アドミラル・ブリザード   作:朝倉ひな

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(この作品はフィクションであり、実在する、人物・地名・団体とは一切関係ありません。また、この小説の製作において、動物に危害は加えられておりません。)


05 サウザリー

 真夏の日差し照りつける南西諸島沖を巨大な艦艇がその重量感を以って切り裂いていた。帝国海軍のアサマ型艦娘指揮艦、ヤクモだ。その艦の平坦な甲板で、一人の女性が煙草を片手に一服していた。純白の軍服に身を包んだ、軍人だ。

 

「……」

 

 女は軍帽の下に少々の汗を滲ませながら、短くなった煙草を口に運んだ。口腔に甘いバニラの香りが満ち、それが潮の香りと入り混じって肺に染みこんでいく。吐き出した煙は南国の海上を甘く色づけた。女は軍服のポケットを漁ると、紙箱を取り出して、小さく傾ける。深い青地の箱には一本の煙草が淋しげに佇んでいるのみであった。

 

「チッ……」

 

 女は小さく舌打ちをすると、紙箱をポケットに戻して、小型の灰殻入れを手にした。女は煙草を惜しむように、二、三度の吸引を繰り返したあと、恨めしそうに灰殻入れへと葬った。灰殻入れをしまい、苦い顔で空を睨む。スカイブルーに染まる、雲ひとつないキャンパスの上に夏の太陽がどんと鎮座していた。女は太陽を一瞥すると、艦橋下の壁面に寄りかかって、ずるりと座り込んだ。

 

「なんて暑さだ」

 

 吐き捨てるように呟いた言葉に呼応する者が一人いた。

 

「南の夏だからな。提督、どこにもいねえと思ったらこんなところにいやがったか」

 

 ノースリーブの青い水兵服に、白のプリーツスカートの少女は、男勝りな口調で"提督"と呼ばれた女――伊崎 瑠璃子(いざき るりこ)――を一睨みした。

 

「ああ……、摩耶か」

 

 摩耶と呼ばれた少女――艦娘は不服そうに言う。

 

「ああ、秘書艦の摩耶様だよ! アタシじゃダメだったか?」

 

「いや、別に」

 

 そっけなく言う伊崎に摩耶は小さく「けっ」と吐き捨てた。そして、潮風に混じって漂う特徴的な香りに気がついた。

 

「んだよ、また吸ってやがったのか。いつも凛と、斜に構えてやがるクセに、一服の時だけはこうもだらしなくなるんだからよ」

 

「艦橋で吸っては兵に示しがつかんだろう」

 

 伊崎の言い訳に、摩耶はケラケラと笑う。

 

「ハッ、だからってこんなところで吸ってたって示しなんかつかねえよ」

 

「……それもそうだな。そろそろ目標海域付近か?」

 

 伊崎はそう言って立ち上がり、軍帽を整えた。

 

「ああ。CICでみんなが待ってる。早く来いって神通も怒ってたぜ」

 

 伊崎はわざとらしく震えてみせた。黒髪のポニーテールがそれに合わせて揺れる。

 

「おお、神通は怒らせると怖いからな。行こうか」

 

 伊崎と摩耶は甲板を後にし、艦の中枢へと向かった。甲板には甘い香りだけが残った。

 

 

 アサマ級艦娘指揮艦は、帝国海軍が艦娘を運用する上で必要な施設と、洋上の司令部としての機能を両立するために建造された軍艦である。指揮艦の名の通り、作戦行動の際には提督が搭乗し、艦隊を指揮する。そのために指揮・通信施設は帝国海軍艦艇の中でも群を抜く充実ぶりである。艦内には艦娘たちの艤装を保管・点検する簡易工廠区画や、長期作戦にも耐えうる生活居住空間、傷ついた艦娘の――完全修復は不可能であるが、一時的な――回復をさせるための簡易入渠区画まで用意されており、動く鎮守府と言っても過言ではなかった。その二番艦ヤクモが運用実験のために、宿毛湾泊地属タツガサコ鎮守府の伊崎提督に託されていたのだった。

 薄暗い戦闘指揮所――CICに四人の艦娘が集まる。高雄型重巡洋艦摩耶、川内型軽巡洋艦神通、睦月型駆逐艦望月、特一型駆逐艦磯波。彼女たちを前にして、涼やかな顔に戻った伊崎が口を開く。

 

「さて、今回の作戦の概要を改めて確認しよう。摩耶、頼む」

 

 伊崎が促すと、摩耶は頷いた。そして、クルーに目配せすると、大型ディスプレイの前へと足を運んだ。ディスプレイに南西諸島沖の海図が示される。

 

「おう。えー、先日、本土近海の防衛にあたっていた艦隊の一部を幾つか移動させたと本部から連絡があったのはみんなわかってるよな?」

 

「ええ。でもこれでは、本土防衛線に穴が開き、本土防衛に支障をきたしていると思います……。 現に、目と鼻の先にある南西諸島沖まで敵の進出を許しています」

 

 赤橙のセーラー服の覇気のない少女――神通が心配そうな面持ちで言う。摩耶はかんざし型電探の刺さった頭を掻いて、きまりが悪そうに言う。

 

「あー……そこなんだが、アタシもよくわからねえ。提督、お前は?」

 

「いや私も何故かは聞いていない……。これは推測だが、わざと防衛線に穴を開けることで敵艦隊を誘い出し、邀撃する腹積もりなんじゃないか?」

 

「はあ? わざわざ迎え撃つような相手でもねえだろ、なあ?」

 

 呆れる摩耶を神通が諫める。

 

「摩耶ちゃん。慢心はいけないわ」

 

「慢心なんかじゃないさ。そう思ってるのは神通だって一緒だろう? だから、磯波の練成も兼ねてこの戦隊を組んだんじゃないか」

 

 摩耶はちらと磯波を見やった。セーラー服に身を包んだ女学生のような少女、磯波は自信なさげに俯いている。

 

「まあ、そうですね……。確かにこの海域の深海棲艦は、今の私たちならば苦せずして倒すことができるでしょう。ですが、そこは……気の持ちようです」

 

「へっ、こんな後ろ向きなのが鬼の神通だなんて言われてたんだから、人は見かけによらねえよな」

 

「もうっ……摩耶ちゃんたら……。私だって少しは気にしているんですよ、その、厳しかったかなって……」

 

「わりい」

 

 摩耶は笑って誤魔化すと、磯波の方を向いて言う。

 

「神通はタツガサコの軽巡じゃあトップクラスに練度の高いヤツなんだ。そこの望月もダルそうな顔して意外にやるヤツでさ、それになんといっても、この摩耶様がついてんだ。この編成は初めてだろうが、心配なんてしなくていいさ」

 

「……はいっ。……平気です、やれます!」

 

「その意気だ」

 

 胸の前で両の手を握る磯波に摩耶は微笑む。そこに割って入る駆逐艦の声があった。癖っ毛の目立つ、茶長髪の少女、望月である。眼鏡を直しながら、気だるげに言う。

 

「おぉい、ちょっと摩耶、意外ってどういうことだよ」

 

「そのまんまに決まってんだろうが、いつも暇だ面倒だ言いやがって」

 

「えぇー、あれはブリーフィングが長いからだっての」

 

「どうせろくに聞いちゃいないだろ? その割にはこういうことだけは聞いてやがる」

 

 言い合う摩耶と望月に業を煮やした神通が間に入る。

 

「こら、摩耶ちゃん。望月ちゃんも、ブリーフィングはしっかり聞くように、しましょうね」

 

「わーったよ」と摩耶。望月は「はいはい」とあしらう。

 

「はいは一回よ」

 

「ハイ」

 

 伊崎は、そんな艦隊に呆れつつ、周囲を見やって言う。

 

「あー、話を戻すぞ。先ほど摩耶の言った通り、本作戦は先日着任した磯波の練成と、新たに君たちと私に支給された装備の実戦運用を兼ねている」

 

「新しい装備、って……あーさっき渡されたこれ?」

 

 望月が手のひら大ほどの、薄い端末を手にして言った。他の艦娘たちも各々端末を取り出し始める。

 

「ああ。取り付け器具は出航前に装着しているはずだ。つけてみろ」

 

 二の腕の外側につける者、時計のように装着する者など付け方はそれぞれであったが、みな一様に新たな装備に胸を高鳴らせているようだった。

 

「つけたな。ディスプレイをタッチすれば起動するはずだ。起動の確認をしたらいちど、目を瞑ってくれ」

 

 伊崎の言うとおりの動作を四隻は行った。まず最初に声をあげたのは摩耶であった。

 

「うおっ! なんだこりゃ、視界に情報が表示されて……」

 

「ああ、それが今回の新装備だ。身体に装着することで、君たちの損傷状況や、弾薬・油など資源の残量、数値化された耐久値などを表示してくれる。少し視界の邪魔になるかもしれんが、意識しない限りは気にならないはずだ。逆に、情報を見たければ、意識するだけで視界に映り込む仕組みになっている」

 

「ほーん……、なんかゲームみたいだねえ」

 

 望月が辺りをキョロキョロと見回して言う。

 

「まあ、そんな感じの印象でいい。支給が遅れたのは謝ろう。本部からの配備に手間取ってな。ぶっつけ本番での運用になるが、感想等頼むぞ」

 

「了解しました。ところで、提督にもこれが配備されたのですか?」

 

「ああ。君たちよりはいくらかインチ数が大きいがね。私のものは視界とリンクするわけではないが、君たちの状況をリアルタイムに知ることができる。進退の是非や、夜戦突入の命令についてもこれを通して行えるんだ。従来は無線での音声通信だったが、深海棲艦による電波妨害などを鑑みた結果らしい」

 

「電波妨害ィ? 深海棲艦もただのバカって訳じゃねーんだな」

 

「そのような高度な戦術まで行うことができるのですか……?」

 

「ああ。にわかには信じがたいが……、欧州戦線で実際に被害を受けたらしい」

 

「欧州ねえ……。そういや、この艦も欧州からのなんだろ?」

 

 摩耶は足で床をコンコンと叩いた。

 

「いや、欧州にいるのは姉妹艦のアサマで、これはヤクモ。アサマ型の二番艦だよ。みんな、乗り心地はどうだ? 」

 

「いや~最高だねえ。工廠はあるし、風呂はあるし、寝れるし」

 

「望月は寝れさえすればどこでもいい節あるだろ」

 

「あ、バレた?」

 

 望月のおどけに、CICは笑いに包まれた。少しして、伊崎が口を開く。

 

「――本部から通達がない限りは、しばらくのあいだ当艦で君たちを作戦海域付近まで輸送し、出撃してもらう。これで資源の節約が可能になるだろう。そして――私もヤクモに搭乗し、作戦海域近海から指揮させていただく」

 

「今までとそこまで変わらなくねえか、提督? 今までも鎮守府からだったけれど、指揮はしていたじゃないか」

 

「まあそう言うな。本部が用意してくださったんだ、ありがたく使わせていただこう」

 

 あれから再び黙りこんでしまっていた磯波が頷いて言う。

 

「……そうですね、もったいないです」

 

「おう、磯波の言うとおりだ。使えるものは何でも使う。使って深海棲艦の野郎どもをぶっ潰す。簡単な事だ、気合入れていこうぜ!」

 

 摩耶は握りこぶしを作って暑苦しく言い放つ。それを見て望月が肩をすくめて言う。

 

「摩耶はさー、暑苦しいんだよなあ。……まあ、こんな面倒くさい作戦ぱっぱと終わらせて、鎮守府に帰ろうよ」

 

「しまらねえな、ったく」

 

 その時、CICに入るもの一人。ヤクモの船員である。

 

「ブリーフィング中申し訳ありません。タツガサコの日向から通信です」

 

「日向が? 通せ」

 

「は、CICに繋ぎます」

 

 海図を映し出していたディスプレイが暗転し、執務室にいる日向が映り込む。日向には残存の艦娘たちと共に提督のいない鎮守府を守るよう言いつけていたはずだ。何かが起きたのだろうか、伊崎は訝しんだ。

 

「どうした日向、何かあったか」

 

『すまない、提督。ヤクモが作戦海域へ入っているかもしれないというに』

 

「いや構わないよ。まだ少々の時間がある。で、要件は」

 

『……ああ。実はタツガサコに電文が届いたんだ。送り主はオーシマ鎮守府提督、古賀喜一』

 

 その名を聴いた伊崎は眉をひそめる。

 

「オーシマ鎮守府……。確か先月に着任したというヤツか。一月、挨拶もなしに、今更何の用があるんだろうな」

 

『それが……私も信じがたいのだが、彼らの鎮守府には警備隊がいないらしい。そのせいで一月の間、出撃はおろか遠征にも出せなかったというんだ』

 

「警備隊がいない? 本部の連中はそんな最低限度の設備も行き渡らせないうちに着任させたのか……? 災難だな、その彼も」

 

『ああ。そこで警備隊をタツガサコに借りたいと願うため、面会を希望している』

 

「ハハッ、このテクノロジーの時代にわざわざ会いに来るとは」

 

 摩耶が口を挟む。

 

「まったく時代遅れな奴だな、電文自体で"こと"は完結してるじゃねえか」

 

「言うな摩耶。それだけ律儀な男という訳だ。いいだろう、面会はそうだな……、明後日の十二時でと伝えてほしい」

 

『承知した。それでは失礼する』

 

 鎮守府との映像通信が切断され、ディスプレイは再び海図を表示しだした。すると、黙して通信を聞いていた神通が、そっと挙手をする。

 

「どうした神通」

 

「提督、明後日と仰られましたが、帰路の時間を換算すると、夜戦を一回行うだけで、間に合わなくなるかもしれませんが……よろしいのですか」

 

 神通の言葉に、伊崎はニイッと笑みを浮かべた。

 

「……なに、昼戦だけで片をつければいいだけのこと。それができないお前たちではないはずだ。そうだろう?」

 

 タツガサコの艦娘たちは不敵な笑みを浮かべて、それぞれ頷く。それを見て、伊崎もまた頷いた。笑みを消して、言う。

 

「――そろそろ作戦海域付近だ。艦娘は簡易工廠で各艤装を受領、カタパルトにて装備、出撃合図が出るまで待機。健闘を祈る」

 

「ハッ!」

 

 南の海に戦いの風吹く時が、刻一刻と迫りつつあった。




こんにちは、めだるです。

今回は宿毛湾泊地の他の鎮守府の提督に出ていただきました。

ちなみに、オーシマ(大島)も、タツガサコ(龍ケ迫)も実際にある地名ですが、関係はありません。
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