ES〈エンドレス・ストラトス〉   作:KiLa

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第九話【技術革新】

 ES_010_技術革新

 

 

 

 ビッ! と青い光条が空を裂き、風切り音ははるか後方。

 なればそれがもたらす威力など語るまでもなく、迫る蒼線は精緻精密。真ん前から腹部を射抜かんとする鋭意を前に、けれど滞りなく回避行動。空中にて後方にワンステップ。同時に右翼のスラスター一基を前面に、左翼の一基を後方に噴射、噴射横転(スラスト・ロール)。一歩伸ばすようだった脚部の底面を軸に、高速一回転。ハイパーセンサーを介さない肉眼ならば、もしかしたらレーザーがつむじ風を貫通したように見えたかもしれない。

 そして体が正面を向いた瞬間、稼働させていない残りのウィングスラスター二つを開放、光線の主へと強襲した。回転回避からの急加速、完璧なカウンター──ゆえ、それは絶好のカウンターチャンス。

 その視界の隅、二つの銃口が瞬いた。

 反撃に反撃する二条のレーザー。真下と左側面、交差する青は三次元的な正十字だ。迅速すぎる一閃、けれど我が意に一切の焦りはなく。

 《白式》の脚部スラスターを急稼働、前方に追加速。俺という交差点をずらして回避する。前方への加速ゆえ、軌道になんら支障はない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、焦燥などあり得まい。確信。そのまま、構わず(たが)わず肉迫する。──が、

 ビュッ! と、真正面から()()()()()()()()()()。その正体は……ショートブレード!?

 

「、ぅおおっ!」

 

 驚愕を気合いで殺して左回転の横転(ロ ー ル)機首上げ(ピッチアップ)、即座にバレルロールの機動をとった。咆哮が外気を震わすよりも速く、鋭い銀線は後方に流れる。間一髪だ。

 しかしその驚愕の一瞬、当然に我らの淑女様がお見逃しになるはずもなくて。

 

「ぎぃ──ぃぃいいいいッ!!」

 

 砲火。

 車線変更して手に入れたはずの安全地帯に、待ち構えたといわんばかりのミサイルとレーザーの一斉射。矢継ぎ早にもほどがあんだろ! 慣性制御による強引な軌道修正、口突く奇声を誰が咎められようか。

 

「相も、変わらず、当たり、ません、こと、ねッ!」

 

 これが本当に調整なのかと疑っちまうくらい忌々しげにビットとライフル、ミサイル砲を操るセシリアさん。吶々とでもいうか、一言一言になにかしらの害意を感じる。

 おっかない。《インターセプター》を投げるなんて芸当までやりおってからに、よもやこんなところで決着つけるつもりじゃないだろうな? などとの軽口を叩く暇も得られぬまま、ひたすらに回避行動をとり続けた。青い光線は網目のように、そんな現在は放課後だ。

 四月二〇日放課後、第三アリーナ上空。じきに夕闇を迎える大空を背景に、点景たる俺達は機体調整に勤しんでいた。

 セシリアの専用機、《ブルー・ティアーズ》の調整だ。

 調整とはいうが、それはなにも俺がISの整備を手伝うとかって話ではない。いや俺が力不足というのはもちろんにあるけど、第一にセシリアは代表候補生。ならばその専用機、俺なんかが気安くいじれるものではございません。機密情報保持のためもある。なので整備に関してはセシリアと同じくイギリスの候補生、二年サラ・ウェルキン先輩が行っていた。現在もアリーナ管制室にて、この試合模様をモニタリング中である。

 で、俺の役割といえば……

 

「フッ!」

 

 一秒以下で展開した《雪片弐型》を出現と同時に左からの逆袈裟に()()()()、その慣性をPICで後押しさせるように増加させて体を引っ張り上げる。背面跳びの姿勢。そしてちょうど高飛びのバーに当たるだろう位置をレーザーが通過した。

 ……こうして、整備に異常がないか検査するための模擬戦相手だ。

 鈴との昼食あと、午後の授業に遅滞なく、早いもので授業外。開放されるやいなやアリーナへとおもむき、最近の日課といっていい模擬戦闘。いや、これが模擬とはいえ、戦闘と呼べるのか。

 瞬く銃口、迸る蒼閃、空を行く青線、を躱し続ける白い影……俺。

 俺に課せられたのはいわばターゲットという役目だった。詳細は知らないが、どうにも新しい設定に仕上がってるらしい《ブルー・ティアーズ》が、実際に戦闘に耐えられるか? ということで、俺にレーザー照射なう。無論、俺は避けてもいいし、攻撃に出てもいい。ただしダメージが残ると困るので、『どちらかが先に一撃を与えるか、またはタイムアップか』を決着として刃を交えている。刃っつーか光線だけど。

 なににしろ、近づけないのなら動く標的も同然である。

 制限時間は一〇分、現在五分経過。未だお互い被弾はなし。

 これを俺達の決着にするつもりなんて端からないが、勝敗にかかずらないなんてわけもなし。

 負けてはいけない。セシリアだって同じだろう。本番でもないのにショートブレードを投擲するなんて妙手、勝利への執念の表れだ。調整試合にすら策をろうす勝ちへの渇望。調整ごときに躍起になるんなんてなにを馬鹿な、などの見解もあるだろう。それでも──彼女はそうあろうとしているのだ。

 ならば俺も、無様を晒すなどできようか。

 

「ッるおォォ!!」

 

 《ブルー・ティアーズ》の数少ない隙。ビットとライフルの射撃を切り替える合間。その一瞬だけ、射撃が止まる。意識の焦点がビットからライフルへと移り変わる転瞬、いかに集中していようが硬直は生まれる。多角的なビットへの集中と、直線軌道のライフルへの集中は、わずかばかりの誤差がある。しかしそれは、あくまでセシリアの全体を見て浮き上がるほころびであり、隙と称するのはいささか以上におこがましい。

 それほどの須臾、石火のとき。そこに、割り込む!

 刹那、俺はウィングスラスター内部のエネルギーを()()()()──。

 

 

 ◇

 

 

「…………」

 

 

 第三アリーナの管制室。二年サラ・ウェルキンは訝るような視線でもって、空間投影型の中継モニターを見つめていた。

 すらりとした細身と、白い肌に乗る赤縁のメガネ。流れる髪はセシリアのノルディック・ブロンドと違い、重みのあるダークブラウン。クセのないそれが胸元あたりまで伸びている。外見だけでいうなら、とても落ち着きのある女性だ……もっとも、中身もその印象と相違ないのではあるが。

 そんな彼女が腕組みしつつ眺めるモニターの上、映されるのは現在のアリーナ模様。セシリアと一夏の模擬戦。

 パネルいっぱいに走るレーザーの残像と白い軌跡。精密鋭利で申し分のない連続射──どうやら《ブルー・ティアーズ》に不備はないらしい。サラ自らが整備を担当した機体である。いくら己の後輩(ライバル)であろうとも、そこに抱く満足感に偽りなどあるはずない。

 とはいえ。

 

(……近接装備を、投擲した?)

 

 ザン、と画面を分断した銀閃。なにごとかと思いその部分だけスロー再生してみれば、あろうことかセシリアはショートブレードを投げつけていたのだ。

 驚愕と疑問、そして懐疑。

 いうまでもなく、《ブルー・ティアーズ》はライフルやビットなどの射撃装備を主体とした中距離・射撃型の機体である。ともなれば、その操縦者に求められるのは射撃能力が大部なのは明白だ。無論のこと近距離格闘能力が高いに越したことはないが、そもそも《ブルー・ティアーズ》はBT兵器運用が目的だ。極論だが、BT兵器のテストパイロットという観点だけで見れば、近距離能力はなくても構わないだろう。申しわけ程度にショートブレードを搭載してはいるが、正直射撃戦のセオリー通り、近づけさせなければ問題ない。ましてやブレードを投擲するなどという()()、候補生でなくとも訝るというものだ。

 確かに奇策妙手、そういう類いの選択も必要な場面があるだろう。そんな不足の事態にこそ実力は試されるものだ、が。しかしこれは模擬戦だ。調整第一目的の、真面目なお遊びみたいなものだ。

 そのなかで繰り出される妙手……ここ数日の内にみるみると膨れ上がったサラの懐疑、それが一層大きくなる。

 もともと、サラとセシリアはIS学園入学以前より面識があった。別段劇的なドラマがあったわけでもないが、単純に、本国にいた時にサラがセシリアを指導したことがあるというだけだ。だけだ、と言い切るとなんとも呆気なく感じるかもしれないが、実際はもう少し暖かい──さておき、面識が二人にはある。

 そのため、わずかばかりとはいえセシリアの気性・性格は理解しているし、男性に対する偏った見解を持っていることも存知である。ゆえに、違和感。

 セシリア・オルコットは、変わった。

 それが悪いことだとは思わない。候補生とはいえ一五歳という多感な時期、周りの人間に諭されて影響されて、染まり高まるのは思春期の通過儀礼でもあろう。

 しかし、それがあからさまに男性の影響であるのならば、別だ。

 セシリアの男性嫌いは、そんな一朝一夕で変わるほどに軽くない。違和。

 少なくとも、刀剣をこんな暴挙ともいえる使い方なんてする女じゃなかった。

 ──いや。それよりも。

 

(変わったもなにも……()()()()()()()()()()()?)

 

 あれ──()()

 無謀とはいえ間違いなく奇襲であるはずのブレードをこともなく躱し、あまつ追撃のレーザー掃射すらいなし切るあの男は、いったいなんだ?

 サラ・ウェルキンが抱く疑問の大本。それは変化しつつあるセシリアではなく、その相手役を務める織斑一夏にこそあった。

 

(……PICを、使いこなしてる……!)

 

 振り上げた長剣の慣性を増幅させて、追従するように自身を引っ張る。躱した。

 PICならではの浮遊機動。驚愕が押し寄せて(いとま)がない。

 大前提であるが、ISに重要なのはイメージである。

 そしてその根幹をなすのは『浮く』という感覚。空中に留まる、空気を踏む。感覚は人それぞれにまちまちであるが、まず浮くことが必須条件だ。ただしここまでは初心者といえど、大抵がクリアできる。ようは高いところに『いる』と認識できればいいのだ。問題はそのあと。

 そこから『飛ぶ』というのが難しい。

 浮けるのだから飛ぶのはそう困難ではないのではないか? という意見がISに関わらない一般人から多いのであるが、それは多いに大々的に間違いだ。

 実際に搭乗してみれば瞭然。飛べないのである。

 この感覚についてはいくら弁を尽くそうとも理解してもらうのは難しいが、簡潔に理由の一つを述べるなら『既存のどれとも操作法が異なっている』というのが最大か。

 いくら推進器を吹かすイメージをしようにも、そもそも人間にそんな機能がないのだからできなくて当然。『飛べ』と命じる脳とそれによって可動する『推進器』。()()()()()()()()()()()()()()()()

 もしもこれが、『手に翼をつけて羽ばたく』、『操縦桿を握ってアクセルを踏む』、『ペダルをこいでプロペラを回す』などの工程を挟んでいれば違ったであろう。『こういう動作をするから飛べる』という段階を踏むのであれば、いくぶん飛ぶことに障害がなかったはずだ。己の五感、ないしその延長線上でまかなえるのであれば、可能なのだ。それを肉体のともなわない思考のみで実践する……いわば新しく『感覚』を作るに同じこと。ISでは飛ぶことが困難なのはこのせいだ。

 さらに加わるのがPICという慣性制御。

 『慣性=万有引力(実質的に)』という科学的な見解はおいといて、これがネックの問題である。

 端折りに端折るが、慣性が『増加する』『減少する』『ない』という状態は、つまりどういうことなのか。それが想像できない、想定できない。

 そのためPICは自動設定で使用することがほとんどで、熟練のIS乗りだとしてもこの機能を使いこなせる者は少ない──皆無、といっていいかもしれない。

 いいや、一人いたか。

 

「……織斑千冬(ブリュンヒルデ)

 

 ブリュンヒルデ、東洋の覇王、獅子女傑(レオンハルト)、修羅、はてはブラックライダー……彼女を指す言葉は敬称・蔑称含めて多々あるが。

 百の言葉千の言葉。いくら形容を重ねても足りない足りえない、名実ともに比類なき最強。

 誇張も脚色も、虚偽だってありはしない。正真正銘、純正の最強。

 公式・非公式問わずすべてに勝利し、なかには一個中隊(IS四機を一小隊とし、三個小隊で一中隊)を一人で相手取って完勝した記録さえある。そしてそれらすべてがノーダメージ……化物。

 無敵と最強を両立し、未だなお極峰に君臨する、女傑。

 それの、弟。

 

「……姉が化物なら弟も、ってことかしらね」

「あーらら。どうしたの黄昏ちゃって」

 

 はぁと漏らした息に反応。少しばかり茶化すその言い回しは、別段気に障るようなこともなく。

 腕組みを崩さず振り向けば、そこには作業着姿で首にタオルを巻いた女生徒が立っていた。

 

「別に黄昏てたわけじゃないわよ、薫子」

「そーだよねー。そんな可愛らしいことしないよね、サラは」

「汗を吸ったそのタオル、あなたにとってもお似合いよ?」

「あーハイハイごめんないさいですー」

 

 サラの皮肉混じりに肩をすくめて、同じく二年の黛薫子は額ににじむ汗を拭う。黒ずんだ作業着に汚れたほほ、一目で判る彼女の様相。整備課の()()()

 二年整備科の主席(エース)こと薫子。彼女が管制室に現れた。

 

「そっちはもういいの?」

「まぁね。調整っていっても企業側で大部分は合わせてあるし、私にできることなんてそんなにないよ。せいぜいこうやって機材運んだりするだけさね」

「なに言ってるのよ。三年生差し置いて任されているんだから、あなた相当買われてるのよ?」

「実感ないんだけどねぇ」

 

 今回の《ブルー・ティアーズ》調整にあたり、企業は整備科の一部に協力を要請していた。さすがにサラ一人では手一杯と踏んだのだろう。そうしてその筆頭に選ばれたのは、なんと三年生を差し置いて薫子だった。それだけ優秀ということ……ということもあるが、下手な情報漏洩・上級生との軋轢を防ぐため、サラが同学年の整備科に依頼するように上伸したわけだ──なににせよ優秀なのには変わりなく、実際、彼女の腕は目を見張るものがあった。

 そういって管制室から見下ろすピットのなか、別の整備科(スタッフ)はせこせこと機材を運んでいる。中には『()()()』をまとって作業を行う生徒も見られた。

 

「……ねぇ薫子、EOS(アレ)ってどうなの?」

「あー、EOS? どうもこうも()()()()、『劣化IS』って感じ」

 

 Extended(エクステンデッド) ()Operation(オペレーション) ()Seeker(シーカー)──略称EOS。

 国連主導で開発が進んでいる外骨格攻性機動装甲。ISのように四肢を装甲するマルチフォーム・スーツで、災害時の救助活動から平和維持活動など、様々な場面での運用を目的として開発されたそうだ。一見するとまんまISであるが、違いを上げるとするなら全身装甲(フル・アーマー)であるという点やPIC・量子格納がないという点だろう。

 現在第三世代の開発ただなかのISは、おおよそ第一世代開発後期あたりから今のような肌を露出する四肢装甲(セミ・アーマー)タイプがデフォルトとなった。理由としては単純で、全身を鎧う必要がないからである。

 なにせ銃弾もミサイルも、はてはビームまで受け止めるシールドバリアーである。

 で、あれば。主要部を残して装甲が減少するのは自明の理ともいえるだろう。とかく、ISは金がかかるのだ。だったら装甲を削減して開発費を抑えるなど当たり前。当然の帰結。まぁそもそもISの開発者である篠ノ之束が失踪してしまったため、いくらノウハウが足りないとはいえ、そんな単純なことに気づくのにも時間がかかってしまったが。そのため、開発初期~第二世代初期のISには全身装甲(フル・アーマー)のモデルが多い。EOSが全身装甲(フル・アーマー)なのはシールドバリアーがない分の防御力を補うためだ。

 PICや量子格納にかぎってはいうまでもなく、それらはISのコアがなければ使えない。コアありきの機能なのだ……そんなIS開発史や性能比較はさておき。とにも、早い話が()()()()である。

 

「開発側が公式で発言してるものね。『ISの下位互換』って」

「まぁわからない話でもないじゃん? たった一一〇〇機で世界を変えちゃったIS。技術者としては憧れちゃうんでしょう。……でもいうほど悪いわけじゃないよ? けっこう優秀だと思うし」

「あらそうなの?」

「フォークリフトがいらなくなった」

「荷物運びなのね……」

 

 そんなEOSであるが、それが今年の四月よりIS学園へと無料で貸し出された。

 その理由はこれまた納得で、『稼動データが欲しい』ということと、『ISの訓練機として使用できるか』ということだ。

 救助活動など人体の機能の拡張・延長を謳っているが、ようはそれが大部なのだろう。訓練機としての運用は有用であるか。

 とにも数が圧倒的に少ないISである。ゆえに操縦者一人に対して一機を用意するなど到底無理な話で、大抵は一つの機体を複数人でシェアするというのがほとんどだ。だから専用機を持つなどごく少数で、たとえばセシリアのように特別な技能──BT適正などがなければ夢のまた夢。事実サラも、複数人の乗り回していたクチだ。加えその独特の操作方法からシミュレーターの類いを開発するのさえ難しかったのだ……いくら性能的に劣るとはいえ、類似品を造るというのは順当。

 経緯はともあれ、そこで白羽の矢が立ったのがIS学園だ。先にいったように、そもそもISに触れられるもの自体が少ない。ということは、『それがISの訓練として使えるか判断する人材』も少ないことに直結する。

 ゆえにIS学園。ここは全七〇機ものISを保有する訓練校、操縦機会は他所と比べ物にならない。なればその一生徒とは言え、その意見は重要にすぎる。

 そうして貸与されたEOSは一〇機。型式Se-20X《グレーランナー》。灰色の全身装甲(フル・アーマー)でゴツゴツとした分厚い装甲。脚部底面に大型のランドローラーを装備し、さらに推進補助として腰部にブースターを搭載している。頭部も当然フルフェイスのアーマーが覆っており、バイクで使うような丸みを帯びたものとは違う角ばったデザイン。肩部の装甲も角張っていて──というよりも機体全体が角張っているが──側面およびに後面にはマウントユニットがある。各部『(かど)』は面取りされているものの、全体的に『箱』を思わせる無骨な外装であった。日本の全身装甲(フル・アーマー)第一世代《(げき)(らい)》がイメージに近いかもしれない。

 《グレーランナー》が提供されて一週間弱、ひとまずは二年・三年の整備科が使っていた。まずはEOSに対する技術的な理解を深めるためだ。その後二年・三年のパイロット科を中心に一般生徒にも貸し出す手はずだ(一年生に回さないのはそもそものIS自体の操縦経験が少ないため。EOSを使用するのは早くても二学期からになるだろう)。

 

「いや、なんだかんだ訓練機として使えると思うよ? 確かにPICがないっていうのは操縦に負担かもしれないけど、IS用の装備も流用できるし、動作にアシストだってついてる。地上戦だけで見れば優秀よ、コレ」

「で、その挙句が荷物運び、と」

「あはは。やっぱパワーはあるし動作は人体の延長だもん。フォークリフト運転してた時より全然効率がいいのよ?」

「あなた運転できたっけ?」

「違う違う、整備科の先生が言ってたの」

 

 EOSはPICがないため飛べない、とまで断言するのは語弊があるが、しかし実際そう確定するに値する。大出力のスラスターなりブースターなりを搭載すれば飛行できる、が。あくまで『飛べるだけ』だ。実際に、それこそ音速域での戦闘など無理だろう。ISが高高度下・超高速下で戦えるのはバリアーと慣性制御による恩恵であって、その二つがない以上は、地上での運用が精一杯だ。

 それにそも、飛べたところで()()()()()

 飛行戦闘において、ISは絶対的にすぎる。

 IS登場以前、空を飛ぶ兵器といえばまず戦闘機が挙げられただろう。全長二〇メートル近い鋼の塊が音速をはるか突き破って飛翔する──そのため、しばし性能比較としてISと戦闘機が比べられることがあるが、いわずもがな、その差は圧倒的すぎる。

 戦闘機ではISに勝てない。

 無論、ISのシールドバリアーを突破できるような武装を搭載すればダメージを与えられるかもしれないが……それでも、無理である。

 なにせ当たらないのだ。

 大気濃度の濃い地上付近においても優に音速を超え、それによる負荷も厭わず、攻撃・防御能力も最高、さらに()()()()がないため加減速は無制限であるのだ。旋回能力も抜群。ダメ押し、()()()()()()()()()()()()()、『絶対防御』なんて機構すら備わっている……そんな兵器、それこそ同じISくらいしか太刀打ちできなくて当然だ。

 ともなれば、飛行戦闘に特化した戦闘機ですら歯牙にかけないISに対し、PICもシールドバリアーもないEOS。飛行能力を期待するのはいささか以上に甚だしい。

 

「まぁでも平面機動の訓練に使えるし、学園側もその旨で報告するそうよ。もしかしたらもうちょっと数も増えるんじゃない?」

「なるほどね。あとで私も乗せてもらって構わないかしら?」

「いいんじゃない? 整備科が使ってるとはいえ、待ちきれずに使わせてもらったパイロット科の子もいるし……というか、サラ」

「なにかしら?」

「織斑君、スゴイね」

「……ええ」

 

 飄々としていた薫子であったが、一変してその声色が強かになる。

 その目は笑っておらず、ただ真っすぐに中継モニターへと注がれた。

 自身らが担当する《ブルー・ティアーズ》ではなく、《白式》駆る一夏から、目が離せない。

 その瞬間──セシリアが操作をビットからライフルへと移行するその刹那。

 織斑一夏が、()()()()()

 

「「瞬時加速(イグニッション・ブースト)──ッ!?」」

 

 アクロバットともいえる機動から一転、《白式》が《ブルー・ティアーズ》に肉迫する!

 ──瞬時加速(イグニッション・ブースト)

 スラスター内にてエネルギーを圧縮し、通常時以上のエネルギーを放出すことで推力を得る技能。一時的とはいえスラスターの許容値ギリギリないし越えるエネルギー量を放出するため機体への負荷が高く、整備泣かせともいわれる技術であるが、その分効果は絶大で。熟練の者が使用すれば一瞬でトップスピード域にまで加速することさえ可能だ。

 そんな高等技能を、なんの躊躇い焦りなく、搭乗わずか二週間足らずの学生が、行使した。

 が、二人の驚愕はそれだけに非ず。

 音速域に手をかける白の流星に、蒼の淑女はそれこそ『わかっていた』といわんばかりの挙措で、()()()()()()()()()()()()()

 ギャッギィィン! 石火の()に火花が咲いて、刹那を置いて金打音。

 ライフルを右手に後方に引き、空いた左手に展開。セシリアは片手で保持した《インター・セプター》を寝かせ、《雪片》との接触に角度をつける。となれば、刃をレールがわりに衝撃が逸れる。ィィィィイイン! と伸びるような音を滑らせて、白の弾丸がいなされた。

 のみならず、そのまま後方へと流れていった《白式》に向かい、ブレードを抜刀するために避けていたライフルが追撃をかけた。まるで、こうなることを予期していたと、後ろに向けたライフルの射角はぴったりだった。

 

「ええ!?」

「うっそ……」

 

 驚愕の乱れ打ち。もはやなにに驚くべきなのかが判然としなかった。

 一夏に追いすがるレーザー一閃、しかしそれを躱して急旋回。再び初めのようなレーザーVS回避という構図となった。なったが。

 超回避、瞬時加速(イグニッション・ブースト)、ブレードの()()()、そして追撃。常軌を逸していた。

 セシリア・オルコットは、()()()()()()()()()()

 

「いやー。織斑君も大概だけど……オルコットさんもアレ、ね」

「……ええ本当。でも、」

「でも?」

「…………」

 

 『オルコットさんはまだ本領じゃないかもしれない』だなんて、とてもじゃないが言う気にはなれなかった。それはあくまでサラ個人が勝手に推察したゆえの予想だったり、現状の空気がそれを形にするのを喜んでいなかったりとあるが、しかし口にしなければいっしょだ。少なくとも、サラはそう感じている。

 本領じゃない──先日一夏と戦った際は確かに全力であったろう。

 が、しかし。それはそのときのセシリア・オルコット。そのときの《ブルー・ティアーズ》。

 つまり、最高最大の状態ではなかったとしたら? 自身が最高であっても機体が最大でなかったとしたら?

 たらればの話であろう。もし、という敗者の噛み付きともとれるかもしれない。けれど、本国でセシリアを指導したことがあるがゆえに、サラは一つの推論を抱いている。

 先日本国へと要請し送られてきた追加武装。BTビームライフルと近接装備。

 結局は予想予測でしかないが。

 おそらく、それを持った時こそセシリアの真価は発揮されるのではないか──。

 

「ねぇ。どうしたのよサラ」

「──なんでもないわよ」

 

 考えてもしかたない。いかにもマイナスなイメージで捉えている風だが、実際はそれだけ向上心があるということだ。第一予測。なんにしても予想。そんないかにもぶって思いすごしだったなら、恥ずかしいどころかセシリアにも失礼だというもの。しかし近接装備の追加とは、企業もよく許したものだと感心する。

 

「とにかく企業が送ってきたビームライフルがあったでしょう? あれを使えるようにしておいてあげて」

「あいあいさー。人使い荒いぜ」

 

 ぼやく薫子を送り出せば、ちょうど制限時間の一〇分が経ったところだった。

 

 

 ◇

 

 

 IS学園の視聴覚室。

 そこは歴代の卒業生の戦闘データから各国代表の公式戦まで、さまざまな映像資料が保管されている。設備はもちろんのこと最新式で、一人用の個室や大型のプロジェクターなど、映像を出力するのに最適な環境がそろっている。七〇〇人を超えるIS学園の生徒に対応するために部屋は広く、同時に一〇〇人以上の一斉使用が可能である──もっとも、設備の性能にさほど執着がないのであれば、各自室に配備されたコンピュータから閲覧は可能であるが。

 ともあれ、その視聴覚室。

 

「…………」

 

 そのなかの一ブロック、そこに彼女はいた。

 個室は仕切り板によって区切られた、たとえるならネットカフェのような作りではなく、完全な個室状態で完璧防音。ゆえに視聴覚室内は当然に無音状態なのだが、その個室の使用者はそもそもに無言であった。

 無言にならざる、得なかった。

 個室の主、凰鈴音。

 部屋ごとに設置されたパソコンのモニターを注視する彼女。その目は真剣そのもので、まばたきすらしないほどに映像に集中していた。目が離せないほどに、それは彼女にとって──()()()()()()()()()()、異様に写る。

 映像、青い閃光と白い翼の乱舞。

 そこには先日行われた一夏とセシリアの決闘──模擬戦の模様が映し出されていた。

 高解像度高音質で演出される試合映像は大迫力そのもの。サラウンドするサウンドに演出されて、単純な臨場感はもとより、より詳細な戦闘状況を伝えてくる。が、しかしどうした、対する彼女は深海のごとく大人しい。いいや、大人しいのではない。

 それは、絶句。

 

『どうしてあなたは立ち向かってくるんですのッ!!』

 

 画面の向こう側、今まさにグラウンドへと墜落した一夏が、《白式》が一次移行(ファースト・シフト)を完了し、そのさまに『ふざけるな』と赫怒と疑念を迸らせる英国の女。ああ、その気持ちはよくわかる。とてもとてもよくわかる。共感する、できてしまう。安易な同感でも心からの同情でもなく、その心情を理解できる。

 織斑一夏は、立ち上がる。立ち上がるのだ。

 そうして喚くようなセシリアを前に、一年ぶりの彼はそれこそこともなげに返す。単純な理由を、簡単な理屈を──いいやもっと陳腐なものを。

 

『負けたくないからに、決まってるだろ』

 

 その通り。彼がそうだと知っている。それで片がつくとわかっている。

 曲がりなりにも彼の幼馴染だし、うぬぼれでもなく彼の理解者の一人であると思っているし、そして憧れ手を伸ばし続けた日々を知っている。そこに追いつくことができなかった悔しさを噛み締めて邁進したこの一年、待っているしかなかったその日だまり。ゆえに候補生へとひた駆けて、走り抜いて追いすがったのだ。()()()()()落ちた暗闇の底でも、その輝きに救われていたんだ。あなたがそう在ってくれるから、だから止まらずに這い上がれたのだ。追いつきたいと前を向けたのだ……だから、

 

 

 

()くぞ、セシリア・オルコット。(そこ)は俺の場所だ』

 

 

 

 ────お前は、()()()()()()()()

 お前の本懐はそんなものじゃなかっただろう? あたしが知っている記憶のあなたをこそ至上と信奉するわけもないが、しかしその一点において、織斑一夏が違えるなどなにを差し置いてもあり得ない。それがきっと彼の根幹で根源で、絶対不変の輝きなのだ。己を捧げるべき絶対なのだ。そういう彼だからこそ、自分は全力を賭して追いつきたいと渇望したのだから。

 だから、この画面の向こうの男は、なんだ?

 神妙な面持ち。鈴音の表情により深いシワが走る。なにか信じられないものを見るように、驚愕すら混ぜ込んで。疑念が脳裏を蝕んで。

 この一年……あたしがいないこの一年、いったいなにがあったというのか。

 そして、その『異常事態』に幼馴染み(あたし)が気づいているのであるならば。

 

(……篠ノ之箒、あんたはこれに気づいているの?)

 

 少なくとも、今日会ったかぎりで少なくとも、小学校以来の再開というブランクはない程度に一夏との仲は円滑なようだし、いつかの彼の言の通り、(さむらい)(ぜん)とした人柄のようだ。質実剛健、剛毅木訥。なるほど、これは大和撫子なんて麗句よりも侍と形容するに違和はない。むしろそれこそが的を射ている。──ゆえ確実、彼女も彼の本質を存知のはずだ。

 彼が永遠絶対に抱き続ける不変の渇望(ねがい)。それがどういうものか知ってるはずだ。

 で、あれば。

 

(言葉ってのはこういうときのためにあんのよ)

 

 言を交わして、暴き立てるほかあるまいて。

 彼がこうなってしまった経緯を知っているのか、わかっていて放置しているのか、あるいは手を尽くしたあとなのか……そもそも気づくことすらないできない愚図なのか。だとしたら、肩透かしというより、失望だ。一夏が嬉々として語る女の幻影──そんなのそれこそ夢幻だったかと。いずれにしても、話さなければ始まらない。が。

 とはいえ、まずはその本人か。

 そこでチラと時刻を確認する。すでに一夏とセシリアの訓練は終わっているだろう時間。画面上の試合もちょうど引き分けで終わったところ。頃合か──『引き分け』という事実は置いておいて、ひとまずは件の原因へと向かうとしよう。

 

「待ってなさい、一夏」




瞬時加速(イグニッション・ブースト)の原理をすこし変えました。
原作だと一度外部にエネルギーを放出してから圧縮、みたいなことになってましたが、そんなことしないで始めから圧縮したほうが効率がいいと思います。
また全身装甲の表記もフル・スキンからフル・アーマーに変更。

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