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髪の毛をちょっとした、ツインテールに結った少女にユートは手を伸ばして貸してやる。
「あ、ありがとうございます……」
VRMMOの性質上で、異性との接触には気を付けないと場合によって、ハラスメントコードに引っ掛かり、ユートは割と過剰接触する機会が多い為、そこら辺には気を遣っていた。
「ゴメン、人がごった返してたから気付けなかった」
「いえ、私もお上りさんみたいになってましたし」
お互い笑いながら話す。
以前、ユートが義妹の手も借りて作ったVRMMOでもそうだったが、やっぱりゲーム画面を介さないで直接向き合っての会話というのは愉しい。
現実(リアル)では多少の柵もあるが、この仮想世界はそこら辺を気にする必要が無いのだから。
お互いにこのゲームを始めてファーストコンタクトだった事もあり、折角だから今日は一緒にやってみようという話になる。
「つまり、パーティを組んで遊ぶんですね?」
「ああ、嫌だったり他にも約束があったりするなら、僕も他を当たるなりソロるなりするけど」
「いえ、特にそういうのはありませんので、ご一緒させて下さい」
「そう? じゃあ……」
ユートが人差し指を伸ばした状態で、右腕を上から下へ下ろす仕種をすると、現実だと決して有り得ないモニタが空中に出現した。
否、少なくともユートに限って言うなら、現実にも存在しているのだが……
モニタはこのゲームに於ける一種のインターフェースであり、メニュー画面を開いてモニタを触る。
すると、少女の目の前にもモニタが顕れ、其処には文字が表示されていた。
端的に云えば『パーティ申請がきています。受けますか?』と書かれており、YESとNOの選択ボタンが設置されている。
少女がYESを押すと、システムが2人をパーティと判断し、幾つかの情報が判る様になった。
例えば名前。
生命力を指すHPバーにSilicaとある。
「シリカ……か」
「あ、名前ですか?」
「ん、パーティを組んだからかな。HPバーの下の方にアルファベットで名前が付いてる」
「あ、本当だ。Yuuto……ユウト?」
「そういえば、まだ名前も交換してなかったか。僕の名前はユートと延ばして呼んでくれる?」
「あっ! そうでしたね。ユートさんという事で良いですか?」
「ああ、それで頼むよ」
「判りました」
最初のやり取りがあったからか、その侭ズルズルと自己紹介をしていなかった事に気が付いた。
よくこんな状態でお互いパーティを組もうと思ったものである。
「まあ、パーティも組んだ事だし行こうか」
「はい」
今日限りの野良パーティと考えて先ずは狩りでもするかと、モンスターの出そうな場所へと移動した。
フレンジーボアと名前が表示されたMobが湧出、ユートは透かさず曲刀を振って叩き斬る。
普通なら曲刀用のソードスキル、リーパーなりを使って斃すのが普通だったのだが、ユートはソードスキル、何それ美味しいの? と言わんばかりに素の通常攻撃をぶつけた。
それでも他のRPGではスライム相当の雑魚故か、二〜三発も斬り付けてやれば蒼白いポリゴン片となって四散する。
リザルトウィンドウが顕れて、其処には獲得コルと経験値とドロップアイテムの名前が表示された。
【50コルを獲得】
【経験値を10獲得】
【ボアの肉 ボアの毛皮を獲得】
まあ、ハッキリと云えばショボいものである。
「さあ、次に行こうか」
最初の戦闘、それをただ見ているだけだったシリカは『はぁ……』と苦笑いをしながら付いていく。
フィールドを走り抜け、モンスターを蹴散らしながら辿り着いたのは……
「此処って」
それは塔にも、アインクラッドの各階層を支える柱にも見える場所だった。
この時点でレベルも2にまで上昇している。
「……あの」
「何かな?」
「此処って若しかして?」
「アインクラッド迷宮区」
「ですよねー」
少女──シリカも付いてきておいて何ではあるが、よもや行き成り迷宮区へと突入するとは思ってなく、呆然となっていた。
アインクラッド最北端に存在する迷宮区に突っ込むパーティは、どうやらこのユート組だけらしく、他は無難にフィールドに出て狩るか街中での準備に勤しんでいる様で、迷宮区内には未だ誰も居なくてシンとしている。
そもそも、他に点在する町やら村をガン無視で迷宮区にまで来るバカは、普通に居ないだろうし。
一番迷宮区に近い町……【トールバーナ】にすらも寄っていないのだから。
だけど当然でもあろう、ユートが和人──キリトから聞いた情報では、βテスト時代にも最大で第9層までしか上がれず、ボスは第8層のモノまでしか見ていない。
ソードアート・オンラインのグランドクエストは、全部で100層もあるというアインクラッド迷宮区を駆け上がる事にあり、迷宮区内の難易度はフィールドのMobなど及びもつかないのだから。
本来なら適正レベルに+して、安全マージンを取るべきだろうに、ユートはと云えばシリカを連れて先々進んでレベルは1から2に上がったとはいえ、最速で挑んでいる訳でありそれは無謀以外の何物でもない。
斬っ!
現れた敵モンスターを試しに曲刀で斬ると、HPバーがある程度だったが確実に減った。
「ふん、やっぱりね」
「何がですか?」
ニヤリと口角を吊り上げながら呟くユートに、疑問をぶつけるシリカへその答えを返す。
「迷宮区内のモンスターとはいえ、レベル2程度でもダメージは通る。それなら戦い様は幾らでも有る!」
斬! 斬! 斬! 斬!
続けざまにモンスターを斬り裂いて、HPバーを0にしてやるとポリゴン片になり砕けて消えた。
それに伴って、アイテムと経験値とコル──アインクラッドのお金の単位──が手に入った様である。
流石にフィールドよりは強めに設定されている為、獲られたものもそれなりに大きい。
シリカにもパーティを組んでいるからか、戦闘をしていなくても数値がシェアされて入っている。
「さて、シリカ?」
「はい?」
「僕は此処で稼ぐ心算なんだけど、君はどうする? 一緒に来て狩りをするか、パーティを解散して無難に外でレベリングに勤しむか……或いは、此処に来るまでに見掛けた町の近くで、一緒にレベリングする?」
浅い部分で現れる雑魚とはいえ、迷宮区のモンスターは【はじまりの街】の直ぐ外に現れる猪──フレンジーボア──みたくスライム相当とはいかない。
恐らくは最低レベルでも4くらいはあるだろうに、それをレベル2で相手にするなど、普通のコマンド型RPGだと無謀な試みとも云える。
だが、従来のそれとは違うのがVRMMORPG、自らのアバターを動かして戦う為、ランダム要素でのミスというのは無く、その気になればレベル差が5くらい開いていても、攻撃を躱そうと思えば躱せた。
そして、ダメージが通るというのならば、斃す事も決して不可能ではない。
とはいえ、安全マージンも取らずに迷宮区に潜り、モンスターに囲まれでもしたら終わりではあるが……
「一緒に行きます」
「そう?」
「はい!」
シリカはβテスターでもないユートに、だが何処か戦い慣れた部分を感じた。
現状ではそれだけで心強いと思える。
ユートは優しい表情で、シリカに言う。
「少し戦闘に慣れ、レベルが上がるまでは安全な場所に控えていようか」
「判りました」
「時々、手負いにして送るから慣れる意味合いで斃していけば良いよ」
こうして狩りが始まる。
出てくるMobは所謂、コボルドと呼ばれるモンスターで、第一層の一階には雑魚ボルトと揶揄出来そうな連中で、ルインコボルド・ソルジャー。
正真正銘の雑魚なのだろうが、迷宮区内のMobは基本的にフィールドに湧出するMobと比べて強く、流石にフレンジーボアみたいにはいかなかった。
「はっ!」
敵の左肩から斬り降ろす袈裟懸け、足元から左薙ぎに斬り、今度は左の足元から斬り上げる左斬り上げ、最後には首を叩き斬る形での左薙ぎ──8の字を描くが如く四連続攻撃。
「緒方逸真流──【八叉禍】!」
現実世界の人間が相手ならば、見事な斬殺死体が出来上がっている処だ。
ポリゴン片になり四散したルインコボルド・ソルジャーは、無慈悲に消滅してユートとシリカの為にコルと経験値とアイテムを遺してくれた。
「す、凄いです! あっという間に斃しちゃった!」
新規参加(ニュービー)とは思えない動き、圧倒的な美しいとさえ云える剣技、どれを取っても今のシリカには持ち得ないものだ。
「さあ、どんどん行こうかシリカ」
「はい!」
元気に返事をしたシリカを連れ、更に迷宮区の奥に進んで行くと、再びルインコボルド・ソルジャーが剣を振り回しつつ湧出する。
「じゃあ、今度はシリカが斃してみようか?」
「は、はい!」
「先ずは僕が軽くダメージを与えるから、通常攻撃を繰り出して斃しそう」
そう言うと、曲刀を揮いながらルインコボルド・ソルジャーに斬り付けた。
見た目には、片手剣系の斜め斬りソードスキルである【スラント】を放った様にも見えるが、使った武器は曲刀だし何よりライト・エフェクトが灯らない。
つまり歴とした通常攻撃である。
更には逆風──下から真っ直ぐに斬り上げる──を打ち込み、ルインコボルド・ソルジャーが持つ片手剣を弾いてしまう。
「シリカ!」
「はい!」
戦いそのものが初めて、そんなたどたどしい手付きでフラフラと掛け、傍から見れば『命(タマ)、取ったらぁぁっ!』と言わんばかりの体勢で短剣を構えて、
ルインコボルド・ソルジャーへと突っ込む。
「うわぁぁぁぁああっ!」
ズシュッ!
肉を突き刺したみたいなSEが響き、シリカの短剣がコボルド兵士に刺さる。
それでもまだ動こうとしているのを見て……
「いやぁぁっ! 死んで、早く死んで下さいぃっ!」
力一杯に押すと、コボルド兵士が押し倒されるのと同時に、マウントポジションとなったシリカは、短剣を両手に持って振り上げ、それをコボルド兵士の胸に降ろした。
ズシュッ! ザシュッ!
「死んで、死んで、死んでよぉぉぉぉおおっ!」
目を閉じた侭、一心不乱となり短剣を何度も何度も突き立てる。
コボルド兵士のHPバーがどんどん減り、遂に全損してしまうとカシャーンという、軽快なSEを響かせながら蒼白いポリゴン片に変わって四散した。
「うわ……」
ドン引きするユート。
現実ならば血塗れの惨殺現場の出来上がりだ。
まあ、ちゃんと戦い方を教えていなかったユートも悪いと言えば悪いのだが、いつかシリカがNice boatを仕出かさないか心配となる。
まあ、この場合は仕出かされる一番候補がユートとなる訳だが……
「シリカ、シリカ!」
「うわぁぁぁああんっ!」
既に乗っかっていた筈のコボルド兵士が消滅しているにも拘わらず、シリカは何も無い地面に短剣を突き立てつつ泣き叫んでいた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
約十分が過ぎ、漸く落ち着きを取り戻したシリカ。
「ごめんなさい」
真っ赤になって座り込むシリカに、ユートはソッと手を触れ──ハラスメント・コードに引っ掛からない程度──苦笑いをしながら優しく言う。
「いや、僕も普通のRPGみたいに誰でも普通に戦えると勘違いしてたよ」
「うう……」
フルダイブ環境による、このSAOは初めての本格的なRPGだという。
とはいえ、よもや素人の惨殺現場を見せられるとは思わなかった。
「少し戦い方を教えるよ。ああ、ちょっと触る事になるけど構わない?」
「えう? はわわ!」
ユートはハラスメント・コードに極力、引っ掛からない様に手取り足取り教えてやった。
数分のレクチャーだが、短剣による通常攻撃の仕方やソードスキルの使い方、防御や回避のやり方。
呑み込みが早いシリカはすぐに吸収してくれた。
再び迷宮区内を歩くと、湧出する新しいMob。
ルインコボルド・ソルジャーと、弓矢を使うルインコボルド・アーチャーだ。
「飛び道具使いの方は此方で処理する。コボルド兵士はシリカが斃せ!」
「判りました!」
放たれる矢をカトラスで斬り上げて弾くと、一気にコボルド弓兵へ身体を斬り上げた勢いを利用して回転を加えながら詰め寄って、左斬り上げ──左斜め下から右斜め上へ斬る──によって斬撃を入れた。
更に回転しながら首を刎ねてしまう。
部位欠損というにも程がある形で、一気にHPバーが全損して四散した。
シリカも流石に先程みたいな無様は晒さず、無難に短剣の初期ソードスキル──【ピアース】を放つと、次に技後硬直を出来る限り小さく抑え、通常攻撃を繰り出した。
もっと上の【アーマーピアース】みたいな敵の防御をある程度、無視をしての突き攻撃よりはダメージも小さいが、確り弱点に極った為にHPバーも半分近く減っており、後は通常攻撃を二発も当てれば勝てるという程度だったのだ。
「や、殺りました!」
随分と剣呑ではあるが、〝まとも〟な状態で初めての勝利である。
その後も順調に狩りを続ける事となった。
第一層の迷宮区二階まで進んで、それなりにMobも斃してたんまり獲るべきを獲たものだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
迷宮区第Mob斃すだけでなはく、宝箱を開けてみたりマッピングの為に同じ場所を廻ったりと、RPGとしての楽しみ方をある意味で満喫していた。
その中でもシリカは戦いに舌を巻く、最初があんなだったから暫くは気付けなかったが、ユートは大してダメージも受けず、次々とモンスターを撃破しているのだが、本来なら使うべき【ソードスキル】を一度も使ってはおらず、恐らくはリアルで身に付けたと思しき技術でのみ戦っている様に見受けられたのだ。
そもそも【ソードスキル】を使えば、剣がライト・エフェクトで光る。
流石に数値の問題上か、動きにちぐはぐな処もあった様だが、それでも充分に洗練されている動きはまるで舞いだった。
実際に、ユートは本物の戦場を知っているし、剣の扱いにも長ける。
ゲーム内ではまだまだ、完全再現が出来てはいなかったが、少しずつ慣らしていけば最適な動きが出来る様になると考えていた。
シリカも剣による戦い方を学びながら、笑顔を浮かべて愉しく戦い続ける。
初めの無様に比べれば、可成り心に余裕が出来たという証拠だろう。
午後13:00から始めたゲームだが、いい加減で時間も過ぎていく。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ユートとシリカの迷宮区内でのレベリングも順調に進んでいた。
四時間に亘るプレイ……迷宮区ではニ時間程度ではあるが、その時間の殆んどをモンスターとの戦闘に費やしていた結果、ユートがレベル6となってシリカもレベル4で落ち着く。
どうやらトドメを刺す刺さないが、経験値の多寡に影響を与えるらしいのは、間違いない。
まあ、今日一日での成果としては上々と云えよう、他のプレイヤーは其処まで一日のレベルアップに勤しんではいないだろうから、現状でのレベルはトップだと思われる。
そもそも、ユートくらいの現実での強さが無いと、本来なら無茶無謀な行動でしかない事を繰り返した訳だから、それも当然だ。
とはいえ、現実の能力がまるで使用出来ないから、飽く迄もゲーム内で応用が利く範囲の話である。
ユートはメニューを呼び出して、コルとアイテムの確認をしてみた。
「初期のものと合わせれば一万二千コルくらいだね。パーティでシェアリングされてるにしては稼げたか。アイテムも回復系が幾つかと少し強めの曲刀(タルワール)か」
多少強いとはいっても、所詮は序盤の宝箱から手に入れた武器で、数値的には大した差もない。
だが、全てのアイテムには耐久値が設定されているが故に、いつかは壊れてしまう事を鑑みれば、予備の武器は有り難かった。
ユートは本来使う刀とは感じが一番近い曲刀を使っており、戦い方も【緒方逸真流】を再現する形だ。
ゲームでの感覚を掴み、何処まで再現が可能なのか暗中模索でやっていたが、とんでも技の奥義や秘奥などでもなければ、練習次第で再現出来そうだと、手応えを感じている。
実際に幾つか試しに使ってもいた。
因みにシリカは短剣……ブロンズダガーを買って使っていた。
「はふー」
「シリカ、疲れたか?」
「はい、物凄い緊張感ですから……」
「まあ、これだけリアルに仮想を設えてるからね」
「リアルに仮想って、矛盾してませんか?」
「まあね」
吊り橋効果とでも云うのかどうか判らないが、それなりに仲好くなったシリカと笑い合う。
事実として、リアリティーの豊かなモンスターを低レベルで相手にするというのは集中力を要し、緊張感も半端ではない。
それは精神的な疲労感を誘発し、肉体的ではないが疲れを感じてしまう。
シリカが時間を確認し、驚いた表情になる。
「わっ、もうこんな時間。迷宮内は暗いから気が付かなかったよ」
時間はもう17:15。
仮想体(アバター)からは判り難いが、シリカの年齢は高校生より低いからいい加減で一旦、落ちないと親に叱られてしまう。
「あの、そろそろ街に戻って落ちませんか? 時間も時間ですし……」
「問題ないよ。既に出口の近くだからね」
「え?」
ユートがシリカの手を取って引っ張りがら走ると、直ぐに明かりが見えた。
時間は丁度17:30となっており、リンゴーン、リンゴーンと何処からか鐘の音が鳴る。
その瞬間、ユートの目の前が行き成りブレた。
「ん? これ、転移か?」
ユートが不思議そうに呟くと、其処は【はじまりの街】の転移門前広場、最初にログインした時に顕れた場所だった。
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行き成りの迷宮区は無理があったかな……