記憶の中の君の欠片   作:荊棘

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書いていたら長くなってしまったので、
2話に分割させていただきました。



帰省。

 

 

 

 

電車に揺られること数時間。

見慣れた風景の駅へと到着した。

 

ついに帰ってきたぜ、千葉。

俺の愛しの千葉。

やっぱり千葉はNo.1だな。関東ではNo.3だけど。

まぁ俺の中では断トツで、バリバリ最強ナンバーワンだから。関東では、とか細かいことは気にしない。

 

「いやー、やっと着きましたね。先輩、電車乗ってすぐ寝ちゃったからひまだったんですよー?」

 

身体を伸ばしながら、頬を膨らませてプリプリと怒りながら一色は言う。

 

「あざといから…。それにお前だって携帯いじってたじゃねぇかよ」

 

「私はいいんですよ!」

 

なにそれ理不尽すぎる。

これが女尊男卑の世界なのか…。にしても露骨な差のつけ方に驚きを隠せない。

みんな平等がいいよ。まぁそんな世界はあり得ないのだけれど。

 

 

誰にも聞こえないような小さな溜め息をつきながら心を落ち着かせる。

これでも多少なりとも緊張しているんだ。この地に帰ってくるのは、およそ1年ぶりくらいだからな。緊張するのも無理はない。それにきっとアイツらとも会うことになるんだろう。

今更どんな顔をして会えばいいのだろうか。

どうすれば許してもらえるのだろうか。

そもそも許してもらえるのだろうか。

 

答えの見つからない問を延々と頭の中を反芻させながら、馴れ親しんだ道を一色と並んで歩いた。

 

 

× × ×

 

 

「そういえば、これどこに向かってるんだ?」

 

既に歩き始めているから今更すぎる質問なのだが、それでも一応確認ぐらいはしておきたい。

 

「………さぁ?」

 

可愛く小首を傾げながら、目線を逸らすようにしながら一色は言う。

おい。どんだけ可愛い仕草しても誤魔化されないからね?

あなた少し無計画すぎるところがあると思うんですよね…。

 

「はぁ…。とりあえず荷物もあることだし、家に向かうってことでいいか?」

 

「仕方ないですね。では先輩に案内を任せます」

 

案内ってここ一応あなたの地元ですよね?

それよりなんでそんなに偉そうなのか小一時間ほど問い詰めたいところだが、今はとにかく1度羽根を休めたい。

殴りたい衝動を抑えながらも、家に向かって歩き出す。

 

ちなみにさっきまで歩いてた方向とは逆の方向である。

 

この方向音痴さはどこかの誰かを彷彿とさせるな…。

 

 

 

できることなら早く帰りたいのだが、いつものペースで歩くと恐らく一色はついてこれないであろうと思い、なるべく歩調を合わせながら歩く。英国的に考えて俺マジ紳士。

 

だがそのせいで、我が比企谷家までの道のりに普段かかっていた時間のおよそ倍の時間を要した。

…まぁでも荷物とかあったし仕方ないか。うん。

 

 

改めて、我が家を眺めているとどこか懐かしい気持ちにさせられる。

たかだか1年ほど帰ってこないだけで、こんなにも懐かしく思えるものなのか。

しかしながら、我が家の変わらなさには思わず笑みがこぼれた。同時にどこか虚しい気持ちに心がざわついた。

 

俺が出て行ってからも、この家は何にも変わっていない。

俺がこんなにも変わってしまったというのに…。

 

「せーんぱいっ!」

 

一色の呼びかけと、肩に当たる小さな衝撃に、意識が覚醒する。

危ない危ない。危うく自分だけの世界に閉じ込められるところだったぜ。

故人曰く、人間は考える葦である。本当にその通り過ぎだな。まさに俺を表すためにある言葉だと言っても過言じゃない。いや過言だな。

 

俺からの返答がないことを不思議に思ったのか、一色は覗き込むようにこちらを伺う。

 

「……どうかしたんですか?」

 

「いや別に…。なんでもねぇよ」

 

そんなに不安そうな顔をして心配するんじゃねーよ。ちょっとドキッとしたじゃねーか。

そうゆうのは勘違いしてしまうので、以後気をつけて下さいね!本当に!

 

「うち着いたぞ」

 

「ここが先輩のお家なんですか!…なんというか普通ですね。あ、勿論いい意味で、です。」

 

「普通じゃない家ってどんなんだよ。ていうかまず、普通という言葉の定義をだな…」

 

「わー。面倒くさい先輩だー」

 

心底嫌そうな顔をしながら呆れた様子の一色は、わざとらしく二度ほど咳払いをして俺の正面に身体ごと向き直る。

そして、上目遣いでこちらを見上げる。心なしか頬もほんのり薄いピンク色に染まっている気がする。

身体の前で組まれた両手の指がせわしなく動き、時折もじもじと身体を攀じる。

 

なにこの雰囲気。え、なに怖い。

この感じまさか……!

いや待て、落ち着け比企谷八幡。ここで勘違いしてしまうのは、二流三流のボッチだ。しかし俺は超がつくほどの一流のエリートボッチ。あまり俺をなめてもらっては困る。幾度となく勘違いしてきた俺だ。今更こんな見え透いたトラップに引っかかるわけがない。

そうだな、まず手始めに心を落ち着かせるために素数を数えよう。

2、4、6、8……。

あ、これ偶数だわ。

べ、別に動揺しているわけじゃないんだ!ただ単純に素数がわからないだけだから!……尚のこと悪いなそれ。

 

俺の心が落ち着きを取り戻す前に一色が口を開く。

 

「先輩」

 

「ひゃ、ひゃい」

 

「明日時間もらっても大丈夫ですか?」

 

「お、おう。別にいいけど…」

 

「詳しいことは、またあとで連絡します」

 

「おう。…ってそれだけ?」

 

「え?そうですけど…。あ!もしかして告白でもされると思いました?すみません。確かにちょっといい雰囲気っぽくしてみましたけど、そういうことはやはり男性側からしてもらいたいので告白とかはちょっと無理です。」

 

このガキ…。ほんとにいい性格してやがるな。

一発ぶん殴ってやりたい。まぁそんなことはできませんけど。

 

「別にそんなこと思ってねーよ。ただお前がもじもじしてたから、てっきりトイレ行きたいのかと思っただけだ」

 

「先輩、それを女の子に言うのはさすがに引きます…」

 

あからさまに不快なものを見る視線を向けられてしまった。

それでも数秒後にはケロッと元に戻っていつも通りの一色になった。

コロコロ態度変わるやつだな。その辺もまたあざとい。

 

「んじゃ、また明日な」

 

「はい!ちゃんと連絡するので見てくださいね。ではでは!」

 

左手に荷物を抱えながら右手で手を振る一色。

その姿が見えなくなるまで俺は彼女を眺めていた。

 

 

 

×  ×  ×

 

 

腹にかかるずっしりとした重みに違和感を感じ目を覚ます。

見ると俺の腹の上に我が家の愛猫カマクラがグデッと寝そべっていた。

 

俺はお前の布団じゃないんだぞ。ていうかこいつ、ちょっと見ない間にまた太ったな。このデブネコめ。

 

一色と別れてから、特にすることもなく手持ち無沙汰になったので、俺はとりあえずソファーで一眠りしていた。

 

カマクラを抱えたまま、ソファに座りなおす。

そして、頭を撫でてやると、気持ちよさそうな声で鳴いた。

 

そうだよな…。お前だって寂しいよな…。

 

現在我が家には俺とカマクラの二人だけ。正確にいうのならば、一人と一匹だけである。

 

みんな各々用事があって家を開けているのだろう。

そうなるとやはり、こいつとて寂しいと感じるのだろう。

 

もう一度撫でようとカマクラの頭に手を置くと、機敏な動きで俺の膝から床へとジャンプした。

さらに、俺を睨み付けるように見上げて床を尻尾でダンっとならした。

 

なんだよ。飯かよ。

本当に可愛くねぇなコイツ。

 

「ほらよ」

 

キッチンに置いてあった猫缶をあけてカマクラに与えてやる。

 

「あんまり食い過ぎんなよ。んでもってちゃんと長生きしろよ」

 

 

俺も腹減ったことだし飯にするとしよう。

久々に帰ってきたことだし、外に食いに行くか。

 

 

「んじゃ行ってきます」

 

誰に言ったわけでもない言葉がやけに響いて聞こえた。

 

 


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