ES_013_紫電颶風
開幕のブザーが響き終わるその前に、先手の一撃が空気を焼いた。蒼の一閃、すなわちセシリア・オルコットの第一射。
幕切り直後と放たれた《スターライトmkⅢ》のレーザーが、鋭利な風切り音で己が敵へと伸び走る。標的、言わずもがな凰鈴音。
国が違えば趣きも異なる。セシリアがまとう《ブルー・ティアーズ》の騎士然とした、ある種の優雅さすら連想させる外装とは一転し、鈴音が展開する外甲は、どうしようもなく攻撃的だ。
そのIS、名を《
その肩部に浮く
つまり。
「──はぁッ!」
迫るレーザーを背中に
つまりは、近接格闘スタイル。
(へっ。見かけによらず、意外と喧嘩っ
開幕直後、いきなりすぎるともいえる第一射をすぱりと躱し、鈴音は機体の進路をセシリアに向けた。そこで走るわずかの驚き。気性ゆえ、それこそ先手は自分が握るのだろうと思っていたのだが、どうした、先に引き金を引いたのは英国の蒼雫だ。
上等。内心笑みをほころばせる。
正直、自分が少々好戦的な性格をしているとは自覚している。回りくどいのはあまり好かないし、シンプルで直截なほうが
だから、好ましい。
そんな大それたものを用いず、ただのレーザー一閃のみでもって開戦を切ったこの相手、その気概が好ましい。
(一夏と『引き分けた』ってのも、あながちうそじゃないみたいね──!)
──紙一重ともいえるレーザー回避。その一挙動だけでわかる。彼女が、凰鈴音がどれほどISの訓練に時間を費やしてきたかということが。
しかしそれを察したところで、英国淑女のやるべきことは変わらない。
機体
(一夏さんの幼馴染み……それが裏付けとは言いませんが、ええ。言うだけのことはあるようですわね)
引き締まる表情とは裏腹か、内面に『つら』があるというなら、自分は笑みを浮かべているだろう。
改めて言う、戦闘狂などの分類ではない。戦わないで済む方法があるなら、それはきっと間違いではないのだろう。しかし自分は候補生で、負ける道理がはなからなくて、そして相手もそれは同様で。
同室の権利だかを賭けて始まったともいえるこの戦い、しかしてその気炎は炸裂している。もしもそれこそ試合の最中に『一夏が』『一夏が』などと始めようものなら、一切の容赦なく撃ち捨ててやる魂胆だった。
しかし、どうだろう。
確かにこの最中も織斑一夏に対して特別な想いを抱いているだろうは透けて見えるが、それでもこの実力は本物だ。なにせセシリアとてそういった類いの感情を彼に感じているがゆえ──まぁ言ってしまえば同族の感応だろうか。
(……まぁ誰かに話せば、それこそ『恋慕』などと
勘違い、未知。未踏の感情領域。そうした言い方をしたがる第三者など門前払い、沸騰を目指す勝利の飢餓をトリガーに乗せる。引く。
速射。それも先日催したクラス代表決定模擬戦とは目に見えて冴える、鋭利な連射だ。
通常の銃器なら標的に『眼球を動かして焦点を合わせる』ものだが、それをハイパーセンサーという『眼球を動かす必要がない』機能によって工程を短縮、いうなればシングルアクションとも言うべき俊敏さでセシリアの銃口は光を放った。穿つ一閃、命中──。
(ッ。ちぃッ──!)
──脳内で舌を打つ奇妙な苛つきを表情を歪めるだけに留めおいて、脚部周辺のシールドバリアーを削ったレーザーに機体が揺れる。
一発目を躱したものの、続いて放たれる速射の七発目、それに被弾を許してしまう。近接格闘型のカスタムゆえ、瞬間的な速度の爆発力……短距離の加速には自信があった。だからこそ小刻むブーストでその蒼線をかいくぐろうと踏んでいたのだが、なかなか一筋縄ではいかないらしい。
連日一夏と訓練をしていた──ということは、
なら、簡単だ。
ダメージは軽微。減少するウィンドウのシールドエネルギーを認識しながら、けれどこの瞬間を逃すまいと、鋭角の切り返しでセシリアへと
「ッ!?」
レーザーがヒットして速度が落ちると予想していたのか、即座の追撃を行おうとしていたセシリア。の思考を縫うかのように突如と急加速するスパイク・アーマー。
それも
彼女の反応が、遅れる。
「ぜぇええいッ!」
◆
「やるな、鈴音」
「初っぱなから
開始数分の出来事だった。
中距離射撃兵装の利点だろう、相手のレンジ外からの攻撃によって先手をとったセシリア。そのまま連射へと移行してこのまま彼女優位に進むと思われたが、返す鈴はなんと被弾からの
『ぜぇええいッ!』
気合。
削りとられるセシリアのシールドエネルギー。超加速をそのままぶつける大質量の二連撃は、エネルギーに多大なダメージをもたらしたはずだ。
衝撃に弾かれ後退する《ブルー・ティアーズ》。しかし彼女の気概同様、ただでは転ばない。
その衝撃を初速として後方へとそのまま加速し、途端に肩部のビットが鈴へと迫った。独立起動兵器ブルー・ティアーズ。自身の機体名の由来にもなった三世代武装が肉迫する。
煌く四つの砲口に、けれど対する鈴とて臆しない。即座に体を
「おお、無茶苦茶する」
「IS用のブレードは大抵構造が
瞠目の俺と、それを冷静に分析するかのような箒。なるほど、刀身の面積的な問題から《雪片弐型》を盾にするのは難しいが、確かに強度でいうならかなり強固だ。それを瞬時に判断しただろう鈴……これが代表候補生か。
驚愕と歓声が飛び交うアリーナで、ひたすらに火花を散らす一対の機影。ともにISの操縦に習熟する候補生、そのぶつかり合いはいやでも見るものを魅了する。
国家代表なればさらに高レベルの競り合いになるだろうが、しかしこれはまさしくISの戦闘であった。若輩とはいえ国の威信を背負って立つ候補生。この紫電こそが手本だと言わんばかりに、ふたりの対決は激化していく。
ビットが飛んだ。銃口が瞬いた。青いレーザーが残像をともなって網目のように。迸る気炎と裂帛の発露。
機体をひねる。刃がひるがえる。
「なんだ、今の」
◇
(これは……!)
──視界を揺らした不可視のショックに驚愕を覚えながら、けれどもセシリアの反撃は飛んだ。ビットによる操縦者の硬直につけ入った、下方向からの進撃。そこで相手はなにかをしたらしく、結果《ブルー・ティアーズ》のシールドエネルギーは減少している──そのダメージの原点たる機体へむかい、反撃へ駆けたのは二枚のビットだ。
ビシッ! と二線。けれどひかる光条を、球体装甲をPICで『軸』にして逆上がって躱す。直後に残り二枚のビットが逆さまで後方を向いた凰鈴音の顔面へと容赦なしに。直撃──!
「──にぃぃいい!」
したかに見えたが、それを無理矢理に首をかすめるに
そうしてちょうど逆上がり一回転で戻った終点で、遠心力を
セシリアは感心を抱きながらも、そのうしろ姿に追撃は忘れない。ここでトリガーを引くはレーザーライフル。射角がバラバラのビットを統制するより手元で確実に狙えるこれの方が断然に早い。
その判断が功をなしたのか、鈴音がビットに意識を割いていたのか、その追撃一閃が《
「っつ!」
顔を一瞬しかめて、なおと回避に移る鈴音──そこでようやくセシリアは先の『見えないなにか』についてのデータを検索した。思考するタイミングさえも選ばなければいけない。ISによる戦闘とは、そういうものだ。万全を期して思考する、それすらにもこだわるのは勝利への飢餓ゆえに。
(《
(あちゃー。もうちょい威力上げとくべきだったかなぁ)
──己が肩部に置く一対の球体に意識を向けながら、鈴音は先ほどの一撃に威力が不足していたと失敗顔。もちろんのことすでにセシリアに種は割れてしまっただろうし、ともすればますますのこと惜しいことをした気がしてくる。
──衝撃砲、《龍咆》。
それこそがセシリアに一撃与えた不可視の正体であった。
中国第三世代兵器《龍咆》。それは簡単に言えば『見えない射撃装備』だ。仕組みとしては空間をPICを利用して
シンプルということは、それだけ無駄がなくて完成されているということ。
空間を圧縮する、ということはすなわちPICの慣性制御で重力に干渉しているにほかならず、つまるところこれほどISらしい装備はない。現にこの《龍咆》、圧縮レベルを調整すれば小刻むマシンガンのような運用も、大威力の大砲のごとき使い方もできるという、高い汎用性を有している。さらに砲身を『作成』するという構造のため射角も無制限で、オマケに砲弾・砲身ともども不可視である。
(……まぁ器用貧乏っていったらその通りなんだけどねぇ)
しかしその多様性が凰鈴音という操縦者に噛み合うことによって、正直手前味噌な物言いだが、さまざまなバリエーションを出力できていると確信している。
とはいえ。
(それでも今のところは……あたしの劣勢、かしら)
そうした手数の多さを弄しても、ダメージ量で判断すれば、己こそが劣勢であった。その事実に、素直にセシリアの実力を認めるのと同時に、力いっぱい奥歯を噛み締めて止まらない。
まだだまだだ、まだ足りない。強さが足りない速度が足りない、すべてにおいて『早さ』が足りない。
駆け抜けるのだ、追いつきたいのだ。追いついたと胸を張ってぶつけてやりたいのだ。
あの頃のあたしとはもう違うから。
待ちたくないのだ、並びたいのだ。ゆえに織斑一夏と曲がりなりにも引き分けているこの女、篠ノ之箒が認めているこの女、それに劣るわけには断じていかないのだ。彼らは早くて速いから。
だから勝利を。早く早くなによりも。燃え盛って吹き出す気炎は、なんだまだまだ温度が上がる!
「──ぉぉおおおおおおおおッ!!」
湧き上がる情熱を咆哮して、不可視の弾丸を連射した──。
──見えない砲弾の連続射。透明の砲身、それを二門同時に展開させながら、さらに鈴音は接近してくる!
なるほど、ちまちました削り合いが好かないのか。三次立体な進路をとりながら、迫る機体からの照準にズレはまったくない。砲撃を行いながらの近接、しかも鋭角にえぐりとるようなマニューバを混ぜての鋭角軌道だ。一日二日で到達できるレベルじゃない、正真、高度な接敵技能。繰り返されるお得意のショートブースト、緩急鋭利なその航行に、けれど迎え討つは蒼の射手だ。
確かに射角が無制限でバリエーションに富む、それは実に厄介だろう。
しかしこと射撃において、セシリア・オルコットが劣るはずもなし!
迎撃四枚ビット、それらが行う精緻な一斉射が、自身へと向かう弾丸の先頭を撃ち落とした。
「なぁ!?」
その異様なさまに驚いて当然の快活少女だが、しかし考えれば簡単なこと。
PICを利用する射撃装備。それをそれこそISが感知できないはずがない。視覚的には無論のこと弾影を見ることはできないが、だけど弾丸が迫っていると検知さえできるなら、
(わたくしなら、落とせるッ!)
うぬぼれでも過信でも、慢心でなんて絶対ない。それをなせる実力があるのだと、疑いもなく自分は知っているのだと。
そうだわたくしは負けられない。速く速く、ただ速く。勝って勝利して証明せねばならないのだ。
セシリア・オルコットは強いから。誰よりも最速で輝く勝利の流星でありたいから。
歪み続ける空間と、吐き出され続ける不可視。連射性能を高めるためか、セシリアからしても威力は心元ないが、単純に圧倒する弾幕の絨毯攻撃。
全弾、撃墜。
「嘘──?!」
声が抑えられなかったか。すっとんきょう。不可視の砲弾雨を、それこそ視覚しているかのように打ち落とす目前は驚愕に
弾幕手を一切緩めたつもりはなく、だからそれが破られたのは紛れもないセシリア・オルコットの実力ということで──己のレンジまであと数歩という距離まで近接していたにもかかわらず驚愕を晒してしまった鈴音のこの刹那は、淑女の『妙手』を披露する場へとなり代わる。
刮目せよ、奔る蒼の流星を!
「《ストレイト・ブルー》──ッ!!」
その瞬間、ビットもライフルも投げ置いて、
──その武装、名を《ストレイト・ブルー》。先日、本国イギリスより送られてきた近接武装。蒼の刀身、歪みの欠片もない直刀。その形状はいってしまえば
そのレイピアを、
「はぁぁあああああああッ!!」
蒼の刀身、その機体。尾を引く金髪は鱗粉を模して、まるで流れ奔る流星に
ゆえに必殺、刹那の剣。BT兵器のデータ収集という、あわや破れば試験機運用の座を奪われかねない行為を犯してまでの超奇策。かつ未だこの学園において一度も晒していない
唸るスラスター、逸り飛ぶ心。突き出した青に勝利を求め、据える快活に必穿を。
ゆえにいざ知れ凰鈴音。セシリア・オルコットが有する勝利への飢餓感その深さ!
◇
けれど、その一撃が決まらなかったのは、同様に凰鈴音が多大なる
「……くっ!」
最高速の加速打突は、しかし鈴音のほほをかすめるに留まっていた。
否、目前にかざされた青龍刀に
程度で言えば一センチ、いいや一ミリにも満たない引っかき傷。しかしそれでも身体に直接剣が触れている、ということはシールドバリアー突破しているということにほかならない。が、それでも『絶対防御』を発動させる程度の驚異とは見なされなかったらしい。
凰鈴音とセシリア・オルコット。それでも互いに視線は切らず、近接しているがゆえにシールドバリアーが干渉して火花を散らしている。
「……やるじゃないオルコットさん。今のは
「……あらあらそれは困りますわ。
「それ、奥歯かみ締めて言うことなの?」
「一ミリもほほを引っ掻けなかったのは残念ですわ」
「よく回る舌ね、おしゃべり貴族」
「
石火の紫電に花咲く会話。ぎらりとした眼光は互いの瞳で結ばれて、触れ合う刃同様の火花を撒く。思わずごくりと、観客が唾を飲み込むには十分の緊張。
ドッドッド。その心拍音は、果たして彼女らふたりのものか自分のか。そんな曖昧を自覚するほどに、二人の挙動から目が離せない。魅了される。
(……オルコットさん)
その魅了された観客のひとり、サラ・ウェルキン。
彼女はほかの生徒とは別に、アリーナのピット内からその勇姿を観戦していた。誰よりも間近で、というわけでは残念ながらなく、サラがこうしてピットにいるのは、彼女が直前までセシリアの機体整備を補助していたためだ。
その表情、不安気。
なんともいえぬ、まさに不安といってしかるべき顔でその試合を注視していた。
手づから整備した機体が心配で、というのもあるだろう。しかしそれ以上に、近接装備を展開した一撃を受け流されたことに、素直な魅了と不安を感じていたのだ。
そも、なぜセシリアは近接装備を新調したのか。
(……あなたは近接戦こそ得意なのかしら)
単純、もともとセシリアは近接格闘の適正が高かったからにほかならない。
今でこそ《ブルー・ティアーズ》という中距離・遠距離主眼のBT実証機に乗ってはいるが、近接戦を主軸における程度には剣の心得があったのだ。つまり、彼女が剣を使うことは妙手でも奇襲でもなく、単にバリエーションのひとつでしかないということ。
本人
だから不安。
BT装備を駆使せず、ブレードで戦うのであれば。それは企業にとって芳しくないことである。無論それで勝ってしまうのなら候補生としてはよいだろう。けれど、果たして企業としては納得するのか? ……いやいいや。それも杞憂だろうか。
それでも彼女は勝つだろうから。
たとえ、万が一に考えすぎでのたとえ、BTのテストパイロットとしての地位をなくしたとしても、セシリア・オルコットは勝つに違いないだろうから。
だから、もっと魅了してくれ。優雅可憐、駆け抜けて欲しい……などというライバルに向けるにはいささか恥ずかしいこの気持ちは、なんだつまり簡単だ。
「やっぱ私、貴女のファンみたい」
自分が候補生を辞めるなんてことはもちろんないが、そう思う応援の心は本物だった。
また、別の場所からひとり。
「……すごい」
素直に、そう感嘆の声が漏れた。
一人。サラがいるピットとは正逆のピット、そこで彼女はセシリアと鈴音の試合模様を食い入るように見つめていた。
彼女、更識簪。
一年四組の代表にして、八クラスに四人しかいない専用機持ちがひとり。日本の候補生である彼女がなんの形容も用いずにただ、その感想を口にしていた。
クラス対抗戦の二試合目。簪の試合は次であるため、こうしてピットにて試合前の最終チェックを行っていたのだが、その手を思わず止めてしまうほどに、現在進行形で展開する試合はすさまじかった。
セシリア・オルコットと凰鈴音。ともに自身と同じ候補生という役柄のふたり。そこに広がる光景は、確かに己が胸の内を叩いている。
出し惜しみもなく、見くびることもなく。全力を賭けて、全血を賭して、ひたすらに勝利の頂きに邁進する二機の閃光。試合に参加していない観客すら魅了する剣戟乱舞に、しからば同種の役職につく彼女の目にはいかように映るのか。
「すごい」
その繰り返し。語彙の貧弱さを恥じ入ることなく、それを再度震わせてしまう。セシリアの優雅とさえ称せる──決して意図して実践しているわけではないだろう──技巧の数々に、それでもなおと食らいつく鈴音の鋭利な果敢さに、絶賛の言葉が
しかし、彼女が特に惹きつけられるのは鈴音だった。
(織斑君の……幼馴染み)
一夏の幼馴染みだということは、いくら面識のない簪とて耳にしており、だからそれが引っかかって離れない。離れず忘れず、今もこうしてそれを知ったうえで観戦しているから……だから、彼女の心情がよくわかる。
あれは、
追いつきたいと、並びたいと。守られるだけではないのだからと。
冷静に見てもいま一歩セシリアに遅れる鈴音が、なおと彼女に抗することができるのは、きっとそこにかける情熱が人並み外れているからに相違ないはずで。勝利に対するセシリアの姿勢を『俯瞰』して、それでも
観客を多大に魅せるセシリアをして、簪は鈴音の熱意にこそ確信をしていた。
そう、そうなのだ。織斑一夏を知っているなら、彼にどうしても思うことがあるのならば、どうしても『そう』なってしまうのだ。
(だから……がんばって)
そうやって厚かましくも同族の応援をする心に、偽りなんておこがましくて。
──無意識に奥歯を噛み締めて不快感をあらわにする様相を、彼女自身すら気づかなかった。
◇
衝撃砲とビットによるレーザーの応酬はすでに数一〇の回数を超えて、とうとう三桁の大台を突破していた。
レイピア吶喊からの弾けるような仕切りなおし。相対距離を離しながらもレーザーと砲弾で牽制を続け、それを回避するたびに互いの機体がスライドする。その速度は秒を経て瞬く間と高速になり、いうなれば訓練マニューバのひとつである
あくまでような、けれどその応戦はそれを想起させる超速の
しかしもちろん、両者決め手に欠いているわけじゃない。
不可視弾と青線、竜巻のように視界が回るロンドのなかで、確かに必殺のカードを握っていた。
ゆえに、それをしかるべきときにしかるべき形で開くのみ。
そのなか、セシリアが機体を停止させビットの操作へと集中の焦点を移行させた。
勝利へと繋る、しかるべきときを掴みとるために。
擬似
空間の歪みとは、すなわち重力にほかならない。
極大の質量が存在することによってゴムのようにたるむ空間、その伸び。それを三メートルにも満たない極小の機体で実現できるは、一重にPICによるもの。慣性=万有引力、重力。それを攻撃として利用するのは、なるほど、ISならではの単一機構だ。
ゆえ、敵の機体が空間を歪めていることを検知するなど、ISであるならば容易いとは先にもいった通り。だから。
(……来る!)
投影ディスプレイに表示されるさまざまな環境情報。めまぐるしく数値を変えるパラメーターのなかで、特筆してエネルギー量を増していくは空間の歪み。それに、なにかをしてくるとの確信をセシリアは抱く。回避の最中、秒ごとに上増していくエネルギーは、つまるところ反撃へのカウントダウンか。
セシリアは四基のブルー・ティアーズに意識を向けながらも、その挙動からは視線を切らない。ビットが放つ四条の蒼閃、それが多角的に、ときには驚くほど単純の一手を混ぜ込んでその機動を制限し、己が『必殺』を解放する瞬間を作り出そうとする。すでに第六感域で操ることのできるビット達、『見る』や『触る』なんてものを介さず、自分の意思で空間を踊る。そのありさまは、まさしく踊っていると観客に抱かせるだろうか。
しかし、それをもってして未だ空間を裂くように走る
曲線のように回る機動のセシリアとは対称的、鈴音は強引とさえいえる挙動でもって、刺し迫る青い光条を躱していく。技能が足りないとか機体トラブルなどではなく、そういうスタンスなのだ。それこそ空間を弾き穿つがごとくに跳ね回る。
(……
その裏側、《甲龍》が空間圧縮を完了したと伝えてきた。衝撃砲、その最大威力。それが文字通り己の双肩に宿っている。今鈴音が持ち得る二番目の最大威力──その一番目、それはすでに手のなかにて完了している。
探るようなビットの射撃、明らかにこちらの一手を読んでの行動だろう。やはり空間圧縮なんて、相手に感知されやすい。ISの特権たるPIC、それに疎い操縦者などいるはずない、筒抜けるのは当然だろう。だから。
この『奥の手』の、カモフラージュは完璧だ。
一見すればセシリア優勢鈴音劣勢の構図であるが、事実、ともに必殺を秘める必至の状態。必殺足るカードを山札より掴み寄せた大終盤。
しからば、この均衡が崩れたときにこそ。
その刹那、
決着が訪れるということにほかならない。
そうして現れたは八枚のビット。一夏との決闘で見せた妙手、その再現。初見である鈴音にとっては堪ったものじゃないか、四から八への倍増だ。単純に倍増す攻撃手、その全切っ先が鈴音へと殺到する。狙うは八本、全閃精緻!
しかし、だが。
(────待ってたぁああああッ!!)
その妙手こそ彼女が待ち望んでいた不確定要素。
すでに一夏との一戦を観戦していた鈴音にとってそんなものは既知の範疇。どころかまさに必殺の時。この瞬間こそ我が勝利への起因なり。
その転瞬、
(……なッ?!)
セシリアの内心驚愕、しかし鈴音は止まらない。大威力をみすみす手放すという奇行に驚愕する英国淑女を置き捨てて、刺殼の少女が口角を釣り上げた。
その
言うまでもない。圧縮されていた空間が、戻る。
と、なれば。
(いっ……けぇええええッ!!)
突如と膨張する背後の空間に、機体が押し出されて当然!
──
《衝撃砲》の許容限界までの出力を溜め込んでいた圧縮の開放、それがたたき出す速度は
対して未だに驚愕を終えていない英国淑女。停止する八基のビット。その思考は一瞬とはいえ空白を生み、そしてそれはことISの戦闘においては致命を意味するに相違なく、
【────
(待っ、て、ま、し、た、わ、ぁぁああああッ!!)
その石火、表示されるその一文とともに、セシリアの周囲に
これこそがセシリアの奥の手、必殺のカード。
驚愕による思考の空白。それは戦闘行為において古今東西、即敗北へと繋る忌むべき失点だ。考えられないのでは、対応しようがない。考える生物である人間にとって、それほど愚かなものはない。が、しかし。それを理解していてもなお、それを淘汰するのは容易ではない。そういった驚愕に即応するのは一朝一夕でなし得る所業では無論なく、それこそ度重なる修羅場・戦闘経験によってのみ少しずつ対応ができていくものだ。
セシリアとてそれは弁えている。どころかそれゆえに一夏に引き分けたとさえいってもよい。それに置く重点は人並みを外れる、けれど簡単には改善できない。ならばどうするか?
簡単、だったら利用すればいい。
だから彼女は事前にあるプログラムを施していた。
遠隔操作ゆえに常に意識が向けられているビット──もしもそこから不自然に思考が外れた場合、とあるイメージデータを転送すると。イメージデータ、つまりは武装展開の際の電気信号。
ISの武装展開には強固なイメージが必須である。それを無理矢理に植え付けるプログラム。
己が『絶対に驚愕して思考が止まる』と信頼し、それをトリガーとして指定していたのだ。
そうして現れるは二四基ものブルー・ティアーズ、絶対迎撃防御機構。
(なぁッ?!)
加速する焦点に現れるその砲門に、多さに、しかし鈴音は認識できども即座に進路を変更することはできない。我前にて瞬く間にその凶牙をギラつかせた
ならば、どうする。
(当然、突き進むだけじゃないのッ!!)
それを認識した鈴音は、あろうことか、
そうだ、もとよりここは必殺の領域。だったらいまさら臆するなんて場違いはなはだしく、淘汰し乗り越えれば問題ない!
そう。このスラスターとの併用こそが
跳ね上がる速度。音速などはるか後方。未だ握る『奥の手』は健在ゆえに、進む意思に
負けるわけにはいかないのだ。負けるなんてあり得ないのだ。追いつきたい、追いすがりたい。放っておけば三段飛ばしで爆走するそのうしろ姿に、どうしようもなく焦がれているのだから。
けれどそれはセシリアも同じく、破裂しそうになる脳みそから雷火の選択を実現させる。
(っ、っ、──ッ!!)
いくら展開がゼロタイムとはいえ、その標準までは自動とはいかない。
最後の照準、マインド・インターフェースはその意識を引き金としなければ起動しない。
断裂するような毛細血管。いくら立体起動をしない、標準を合わせるだけという単純動作だろうが、二四という大量を同一の点に向けるのは至難の業。体の内側が悲鳴を上げて、しかし噛み締める奥歯が前方へと視線を飛ばす。
負けられない、負けたくない。誰よりも速く気高く勝利に手をかけるためには、こんな脳みそがイカれる程度の苦痛、そよ風にも劣る低速微風だ。
幕引きの予感。
ふたりの情熱が炸裂し、しからば行き着く先など決着をおいてほかになく。
迸る勝利への熱情を張り裂けんばかりで放出して、互いの必殺を確信した。
「────
そうしてセシリアが照準を決定し、
「────インパクトォォオオオオオオオオッッ!!!!」
そうして鈴音が腕部を振りかぶり、
「────、」
「────ッ」
「……あら、織斑さん? 篠ノ之さん?」
それを疑問に思った四十院神楽が言葉をかけた直後。
超重低音の爆音を引き連れて、それはアリーナに現れた。
クラスが八クラスあったりしますが、これはアニメのトーナメント表に準拠しています。