ES〈エンドレス・ストラトス〉   作:KiLa

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第八話【外柔内剛】

 ES_009_外柔内剛

 

 

 

「アタシは鈴音、凰鈴音。中国の代表候補生よ──初めまして、英国の蒼雫さん」

 

 にやりと不敵さ催す面持ちで、放つ口上挑戦的。

 そう答えたのは教壇に立つ一人の少女。

 小柄な体躯にツインテール。悠々とした語調であるが、その実溢れ出んばかりの元気が透けるようだ。見るからに活発、聞くからに快活。清々しいくらいに小気味がよい。

 凰鈴音──鈴。

 俺の友達が、そこにいた。

 

「中国の……ということはつまり、あなたが件の転入生、ですか」

「ええそう。──そして、アタシが二組のクラス代表よ」

 

 毅然優雅に対応するセシリアはともあれ、突如現れた彼女のさまに、まだ驚きの抜けないクラスメイト諸君。鈴は突然の登場に戸惑う女の子達を一瞥し、さも満足だと言いたげに、さらに口はしを歪める。大胆不敵、強烈で痛烈な印象を与えるにその襲来は鮮烈だった……なーんて当人は意識して三日月に吊り上げてるんだろうけどさ。実際、その表情は、姿は、こうとしか言い表せないだろうな。

 まるで、子供がいたずらに成功したときのような。

 それはもう、やんちゃをしでかした小学生のように、まさしく得意げな表情だったのだ。にやり、じゃなくて『ふふん? どうだ!』としたもの。だから、うん。ようはみんなの面持ちは、卒然なるクラス代表参上による驚愕よりも。

 

(((……あ、この子かわいい)))

 

 微笑ましさのほうが(まさ)っていた。

 驚いたびっくりした。突然にもほどがある絶好のタイミングで、かっこいい口上だったと思う。しかしそんなもろもろより、みんな鈴の日向の笑みに魅せられていた。その暖かさにこそ、驚いたのかもしれない。

 かっこいいのにかわいい。かわいいからこそかっこいい。鋭さとなめらかさを両立させたような、そんな空気を運んできた。

 とはいっても、そこはさすがに我らがセシリア・オルコット。ご多分にもれない好印象を抱いているようだが、きりっとした態度は崩さない。直後こそ怪しむような色でもっていたが、彼女の笑みはそれをほどけさせるには十分だったか、いくぶんその声は柔らかみを感じた。

 

「お初にお目にかかりますわ、凰鈴音さん。ご存知のようですが改めまして、私はセシリア・オルコット。一組のクラス代表兼、イギリスの代表候補生を任されております。

 ところで我が一年一組になに用で……なんていうのは、愚問でしょうね。こちらも聞き及んでおりますわ、(こう)(りゅう)

「ふふん。なかなかイイじゃない、アンタ。……まぁでもね、今日は単純に顔見せついでの宣戦布告ってとこよ」

 

 そんなつけ合せ感覚で喧嘩売られるのは迷惑極まるところだけど、とうの鈴に相対した今となっては、なんだか『やれやれ』と思ってしまう。

 この子ならしかたない。と、そう思わせるのだ。……とはいえそれは、『子供っぽい』からかもしれないけど。

 そう言って鈴は教壇から降りると、堂とした態度を崩さず歩を進める。そのまま淀みなくセシリアに近接して戦意の視線を真っ向からぶつける、ってわけもなく……その足は、もちろんのこと俺の前で止まった。少々威圧的な視線が見下ろす。

 

「久しぶりね、一夏」

「よう鈴。元気か? 暇なら今週末遊びに行こうぜ?」

「…………。驚かないのね、アンタ。一年ぶりの再会よ? テンプレでもなんでも、もうちょっとリアクションしなさいっての」

「言ったろ。一期一会はきらいなんだ」

「あーもーつまんないわねー」

「ぶーたれるなって」

 

 昨日ぶりといわんばかりの気軽さで返せば、その態度に納得しないか、鈴が不満げな声を漏らす。リアクションが薄いのがお気に召さないらしい。どうせ俺を驚かせるの目的でこんな現れ方をしたのだろうから、これは非常に不服なはずだ。

 けれどでもしかたない。俺はそういう考えで、そういう男なのだ。そうそう変えるつもりはなく、変わることもないだろう。

 ──だけど、な。

 

 

「お帰り、鈴」

 

 

 すっ、と。つまらなげだった鈴の頭に手をおいて、そのままゆっくりなでていく。優しく、愛おしむように、懐かしむように。

 ──だけど、また会えて嬉しいのは、嘘じゃないよ。

 

「…………なでんな、バカ」

「悪い。くせだ」

「……バカ」

 

 そうしてジト目気味に抗議を訴えるが、いやがる素振りはなかった。

 ああ、本当にお帰り、鈴。手放しで喜ばしいのは真実だ、満腔の感激は本心だ。けれどそうやって面と向かうのは恥ずかしいから……そういう俺を知っているから、鈴は黙ってなでさせてくれるのかもしれない。

 

「あ、あの、織斑君」

「うん?」

 

 そうして俺が鈴を堪能していると、なにやらおずおずといった風に、鏡さんが話しかけてきた。見ればほかのクラスメイト達も、さらにはセシリアさえも疑問げな表情をしている。

 

「どうかした?」

「その、もしかして凰さんと……知り合い、なの?」

「すっごく仲良さそうだけど……」

「ん? ああ、そうだよ。鈴は俺の友達──幼馴染みだ」

「「「お、幼馴染み!?」」」

 

 驚く一組の面々。でもそりゃあ驚くか。なにせ幼馴染で、オマケに外国人で、しまいには候補生なのだから。奇跡的といっていいかもしれない三拍子。それとあろうことかIS学園で再会だ。驚愕の斉唱は慣れたもの。

 しかし幼馴染み、なんて思わず言ったけど、実際どうなんだろう。鈴は俺が小学校五年のときに転校してきてそこから仲良くなったのだが……どの辺から幼くて馴染みなのか。小一から一緒だった箒は幼馴染みだと断言してもいいんだろうけども、さすがに小五は……どうでもいいか、些細なことさ。なんにしたって、友達なのには変わりない。これは久々に中学の面子集めて遊びに行こうかね。

 

「幼馴染み……なるほど一夏、この()が前に言っていた凰か」

「おう。箒には前に話したよな? お前が転校したあとにきた、ってやつ。こいつがそうだよ」

「いやはや、お前といい私といい、数奇ものだな」

 

 「合縁奇縁、驚きには事欠かないよ」、と続ける箒。こいつには同室になってから鈴のことを話していた。そりゃなんだかんだ箒とも久しぶりだったわけで、さしあたり転校していったあとのことが話題だった。そのなかで中学時代のことを話したり、となれば鈴のことを語らぬわけにはいくはずもなく。いや、そのいいようだと話したくなかったなんて言い回しだけど、当然そんなことはないし、むしろ自慢げに話したよ。俺の深くにも関わってくる友達だ。誇らないわけがあるはずない。

 ともあれそうやって鈴については話していたのだが、その時の箒は「可愛いじゃないか、その娘。機会があれば会ってみたいよ」と、わりと好印象だった。どうにも鈴には人に好かれる才能があるらしい。友達が多いわけだ。

 

「……一夏、誰よこのカッコイイ女」

 

 一方の鈴はというと好印象な箒と反対に、なにやら訝しんだ問いをかける。どうやら俺と名前で呼び合ってる女子がいるのに疑問を感じたらしい。いくら友達とはいってもクラスメイトの異性である。男同士でもあるまいに、そう考えれば、苗字が呼称で自然だろう。

 つーか開口最初の感想が『カッコイイ』とはさすがである。女の子に対して抱く印象にしては多分に不相応だろうけど、どっこい相手は我らがサムライガール篠ノ之箒。素晴らしい洞察眼だった。……俺の中の第一印象も『かっこいい』なのは黙っていてもらいたい。

 

「お前にも話したことあるんだけど、覚えてるか? こいつは篠ノ之箒。こっちも幼馴染だよ」

「────へぇ、()()()()

 

 そのときの鈴の顔は、なんとも形容し難いものだった。目を若干に細め、探るような視線。名状し難いその表情……まるで、やっと会えたとでも言ってるような。

 そうして少しばかり思案していたかと思えば、弾けたように急変化。

 

「──そろそろクラスに帰るわ。一夏、昼休みは空けておきなさい」

「あ、おう。じゃあな」

「またね」

 

 バイバイ、とうしろ手に振りながらあっさりと帰っていく幼馴染み。

 行きも帰りも唐突で、一組のみんなが唖然としていた。まったく、なんとも竜巻みたいなやつである。でもこのさっぱりきっぱりばっさりとしたところも鈴の持ち味だ。小気味いい。

 

「なんか、すごい子だ」

「うん」

「嵐みたいだったね~」

「波乱の予感……!」

「すでに十分波乱だったと思いますけど」

 

 口々にいう女の子達だったが、やはりみんな好感的だった。嫌味がない、切れ味がよい。どちらかというと清爽な少年の雰囲気であった。

 だがとにも、なんにしたって。

 

「あいつが……候補生か」

 

 鈴が転校していった理由を思えば、わずかばかりの不安が心臓を掻いた。

 

 

 ◆◆◆

 

 

「一夏ー! こっちよー!」

 

 午前の授業を乗り越え昼休み。空けておけということは、きっと昼ごはんを一緒に食べようってことだろう。せっかくだからこっちから迎えに行こうかな、なんて考えてるまさにそのとき。

 

『学食なう』

 

 との一報が俺に送られてきた。ああもう相変わらず強引なまでのマイペース。確かに学食は混むからさっさと向かうのはわかるけどさ、もとはそっちから誘ったわけだろ。むしろ迎えにきてくれてもいいんじゃないか? とかいう不満はさておいて。

 そうとなったら最短即行レッツゴー、俺も学食にやってきた。途端に俺を呼ぶ大声。その主を問うまでもなくお相手は鈴で、方向は窓際の席から。日当たりのよい南側のテーブル。壁面の大ガラスから盛大に日向をとりこめるそこは生徒の人気も高い席、それを悠々と獲得していた。抜け目ないのは知れたこと、さすがだった。

 人の波をするりと躱し、急ぐように、ぴょんぴょんと手を振る幼馴染みのもとへ向かう。

 

「ったく、メールよこしたかと思ったら先に学食行きやがって。少しぐらい待っててもいいんじゃないか?」

「あら? そのおかげでこのテーブル確保できたんだから、むしろ感謝してほしいわね」

「オマケにもう食ってるし」

「文句は?」

「ないよ」

 

 軽口を叩き合う調子は淀みなくて、それこそ中学校のときを彷彿とさせる。これで弾とか数馬とかがいたら完璧なんだけどな。それは今週末のお楽しみにしとこうか。それよりさすがに、俺だって腹が減っている。

 

「うん? アンタ食券は?」

「弁当一択」

「相っ変わらずよね、ホント」

「高校生のお財布は常時疲労困憊なんです。というか、やっぱラーメンなのな」

 

 ズルズルとラーメンをすすりながら『悪い?』とその目が訴えてくる。『まさか。やっぱ変わんないな、って』──そうアイコンタクトで返せば満足げに、器用げに、口はしを笑みに変えた。

 鈴はラーメンが好きだ。それはもう大好きだ。なんでそんなに好きなのかと、前に理由を訊いたら『だっておいしいじゃない』との一言。実にシンプルな解答である。地元のラーメン店を制覇したのは今でもいい思い出だ。

 

「それにしても驚きよね。まさか『男のIS操縦者』がいるなんてさ」

 

 メンマをかじりながら話題は俺のことへ。しかしそこにはいくばくかの含み。

 男性操縦者。織斑一夏ではなく、男の存在に焦点を当てた言い回し。

 

「男の操縦者、ね……それが俺なのには驚かないのかよ?」

「んーまぁ、そりゃね。男性操縦者がいるのはビックリだけど、でももしいるんだとしたら、()()()()()()()()()()()()()()

 

 しれっとした鈴であるが、言ってることは無茶苦茶である。

 俺しかあり得ない? 確かに千冬姉の弟だったり束さんと面識があったりするけどさ……でも、お前がいうのは、そういう理由じゃないんだろ? もっと別の、それこそ当然だといわんばかりの、確信。

 

「なんだそりゃ。なんか根拠でもあんのか?」

「勘よ、勘」

「女の?」

「アタシの」

 

 なにこの子、男らしい。そんじょそこらの男なんかよりよっぽどキマってやがる。いやこの(ちまた)、比べるならむしろ女かもしれない。でもカッコイイだけで説得力はなかった。

 ……ただ、こいつはなにやら野性的なところもあるので、その勘とやらも馬鹿にしたものじゃなない。現に、道に迷ったときなんかこいつの勘だよりで行くと目的地に着いたりするのだ。さすが鈴である。

 

「つーか俺の話よりもお前だよ。連絡よこさないと思ったらいきなり転校してきやがってさ。代表候補生でクラス代表? 卒然というかなんつーか」

「にっしっし。……でもアンタ、全っ然驚かないんだもん。なんのために連絡しなかったと思ってんのよ。劇的な再会が台無しったらないじゃない」

「ふてくされるなよ。鶏肉やるから許せって」

「あーん」

「ほいよ」

「「「えっ!?」」」

 

 俺がお詫びとばかりに鈴の口に今朝焼いた鶏肉を放り込めば、なぜか周りのテーブルから驚きの声が上がった。見れば隣のテーブルにはクラスメイト達が座っており、というかほかのクラスの娘達もびっくりしてる。え、どうゆうことなんだ?

 

()()()()()?」

「ん、ああ。なんか周りがっておい箸をねぶるな!」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()(しょ)

 

 周りの反応に気をとられていると、箸の先では鈴がむぐむぐと鶏肉を咀嚼していた。俺の箸を加えたまま。箸の(はし)を、である。なんてくだらないことより行儀が悪いなぁもう。女の子にあるまじき醜態だぞ。

 

「んぐ。ごちそうさま。おいしかったわ」

「そりゃどうも。ってか、ねぶり箸は行儀悪いぞ」

「アンタがぼうっとしてんのが悪いんでしょ」

「お前が口を離せばすんだろうに」

「食べ盛りをなめんじゃないわよ」

 

 開きなおりやがったよ。

 

「ところで一夏、アンタもう専用機持ってるのよね?」

 

 そしてこの転身の速さである。

 

「ああ。やっぱ男のデータは貴重みたいだからさ。データ採取のためにだってよ」

「当然よね、それは。どっちにしろ専用機があるのよね。だったらアタシがISの訓練見てあげよっか? 世界唯一の男性操縦者がへっぽこっていうのはイヤでしょ?」

「へっぽこ言うな。ありがたいけどさ」

 

 鈴からの提案は願ったり叶ったりのものである。

 訓練。ISの。

 へっぽこうんぬんはもちろん聞き捨てならないけど、しかしそれを一笑できる実力が、事実が俺にあるのかと問われれば、それは否定できない。ただ甘受するつもりはない、流されるだけはダメだ。負けるつもりは絶対皆無で、《白式》に乗ると決断している。しかしそれを押し通すには、それをなせる力が必要なのだ。

 だから鈴の持ちかけてくれた話は心底ありがたい。にべもなく承諾する。俺は、お前にだって負けないのだから。

 

「なんだったら今日からでも見てあげるわ」

「……あー、できれば来週からでもいいか?」

「どうしてよ」

「ほら、今週末って対抗戦だろ? だからそれまでセシリアの訓練に付き合ってんだよ」

 

 引き分けに終わったといえ、クラス代表はセシリアだ。だとすれば、いくら決闘の約束をしていようとも応援するのはクラスメイトとしては当然だ。で、最近は対抗戦に向けて放課後は連日訓練している。……と聞けば都合はいいが、実際はセシリアの調整相手だ。

 なにせ彼女は候補生で、いうまでもなく実力は折り紙つき。だとすればいくら調整だけとはいえ、それについてこれる程度の相手は必要だ。そこで白羽の矢が立ったのが俺というわけ。実力はともあれ、俺だって一応は専用機持ち。一般生徒よりはマシだということだろう……第一、対抗戦ごときで負けて欲しくない。だったら喜んで手を貸す、世話を焼く。

 というわけで、鈴の申し出は非常にありがたいが、今はセシリアのほうを優先したいのだ。

 

「なに、やたらオルコットさんの肩持つのね?」

「そりゃ俺のクラスの代表だし、俺と引き分けてるしさ」

「…………引き分け、ですって?」

「おう。あいつとはクラス代表賭けて一回戦ってんだよ。……まぁ引き分けだったんだけどさ」

「…………」

 

 だから──次も負けない。

 

「……オルコットさんが、ねぇ」

 

 そういう鈴は、思うところがあるのか、なにやら神妙な面持ちで思惟に耽っている。

 

「おい鈴。どうかし、」

「「「ええっ!?」」」

「……さっきからうるさいな」

「一夏、なんか言った?」

「なんでもないよ」

 

 再び視線をやると、どうにもさっきの焼き増しか、隣りのテーブルが驚きの()を上げていた。みんな席を立って誰かを取り囲むように、って箒が囲まれてる。なんだ? なにかあったのか? とりあえず俺の作った弁当をおいしそうに食べてるので嬉しいけど。

 

「ま、訓練うんぬんは来週でいいわよ。とりあえずオルコットさんとのが終わったら空けときなさい。また行くから。じゃあね」

「え、ああ。またな」

 

 目線を鈴に戻すより早く我が幼馴染みは席を立ち、うしろ()に手を振って帰っていった。先にきていた分を差し引いても食べるのが早い。サバサバとした態度は慣れたもの。サバサバ系女子っていうんだったろうか?

 

 

 ◇

 

 

『うん? アンタ食券は?』

『弁当一択』

『相っ変わらずよね、ホント』

『高校生のお財布は常時疲労困憊なんです。というか、やっぱラーメンなのな』

 

「やっぱ昔馴染み、って感じだね」

「まさか恋人同士!?」

「いやぁ、どっちかっていったら『いい友達』ってカンジでしょ、アレ」

「少なくともおりむーはそうみたいだよ~」

「いずれにしろ、仲がいいのは確かのようですね」

「……下手に勘ぐるのは感心しませんわ」

「全くだ」

 

 一夏と鈴音が食事をする一方、その隣りのテーブルでは箒とセシリアを含む一組一同が、ここぞとばかりに聞き耳を立てていた。なにせ幼馴染みがIS学園で再会である。しかも聞くところによれば中国に転校していった末の今。かっこよかろうが子供らしかろうが鈴音とて乙女だ。なれば噂好きの女子として、こんな色恋沙汰といわんばかりのネタ、ほうっておくわけ断じてない。総勢七名、愛の戦士がそこにいた。……とはいえ、箒とセシリアはなかば強引に連れてこられただけだったが。

 

「なになに、篠ノ之さんもセシリアもノリが悪いよ」

「淑女として、当然です」

「かったいなぁ。こーんな機会、IS学園(ここ)じゃ滅多にないんだから、もうちょっと楽しもうよ!」

「引っかき回そうよ!」

「はぁ。これだから女子高生は」

「しののんも女子高生のはずなんだけどね~」

「ほらほら、静かにしないと聞こえませんよ」

 

 そう促されて口をつぐむ一同。身を寄せ合い乗り出して、一言たりとも逃すまいと、まるで群がるように耳を立てる。ニヤつく口元が下品すぎる。

 

「とはいえ、意外だな」

「あら、なにがでしょうか」

 

 箒は一夏からもらった弁当箱を広げながら、押し合いへし合いとわだかまる乙女らを見やって言う。それに対する反応は箒と同じく静観にまわっていたセシリアだ。

 予想通りバランスよさげなおかずのラインナップに思わず微笑んでから、なんとはなしに言を()がす。

 

「いやな。まさか四十院がこんなことに混ざるなんて思ってなかった」

「そういわれるとそうですわね」

 

 明らかに不審というほかないクラスメイトのさまを一瞥し、呟いた箒にセシリアは得心を返す。二人の焦点は今なお屯う少女らの一角。

 

 四十院神楽。

 

 聞くところによるといいとこのお嬢様らしい。彼女の風貌は、いって表すなら清楚でおしとやかな少女。セシリアとはまた違う意味で淑女といった、和製佳人。ある種浮世離れしていて、とてもじゃないが、こんな俗っぽいこととは無縁という存在だ。

 そんな彼女が相川清香や谷本癒子といった今風女子に混じっているのは……いくばくかの違和感である。まぁあくまで外見だけで判断するなら、だが。

 

「呼びました?」

 

 そう箒とセシリアが交わしていると、とうの本人が輪から外れてやってきた。

 艶やかな長髪、しゅんとした挙動、柔らかな物腰。振り向いて歩を進める、という動作だけで華がある。こうしてみると、やはりミスマッチだろうか。

 

「いや何、呼んだわけではないさ。ちょっと意外だな、とセシリアと話していたんだ」

「意外、ですか」

「ああ。お前は一挙一動が綺麗でな、そうやってあいつらに混ざってると少し浮くんだよ」

(……なんの躊躇いもなく『綺麗』とおっしゃりましたね、箒さん)

 

 同性でも『綺麗』なんてそうそう使わないし、どころか箒の場合、お世辞でなどでは断じてないだろう。そんな性格を知っているセシリアは、内心で呆れと感心をない交ぜにしていた。

 箒の言葉に神楽は「なるほど、そうですか」と得心の頷き。少々希薄気味な表情と相まり、なんともぽーっとした印象を受ける。それがまた浮世離れに拍車をかけているのかもしれない。

 次いで、そんな顔からもたらされた言葉は案の定。

 

「わたし初めてなんですよ、こういうの。ご存知かもしれませんが、実は実家が──」

「あー、言うな言うな。大体察するよ」

 

 神楽の言葉を払うように『()せ』と二の句を遮る。つまるところのよくあるテンプレート、家が厳しい。

 そういう家はそういうものだ。やたら外聞・世間体というのを気にしたがる。別段それをくだらないなんて言い捨てはしないし、愚かだとも間違ってるとも糾さないし、そもそもそんなつもりは毛頭ない。よく『お堅い』なんて茶化した言い方をするが、むしろそちらのほうがくだらないと思う。

 受け継ぐというのはそれは大変なことだ。代々綿々と繰り返し、熟成され、繋がれていく伝統と(わざ)。誇張なく素晴らしく、手放しで美しい。

 

 それはいうなれば時間の重みだ。

 

 生命は有限で儚くて、終わりが定めであるから尊くて。時間は不可逆一方通行、待たず逃れられず止まらない。その生涯は徒花かもしれないけど、だけどそれでも繋ぎ伝えられるものがあるのなら、残せるものがあるのなら。全霊全血、賭して那由他に語り継ごう。朽木の価値もなかろうが、枯れ枝は後進の肥やしになれる。礎を超えて登ってくれ。

 先人達が生涯を擲って重ねた時の()(わざ)、それが鴻毛などとはあり得ない。

 ゆえにそれを守るべく躍起となるのは当たり前で、事実、箒の家も剣術という『伝統』を持っている。それに対する理解は人よりも深い。

 その歴史を宿命と断ずることもできよう、呪いと忌むこともできよう。固執するあまり淘汰されていくことだってあるだろう。

 

 それでも守りたいのだ。繋ぎたいのだ。

 

 その美しさを理解しているゆえ、尊さを感じているがゆえ、伝えたいのだ。

 やたらめったら『古い』、『堅い』なんて使う阿呆は愚かだと思うし、『古きと新しきの融合』なんて()()()()()()はため息ものだ。継ぐというのはそういうことじゃない。……とはいえそも、継がせる側も継ぐ側も、勘違いしてる輩が大抵であるのは確かであるが。ようはつまり、『堅い』と『縛る』は違うということで、その点、箒の父親はちゃんと弁えていただろう。受け継いでいくということがどういうことか、その尊さをよくわかっていて……だからこそ、()()()()()()()()()()()、箒は──

 

(……いや、姉さんのことはどうでもいい)

 

 遮断、転換。思考のはるか埒外へ。

 とかく、神楽の心理には得心がいく。どうにも『縛る』家柄だったようだ。それならばいたしかたあるまい。人間なんてものは常に正反対の位置に惹かれるもの、抑圧抑制されていたともなれば、外界に焦がれる気持ちは餓狼のごとく。さりとておかしなことじゃない。

 

「……やっぱりわたしがこういうの、おかしいでしょうか?」

 

 そんな神楽の一瞬の翳り。佳人の自白。揺らぐ瞳。後悔ではなく、不安でたまらないという暗い色が、静かに空気を伝播する。その根源たる彼女の内は、いったいどれほど揺れているのか。

 内心でおかしくないと下した途端にその一言。その出来すぎともとれるタイミングに、箒はやれやれと思いながら。

 

「お前はIS学園(ここ)にいるのだろう? だったらもう、答えは出てるじゃないか」

「……答え」

 

 格式張った両家のお嬢様がわざわざIS学園(ここ)にきたってことは、そういうことだろう? ならばその時点で、言うことはなにもない。

 判断して決断して、そしてこの結果にたどり着いたのなら、それが己の答えである。良いにしろ悪いにしろ、その選択を誰かに委ねるなんておかしいだろう。英断か愚策か、間違いだろうと善行だろうと、まずは自分に素直でいるべきで、それが嫌だというならそもそもに抗おうなんてするな。

 自分できたんだ。ケツぐらい自分で持て、と。

 自分に納得できるかどうかというのが人生なら、不安なんて当たり前。良いか悪いかなど過ぎたあとにようやく判別でき、未知であるからこそその選択に得心する。

 後悔するな、納得しろ。不安を胸に吼え猛り、ただただ自分に準じて在れ。

 

 ──それは自分自身への言葉でもあったか。

 

 入学当初こそ一夏に咎められるようなことがあったが、本来箒はそういうひとだ。自分を(かた)らず『否』と下せる人間だ。

 己が良しとできるか否か。その考えを頑として持っている。ことISになると少々思考が短絡的になるが、ちゃんと芯なる部分のある人間だ。

 だからブレるなと、箒は神楽に告げるのだ。

 侍少女の言葉は強く、それに感じ()ることがあるのだろう、佳人はただ、口のなかで答えを返す。内部で反響し干渉し大波になって、『答え』の形を浮き彫りにする。

 

「……見た目だけで『意外だな』、なんて判断する人の言葉ではありませんわよ、箒さん」

「セシリア、第一印象は重要だ。人は中身なんて宣う輩が多分にいるが、中身がまともな奴は(そと)()だってちゃんとしている」

「軽はずみな一言が思いのほか重くて、言い繕うのが大変ですわね」

「……オルコット。貴様、何か恨みでもあるのか?」

「怒らない」

「むう」

 

 そうして神楽が思惟に耽る中、静観していたセシリアが(わり)()った。家を重んじる『貴族のセシリア』としても思うことはままあったが、箒がわざわざ出張っているのだ。ゆえに今まで無言を決め込んでいて、その末の一言。

 その指摘は的確無比。なんとか食い下がる箒であったが、そこは頭首ゆえに外交豊富な英国淑女、こと『口喧嘩』においては大先輩だ。あっという間に降参で唇を噛むサムライガール。

 そんな二人のさまをクスリと笑って、上げた神楽の視線は確然と。

 

「ありがとうございます、()()()()()

「気にするな」

「答え合わせよりまずは自己採点を、ですわ」

「「「えっ!?」」」

「……なんだ、今度はどうした?」

 

 神楽が凜としたかと思えば打ち壊すように驚愕。

 みなぎる呆れをため息に乗せて再度音源であろうほか四名に視線を這えば、というか四名ならず違うテーブルの方々も驚きの()を上げていた。きゃいのきゃいのと黄色いのはさておいてさらに焦点を奥へずらせば、そこでは一夏が鈴音の口に箸を突っ込んでいた。これはいわゆる『あーん』というやつじゃないだろうか。

 

「すごいですね、織斑さん」

「凄い、なぁ?」

「ある意味ではすごいでしょうけど……いいえ、なにも言いませんわ、なにも」

 

 年押すようにはぁ、と。箒とセシリアは呆れを隠そうともせずにため息をもう一つ。もうどうにでもしろといった具合で昼食を再開する。あちらはあちら、勝手にしていればいいのである。感心している和製佳人はほうっておく。「あーんだよあーん!」「おりむーだーいたーん」「こいつぁわざとですかい?」、などとほざく面々は輪をかけてほうっておく。

 となれば、「そういえば」と続くセシリアの言葉は、場を切り替えるのには最適であろう。

 

「今日は箒さんお弁当ですわね。なにかございましたの?」

 

 自身が食堂にて購入したBLTサンド(飲み物付属)と箒の手元の弁当箱とを見比べて、ふとした疑問をこぼした。

 そんなセシリアの問いかけに、箒はなんの感慨もなくさらりと。

 

「ああ。今日は一夏が弁当だったのでな、ついでに私の分も貰ったんだ」

「「「ええっ!?」」」

「お、おぉ?」

 

 直後、聞き飽きた驚きとともにぐるりと首を反転させたクラスメイト達が、それはもう雷火の速さで、早さで、箒に詰め寄った。我関せずとして箒の面持ちが、愛の戦士どもに気圧されて崩れる。

 

「なになに、これって織斑君の手作り!?」

「愛妻!? 愛夫弁当なの!?」

「わぁお。さすがしののんだ」

「うあちゃー。おすまし顔でエグいねー!」

「あらあら」

「……落ち着け貴様ら」

 

 色めき立つ女子五人。いつの間にか神楽も乗っかっているがさておいて、先のあーんなどどこいったと、彼女らの矛先は箒に変わる。『何故こんなことに』と戸惑いの表情の箒であるが、少し考えればこうなるのは予知できたであろう。異性間の恋愛ごとが皆無なIS学園。その唯一ひとりの男子学生お手製弁当となれば、それは格好の餌食にほかならず。

 わらわらとたかる一組女子。普段は堂としたサムライガールが戸惑うさまは笑いを誘った。

 

(そういえば箒さんもそういう方、でしたわね……)

 

 英国淑女は呆れとも微笑ましさともつかない奇妙な眼差しを向けながら、オレンジジュースを口に含むのだった。




今回もモブ子がたくさん。
わかりづらかったと思いますが、実際はこんな感じで喋っていただいています。

清香「やっぱ昔馴染み、って感じだね」
理子「まさか恋人同士!?」
癒子「いやぁ、どっちかっていったら『いい友達』ってカンジでしょ、アレ」
本音「少なくともおりむーはそうみたいだよ~」
神楽「いずれにしろ、仲がいいのは確かのようですね」
セシリア「……下手に勘ぐるのは感心しませんわ」
箒「全くだ」

四十院万歳。

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