ソードアート・オンライン【魔を滅する転生剣】   作:月乃杜

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第21話:ペイン・オブ・スカーレット

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 第十層の主街区。

 

 その宿屋というか、本来であれば単なる空き家に過ぎなかった借家を、ユートが丸々と借り受けた家。

 

 この層に於ける、ギルド【女神の十二宮】──通称【ZoG】のギルドホームとなっている。

 

 ギルド【ZoG】のメンバーは少なくて、ユートをギルドリーダーに、シリカとキリトとエギルが所属しており、最近はリズベットを加えてやっと五人。

 

 一パーティにも満たない人数で運営されていた。

 

 基本的に自由なギルドであり、それ故に入るのを悩んでいたアスナは決まるまでフリーという事で通し、メンバーにはなってない。

 

 それは兎も角、ユートは目の前の青年に少しばかり困っていた。

 

 銀色の軽金属鎧を着て、髪の毛を鮮やかな青に染めた青年、ディアベル。

 

 ギルド【アインクラッド解放隊】のマスターだ。

 

 何が困っているのかと云うと、ディアベルがユートの前でDOGEZAをしているのである。

 

「ディアベル、いい加減に頭を上げてくれないか? 今日はギルドマスター同士で話したい、そう言ってきたから応じたんだ。それがDOGEZAとかされても困るんだけどな?」

 

「いや、やめない!」

 

 先程からこの有り様だ。

 

「その話はそもそも、第二層のボス戦後に終わった話だろう。僕はボス戦から外れる……僕のステータスを見る条件として提示して、それを了承したのは他ならない、ディアベルだぞ」

 

「それを曲げて頼むっ! ユートさんにボス戦に復帰して欲しい!」

 

 頭を上げようともせず、ディアベルが懇願するのはユートのボス戦復帰。

 

「小ギルドのマスターに、しかも単なる一プレイヤーの僕に其処までするか?」

 

「するとも! 貴方は今でも変わらずトッププレイヤーなんだ! しかも幾つかの層で、フィールドボスやフラグボスを単独撃破すらする程の!」

 

 アルゴ経由か、それともキリト達から聞いたのか、ディアベルは至極当然と謂わんばかりに例を挙げた。

 

 フロアボス以外、つまりクリアと直接的には関わらないボスとは戦っており、特別なアイテムをドロップするフラグボスや、フィールドに顕れる中ボスであるフィールドボスは、ユートが単独で撃破している。

 

 シリカはまだ完全に併せられない為、この時は観ているしか出来ない。

 

 またギルド運営をしている関係上、ギルドメンバーはその事を知っている。

 

 それにシリカは、ユートと共に相変わらずボス戦に出ないが、キリトとエギルは普通に参加をしていて、ディアベルと話す事も当然ながらあった。

 

 キリトやエギルは元よりアルゴにも口止めなどしておらず、訊かれれば答えもするのだろう。

 

 それ自体は問題無い。

 

 円滑なレイド運用の為、パーティ内での会話は必要不可欠なのだし、ギルドは基本的に自由を標榜しているのだから。

 

 レベリングやコル稼ぎにノルマも無いし、アイテムはギルド運営の為に倉庫へ入れねばならないが、手に入れたレアアイテムは自分の物にしても良い事にしていて、報告の義務も無い。

 

 逆説的に、ユートがボス戦に出ないのも自由だ。

 

 アイテム納入は義務とされているが、これは言ってみれば修学旅行の積み立て金にも等しく、必要とあらばコルに換えて使う。

 

 エギルはリアルで喫茶店を経営していて、折角だからSAOでも店をやりたいと考えているし、リズベットも自分の武具店を持ちたいと思っていた。

 

 その為の投資となれば、拒否する理由も無い。

 

 キリトにそういったのは無かったものの、将来的にはエギルの店やリズベットの武具店を利用する際に、割引きして貰える約束だ。

 

 それはシリカ達も同様。

 

 マルクス主義にも似ているが、これは少人数で自己を律する事が出来る者達が集まっているから可能な事であって、罷り間違っても【アインクラッド解放隊】には不可能な運営法だ。

 

 何故なら、ディアベルが纏めるあのギルドは、二層のボス戦後にユートを非難した連中が集まっており、謂わば究極の利己的集団であるのだから。

 

 ユートはどんな御立派な主義主張を唱えても、人数が集まればいつかは破綻すると考えている。

 

 故にこそ、可及的速やかにこのゲームを終わらせる必要を感じていた。

 

 だからと言って、ボス戦への参加をするかと云えばそうではない。

 

 

 何故か? それはユートにはユートでやるべき事があるからだ。

 

 まあ、成果は全く上がっていないから流石に無意味だと思い始めている。

 

「迷宮区の攻略は普通にしているし、ボスを斃すくらいディアベル達でも充分にやれるだろう?」

 

「それでも、十四人が死んだんだ!」

 

 大分安定したとはいえ、全く犠牲者を出す事無く終えるのは難しく、十層までのボス戦で十四人ものプレイヤーが犠牲となった。

 

「ユートさんをチート呼ばわりした彼も、第三層でのボス戦で……」

 

「ふーん」

 

「良い気味だと思うか?」

 

「いや、どんな奴だろうと生命は生命。自業自得ではあっても僕が感情に任せて罵る気は無いよ」

 

 ディアベルは却って難しい顔になる。

 

 それは即ち、ユートにとってあの男はどうでも良い存在だと云う事だからだ。

 

 男の存在はユートに対して何ら響かせる事もなく、名前すら知られずに逝ってしまった。

 

「で、アインクラッド解放隊のリーダーがこんな所で油を売ってるって事はだ、二日も前に僕らが二十階まで迷宮区を攻略したのに、未だボス攻略会議を開いていないって事だよね?」

 

「次々に死んでいく仲間を視てきて、第二層まで犠牲無しだった勢いが、完全に萎えてしまったらしくて、キバオウさんやリンド達が鼓舞してるんだが中々ね」

 

 幸いというか、キリトとエギルとアスナやクライン一味に関しては、犠牲者が出ていない。

 

 オルランド達【レジェンド・ブレイブス】も第五層からは参戦をしているが、彼らにもまだ欠員が出ていないと聞く。

 

 つまり、犠牲者はギルド【アインクラッド解放隊】のメンバーのみという事。

 

 確かにそれは勢いも失ってしまうだろう。

 

 ディアベルの指揮に問題がある訳でなく、不測の事態に対応出来なかったり、欲を掻いてLAを無理矢理に取りに行ったり、それが原因で自らをボスの攻撃に晒し、ポリゴン片へと還っているらしい。

 

 不測の事態はまだしも、LAを取りに行った連中は明らかに自業自得だ。

 

「まさかとは思うけどさ、僕がボス戦に出ないからって僕の所為にしてない? 連中、システム外スキルにあんな罵倒をするくらいな訳だし……」

 

「それこそまさかだよ」

 

「なら良いけど」

 

「だけどアインクラッド解放隊でも、正真正銘のトッププレイヤーを遊ばせているのはどうなのかと、そういった意見は出ている」

 

「遊んでる気は無いが?」

 

 不快感を露わにユートが言うと、慌てたディアベルが……

 

「す、すまない!」

 

 冷たい目で見つめてくるユートに謝罪した。

 

「だ、だけどユートさんはいったい何処で何をしているんだ?」

 

 遊んでいるのではないのなら、何処かで何かしらをやっているのだろうけど、ディアベルにはそれが解らなかった。

 

 迷宮区を二十階まで攻略しつつ、ユートがイベントやクエストをも熟しているのは知っている。

 

 アルゴの攻略本……

 

 あれにクエストなど詳しい情報が載るが、アルゴも知らなかったり本サービスから新しく実装されたり、そんなイベントやクエストも網羅されるのも、ユートがそこかしこから見付け、自分でやってみてから攻略の仕方と共に、アルゴへと情報を渡しているのだ。

 

 勿論、ユートだけが捜して見付けている訳ではなかったが、比率だけを見れば確実にユートの探索成功率の方が明らかに高い。

 

 だが、ボス戦の時までに大体のクエストやイベントを熟している筈のユート、ならボス戦の際には何をしているのかという話になるのは当然の帰結だろう。

 

「ディアベルは聞いた事があるかな? 強化詐欺事件の話を……」

 

「ああ、噂程度にはね」

 

「あの事件は当事者同士、所謂処の示談で片付いた。だからその事件はそれで終わった訳だが、問題が残らなかった訳じゃない」

 

「問題とは?」

 

 示談で済んだというのであれば、問題らしい問題は無いとディアベルは考え、首を傾げている。

 

「彼らに強化詐欺を唆したトリックスターが居る」

 

「──っ! 詐欺を教唆した者が?」

 

「そうだ、僕はソイツを捜していたんだ。まあ、見付けられなかったけどね」

 

 自嘲気味に笑う。

 

「幸い、弱体化した所為で死んだプレイヤーは居なかったが、彼らを唆した奴が次にどんな手を使うか知れないし、下手をしたら直接的なPKにまで及び兼ねないからね」

 

「このデスゲームで、皆が協力し合わなければならないという時に、詐欺を教唆したりするなんて!」

 

「今にして思えば、第三層で死んだとかいう奴もそうだっのかもね」

 

「そう……とは?」

 

「何かしら吹き込まれて、それであんなバカをやらかしたのかも知れない」

 

「そんな……」

 

「人に悪意を吹き込んで、自分は傍らで見物しながら嗤っている。奴を思い出して甚だ不愉快だ!」

 

「奴?」

 

「いや、リアルの話だからわすれてくれ」

 

「あ、ああ」

 

 奴──銀髪アホ毛美少女な姿を執っている邪神。

 

 いつの間にやら傍らへと這い寄り、人の欲望などに付け込んで悪意を吹き込み世界を破滅させる存在──【這い寄る混沌ナイアルラトホテップ】。

 

 人の心を弄ぶのが事の他上手い、それ故に誰しもがいつの間にか舞台上で踊っているのだ。

 

 周防達哉然り、マスターテリオン然り、大十字九郎然り、天野舞耶然り、大十字九朔然り、ユート然り。

 

 その為、ユートはアレにも似た行動を取るソイツを赦せないし、嫌悪感に似た感情を持っていた。

 

「まあ、あれだ。捜しても見付からないし、出てくるのを待って後手に回るしかないみたいだね」

 

「……そうか」

 

 そろそろ本題に戻ろう、ユートはそう考える。

 

「そうだな、ボス戦に戻るのはまあ構わないが条件がある」

 

「条件?」

 

「第十層のボスは僕が一人で殺る。正直な話ね、僕の能力を見てやれ特殊スキルだの、チートだチーターだのと騒がれるのは面倒だ。だからボス戦に出たくないというのも本当だ。だが、やるからには万難を排して臨みたいしさ、リハビリが必要だろう?」

 

「だから一人で戦うと?」

 

「そうだよ」

 

 ディアベルは険しい表情になり、顎に手を添えながら思案をしていた。

 

 ユートへの危険もだが、ボスを斃して獲られるであろう大量のリソースを鑑みると、果たして他プレイヤーが納得するか否か。

 

 経験値にコルにLAボーナスと、ボスを斃したならそれがそこら辺の雑魚に比べるべくもないモノを獲る事が可能なのだ。

 

 

「まあ、嫌なら別に無理にとは言わないから、勝手にそっちでやってくれる?」

 

「うっ……」

 

「死んでも僕は責任を取らないけどね。僕が加わっても死ぬ時は死ぬんだし」

 

 本人から聞いたが現在のユートのレベルは32で、序でに訊いてみたシリカのレベルが27。

 

 自分のレベルが24で、キリトが26だという。

 

 やはり名実共にトップをひた走るプレイヤー。

 

 現在は第十層だから安全マージン最低でも20だと云うのに、それを更に一回り以上も上回る。

 

 ユートなら二十層処か、三十層でも通用しそうだ。

 

「俺だけでは判断出来ないから、取り敢えず今日の処は帰って皆と話し合ってみよう……」

 

「そう? どうしても嫌ならその日の内に攻略したら良い。僕は特に気にしないから」

 

「そうか……今日はこれからどうするんだ?」

 

「新しいクエストを見付けてね。それを攻略する」

 

「新しいクエスト?」

 

 ディアベルは驚愕した。

 

 ユートは先ず、自分自身がクエストに挑んでから、アルゴに情報を渡す。

 

 つまりはそのクエスト、アルゴすら知らないという事になる。

 

「だけど妙な話だよね」

 

「? 何がだい?」

 

「第十層のクエストは全て出尽くしたと思ったのに、まだ残っているなんて……まるでGMの居ないSAOなのに、誰かがクエストを加えているみたいだ」

 

「……確かに」

 

 このSAOに厳密な意味でのGM──ゲームマスターは存在しない。

 

 茅場晶彦も観ているだけであり、最早SAOに手を加えてはいないとユートは思っている。

 

 それでもクエストが湧いて出るのは、某かがSAOのクエストに手を入れているのか、初めからクエストが無数に存在しているだけなのか……

 

「ユートさん、そのクエストに付いていって構わないだろうか?」

 

「は? ボス戦の話し合いはどうするんだ?」

 

「どうせ今日はボス戦をしないし、少しくらい遅れても構わないさ。説得に時間が掛かったとでも言い訳をさせて貰うけどね」

 

「……邪魔さえしないなら御自由に」

 

 ユートはいつも通りに、シリカを伴いつつも今回はディアベルを連れ、クエストを熟すべく出発した。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 クエスト:凶悪な真紅の大蠍を倒せ

 

 第十層にある小さな村、その村から向こうには広大な砂漠が広がり、其処には突然変異か巨大な蠍が生息している。

 

 巨大な蠍は村に度々現れては村人達を襲っていた。

 

 真紅の大蠍を斃せる勇者を村は募る。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 クエストの内容は、よくある討伐系のモノだった。

 

 ○○○を斃せというのは下層でもそれなりにあった訳だし、恐らくはそれなりに強い中ボスでも出てくるのだろうと、ディアベルは当たりを付ける。

 

 それなら自分もその内、やってみても良いかも知れないと考えた。

 

 実際に見るまでは……

 

「アレが大蠍?」

 

 呆然とディアベルは見上げながら問う。

 

「みたいだね」

 

「大きいです」

 

 ユートは肯定し、シリカもその巨体に驚いている。

 

 見上げねばならない巨体な上に、それでもNPCが曰く素早いらしい。

 

 特に蠍の尻尾による攻撃の速度が。

 

「だ、大丈夫なのか?」

 

「まあ、問題は無いだろ」

 

 ユートは【朝時雨+12】を抜刀し、大蠍に向かって駆け出した。

 

 Scarlet pain Scorpion

 

 見れば名前が表示され、HPバーが四段まで展開される。

 

 真紅の蠍が多脚をワシャワシャと動かして、ユートの方へと移動してきた。

 

 NPCの言う通り速い。

 

 尻尾を振り回し、真紅の蠍が鋭い針で攻撃をする。

 

 下手に喰らえば蠍の針の特性上、良くてスタン。

 

 悪ければ麻痺るか毒で、最悪ならば麻痺と毒を併発しかねない。

 

 ユートは危なげ無く針を避けると、右脚の側に素早く移動をして脚に朝時雨で斬り付けた。

 

 朝時雨は強化試行上限数15で、現在は+12まで強化してある刀だ。

 

 この第十層のクエストで手に入れ、現在はアルゴを経由して受注法から攻略法まで広まっている。

 

 尤も、第一層から曲刀を使い続けていたクラインですら、未だに刀装備というエクストラスキルを得てはいない為、宝の持ち腐れとしてストレージの肥やしになっているのだが……

 

 そんな朝時雨は、威力も第十層としては強力だが、甲殻系の固さは侮れないとユートは思った。

 

 真紅の蠍の脚を斬り落とせなかったのだ。

 

「どうやら機動力や攻撃力を奪おうとするより、寧ろダメージを狙うべきか」

 

 素早く動いて身体の向きを変え、真紅の大蠍が再び針で攻撃を加えにくる。

 

「緒方逸真流【流転】──【木霊落とし】!」

 

 針に刃を併せて弾くと、返す刀で顔の部位を斬りにいった。

 

『オオオッ!』

 

 唸る様な聲……

 

 どうやら少しは攻撃が通ったらしい。

 

 そしてダメージを与えられるなら、ユートは攻撃を繰り返しコンボを極める。

 

 僅にしか減っていなかったHPバーが、攻撃を連続で極める度に加速度的に、ダメージが蓄積していた。

 

 不意に尻尾がユートへとヒットする。

 

「ぐっ!?」

 

 吹き飛ぶユートの顔には苦悶に満ちていた。

 

「どうしたんだ?」

 

「判りません、ただ……」

 

 ディアベル首を傾げながら問うも、シリカにもよくは判らないがその表情にはただならぬものを感じる。

 

「ああああああっ!」

 

 振り回される尻尾に掴まったユート、その侭上空に投げ出されると朝時雨を逆手に持つと、重力に従って落下し……

 

「喰・ら・えぇぇっ!」

 

 蠍の最大の急所、蠍座で云えばアンタレスに当たる位置に突き立てた。

 

『グギァァァァアアッ!』

 

 鼬の最後っ屁というか、未だにHPバーが残っていた真紅の大蠍が、自身に刀を突き立てたユートに向けて尻尾を揮う。

 

「オオオオリャァァァァァァァァァアアッ!」

 

 ユートは突き立てた大蠍の身体を鞘代わりにして、抜刀術の要領で抜き去ると尻尾に斬り付けた。

 

 斬り裂かれた尻尾が宙を舞い、真紅の大蠍のHPがそれを以て全損。

 

 蒼白いポリゴン片になり爆散するのであった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「ユートさん、針を受けてましたが大丈夫ですか? 毒とか!」

 

 身体が問題無く動いていたから、バッドステータスを受けたとすれば毒状態だと判断したシリカ。

 

「毒? ああ、そうだね。確かにある意味で毒だよ」

 

「あわわ! は、早く解毒しないと!」

 

 解毒結晶は貴重ではあるものの、使わずにHP全損をするくらいなら使う。

 

 シリカが最近になってからドロップし始めた【結晶】を出し、ユートに向けて使おうとする。

 

 だがユートはそれを手で制した。

 

「え……ユートさん?」

 

 ユートのHPはそれなりに減っているし、毒を受けたなら早く解毒をしないと危険だというのに、治療を拒否してきたのだから訝しむしかない。

 

「なあ、ディアベル」

 

「どうした? 早く治療をしないといけない! 話すのは後で……」

 

「SAOに閉じ込められてからどの程度、時間が経ったかな?」

 

「うん? 四ヶ月近くだ」

 

 最初の第一層で一ヶ月、後は凡そ十日前後でクリアをしている。

 

 早ければ一週間で終わる事もあるし、遅ければ倍は掛かった事もあるのだ。

 

 平均で約十日という。

 

 二層から十層で九十日とすれば三ヶ月で、第一層が一ヶ月ならだいたい四ヶ月が過ぎた計算である。

 

「ふふ、四ヶ月振りだね。こんな痛みを受けたのは」

 

「痛み? それはいったいどういう……」

 

 

 SAOではペインアブソーバに護られ、現実的な痛みを感じずに得も知れない不快感がプレイヤーを襲うだけで済んでいた。

 

 モンスターからダメージを受ける度に現実的な痛みを感じては、誰もゲームの攻略なんて出来ないから、当然の措置だと云えよう。

 

 不快感を感じるのは痛みが傷を負ったシグナルで、ダメージを受けた事に気付けないのも問題だからだ。

 

 然しユートが感じたのは痛みだという。

 

 ディアベルもシリカも、ユートの言っている意味が理解出来ない。

 

 取扱い説明書くらい読んでいるが、ペインアブソーバがあるのに痛みを感じるのだろうか?

 

 二人はそんな表情だ。

 

「あの真紅の大蠍……針の攻撃に現実と同じ痛みを感じたよ。受けた瞬間に酷い激痛が走った」

 

「「──っ!?」」

 

「恐らくペインアブソーバを無効にするんだろうな。だとすれば他のプレイヤーはこのクエスト、やらない方が良いかも知れない」

 

「た、確かに。ユートさんの言う通りなら、危険過ぎる相手だ」

 

 痛みが無いからまだ戦っていられるのに、真紅の大蠍から針の攻撃を受けたら痛みを感じるなら、果たして耐えられるだろうか?

 

「あの、ユートさんは大丈夫ですか?」

 

「ああ、大丈夫だよ。僕はこれでも慣れてるんでね」

 

「慣れてる?」

 

 ユートを心配するシリカだが、まるで戦闘を日常としているかの如く不思議な言い方に、首を傾げた。

 

「このクエストが一度きりのモノなら後に続く奴は出ないだろうが、一応は【鼠】に根回ししておくか」

 

 クエストを終え、ユート達は第十層の主街区に戻って来ると、仮ギルドホームの前でディアベルと別れ、部屋へと戻る。

 

 会議を開いて結果が出れば報せると云う事になり、ディアベルも【アインクラッド解放隊】や他のギルドなど、ボス戦に向かう面々に話さねばならない。

 

 まあ、時間は掛かるだろうからアイテムの整理を行おうと考えた。

 

 曲がりなりにも中ボス、色々とドロップをしている筈だろうし、LAボーナスも気に掛かる。

 

 メインメニューを開き、アイテムストレージを呼び出すと、新規のアイテムを鼻唄混じりに見てみた。

 

「大蠍の甲殻、転移結晶、蠍の針、回復結晶、それに……何だこれは?」

 

 どうやらLAボーナスの様だが、その効果を見ると眉根を顰めてしまう。

 

「Emblem of Blood duel?」

 

 直訳すれば【血闘紋】とでも云うのだろうか?

 

 種類はアクセサリーで、装飾装備品となる。

 

 その効果は余りにも余りなモノで、開いた口が塞がらない代物だった。

 

「取り敢えず、ストレージの肥やし決定だな」

 

 使い道など無い。

 

 これなら第二層アステリオス王の同時撃破ボーナスの方が、余程使えるというものだろう。

 

 それ以降、ボス戦をしていないかはLAボーナスを手にしてはいないが、流石はユニークアイテムというだけあり、中々に使い勝手の良いアイテムだった。

 

 まあ、然しだ……

 

「そういや、キリトが取ったボーナスは僕は何の使い道も無かったな」

 

 何しろスキル硬直を半減する指環だ、ソードスキルを持たないユートには売るくらいしか出来ない。

 

 シリカはキリトを羨望の眼差しで見ていたが……

 

 因みにユートが手に入れたのは、【増力の指環(Ring of Boost)】と云う装飾系装備品で、筋力値を+5と俊敏値を+5してくれる。

 

 実質的にレベルが3くらい上がったのと同じ程度、能力値が上がるのだ。

 

 因みに現在ユートはその指環を持っていない。

 

 シリカの能力の底上げの為に譲ったからだ。

 

 シリカは真っ赤な顔をして指環を見つめ……

 

『ゆ、ゆ、指環を贈られちゃいました!』

 

 と言って喜んでいた。

 

 能力云々に関係の無い喜びに見えたが、これで足りないレベルが底上げされたのは確かである。

 

 何しろユートの狩りは、少し独特で付いていくのも大変なのだ。

 

 それは兎も角、アイテムの中でもレアリティの低い素材系アイテムや結晶の方は仕舞っておき、【血闘紋】はストレージの肥やしとする事になった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 翌日、ユートは第十層の二十階……ボス部屋の前に立っている。

 

 夜中にメールが届いて、ユートにボス戦を任せる旨を伝えてきたのだ。

 

 条件として、本来であればボス戦に参加していたであろう前線組を見学させる事も書かれていたが、それは問題ではない。

 

 ユートの傍に【ZoG】のメンバー、その近くには【レジェンド・ブレイブス】の面々、遠巻きに【アインクラッド解放隊】。

 

 アスナもどうやら来ている様だが、やはりユートは睨まれていた。

 

 アスナには我慢が出来なかったのだろう、戦える力を持ちながらボス戦に参加しないユートに。

 

 勿論各層で死んでしまった十四人が、ユートの所為だとは言わない。

 

 だが然し、ユートならば或いは助けられた〝かも〟知れないと思うと、どうにもやり切れないのだろう。

 

 自分も悪いのだと解っているだけに、ユート一人に文句を言っても仕方ない。

 

 止めるべきだったのだ、あんなマナー違反を。

 

『これがデスゲームでなければ、間違いなくKillっていたね』

 

 などと、第三層主街区の宿屋に泊まった際に、PKしかねない表情で言っていたのを覚えている。

 

 キレていた、これ以上はないと云うくらいに。

 

 唯でさえ、『クロックアップ』の影響で鈍い頭痛に苛まれていたのに、それを使っての人助けの結果が、チートだチーターだと罵倒されれば、確かにキレる。

 

 例え話をされたら何だか納得してしまったし。

 

『良い高校に主席入学をしたら、裏口だ、点数の水増しだと罵倒されました……気持ちよく学園生活を送れると思うかな? 事実無根だというのに……だ』

 

 他にも……

 

『交通事故から身を挺して子供を救った結果、子供は掠り傷で済んだ。然しだ、母親からはどうして無傷で助けなかったと罵倒され、事故を起こしたドライバーからは、もっと早く動いていれば事故にならなかったんだと罵倒されました……それはどんな気分だろう』

 

 なんて言われたのだ。

 

 居た堪れない気分になってしまった。

 

 それにアスナは当然ながら知らない、ユートが強化詐欺教唆をした犯人を捜していた事を。とはいえ、余り意味は無かったが……

 

 アルゴとも協力をして、雨合羽姿を目印にして捜したり、他プレイヤーに接触しないかを監視してみたりもしたが、やはり後手に回るしかないと判断した。

 

 そして第十層のボス戦が始まりを告げる。

 

 ディアベルの宣言。

 

「さて、始めるか……」

 

 ユートは重々しい金属扉を開き、朝時雨を手にしてボスへと駆け出した。

 

 

.

 




 ギルド【女神の十二宮(Zodiac・of・Godis)】です。


 次回はまた飛びます。


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