記憶の中の君の欠片   作:荊棘

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三人。

 

 

特に食べる場所も決めずにとりあえずフラフラと町を歩く。

すると聞き覚えのあるような声で名前を呼ばれた気がした。

 

「はちまーん」

 

俺のことを名前で呼ぶ人間なんて一人しかいない。いや人間じゃなくて天使だったな。危うく間違えるところだったぜ。

 

嬉々として後ろを振り返るが、そこに愛すべき天使の姿はない。

あれ?おかしいぞ。ついに幻聴が聞こえ始めたか…。こりゃもう末期だな。

 

身体を向き直し、再び歩き始める。

 

「はちまーん。おーい」

 

いまだ聞こえる幻聴に耳を貸さぬよう、より歩調を早める。

なんかさっきより、鮮明に聞こえる気がするな。

まぁ気のせい気のせい。それより早く飯を食べに行こう。

 

「はァァァァァちィィィィィまァァァァァんッッ!!」

 

雄叫びかのような大声をあげ、熊のような体躯の男がドスドスと、走ってくる。というよりは突進してくる。

 

「…なんだよ、材…材木…財津?ああ財部か」

 

「ちょっと八幡さん我の名前忘れちゃったの?ねぇ?忘れちゃったの?ねぇ?」

 

走ったことで息が上がっているのか、口からコヒューという音が時折漏れている。

相変わらず鬱陶しいやつだな…。

加えて暑苦しい。

およそ人に嫌われそうな要素を全てもってそうだな。

夏とか絶対近くに居たくない。

なんなら一年中近くにいたくないまである。

 

「で、なんか用かよ材木座」

 

「はぽん。なに、町を徘徊しているところに見馴れた後ろ姿を見つけたものだからな。つい声をかけてしまったのだ。べ、べつに嬉しくて声をかけたんじゃないんだからなっ!」

 

「なにそのツンデレ普通にキモい。おまえがやると、ツンデレキャラの株が暴落するから不思議だよな」

 

「キャラの良さなぞ、自分が理解していればそれで構わん!ネットで我の好きなキャラがディスられてたときは、さすがにカチンときたがな!」

 

それ若干矛盾してるじゃねーかよ。

まぁでも確かに気持ちはわからなくもない。

自分の好きなものを貶されるのは、腹立たしいものである。

 

「で、俺はこれから飯食いに行くんだが…」

 

「ふむ。では我も共に馳せ参じるとしよう」

 

まぁ久しぶりに帰ってきたんだし、材木座ぐらい我慢してやるか…。

いや、本当に仕方なくだよ?

 

材木座の隣という位置に妙ななつかしさを覚えながら2人で町を歩く。

 

そういえば材木座は県内の大学に進学したんだったか。となるとまだこの付近に住んでいるのだろう。

 

「なぁ材木座。この辺なにか変わったか?」

 

「変わったこと…。いやまだ何も起こってはおらぬぞ?まさか!これからこの町に危険なことが起こるというのか?!」

 

「ああいや、そうゆうのいいから。ぶっちゃけキモいし。もういい歳なんだからそろそろ変われよ」

 

「ぐっふぉ。…相変わらず辛辣だな八幡よ。だかしかし、我は変わる気はないぞ?」

 

「なんだよ。一応おまえの為に言ってるんだが…」

 

「ふむ。それは余計なお世話というやつだな。自分の事ぐらいは自分で決める。大体他人に変われと言われて変わるとかダサすぎて大草原不可避であろう。そんなことできないですしおすし」

 

「そうかよ…」

 

「それに八幡。貴様も昔と何も変わっておらんじゃないか!人のことを言えた口か!全くもって笑止!」

 

高笑いで人を馬鹿にするその男の言葉が耳について離れない。俺はこんなにも弱々しくなってしまった。それでも尚こいつは、俺は変わっていないと、そう言うんだ。

 

「…俺は変わったぞ」

 

「いやいやいや。だって八幡未だにボッチであろう?なら何にも変わっておらぬじゃないか!」

 

「勝手に決めつけんな。いやまぁ間違ってないから否定できないけど」

 

こいつにそうゆうこと求めても意味なかったな。良い空気も悪い空気も平等に壊すやつだ、そんなやつにシリアス求めても仕方ない。さっきの俺のシリアス返しやがれ。この野郎。

 

どうでもいいようなことを駄弁りながら歩くとサイゼに到着していた。

無意識で歩いていてサイゼに着いてしまうあたり、俺の千葉愛が凄いことが窺える。

 

店内に入ろうとすると、不意に左肩を叩かれた。

 

「…んだよ材木座。勝手に触んじゃ…」

 

嫌悪の態度を全身に纏いながら振り向くと、そこには天使が1人立っていた。

 

「久しぶりだね、八幡」

 

「と、戸塚…」

 

なんですかこれ。運命ですか。そうですか。

神様最高!今日から神信じちゃう!

 

「僕もこれからご飯なんだけど、一緒に行ってもいいかな?」

 

上目遣いで見つめてくる戸塚。

なにこの可愛い生き物。おうちで飼いたい。むしろ飼われたいまである。

 

「あぁいいぞ。むしろ2人で行こう。財津だか、財部だか言う奴は置いていこう」

 

「ちょっと、はちまーん?我の扱いヒドくなーい?」

 

戸塚も合流したところで、俺たち3人は店に入った。

 

 

× × ×

 

 

注文を終え、ドリンクバーで注いだジュースをストローで飲みほす。

ちなみに席順は俺の隣に戸塚。正面に材木座という配置になった。戸塚の隣最高。

なんなら一生隣にいて添い遂げたいレベル。

正面のウザったらしい物体も、横の天使が完全に浄化してくれる。これが戸塚の力か…ッ!

 

「八幡帰って来てたんだね。帰ってくるなら連絡してくれてもよかったのに」

 

「いや、もともと帰ってくるつもりはなかったんだが、急に帰省することになってな。その…すまん」

 

「あ、ううん。別にいいよ!でもなんでそんな急に帰ってこようと思ったの?」

 

「実は一色が…」

 

そこまで言いかけて言葉を止める。

違う。そうじゃない。一色は俺にきっかけをくれただけ。向き合うための、乗り越えるためのきっかけを。

だからここで、一色の名前を出すのは違うだろう。

俺が帰って来た理由は他にしっかりとあるのだから。

 

「…そうだな。なんというか、きちんと向き合うために帰ってきたって感じか」

 

あまりにも要領を得ない言葉になってしまったが、これ以上に上手く説明できる気もしない。

だがこの説明で戸塚も理解できたようで一瞬驚いたように

目を見開いたが、すぐに満面の笑みを浮かべ、俺に微笑みかける。

 

「やっぱり八幡は格好いいね」

 

「いや別に格好良くはねーよ」

 

本当に。本当に、格好いいなんてことはない。

むしろかっこ悪すぎる。俺は自分でそう思っている。

見たくないものから目をそらし、逃げ続けていた男を格好いいとは言えないだろう。

 

「八幡は格好いいよ?高校の時から今も変わらずに。辛くても、大変でも、弱音を吐かないで1人で乗り越えようとしてきた。その姿に僕は憧れてたんだ。今だってそうだよ。少し時間はかかっちゃったけど、それでもちゃんと向き合おうと、乗り越えようとしてる。…やっぱり八幡は格好いいよ」

 

事の顛末を知っても尚、戸塚は俺のことを格好いい、憧れの対象である、そう言うんだ。

俺は周りに他人しかいなかった。だからずっと1人で乗り越えてきた。協力や他人を頼るという選択肢ははなから存在していなかったから。

実際はただそれだけのこと。

 

けれど戸塚にとって、それはきっと格好良く映ったのだろう。

1人でも負けずに懸命に物事に取り組む姿に。

1人でも挫けず最後までやり通す姿に。

 

そんな姿に憧れを抱いたのだろう。

 

なら俺は、そうありたいと、そうでありたいと思う。

 

変わってしまった俺だけれど、全てが、何もかもが変わってしまったわけじゃない。

今も昔も変わっていないところはあるんだ。

 

戸塚はそう教えてくれた。

 

「そんな大層なもんじゃねーよ。…でも、まぁ、その、ありがとな」

 

「うんっ!」

 

戸塚ルートまっしぐらなんですけど、大丈夫ですか、これ。いや待て、戸塚は男だ。てことは結婚は無理だな。

ん?だが逆に結婚ができないだけで他のことは大丈夫じゃないか?愛があればやっていけそうだしな、うん。

 

「ものっそいどうでもいいけど、我、腹減った」

 

「あ、あはは。確かにお腹空いたね」

 

ホントにいい空気も悪い空気も壊すやつだな…。

 

材木座も、戸塚もきっと俺のことを心配してくれていたのだろう。心配をかけていた自覚はある。

 

お詫びというわけではないが、心配をかけた分はきっちりと返しておきたい。

たまからまぁここは、俺が金を出すとしよう。

 

…材木座の分は出さないけどな。

 

 




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