「このコーヒー。ちょっと変なんだけど」
紫音さんが急にそう言った。
いつもどおりの放課後。GJ部の部室で今日は珍しく、俺、紫音さんの二人だけだった。
「え? どうしました?」
俺はいつものソファに座りながら読んでいたライトノベルから目を離し、紫音さんに聞き返した。
コーヒー通の紫音さんは、いつも持参している保温ポットのコーヒーを飲んでいる。しかし、なぜだか今日に限って缶コーヒーを飲んでいたのだが、一口飲んだところでこのセリフが出てきたのだ。
「味がおかしいんだけど」
と、紫音さんは缶を手にして首を傾げている。
もう一回、紫音さんが缶コーヒーを飲もうとするのを。
「ちょっと待って下さい」
俺は止める。そして紫音さんのところへ歩いて行った。
止めた理由は、何かのイタズラだったりしたら大変だからだ。飲み物に農薬やら何やらを入れる事件は、定期的にニュースで流れてくる。
「貸して」
「あ」
「いいから」
有無を言わせずに紫音さんから缶コーヒーを奪い上げる。
そして、慎重に一口含む。何か異常があったらすぐに吐き出せるようにしながら……。
「別に…………なんとも無くないすか?」
しかし、ごく普通の缶コーヒーの味がするだけだった。ミルクや砂糖がふんだんに入った甘めのものだったらしく、口の中が甘ったるい。
「いや変だ」
「そうすかね?」
「甘すぎやしないか?」
「うーん……。こんなもんだと思うけど……」
「でも変だ」
紫音さんは納得しない。
「なら、もう一回飲んでみて下さい」
紫音さんに缶コーヒーを手渡し、仕草で飲むように促す。
「ん」
紫音さんは口をつけようとして……。
その寸前で、ピタリと動きを止めた。
「あ………………」
紫音さんは飲み口をしばらくの間見つめていた。そして、顔をあげて視線を俺に向けてくる。
ぱちくりとまばたきを繰り返す。大変整った、理知的な顔が狼狽の色に染まっている。
「……? どうしました?」
「いや、あの……」
俺が返事を待っていると、俺から視線を外し、左右をキョロキョロと向くという、まるで京夜のような反応をしだした。
「なんというか……それはまずいんじゃあなかろうか」
「なにがですか? とりあえず、変な味はしなかったので返しますね」
「い、いや。問題の本質はそこではなくてだな。ああ……すまない、私のミスだった。キミに味見を頼むべきではなかったのだ。……ど、どうしようか、この残り」
「……なんか傷つくんですけど。まあ、変じゃなかったんですから、飲んで下さいよ」
「の、飲まないと、駄目か?」
なんで彼女はこんなに抵抗するのだろうか?
まあ、推測するなら、紫苑さんがいつも飲んでいるのは、「コーヒーのマイスター」である、何番めかのお兄さんが淹れた特性のコーヒーである。それに慣れてしまったので、缶コーヒーに違和感を感じるのだろう。
コーヒーが苦手な京夜でも、缶コーヒーは飲めるくらいなのだから。
「捨てたらもったい無いんで、俺が飲みますよ」
「い、いや。しかしだな……」
「いいから、貸して下さい」
俺は半分無理矢理に紫苑さんから缶コーヒーを受け取り、飲み干した。その様子を、紫苑さんは複雑な目線で見ていたのだが、俺にはその意味は理解できなかった。
京夜「コーヒー苦くてヤですよね。缶コーヒー甘くて美味しいです」
優太「コーヒーはブラックが普通だろう」
京夜「大人だね」
真央「子供」
京夜「部長に言われると、なぜかたいへん傷つきます」