ES〈エンドレス・ストラトス〉   作:KiLa

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第一一話【鉄火煽動】

 ES_012_鉄火煽動

 

 

 

 四月二三日金曜日。そうしてクラス対抗戦当日を迎えた。

 澄み渡る大空にまばゆい太陽、風速微風で気温はほがらか。絶好の試合びより、という言い回しはなんともありきたりなもんだが、残念織斑一夏の語彙能力はそんなに高くない。昨今のありふれる男子学生に同じく、馬鹿のひとつ覚えで言葉を並べるが関の山、多分高校入試の会場で会ったあの黒髪の変なやつだったら、嬉々として、面倒呆れるほどに濃厚に、そりゃもう演出してくれただろう。もちろんそんな口上聞く耳持たないけど。自己陶酔でもなんでもいいが、シンプルでわかりすい日本語が素晴らしいと思う。

 とにも、今日は待ちにまった対抗戦である。

 

「アリーナに屋根が付いているとはいえ、やはり晴れると気分が上向くな」

「そうだけどさ。別にお前は試合しないだろ、箒」

「何を言う。私の『代理』が戦いに臨もうというんだ。さりとて、無関係でもあるまいさ……それを指摘するなら、一夏。お前の方こそ複雑なんじゃないか?」

「そりゃ、まぁな」

 

 その第一回戦、セシリア・オルコットVS凰鈴音。

 今朝方発表された対戦表がそれだった。一年生全八クラスの代表者によって行われるトーナメント戦。しかしそれは、謀ったように一回戦目から候補生同士のぶつかり合いという構図であり、なにも知らない第三者だったとしても、みな一様にキナ臭さを感じずにはいれないであった。

 しかし、わからなくもない。

 国だって遊びで候補生をIS学園に送り出したわけじゃないんだ、だったら学園側としても、出来すぎた対戦カードを用意するのは当然ともいえる。自国の候補生の()()はいかほどか、他国の()()はどの程度か。そういう思惑が見え隠れするのは、それをいけ好かないという感情を別にして、しかたない。というか一回戦目からこれとか、言わずもがなとても熱い。

 第二アリーナ観客席。当然のごとく客席は満杯、ざわざわとした試合前の高揚がテンションを上げている。そんななかで俺は、ほかの生徒同様、これから始まる対戦を待ち構えている。ちなみに座席はクラスごとに割り振られていて、周りはみんなクラスメイト。で、隣りには箒さん。その箒がなにやら上機嫌に話していた。あと反対側は四十院神楽さんって方。

 

「自分のクラスの代表と幼馴染み、か。ふふ、モテる男は辛いな。どちらを応援するつもりだ?」

「茶化すなって。でも、あー、うん。どっちにもがんばってほしいな」

「判然としないな、情けない」

 

『ひよったね』

『ひよってるね』

『ひよっちゃったね』

()(より)ましたね』

『おりむーひよった~』

 

 なんて(てい)よく言葉をにごせば、若干呆れ気味の箒に続いて、周りにいた一年一組クラスメイト達まで微妙そうな顔をしていた。……しかたないじゃないか。というかどっち応援したってなにかしら言ってくるだろ、君達。情けない自覚はあるけど、でもこんな返答しかできないだろうて。あと四十院さん、隣りだからすごい聞こえてます。

 とはいえ、それでもあえて答えるならば。

 

「だったらセシリア、かな」

「ほぅ?」

「だってうちのクラスの代表だろ? なら応援しないとうそだよ」

 

 この数日、俺が貢献できたことなんて微々たるものかもしれないが、それでもセシリアと行ってきた模擬戦。それは偏に対抗戦のためであって、それで勝利してほしいからこそ相手役を買って出たんだ。私情を抜きにしたって、彼女を応援するのは順当……いや。

 順当とか道理とかじゃなく。『友達』が勝負するってんだから、応援しないでどうするさ。

 

「なるほどな。しかしそうなると、鈴音側がいなくなってしまうな」

「応援は俺達だけじゃないんだから平気だろ。というか、箒はセシリアか」

「当然だろう。これはある種の代理闘争。私とて、おいそれと部屋を変わるつもりはないのさ。なんて理屈を抜きにしても、あいつには勝ってもらいたいものだよ」

 

 「友達だからな」と続ける箒ははにかんで、なんとも嬉しそうにしていた。誇らしそうにしていた。本当、やっぱり仲がいいんだな。揺れるポニーテールが暖かい。

 それにしても。

 

「代理、なぁ」

 

 先ほどから箒が口にする『代理』という言葉を胸に、俺の思考はやれやれと時間をたどった。

 

 

 ◆◆◆

 

 

「ねーいいじゃん。代わってってば」

「何度も言わんぞ、私は代わらん。代わるなら、そら。そこの一夏とでも交代すればいい」

「あんたと同じ部屋になっても意味ないでしょっ! ってあら、一夏。おかえり」

「おうただいま、ってどうしたんだお前ら」

 

 セシリアとの戦闘(?)を終えてシャワーを浴び、そうして自室であり1025室にやってくれば、そこでは箒と鈴がなにやら言い争っていた。

 弾けるように更衣室から出てった鈴がここにいるだろうとは思っていたが、しかしいったい、どうしたのか。まさか喧嘩? ほとんど初対面なのに? そんなに馬が合わなかったのか?

 

「どうしたじゃないわよ一夏! どーしてあんたが箒と(おんな)じ部屋なのよ! 男女で同室っておかしいでしょ!?」

「そんなこと言ったってなぁ。なんか部屋が用意できなかったらしいぜ?」

「できないからそのままってどんだけ消極的なのよ!」

「おちつけって」

「あー、一夏。私が話そう」

 

 と、ぎゃーぎゃーうるさい鈴であるが、見かねて口を開いたのは当事者たる箒。ややと呆れがちな表情から察するに、そんな特大の喧嘩ではないようだ。やれやれ、って感じ。

 話を聞くに、鈴がなにやら箒に質問だかがあるとやってきて、それで話題はまとまったようだが、急転。思い出したように『どうして一夏と同室なのか』とヒートアップしたようだ。

 

「はい? 部屋?」

「ねー一夏、あんたからも言ってやってよ。箒に部屋代われってさぁ」

「え、なんで俺が」

「じゃあ訊くけど、あんたはどっちと同室がいいってのよ」

「一人部屋」

「却下」

「……他意はないがな。そこまできっぱり言われると、私も寂しいぞ」

 

 非難轟々である。ふたりなのに轟々である。どうしろっていうんだ。

 そうして再び喚く鈴、なんだか駄々こねる子供みたい。それをあやす箒、なんというか『お姉さん』みたい。三者的な感想を述べさせていただけるなら、とても微笑ましい。そしてやかましい。とはいえ、これじゃあ埒が明かない。

 などという堂々めぐりをとうとう我慢ができなかったか、次に鈴の口から放たれる弾丸は、まぁ予測の範疇でした。

 

 

「こうなったら箒、ISで決着つけるわよッ!」

 

 

 あわやこのままおっ(ぱじ)めかねない勢いの我が幼馴染み。道理という点においては、これほどねじ曲がったもんもない。ドヤ顔なのがいささか以上に憎たらしい。

 

「アホか」

「あたっ。なんで叩くのよ!」

「そりゃ意味わからんこと言ってるからだ。話し合いにすらなってない。第一、箒は専用機を持ってない一般生徒だろ? それに候補生が意気揚々挑んでどうすんだよ」

「ぐっ。う、うるさいわね! 言ってみただけよ」

 

 目が本気だったのは俺の錯覚だったらしい。

 ぶーたれる鈴。まったくどうしてこうも部屋割りにこだわるのだろうか。いやまぁ実際、どちらが同室がいいかという以前に、正直一人部屋が望ましい。いくら幼馴染みといえど、やはり男女。そんないかがわしい、ゲス臭い話題にまで延ばすつもりはまったくないが、しかし衣食住をともにするうえ、異性の壁は絶対的だ。同姓ならば許容もなにも二つ返事なものなのだが、どっこいここはIS学園。だからやっぱ、ひとりが無難だと思います。どうにかなりませんかお姉さま?

 なんて愚痴は現実世界に一光もたらすわけもなく、ようはつまり振り出しだ。と思っていたのだが。

 

「いいぞ、鈴音」

「「……へ?」」

「だからその申し出、受けてやろう」

 

 まず(いっ)(とき)の空白、続いて物理的な沈黙、を経ての高速思考。

 いやいやいや、なに言ってるんだって箒。聡明なお前のこと、いくら鈴が子供っぽいからって、まさかこいつを見くびってるわけじゃないだろ? 仮にも候補生だ。その実力、それこそセシリアという身近な人物が証明しているというのに! どういうことだ。挑発? 意地? はたまた自信? いいや剣道剣術すごいの知ってるけどISだと話が別で──軽はずみにとれてしまう応答に、なんだか必要以上に混乱していた。

 俺の驚愕と同様、しかしそれは言いだしっぺの鈴だってそうらしい。自ら提案したくせに「えー、その、あの……いいの?」とちょっぴりおよび腰である。いやその気持ちわからんでもないけど。バツ悪そうな心情もわかるけど。

 しかし、だから箒の言葉が拍車をかける。

 

「ああ。だがしばし待て。あいつの同意を得てからな」

「「……はい?」」

 

 再びと重なりをみせた間抜けな返事はもちろん俺達ふたりのもので、そんな疑問を尻目に箒はどこぞへと電話をかけ始めた。

 

「ああ、もしもし。私だ」

 

 

 ◇

 

 

April 20,2021

Dear my friend

 お手紙ありがとう、なんて定型文はなしにして、とそう言う以前にどちらで手紙が止まったままなのかという議論から始めなければ、そもそも『お手紙ありがとう』だなんて口にはできませんが、お久しぶりです。元気にしていましたか? 冒頭より、それこそ老齢のような遠まわしな口ぶりになるあたり、やはりわたくしは周りの人間に毒されているのかもしれません。成人すらしていない時分ですけれど、どうにも中身は違うみたい。早熟といえば耳触りはよろしいですが、それはおばあちゃんにだって通じるおべっか同然。歳はとりたくないと、達観にひたる若さをふたりで笑いましょう。

 お久しぶり、そういってしまうに十分なほど、いったいどれほど手紙のやり取りを休ませていたのでしょう? 非難するつもりはありませんが、やっぱりあなたからの手紙がめっきり途絶えてしまったに由来すると、わたくしの記憶は申しております。かれこれ、二年。いえ、それ以上かしら? あなたと毎週のように交わしていた手紙のやりとりが遠く感じてしまう程度には、わたくしの万年筆はお暇をいただいていたでしょう。最後に会ったのは……やめましょう。不謹慎にもほどがあります。

 無論、わたくしが代表候補生に──暗い話を持ち出して申し訳ないですが、事故のあと候補生になってから今日まで、忙しかったせいもあります。……お互いの不幸話を比べて慰めたいわけではございません。けれど、夏期の長期休みに木陰で語らうあの日々が、少しばかり羨ましいのがこの頃です。あなたもそう思っていてくれると確信しても、それはうぬぼれではないでしょうから。

 もう少し実のある話をしましょうか。わたくしの近況になってしまいますが、というよりも、もしかしたら聞きおよんでいるかもしれませんが、わたくしはIS学園に入学して────

 

 

 

「……ふぅ」

 

 そこまで書いて、セシリア・オルコットは走らせていたペンを置いた。ペン、万年筆。年代物のそれは父がよく使っていたもの。という感慨は今ばかりはしまっておいて、一服とばかりに吐息をひとつ。

 一夏との訓練を終えた彼女は自室で手紙を書いていた。電子メールではなく、手紙。それもエアメールだ……まぁそもセシリア自身イギリスの出身であるし、こと手紙を出そうというなら必然的に海外宛てとなってしまうのだろうが。しかし今回はたとえ故郷にいたとしても、結局は海外行きだったのだが。宛先は、フランス。

 フランスにいる友人に向け、セシリアは手紙を書いていた。もう数年に渡って繰り返してきた手書きのやりとり。電話を使えば話せるし、電子メールなら即座に返信が願えるだろう、けれど手書き。それが好きだった。しかし。

 

(……本当、いつぶりなのかしら)

 

 こうして手紙を出すのは、いつ以来なのか。セシリアの両親がこの世を去り、そして彼女の……いや、言うまい。互いに時期が悪かった。それだけだ。なんにしたって、こうして時間がとれて手紙が書ける。その事実は揺るがない。確かにオルコット家の公務があるといえばあるのだが、そちらに関しては、現状、家の者に任せてある──いくら仕事をこなす技量があれど、やはり一五歳。外聞を気にしないわけには当然いかない。よって年齢的・技能的側面を加味し、さらに信頼できると踏んだものにいくつかの仕事は預けてある。もっとも、重要な案件はさすがに己でことにあたるが。

 

(まぁ、チェルシーに任せておけば大丈夫でしょう)

 

 チェルシー・ブランケット。セシリア家の筆頭従者にして、彼女がもっとも信頼を置く女性。もろもろの判断は彼女に一任してあるし、そも彼女の技量はセシリアをしても有能極まるものだ。父と母が存命していたときからオルコットに仕え続ける、まさしく『臣』。彼女の『病的』なまでの忠誠心は、恐ろしいほどに信頼できる。

 ゆえに彼女に全幅の信頼と満腔の感謝を。こうして筆を走らせることができるのはあなたのおかげだと。

 再びセシリアは執筆に戻る……が、二年前の返信が待ちきれないからといってこちらから再度一筆送るのは、淑女として、少々はしたなさが残るだろうか? などとの一抹の不安を覚える。考えすぎと断じればそれだけだが、まぁしかし励みにはなってくれるだろう。

 なにせ、親友だ。心の底から思える、親友だ。だからどんなときでもわたくしはあなたの味方で──、

 

 そのとき、初期設定の着信音が埋没する思考をすくい上げた。

 

 ピリピリピリとの飾りっけない機械音。かたわらに転がしてあった携帯端末が鳴っている。最近登録したばかりの番号ということもあるが、そもセシリアがいちいち相手によって着信音をわけないこともある、デフォルトのメロディ。ちなみに携帯端末はIS学園から全生徒に配られたものであり、タッチパネルと、小規模ながら空間投影でディスプレイを表示できるという高性能デバイスだ。まぁ学園で端末を統一することで情報漏洩でも防いでいるのであろうが、しかし。まずは電話に出よう。

 

はい、もしもし(ハロー、八ロー)

『ああ、もしもし。私だ』

 

 着信の主は箒であった。篠ノ之箒、この学校にきてできた、新しい友人。冷然、怜美。気さくなくせにサムライガールで、とても強いわたくしの友達。

 彼女のことでも手紙に書いてみようか、などと考えたところで箒に改めて要件を訊く。

 

「あら箒さん。いかがなさいましたか?」

『訓練のあとなのに悪いな。今時間はあるか? それなら少々、私の部屋に来て欲しいのだが──』

 

 

 ◆

 

 

「こんばんは箒さん。それで、いったいどういったご用件なのでしょうか?」

「こんばんは、よく来てくれた。まぁ簡単なことだよ」

 

 そうして電話したかと思えば数分後、やってきたのはなぜかセシリア。どうやら彼女のところへ電話をかけていたようだ、が。えーと、つまりどういうこと?

 

 

「鈴音。さっきの申し出だがな、私の代わりにセシリア(こいつ)が出よう。対抗戦で勝負だ」

 

 

 …………はい?

 なんだか、箒さんが二段ぐらい過程をぶっ飛ばした発言をしていた。俺や鈴はおろか、セシリアも目を丸くしている。下手な形容なんて必要なく、とても驚いていた。

 

「……箒さん、つまりどういうことでしょうか? わたくし、自分がこんなにも道理に暗く、理解に乏しい人間だとは思っていなかったのですが」

「鈴音が部屋代わって欲しいそうなんだが、私は嫌でな。だったらISで決着を、となったんだがあいにく私は専用機もない素人だ。そこで、」

「わたくしに白羽の矢が?」

「そうだ」

「……あの、その、えーと。一夏さん?」

「俺に……振られてもな」

 

 目頭を揉みながらまさしく長考の構えのセシリア。どうにも説明を受けてなお、まったく事態が飲み込めてないらしい。そんな彼女の心情に、こればっかりは理解できるといわざるを得ない。

 

「……確かに今週の対抗戦、わたくしが鈴音さんと当たることにもなるでしょうけど」

「でもそう上手く対戦が組まれるか? 単純に確率で考えたら、」

「いや、絶対なるだろう?」

「へ?」

 

 心底わからないという風の箒の言葉が、それこそ俺とセシリアには新鮮で。幾度目とも知らない間抜けた声は、普段のセシリアからは想像し難いかわいいもの……セシリアの声をかわいらしいと思ったのは秘密だ。

 けど、絶対っていうのはどういうことだろうか?

 そんな心情に見かねてか、箒がやれやれと口を開く。

 

 

 

「なあに、おかしなことなど言ってないさ。だってお前ら二人、()()()()()()()()()? そら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

「「────、」」

 

 それは、どれほど確信に満ちた言葉だったか。信頼の言葉だったか。

 篠ノ之箒はうそをつかない。質実剛健、剛毅木訥。口数は少ない部類で、そうおいそれと冗談を口にする質でもなく、友人だとしても締めるときは締める。サムライガール。そんな彼女に『お前らは負けない』と言わしめている事実、それがどれほど衝撃であるかなど、

 

「──あら、それはそれは」

「──言ってくれるじゃないの、あんた」

 

 もはや語るべくもない。膨れ上がる二人の戦意、迸る覇気。

 端的にいえば、箒は二人をこれでもかっていうくらい煽っている。トーナメント、そりゃそうだ。どんな組み合わせで始まるにしろ、負けないかぎりは絶対に(まみ)えることは決まっている。私はお前らがぶつかるまで負けるとは思っていない──私にここまで言わせたんだ、失望なんてさせてくれるなよ? と。

 そんな尊大な態度を、箒はしていたのだ。随分な物言い、なのにそれに不快さを感じることもなく、『上等だ』と代表候補二人は気炎を揺らしている。 

 

「──して、箒さん。わたくしが代わりに買って出るメリットは?」

「お前が勝てば、私が誇らしい」

Great(すばらしい)

 

 にんまりと、それ以上の名誉はないと、彼女は確然と在るのか。

 

「よろしくてよ。その申し出、わたくし、セシリア・オルコットが代理を務めさせていただきますわ。凰鈴音さん、異論は?」

「ないに決まってるじゃない。まぁ多少こちらにうまい話かもしれないけど、そんなことはいいわ。こうまで言われて、手のひら返すなんてできないわよ」

 

 にやりと、三日月を浮かべるふたりの少女。言ってはなんだが、ちょっと怖い。候補生って国の顔なんだろ? もう少し女の子らしい態度が好ましいと思うんだ、っていうのはここだけの話にしておこう。

 

「どうだ一夏。上手く纏まっただろう?」

 

 と、対峙する金髪と茶髪を尻目に、焚きつけた本人であろう黒髪さんがこそこそと話しかけてきた。

 

「うまくいったって、狙ったのかよ?」

「まあな。嘘を述べたつもりは微塵もないが、正直、鈴音の矛先を向ける方法はこれくらいしか思いつかなかった。許せよ」

「それは二人に言ってやれって。はぁ、まったくそんな、」

 

 そんな誰かを煽るようなノリ、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「『そんな』、なんだ?」

「、なんでもないよ。とりあえず、二人にはお引きとり願おうか」

「私が呼んでおいてなんだが、同感だ」

 

 

 ◆◆◆

 

 

 なんてやりとりをしたのが三日前。

 あわやどうなることかと思ったが、なんとも立ち回りのうまい箒である。昔はもっと不器用な気がしたんだけどなぁ。時間っていうのは、やはりひとを変えるんだろう。まぁ結局一回戦から当たることになってしまったが、とかく約束は果たされるわけだ。

 というか、これってある意味事実上の決勝戦みたいなものじゃないか? どっちが勝ち上がるにしろ、正直二回戦以降の一般生徒に負けるとは思えない。

 そうした俺の感想を知ってか知らずか、お隣りのポニーテールがこれまた驚きの事実を教えてくれた。

 

「それにしても中々に面白い対戦表だな。どちらが勝つとは判らんが、そのまま代表候補と連戦とは」

「え、連戦? 候補生と?」

「何だ、お前知らなかったのか? 第一試合はセシリアと鈴音だがな、第二試合も候補生の試合だぞ?」

 

 まったくの失念であった。俺自身セシリアや鈴としか面識・交流がなかったせいで盲点だったが、そうだ一年生には候補生が三人いる。

 

「確か更識さん、だっけ。生徒会長の妹さん」

「ああ。会ったことはないがな、それでも我が国、日本の候補生だ。一筋縄ではいかんだろうよ」

「……妹、か」

 

 さすがの俺とて聞きおよんでいる──才色兼備、学園最強の生徒、生徒会長。会長自身は候補生ではなく企業のテストパイロットだそうだが、その実力はIS学園歴代最強とも名高いらしい。開会式でもあいさつしていたが、なるほど。その妹というプレッシャーはたまらないだろうな。

 

「……会いにでも、行ってみるか?」

 

 そんな心情が漏れてしまったのか、なんとはなしに口を開いたといった風の箒。それは、彼女なりの冗談だったのか。程度が違うなどとの不幸自慢を別にして、その境遇に、厚顔ながらも近親感を覚えたのだろうか、皮肉の入った優しい声色。

 お前も私もそうだろう? ──そんな冗談。

 究極の体現を姉に持ち、異常の最上を姉に持つ、俺達だから。

 

「……馬鹿言うなよ。そこまで厚かましいつもりはないさ。そもそも更識さんは候補生なんだろ? だったら、」

「そういうこと、か。ふふ、まあ冗談だ。()に受けるなよ」

 

 続く言葉を見事に継いで、なぜか満足そうに微笑んだ。なんというのか、からかい半分のくせ、どことなく俺を試しているような、そんな雰囲気。まったく、俺だってなんでもかんでも首を突っ込むわけじゃない。それこそ、引っかき回すのが好きならどこぞの誰とでもやっていろ。まぁしかし。

 それでも、絶対に、『それ』に(たが)うなんてあり得ないわけなのだが。

 

「ねーねーしののん、おかし食べるー?」

「む、布仏か。どれ、少し頂こうか。だが、しののんは()せ」

「かぐらんもいるー?」

「でしたらお言葉に甘えて」

「……話を聞かんか」

 

 少しばかりの思惟に、気づけば箒や四十院さんがおかし食べてた。配布もとはおっとり系代表格の布仏さん。どうにもあだ名をつけることになにかしらの使命を感じているのかもしれない。ちなみに俺はおりむーだったり。……ひねりがないといえばそれまでだけど。

 これから試合が始まろう緊張のときに、和気あいあいとしてる我らがクラス一年一組。『緊張感が足りない』などとのつまらない文句もなく、ひたすら暖かい風景がここにある。

 それに、満足気な箒。

 ……やっぱり、お前も変わってないな、箒。

 

「一夏、お前も欲しいか?」

「ん、ああ。もらうよ」

 

 そこに確かな輝きを感じている。気の抜けた、だからこそ愛おしい。ありふれる一幕。

 だからこそ、それに対なす視線の先の彼女達は、一層鮮烈極まるか。

 セシリア・オルコット。凰鈴音。

 そのふたり、すでにISを鎧いアリーナ上空にて待機中。はたから見てもわかる熱烈な闘志。燃え上がる気炎が透けるがごとき熱情の立ち姿。互いに焦点は目前のみで、目指す終点もともに同じく。

 すなわち、勝利。

 煽られた事実もかわいげな駄々っ子も、今やはるか後方の付随要素。内にて着火した戦意を前に、必要なのは貪欲なる勝利への渇望だけで。

 無言で空中に佇むふたりが、あまりにも真剣にあるものだから輝かしくあるものだから、俺はどうしようもなく『それ』を確信してしまい。

 

「一夏、そろそろ始まるぞ」

「ああ」

 

 お前達のために『俺』を賭けられると、確信したんだ。

 

 

 ◇

 

 

 第二アリーナ上空。

 開戦まで秒読み段階という緊張感のなか、緩やかな風が金髪をさらう。

 セシリア・オルコットは目前の敵へと意識の焦点を当てたまま、目をつむっていた。瞑想の類いか、ピリピリとした戦意の渦に肌をさらし、よもや楽しんでいる風さえある。優雅、美然。これから戦いに赴く者のありようとして、それは不自然さを見るものに抱かせるか。けれど、そんなのは所詮外面にすぎず。

 

(中国代表候補生、凰鈴音。専用機《(シェン)(ロン)》)

 

 ふふ、と。たまらずと漏れた微笑みは、戦意の噴出で相違なかった。

 

(まったく、箒さんもノせてくれますわ)

 

 闘志が高まるのがわかる。淑女にはあるまじきか、とは思うが、しかし高ぶる感情は本物だ。

 なにも戦闘狂だということではない。戦いの一刹那にこそ至高を確信しているわけではない。だが、目の前に相手がいる。敵がいる。戦い証明すべきものがある。

 負けるつもりはなくて、負けるわけにはいかなくて──オルコット家を継いだその瞬間から、最速でここまでやってきたのだ。早く速く、誰よりも強くと。最速で駆け抜ける勝利の流星なれと。

 

「さぁ《ブルー・ティアーズ》。セシリア・オルコットを披露しましょう」

 

 

 

 凰鈴音は前方に立つ青の機体を注視する。

 風に伸びる栗毛のツインテール。悠然、堂と腕組みして立つ姿は、その外見にそぐわぬ威圧感がある。皮膚を震わす歓声に心をアゲて、少しばかり釣り上がる三日月に戦意を出力する。まさに、これから戦いに臨む者の()で立ちだ。

 

(イギリス代表候補生、セシリア・オルコット。専用機《ブルー・ティアーズ》)

 

 ガシャリとマニピュレータの開閉、ある種食指が動くとでもいうのだろうか。

 

(いいじゃない、いいじゃない。おもしろいじゃない)

 

 典雅とさえ表せる前方のその騎士に、そしてこの場の雰囲気に、心が上がって高みを目指す。勝利を欲して燃え盛る。敵がいる。一夏と引き分け、箒が認めたやつがいる。

 その事実。()()に追いつきたいと切に願って候補生の座にまで上り詰めた鈴音にとって、その事実がどれだけ己を高ぶらせるか……そうだ、目の前の女は知らないだろう。教えるつもりもさらさらないが。

 追いつきたい。追いすがりたい。早く早く、でなければ小さく幼いこの身では、決して隣りになど並べないから。

 

「さぁ《甲龍》。凰鈴音をお見舞いしようじゃないの」

 

 

 

 そうしてふたりの心が勝利へと重なって、開戦のブザーがこだました。




2013_12/14
一話タイトルを【織斑一夏】→【IS学園】に変更。
全話にあたって強調点を『・』→『●』に変更。

2016_5/25
全話にあたって強調点を『●』→『・』に変更。
ハーメルンそのものの傍点機能に合わせています。

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