「どや! 主機の感じは?」
「ええ、イイ感じ……みたいです! 海に立ってみないことには詳しくわかりませんが」
吹雪は背負った艤装の排気ダクトから煙を勢い良く吐き出してみせた。どうやら好調のようだ。
吹雪と龍驤の二人は工廠に隣接した簡易出撃用ドックにいた。横須賀や呉、舞鶴などの大規模な鎮守府に比べると貧弱な設備ではあるが、それでも艦娘たちを海へ送り届けるには充分なものだった。
吹雪は足部艤装に意識を集中させた。内蔵されたタービンが勢い良く回る感覚があった。太腿に装着された魚雷発射管もまるで油のさしたてのようによく可動してくれた。舞鶴での訓練であれほど酷使したのが嘘のようだと吹雪はこぼした。
「当たり前ですよ! 舞鶴から送られてきてから整備点検をずっとしてましたからね!」
二人の背後に明石が顕れては言う。龍驤が言うには、明石は鎮守府の狭い敷地内であるならば顕現が可能であるようだ。しかし一歩でも外に出ると映像を維持できなくなるという。なんとも不思議な話ではあるが、このような軽装備で、海に浮かび立つどころか、自在に駆けることができるのだから言えたことではないか、と吹雪は考えた。
「明石の腕前は相当なもんやから、どんだけボロボロにしたって、新品同様になって帰ってくるで」
「だーかーらー、と言って! 無茶をするのはやめてくださいね? 吹雪ちゃんもわかった?」
「あ、はい! 大切に扱います!」
明石は満足そうに頷いた。
明石の整備技術に一同が舌を巻いたところで、読者諸氏に今一度、艦娘について説明しておきたい。艦娘とは、在りし日の艦艇の魂片、"艦霊"を宿した少女たちの総称である。"艤装"と呼ばれる装備を身につけることにより海上での浮上、航行が可能で、人間大のサイズでありながらも卓越した戦闘能力を持ち得る、革新的な生体兵器である。
彼女らは産まれ落ちた瞬間から艦娘とも定義できるが、それに兵器としての価値は付随されない。彼女たちが兵器たるためには"艤装"を装着する必要があるのだ。
"艤装"はかつて、アメリカ合衆国の巨大軍需企業『ダーリング・マインズ』社が開発し、世界の様々な国軍やパラミリタリーに採用された強化外骨格兵装"エグゾ"のコンセプトをその根幹としているが、見た目は随分と異なる。"艤装"は、みな一様に元の兵装、主機などをデフォルメしたコンパクトなものに収まっており、そびえ立つ艦橋を模した主機を背負う者、勇壮なる艦体を分割装着する者など艦娘によってその形状は様々である。
ここでは、駆逐艦娘である吹雪を例にあげて説明しよう。
吹雪は一般的な駆逐艦娘と同様、背負式の機関部をもった艦娘である。いわゆる、"缶"が収納された四角いボイラーボックスから左右上方へ排気ダクトが伸び、真ん中に屹立する煙突が存在感を放っている。足部のタービン内蔵型艦体ショートブーツとこれら背部機関が艦霊を通し、霊的に繋がることで初めて彼女は水上を駆けることができるのである。"艤装"とは、"エグゾ"から物理的接続部をなくし、艦霊を媒体とした霊的接続に換装したものであると言えるのだ。
「さて……吹雪。カタパルトの経験はあるか?」
かちゃかちゃと駆動音を鳴り響かせて動作確認を続ける吹雪へ、艤装を装着し終えた龍驤が問いかける。吹雪の試運転には龍驤も同行するようだ。龍驤の艤装はその小さな背中にすっぽり収まるほどコンパクトに見えた。龍驤の特異な艤装形状に吹雪はしばし返答を忘れていた。
「あっ、すみません。舞鶴の方で少々ですが、経験があります」
「よろしい。まあ、舞鶴のように立派なもんじゃないんやけど、いけるか?」
吹雪は龍驤の指すカタパルトに目を向けた。ドックにはカタパルトが六基あり、それぞれ伸びる軌条ごとにデッキがせり出している。デッキ前方は海水で満たされ、穏やかなその水面が、時折揺れてはデッキ先端を撫でる。舞鶴鎮守府の出撃ドックとは屋内という点で一致しているが、オーシマのものは地表に建設されたむき出しの建物内にあるということだ。現在の<帝国>は深海棲艦から一定の防衛を果たしてはいるが、絶対的な平和があるわけではない。その絶対防衛圏とて、いつ崩れるかは分からないし、現に爆撃機による空襲を許すことも無いわけではなかった。その点、地表の出撃ドックというのはいくら屋根があるとはいえ、安全面や運用面での課題を抱える旧式設備と言わざるを得ない。とはいえ、カタパルト本体に関しては舞鶴のものとほぼ変わらないようだ。
「はい。大丈夫だと思います」
「よし。じゃあまずはウチが先行していくから、キミはそれについてきてな。わからないことがあったら、明石が補助してくれるだろうから遠慮無く聴き」
龍驤はそう言うと、目前のカタパルトにゆっくりと足をかける。艦体を模した上げ底ブーツが装着器具に包まれ、がっしりと固定された。龍驤は気持ち腰を低くして、明石に声をかける。
「明石ーっ、それじゃあ頼むわ!」
「はーい。EMALSへの電力供給を開始するわ」
明石の声で、カタパルトへ電力が満ち満ちていく。少し間を置いて、カタパルトの軌条が淡く発光しだした。発射準備完了の合図である。ドックの巨大な扉が重々しく開放され、差し込んだ光が水面をきらめかせた。
「よっしゃ行くで! 」
龍驤がそう気合を入れると、吹雪と明石を交互に見て頷いた。吹雪は先輩の勇姿を見ようと目にぐっと力を入れ、明石は中空の仮想パネルをタッチして、操作権限を龍驤に移行させる。
「明石から龍驤へ、準備完了です!」
「出撃する!」
龍驤の声と共にカタパルトに息が吹き込まれる。二つの固定具の爆発的加速が龍驤のツインテールをたなびかせた。龍驤はジャンプ台を滑落するスキージャンパーのように前かがみに腰を落として、押し寄せる風をいなす。カタパルトの軌条を疾走する龍驤の姿は、吹雪には飛翔する龍に等しく思えた。
軌条の先端に辿り着いた龍驤は固定具から開放され、吹雪の空想そのままに飛翔した。デッキへ溢れんばかりに張り詰められた水面上をほぼ水平に数秒移動し、着水。勢いを殺すことなく、暖めに暖められた主機から推進力が爆発して、龍驤を宿毛の海へ連れて行った。ほれぼれするほど見事な出撃だ、と吹雪は感じた。
ドックの先へ、豆粒のように見えなくなっていく龍驤に見とれていた吹雪は明石の声ではっとなった。
「それじゃあ、吹雪ちゃんも行きましょうか」
「あっ、はい!」
吹雪は急いで、カタパルトに足を入れる。固定された足部はビンとなってびくともしない。吹雪は久々の出撃シーケンスに少々緊張していた。ゆっくりと深呼吸して、心を落ち着かせる。
「よし」
一言つぶやいて、主機へと意識を集中させた。自分の心中にある鋼鉄の塊が熱く燃えたぎっているのを感じた。機関の準備は万全だ。出撃の瞬間を今か今かと、待ち望んでいるようだ。左の軌条には龍驤を解き放ったカタパルトがその役目を終えて、ゆっくりと初期位置に戻ってゆく姿が見える。やがて、軌条が光る。抜錨の時は来た。
「……お願いします!」
「オーケー。射出コントロールを移譲するわ、好きなタイミングで射出のイメージを浮かべながら、龍驤みたいに声を出してみて。それだけでいいの」
舞鶴で習ったものと同じだ。吹雪はゆっくりと深呼吸をしてから口を開いた。脳裏に思い浮かべるは見事な出撃を決める自分の姿。熱く滾る鋼鉄の塊がその鎌首をもたげた。
「特型駆逐艦、吹雪! 出撃します!」
瞬間、吹雪は足元に強烈な衝撃を感じた。強い。ゴーッという風切り音と共に猛烈な風の壁が身体に叩きつけられる。
舞鶴で使用しているカタパルトは多少出力が抑えられた練習用のものであり、実際はこれよりもっと強烈だ、と大淀から聞いたことはあったが、これほどまでとは……。叩きつけられた現実に吹雪は少しひやりとしたが、焦ることなく腰をグッと落とした。
次第に身体と風との境界が曖昧になって、吹雪は吹き荒ぶ突風そのものになったような錯覚を覚えた。強烈な電磁力に乗って吹雪は宿毛湾へと突き進む。やがて軌条の先端に到達、拘束の解除と共に吹雪は中空へ投げ出された。
軌条から水面までの高さは僅かなものであるが、爆発的推進力に押し出された吹雪はトビウオのごとく、水面をわずかに滑空していく。そして艦底を模したハーフブーツに包まれた足先が水に触れた、その瞬間であった。
(あッ……!)
滑る、感触があった。水面につけたはずの足底が浮き上がる感覚が。当然、人は水面に足をつければ沈み込んでしまう。だが、艦霊を宿した艦娘ならば沈むこと無く浮き続ける。
艦娘にとって海上とは人間で言う氷上に等しい。だが固形である氷と違い、水は液体であり、流動的だ。常に平面であることはなく、海面は波によって常に浮き沈みする。
熟練した艦娘でも、荒れた海に出撃すれば、着水に足を絡めとられ転倒することも稀にあるだろう。しかし、吹雪の着水した場はドック内である。出撃ドックは海の荒れを加味して、穏やかな内海に建設されることがほとんどだ。
仮に荒海に相対したとしても、そこは艦霊を宿すもの、転倒などありえない! ましてや、こんな穏やかな水面に足を取られるなどもっての外だ。 一般的艦娘にとってそうであったし、吹雪もそうであると信じていた。しかし、この現状はなんだ? 現に私の左足は水面から離れ始め、上半身はのけぞり、下半身には力が入らない。
困惑、焦燥、羞恥、そういった感情が互いに顔を出しては、吹雪の心にさざ波を立てていく。
陽光に照らされた水面の輝きが遥か彼方に感じられた。その煌めきのひとつが、鋭く私の眼を貫いた。
瞬間、視界が白に染まった。同時に、背中へ熱い鋼鉄の塊を突きつけられた気がした。艤装ではない、また別の何かが私の背を強く、強く押していた。
両足の艦体が軋む。不思議と四肢へ力がみなぎる。私は食いしばるように水面を強く蹴り上げて、また数センチ、中空を飛んだ。一瞬の飛翔。けれども、私にはそれが数十秒にも数分さえ感じられた。共に飛散した水滴の一粒一粒まではっきりと認識できるほど、世界はゆるやかに動いていた。そしてその水滴のカーテンの向こう側に、私に似た少女を見た気がした。
彼女はまるで私を歓迎するみたいに手を伸ばして微笑む。私はそれにすがりつくように、宿毛の海へ脚をつけた。
初出撃のことは、実はよく分かっていない。無我夢中と言うに他ならなかったし、着水の直前に見た影は気付けば掻き消えていたのだった。まるで私の足元が崩れ落ちるような、そんな不思議なことばかりが起きて。それでも不安はなかった。こうして海上にひしと足をつけている。それだけは確かなことだったから。
私は不思議な高揚感を心に抱きながら、湾口に佇む龍驤の元へと駆けて行った。
読んでいただきありがとうございます。
正直、自分で書いていて出撃をだいそれたことにし過ぎでは?と思ったのは内緒です。
まあ、船で言う就役なのだから吹雪にとって大事なことであるに変わりないよなーとひとり納得して書いてました。
こんなに時間がかかってしまったのは本当に申し訳ない(博士)
この調子でじっくりでも、しっかり書き進めていきたいと思いますです。
それではまた~
追記:この作品からわかりやすいように(自分が)ナンバリングすることにしました。