の製作において、動物に危害は加えられておりません。
「特型……やったね」
「……」
「しかも、ネームシップが来てくれてよかったやん。ウチの肩の荷もこれで軽うなるなあ」
伏し目がちに座し、黙していた古賀は思い出したように伸びをして言った。
「っと……おれは、そうは思わないけどな」
龍驤は、古賀の顔を覗きこむようにして言った。バイザー型の鉄帽が少しずれる。
「なんでな?」
古賀は少しの沈黙の後、首を掻きながらボソリとこぼした。
「吹雪には……、鎮守府でおとなしくしていてもらうからだよ」
龍驤は呆れたように眉をひそめた。
「それは……何か意図があってのものなんか?」
「……」
再びの沈黙。龍驤はハーッと溜息をついて、執務机にドカっと腰掛けた。そして古賀を横目で見、腕を組んで言う。
「また、沈ませるのが怖いんか」
古賀は再び沈んでいた目線を勢い良く龍驤に戻して、「違うッ!」と言い放った。龍驤はひるまない。
「違わないな。キミね、嘘をついたり、やましいところがあるときは必ず、首の後ろを掻きよるんよ。知ってた?」
「……」
「あんなあ、ウチと坊がどんだけ一緒にいると思ってん……。まあ、これは置いとくとして。キミかて、吹雪を抜錨させんなんて無茶は通せないってわかっているはずだけれど」
「……ああ」
古賀は喉から絞り出すように言った。
「やっぱり坊は、一年前のことをまだ引きずってるんか」
「……」
沈黙は、肯定に等しかった。
「まったく。こうならんようにこの一ヶ月頑張ってきたはずなのに。あの娘も浮かばれんで」
「だけど……!」
「キミはあのとき、できうる限りの最善の行動をしてた。それはウチも知っとる。けど、あのときの状況がそれ以上に悪かった。そして、あの娘も……運が悪かった。そしてそれを取り巻く状況も、悪かった。その上でキミはお上の命令を忠実にこなしただけや」
「それは……何度も聞いたさ」
「あー……」
龍驤は無造作に髪を掻きむしって、顔をしかめた。またひとつ大きなため息をついて、言う。
「くよくよすんなや! それでも帝国軍人の端くれか!?」
古賀は黙ったままだ。
「ウチかてあんなんいつまで経っても割り切れんわ。でもな、今はあの娘が来たんや。あの娘の前では、首の後ろ掻きむしったってええ、立派な提督……いや、司令官でいなきゃアカンやろが」
「……」
「そんで深海棲艦のアホどもをぶっ潰すんやろ。あの娘のためにも……」
古賀は俯いていた顔をあげ、龍驤の方をまっすぐ見た。
「……そう、だな。おれはそんな単純なことだってわかっちゃいなかった。わるいな、龍驤。いつもお前には気づかせて貰いっぱなしだ」
「喜一……」
「やめろ、気色悪い。いつもどおりに行こうぜ」
「フ、ほんま注文の多い。子供みたいなやっちゃな坊は」
「よし」 古賀は、そう一声あげて立ち上がると、軍帽を直して、目前を見据えた。
「ここから始めよう。俺たちの戦いを」
龍驤は笑って言う。
「漫画の打ち切りみたいなこと言うなや。まあ、まずは吹雪の練成具合を見て、いよいよ出撃やな」
「と行きたいが……。さすがに鎮守府をがら空きにするのはまずいぞ」
「うーん、せやかて吹雪ひとりで出撃させるのも心もとないで」
「しょうがない……。ここは応援を頼むか」
「応援?」
「お隣さんのところにさ」
古賀は不敵に笑った。
――
ギイ、ギイ。一踏み、二踏みと、歩くたびに板張りの床がきしむ音がする。オオシマ鎮守府屋内の廊下はまさに大昔の尋常小学校、といった趣があった。一つ引き戸を通り過ぎるたびに、私の中に身に覚えのない郷愁や懐かしさがこみ上げてくるのを感じた。なにかとてつもない感情に胸をきゅっと縛り上げられるようなものがあった。けれども、私には私自身に起きているこの状況が理解できなかった。ぼんやりと思考の逡巡をさせながら、私はふよふよと宙に浮かぶ、白く小さな十字めいた紙切れ――ヒトガタを追っていた。
このヒトガタは龍驤の放ったものであった。龍驤は、「自分は提督と話すことがあるからコイツに部屋まで連れてってもらい」と私にヒトガタを預けてくれたのだった。執務室を出て程なくすると、龍驤のヒトガタは自ずから私の手中を抜け出し、ふわふわと浮遊しだしたのだった。私は瞬間、驚いたけれど、すぐに舞鶴で習ったことを思い出した。
航空母艦種の艦娘は、その艦載機を実物として所持しておらず、艦娘たちの力によって異物を艦載機へと変換して発艦させるのだと。それは弓から放たれる矢であったり、龍驤のヒトガタであったりするのだ。このような一見単なる紙切れに見えるものが、龍驤が念ずればその姿を天翔ける鉄の塊へと変貌させるのだ。艦娘、私たちの力は、不思議だ。改めてそう思った。
幾つか引き戸を通りすぎて、コの字に階段を降りると、通路にそって何枚かの扉が立っていた。どうやらここが私たち艦娘の居住スペースのあるフロアらしかった。幾部屋かあるようだが、龍驤のヒトガタは一番手前の扉の前で動きを止めると、ピタリと扉に張り付いた。ここが、龍驤の部屋ということのようだ。
「ありがとね」
私は小声でそう言って、ヒトガタを戸から剥がした。ぺり、と小さな音をたてて剥がれたヒトガタは、達成感に満ちあふれているように見えた。私は、形式的に扉を数度ノックして、戸を開けた。
龍驤の部屋はシンプルなものだった。板張りの部屋にあるのは木製の机と椅子が二つずつ、部屋の隅にパイプベッドがこれまた二つ、更に箪笥が一棹。まるで最初から相部屋として使うことを前提にしているような不思議な感覚が私にはあった。恐らくは改装を指揮した本部側が意図して作らせたのだろう。それを龍驤は一人で使っていたのだ。そうだ。ここには彼女一隻しか艦娘はいなかったのだ。そう考えると、この整然とした部屋の印象もどこか淋しげに感じられる。けれど、整然としているのも仕方がない。見れば、部屋の隅の一角には段ボールが数箱放置されていた。きっと、司令官も龍驤も着任してそこまで日は経っていないのだろう。
私は部屋へ入ると、机の前に腰掛けて、ヒトガタを机に置いてやった。ヒトガタからは生気も失せ、動くこと無くじっとしている。役目を果たしたということだろう。私は左腕を枕に、顔を真横に伏せた。右手で動かなくなったヒトガタを弄びながら、目を閉じた。ふんわりと包み込むような眠気が私を襲いつつある。今朝は列車の到着時刻の関係上、起床自体早く、着任を終えた現在でも時刻は依然として早朝の範疇にあった。夜行列車の規則的な揺れの中、ドキドキとワクワクと不安であまり眠れなかった反動が、龍驤の自室でリラックスした私を飲み込んでいく。私は抗うこともできず、眠りに落ちていった。
こんばんは、めだるです。
古賀の過去を匂わす話です。短いですがよろしくお願いします。