GJ部+1   作:ショーP

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ゲームの達人

ある日の放課後。

 

部室には、珍しいことに人が少なかった。紫音さんと京夜、俺の三人だけだ。

 

お茶を淹れてくれる人もなく、京夜は一人でぽつねんと、丸テーブルについていた。俺はソファに座り(と言っても、部長がどっかから拾ってきた、固い安物だが)、家から持ってきたライトノベルを読んでいる。

 

「今日は、みんな来ませんね」

 

「ああ。そうだね」

 

京夜が半分独り言のように呟いたら紫音さんが答えた。紫音さんはパソコンに向かっていた。カチカチと、マウスのクリック音だけが部室に響いている。

 

彼女は不思議な人だ。いつも何かのゲームをしている。といっても、携帯ゲームの類では無く、古典のほうだ。

 

ゲーム盤と駒を使う『実物』のゲームのほうだ。

 

普段は、本来は二人でやるべきゲームの駒を、両方とも自分で動かして、紫音さんは一人きりで遊んでいる。時々、俺が相手をして、コテンパンに負かされる。

 

しかし、今日は違うようだ。ネットに繋がっているパソコンの画面には、白と黒とのマス目が切られていた。

 

ルールは俺も分かるし、紫音さんと何回かやったこともある(そして、毎回完全に敗北する)。名前くらいは京夜でも知っているだろう。チェスというゲームだ。知らない人は、将棋の外国版だと思ってくれればいいだろう。

 

「誰かと対局してるんですか?」

 

「うんそう」

 

「めずらしいですね」

 

「一か月ぶり」

 

紫音さんは頰にかかった髪を背中へと払う。つやつやとした長い黒髪が床まで届きそうになる。……この時の紫音さんは『可愛い』というよりも『美しい』かな。

 

彼女は頭のいい人特有の話し方をよくする。質問をすると、その一つ先の答えを返してくるのだ。そのせいで、話が噛み合わないことがよく起きる。

 

いま紫音さんが言ったのは、俺以外の人間と対局するのは一か月ぶりだと、そういう意味なのだろう。

 

「相手をしてるのは、どんな人です?」

 

俺そう言いながら読んでいたライトノベルに栞を挟んでから閉じて、紫音さんの横へと向かった。京夜も座っている椅子をずりずり引きずって、紫音さんの横まで(俺の反対側)見物しに来た。

 

「この間までの彼は、全米チェスチャンピオン」

 

「「はい?」」

 

紫音さんはこともなげにそう言った。

 

俺と京夜は、しばらく固まってしまった後で、ようやく我に返った。二人とも、紫音さんにもう三十センチざかり近づいて、画面を覗き込む。

 

「それ………すごい人なんじゃないですか?」

 

「うん。いまはもっと凄い。彼はこの間全英チャンピオンと世界統一王者決定戦を行ってね。地球最強になったばかり」

 

「地球最強って……規格外ですね……」

 

京夜は絶句し、俺は呆れ気味に呟いた。

 

「そんな人と、インターネット越しにでと、試合してもらえるなんて……。紫音さんって、ひょっとして、ものすごいひとだったんですか?」

 

「申し込んできたのは、彼の方」

 

「え……」

 

京夜はまたまた絶句。ブラウン管の画面をよくよく見てみれば、対戦相手の方にチャレンジャーのマーク。……勝てねぇ訳だ。

 

「約束だったから」

 

「そのチャンピオンの人とですか?」

 

「うん。ずいぶん前にーーー世界王者になったら稽古をつける、なんて、勢いで約束してしまったもので」

 

「はい?」

 

「私も若くてね。あれは八歳のときだ」

 

「ええっ!?」「なんなんすか、あんたは……」

 

京夜は思わず声を大声を出してしまった。おれもついつい本音をこぼしてしまったよ。

 

対局は静かに進んでいく。カチカチとマウスのクリック音だけが響く。

 

熟考の末に駒を動かす相手に対して、紫音さんはほぼノータイムで手を進める。

 

やがて、投了のサインが送られてきた。

 

英語でメッセージが送られてくる。少ししか見えなかったが、『降参。完敗』とか、紫音さんの勝利を褒め称える意味の言葉が見えた。

 

「あの……、ええとその、勝っちゃったつですか……? 世界王者に?」

 

「見ての通りだけど」

 

「あんた何でこんなとこで部活やってるんすか」

 

スツールを回して紫音さんがこちらを向く。長い黒髪の先端が、くるりと弧を描く。

 

「ユウ君もやってみる? 彼が再戦を望んでいるようだ」

 

「いや無理ですよ。普通の男子高校生には荷が重すぎます」

 

「そうかい? 残念だね。君なら日本王者くらいならすぐになれると思うけどね。……キョロ君はどうだい?」

 

「そんな! 世界王者となんて無理ですよ! そもそもルールだって分かんないですし!」

 

「いい本がある。この機会にルールを覚えてみないか」

 

紫音さんの指が隣の棚を指し示す。

 

パソコンの入門書なんかが置かれている棚に、チェスの入門書が一冊だけ一緒にささっていた。

 

そこいらでようやく気付いた。

 

「……ひょっとして、僕、……からかわれていました?」

 

「やりやがりましたね……俺も一緒にとは……」

 

「かわいいね。キミたちは」

 

紫音さんは横髪を耳にあげ、薄く笑った。

 

いったいどのあたりから、からかわれていたのか。はじめからか。さもなければーーー。

 

しかしまぁ、チェス初心者の京夜とは違い、俺は少しなら相手の腕前が分かる程度にはチェスをやっている。

 

俺の考えが間違っていなければ……。

 

「(いや、ほんとに……。何もんだよ、あの人は……)」

 

少なくとも、紫音さんのチェスの腕前はハンパなかった。

 




キャラクター・プロフィール
【皇 紫音】①

黒髪が素敵な知的なお姉さん。
自他共に認めるゲームの天才。チェスなどの古典に限らず、『ゲーム』と名のつくあらゆるもので常勝不敗を誇る。
ただし常識に(致命的に)疎いところあり。
優太のことは可愛い弟子だと思っている。

呼び方
京夜→キョロ君
優太→ユウ君
真央→真央
恵→恵ちゃん
綺羅々→綺羅々
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