ES〈エンドレス・ストラトス〉   作:KiLa

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第一四話【射干無貌(下)】

 ES_015_射干無貌(下)

 

 

 

 ドドン! と、さした軌道修正もなく目標へと着弾した二発のミサイル。

 炸裂する爆炎に、その間隙を(のが)すまじと不可視の砲弾が乱れ落ちる。空間の弾ける振動音。もうと広がる先の爆煙を押しのけて、速射重視の砲撃が命中した。

 速やかなるコンビネーション。つい今しがた刃を突き合わせていたはずのセシリアと鈴音は、旧知の仲であるかのようにするりとした呼吸で連携を成していた。お互いがお互いの射線をかいくぐり、かつ攻撃のタイミングは息も吐かせぬ交互の射撃。翻弄すると、世辞もなくいえる合わせ撃ち。

 緊急事態にもかかわらず即興でここまでの練度を誇れるなど、それはさすがの候補生といったところか。というのがきっとこのさまを観戦した場合の感想かもしれないが、しかしそんな成果にまったくの比例をせず、ふたりの表情は芳しくなかった。

 いや、マイナスに向かって比例はしているのかもしれない。

 

「その、凰さん。これは、さすがに……」

「……言いたいことはわかるわよ。あたしだってそう思うもの」

 

 セシリアのミサイル、鈴音の《龍咆》。最大威力でないものの当然に高い威力を有するそれがヒットし、そして標的たる敵機の黒ISは爆炎に沈んでいる。すでにミサイル以外にもレーザーや《双天牙月》によって幾度となくダメージを与え、その果ての着弾……どう考えてもこちらが優勢の現状況。さらには機体ダメージもゼロで、これは勝負が見えているといっても過言ではない。

 ないはずなのに、どうして胸に迫るは違和感だけか。

 そう、違和感だ。

 だってなにせ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「…………」

「…………」

 

 試合ではなく、まさに実戦の現状。雷火を振りまいて紫電を翻すかという(いくさ)()の灼熱は、しかしこうしてふたりが沈黙する時間をとれる程度に凪いでいる。

 おかしいだろ、おかしいだろう。来襲した上に自ら無人機だととの機密を明かし、やれ開戦だと己から幕を切っておいて……いってはなんだが、この(てい)たらく。それは手応えがないことこそ歓迎すべきで、相手がそれだけ取るに足らないのであれば御するのも容易。その分アリーナの安全だって確保できる。いいことづくめ。

 が、さすがにこうまであっさりと、それもワンサイドで終わってしまうなど、不気味でなくてなんという。

 もうもうの砂煙が晴れていく。その向こうに熱源反応。敵機は未だ着弾から立ち直れていないらしい。反撃の様子はうかがえない。

 自機の状態を確認する。《ブルー・ティアーズ》《甲龍》とも装甲に損傷は皆無。武装に欠損・破損はなし。シールドエネルギーはおおよそ200ポイント──しかしこの数値はあくまで『競技用リミッター下』におけるもの。そもそものエネルギー総量はともに『10000』。よって現状、両機は9000以上の余地がある。かつ駆動系等のエネルギーも同様、総量としては問題にあらじ。

 ──以上を踏まえた上でなお楽観視するなというのは、慇懃なセシリアからしても勇猛な鈴音からしても、まんざら否定できないことでもない。

 よって。

 

「まぁ気が早いって言われたらそうなんだけどねー」

「未確認機体である以上、敵機のシールドバリアーは開示されませんが……しかしながら、勝負ありだと、僭越に申させていただきますわ」

 

 警戒心は緩めてこそはいないが、ここに勝利と相成った。

 

「とりあえず、どうするオルコットさん? 拘束する、ったってそんな装備《甲龍》にはなにわよ?」

(じき)に先生方がやってくるでしょうから、それまで監視に務めるのが得策かと」

「オーケー、異論ないわよ。……にしても、ほーんと呆気なかったわね」

「ええ。それに、始まって一〇分も経っていませんしね」

 

 相手が弱かったのか、それとも自分達が強かったのか。その審議は無明のなかだが、それを制したには変わりない。

 そうした事実を遅ればせながら認識して、弦の精神の上で少しばかりの笑みがこぼれる。

 

 

 

 

 

 ▼

 

【──性格(フェイス)を再開──】

【──性格(フェイス)タイプ《Border-Line》を確認──】

【──当性格(フェイス)における内容を確認する...駆動目的一件有り──】

【──上記駆動目的に関わる蓄積を発見...『戦闘能力の収集』確認。集計──】

【──想定範囲圏内における標準値を獲得...規定値と認定──】

【──よって当状況に従事する性格(フェイス)の移行を承認──】

【──なお当該の標準仕様(デフォルト)パッケージの更新は不要──】

【──以後、駆動目的より存在目的への呼称を統一...駆動目的以上一件──】

【──存在目的一件有り...性格(フェイス)タイプ《Dulla-Fan》、再起動(リ・ブート)──】

 

 ▼

 

 

 

 

 

 ────よって勝利(きっぷ)を手にした彼女達は、なんのひねりもなく順当に、次の戦場へ招かれた。

 

 

 

 

 

「「ッ────!」」

 

 卒然、脈絡なく黒い痩躯が起き上がる、と視認するよりも彼女達は速かった。

 ゆらりと()()()()()()()()()()()()ともなって黒影が起立し、直後に有無を言わさず一斉射。セシリアと鈴音の大砲撃が降り注いだ。

 それこそなにが起こるかわからないのが実戦であり、そうした事態を知っているからこそ緊張の糸だけは切らなかった。だからこそ迅速の反応で空を走る蒼線と不可視弾に狙いのズレなどあり得ない。

 まだ動けるのかとの若干の驚きがありはしたが、すでに次戦に臨む用意はできている──!

 

 しゅらりと。

 

 それは、きっとそんな風に()()()()()()

 

「えっ!?」

「これは!?」

 

 不自然なまでに自然的な挙動。最速で機先を制しただろうふたりの射撃は、けれど先とは打って変わって空を切り、そのまま地面をえぐる。回避された。

 その事実に口を突いたのは驚愕で、いいや本来なら躱されるというのはありえない話ではないし、むしろ避けられることにいちいちと驚くなんて驕りの固まった傲慢だ。が、その直前までの敵機を思ってみれば、実にまっとうな反応なのは明白で。

 

「くっ──!」

 

 だがぞれを驚きという空白では終わらせない。第二弾のセシリア、狙うは途端にと躍り出たブルー・ティアーズの四連撃。先刻の八枚撃ちは格納済みゆえ、放たれるのは常時展開のビット達。

 

【────】

 

 その鋭意四線、ふわりと躱されたのはセシリアに驚愕が混入していたせいなのか。

 蒼の閃光は、まるで軽やかに跳ねる小鳥を連想させたバックステップにいなされる。からの高速飛翔。そのワンステップを初速とし、たとえるなら棒高跳びの選手が跳躍直前にみせる飛び込みを使い、滑らかに加速する。

 無論のこと、その端々に人間臭さをまとわせて。

 

「ああもうなんなのよ急にっ!」

 

 黒影は飛び下がりからの急上昇、を経て機体をひねり正面へ反転。この場合の正面、つまりセシリアと鈴音の方向。

 フルフェイスゆえに正しい表現ではないだろうが……その目と、視線が重なった気がした。

 それにえも言えぬ不気味さを感じて鈴音は吠えた。戸惑いと驚愕を押し出す勢いの声帯発露、無理矢理に気炎をたぎらせて、迫る黒影に《龍咆》が唸る。不可視衝撃弾の連続砲火──。

 ズガガガガッ! と、実弾の速射音が空気を裂く。

 その音源は敵機右手の黒長銃──左右でビームと実弾との仕様が違うのか、などとの冷静な判断は絶え。

 放たれるアサルトライフルばりの連射が、不可視の衝撃弾を打ち抜いた。

 

「はあぁ?!」

 

 衝撃砲の砲弾は衝撃の塊だ。ゆえ、外部のなにかしらに触れれば容易に炸裂する。よって実弾に射抜かれることによって相殺されるのはあり得ないことではないが、これはそういった話ではない。

 ついさっき。さっきまで敵は一回も避けなかった。どころかそれこそ無機質な、内蔵に歯車でも使ってるんじゃないかいう機械的な機動だった。つたないとも味気ないともつかない挙動だった。それが。

 

「──ぁんで打ち落とせんのよーーーーッ!」

 

 叫ぶ。敵は迫る。ゆえに砲撃()を止めずに機体を後退させるが、敵機のほうが速い。すかさずセシリアのフォロー、敵機軌道を阻害する多角的なビット展開。

 途端に閃光は瞬き、絡む四線が飛翔を邪魔した。けれどやはりこともなげに──こともなげとはたから感じとれる程度の生々しさでそのレーザーをかいくぐる。

 英国淑女の手助けにより逃げおおせた鈴音も黙ってはいない。再び衝撃砲へと意識をむけて、マシンガンがごとき衝撃砲を連射する。

 先よりもさらに密度の濃い二重連射。かつ性質の違う弾丸が入り乱れる重複弾幕。いやらしいほどに徹底した二重奏だ。

 

【────】

 

 それに、返って人間味がなくなる能面で敵は応えた。

 ドドドドッ! としたマズルフラッシュは右腕の長銃より。その弾丸が、蒼線の合間を縫って衝撃弾を打ち抜いていく。恐らくレーザーの間隙に衝撃砲を撃ってくると進路を読んで撃墜したのだろう、瞠目すべきことだがまだわかる理屈。レーザーは『線』だ、ゆえに軌跡が残る。ならばそれに干渉しないよう砲弾を放つしかなく、となればそんなの相手に読まれること必定だ。

 しかしそも、そんな衝撃砲が物体に触れて炸裂したとなれば、その周囲を走るレーザーはどうなってしまうのか?

 レーザーの周囲で衝撃が弾ける。だったら当然、軌道が乱れる。

 

「またッ!」

 

 鈴音が忌々しげに言い放つが、いいやまだだ、まだそれだけではない。

 乱れたレーザーの(あいだ)に機体を割り込ませて無理矢理に避ければ、どころか乱れる前のレーザー軌道をなぞって左長銃のビームを撃ち放った。

 軌道をなぞるとなれば、その先にいるのは閃光のもとであるビット達で。

 

「ッ──!」

 

 それに迅速で反応したセシリアは驚嘆に値した。ビットに迫るビーム四弾、子機をわずかにスラストさせるという離れ技で見事に退ける。よもやビットそのものを潰しにきた強手。

 とはいえ、まだ終わらない。

 そうして今まで行動を制限していたビットが乱れたのだから、敵が黙っているはずがない。

 

【────】

 

 その刹那にたちまちと加速し、弾幕のむこう、射手であるふたりへと殺到する!

 そのどれもこれにも、ナマの色味を纏わせて。

 ──なんだこれは。なんだなんだなんなのだ?

 いったいなにがどうなって、どうしてこうも人間臭い!?

 

(まさか無人機だということ自体が演技? いいえ、違う。そんな合理的な、理路整然と整ったものでは──!)

(ホントもう気色悪いったらない! なにこれ悪霊でも憑依してんじゃないの──!)

 

 起き上がるや奇妙な機動を始めた黒の敵に、それでもとふたりの砲撃は途切れない。思考はひたすら疑問で混んでいるが、これを制しなければいけないという第一目的は忘れてなどいない。

 だってなにせ少なくとも、こうして再起動した敵は、代表候補と剣を交えられるほどには機動が()()()。……そう感じてしまうということは、それだけ人間味あふれるということにほかならない。

 が、それに比例して生徒に危害がおよぶ率が増したことも事実。ならばこんな疑問ごとき。

 

「ザァァイッ!」

 

 にじり潰して、刃をとれ。

 気合一刀、鈴音が青龍刀を横薙ぎにする。レーザーの網をこと細やかなスラスターの噴射で躱していたその合間。まさに方向転換のためにブーストするその直前。その硬直に突撃する。

 いくらPICでも慣性が反転するまでほんのゼロコンマほどの停止がある。別方向に加速しようというのだから当然の理屈、それを差し引いてもコンマ数秒でことをなせるISは恐ろしいわけだが、ともかく。

 物理事象である以上逃れえぬその一瞬を、捕えた。

 衝撃砲もビットすらも意に介さない『実力』であるが、それはなにもこちらが劣っているという証左ではないのだから!

 唸る剣閃、銀の瞬き。大質量の加速剣戟がその首へと奔り、

 直後に、()()()()()

 

 

 

(────うしろ)

 

 

 

 しかしその転瞬に、()()()()()()()()()()()()鈴音はさすがだった。

 反射だった。

 どこぞのまんがだかで『視界から消えた敵が即座に自分の真後ろを取る』、なんて展開はよく目にするだろう。ISにもそれに似たようなマニューバがあり、原理としてはショートブーストないし瞬時加速(イグニッション・ブースト)で瞬時に敵の視界の外へと機体をずらし──ハイパーセンサーにおいては全方位視覚することが可能だが、実際はある一点しか集中して認識できないため『視野の外』に出ることは可能──直後に折り返して敵の真うしろに出る。つまり二連続のブーストである。その機動がアルファベットの『V』のように見えることから、V字噴射(スラスト)などと呼ばれているマニューバだ。

 それを鈴音が存知であったことにも由来するかもしれないが、しかし少なくとも鈴音は神速をもってして、己が意識を真うしろにむけたのだった。

 

 そこに、()()()()()()()()()()()

 

 

 

(……え?)

 

 

 

 直後、自身の()()()()()()()()()()()()()()

 振り返ったはずの鈴音のさらにその背後に、敵機は出現していたのだ。

 その一連をほかの第三者が観ていたならこう写ったはず。

 まず黒の機体が高速で鈴音の真下に機体を移動させる。

 それに気づいた鈴音がうしろをむく。

 その直後にさらにうしろへと機体を滑らせる。

 つまり簡潔にいえば、敵は元の場所へと戻ったにすぎず、敵からしてみれば相手が(おの)ずから背後を取らせてくれたようにしか見えない。

 まさに瞠目。V字噴射(スラスト)というよりはまさしくI字噴射(スラスト)。ISを習熟し始めたがゆえの機敏さを逆手にとった超絶妙手。

 そしてまんまと背後を取った黒の機体、その両手に握る長銃が先端銃剣(バヨネット)。弾丸の仕様に倣い右は実剣、左はビームバヨネット──その刃が交差した。

 まさに必至、凶刃が降りかかる──そんな、窮地であるにもかかわらず。

 鈴音の胸の内を満たしていたのは驚愕だった。

 しかしそれは自身の背後を取られた驚愕ではなく。

 

 

 

(待ってよなんで、その機動(マニューバ)は玲ね────)

 

 

 

 

 

「────ォォオオオオオオオオッ!! 零落白夜ッッ!!!!!!」

 

 

 

 

 

 途端に鈴音と敵機との(あいだ)に割り込んだ白い影が、そんな思考を漂白した。

 

 

 ◆

 

 

 怒号一閃、俺は敵機の直上から瞬時加速(イグニッション・ブースト)をもってして吶喊した。

 箒に連れられて外に出た直後、俺は瞬時に《白式》を展開して飛翔。アリーナの直上にでると、そこを覆うシールドを切り裂いて侵入した。

 そう、アリーナのシールドはISのものと同じ仕様。つまり《零落白夜》で切り落とせぬ道理など、微塵の一片ありはしない。

 突破が同時の瞬時加速(イグニッション・ブースト)。振り下ろすは零落白夜。

 あまねく一切とを消滅せしめる究極の再現を右手に握り、いま眼窩に据えるは(おん)(てき)なりし。俺の『それ』を毀損させるその矮躯、黒影目がけて疾翔する!

 

 

 

「────ォォオオオオオオオオッ!! 零落白夜ッッ!!!!!!」

 

 

 

 ゾッ、と。

 わりかしあっけない音を立てて、《雪片》が敵の両腕を分断した。

 

「一夏さん!?」

 

 切り抜ける過ぎる背中に驚愕の(おん)(じょう)、ああその声はセシリアか。とりあえず鈴はなんだか驚いたまんまだけど──けれどあいにく答える暇がないんだよ。

 だってなにせこの現在、我が身は『それ』をなすためだけの単細胞。両腕を落としたくらいで、敵が止まるはずなんてあり得ないと確信してしまっているから。

 

(ォォオオッ!)

 

 途端に後方への瞬時加速(イグニッション・ブースト)、真反対の極大負荷なんて噛み締めたすまし顔でやり過ごして、石火でもって再びと、敵機の頭上に躍り出る。

 しからば振り下ろす刃は再度上段。

 腕がなくなったショックかで硬直しているのかは知らんが、とかくお前は邪魔なんだ。うるさく邪魔で目障りで、俺は著しく許せないから。お前はみんなを傷つけるから。

 だから落ちろよ、零落しろ。

 

「がああああああああぁぁッ!!」

 

 二連続で上段振り下ろしを行使する矛盾を唸る筋繊維でごまかして、近接最大級の火力をくれてやった。

 

【────】

 

 飛びゆく黒の弾丸、手応えあり。クリーンヒットした敵ISが猛烈なスピードで地面に叩きつけられる。激突、幾度目とかわからない砂煙を上げて、黒の機体が沈黙した。

 

「よし」

「『よし』、ではありませんわ一夏さん。いったいどうやってここに? いいえ、第一どうしてここにいるんですの?」

「ん、ああ、それはあれだよ。アリーナのシールドを《零落白夜》で切り裂いて、だよ」

「……まったく、呆れを超えてもはや感心してしまいますわ」

「それはどうも。とにかくあれが敵だよな?」

「はぁ……なにも知らずに攻撃したと?」

「いや、鈴に攻撃してたから言わなくてもわかるけどさ、ってそうだよ鈴! 大丈夫か?」

「まぁうん。おかげさまで」

 

 空中に会する三機。

 呆れを全面で体現するセシリアの反応は、まぁ俺がいきなりやってくれば誰だって似たような顔になるだろう。無茶だ無謀だなどとはばかるつもりは毛頭ないが、呆れさせてることくらいの自覚はある。けれど軽口がたたけているを察するに、なんだかんだと俺の増援はいらなかったかもしれない。しかしだが、それはセシリアを見ればの感想で。

 もう一方の鈴は、どことなく上の空でやってきた。

 

「鈴? どうかしたのか?」

「……え?」

「いや、だからさ。怪我ないか、って」

「あ、ああうん。平気よへーき。助かったわ」

 

 なんだろう、鈴のようすがおかしかった。口では無事だと伝えるが、やはりなにかあったのか。確かにこうして外から見るぶんには負傷しているとは思えないし、装甲などに関しても目立った損失は見受けられない。怪我はしてない、じゃあなんで?

 いや、あのとき。俺がシールドを破って現れたあのとき、そういえば鈴は迫ってくる敵を前にして、なんの反応もしてなかったか? それこそ呆然と機体を止めて、なにやら疑問に思考を割いているような……。

 

「……なぁセシリア。鈴はどうしたんだ?」

「……こちらが聞きたいですわ。先ほどまでは天真爛漫と元気いっぱいでしたが」

「天真って、あんまり子供あつかいしてやるなよ」

「転入初日に頭撫でている方に言われましてもね」

「ちょっとそこ、なーにこそこそ話してんのよ」

「現状確認だよ。そういうのはセシリアのが適任だろ?」

「なによ。まるであたしがガサツみたいな口ぶりじゃない」

「わたくしから見てもおしとやかではありませんが」

「俺の目から見ても、なぁ?」

「なんですってっ!?」

 

 変な剣幕の鈴をいなしつつセシリアに確認するが、うん。やっぱり直前まではなんの変わりもなかったようだ。とすればやっぱり敵になにかされたってことになるんだろうが──しかたなし。思考を閉じる。

 なにがあったのかなにかされたのか、そんなのぽっと現れた俺程度じゃどうにもわからない。理解に対する努力を捨てるわけじゃないけれど、しかし今はそれよりも優先しなければいけないことがあって。

 

「ともあれ、先ほどの一夏さんの一刀で倒れたのでしょうか?」

「少なくとも外してはいないよ。今だって落ちたときのまんま動いてないし」

 

 まぁ動けたとしても腕は落とした。動けたとしても火力は大幅減のはず。()()()()()()()()()()()()両手を切断したことになんの後悔もないが、できることなら足も壊しておけばよかったろうか?

 

「どうする? 衝撃砲でも撃っといてみる? 砂じゃあレーザーも減退するでしょ?」

「砂塵が舞っている(あいだ)は光学兵器には厳しいですが……いえ、やはり様子見が打倒ではないでしょうか?」

「確かに、この距離ならなにかされても対応しやすいな」

「つってもねぇ。さっきそれで痛い目みてるし。また起き上がるんじゃない?」

「また?」

「ええ。実は先ほど、一度沈黙した敵機が再び起き上がったんです……機能の停止を確認していませんから信憑性に欠けますが、けれどそれでも言わせてもらえばあの瞬間、確かに敵は止まっていたはずです」

「それはあたしも同意見。さすがに演技だったとは思えないわよ」

「なんだよそりゃ。不死身かよ」

 

 直前のことを知らないが、つまりなんだ、あいつはなぜか止まらないのか? 機能停止しても動き続けるIS……単にエネルギーが切れていなかっただとか、あるいはやっぱり勘違いだったとか。それとももっと別のなにかか。……無人機だと考えるなら、それこそリアルタイムで破損箇所を換装しているとかか?

 なるほど、すべてが血の通わぬ機械ならではの不死身機構か──と。

 その俺の、『不死身』という言葉に反応したのだろうか。

 

 

 

 

 

『なんだ。やっとおまえが来たのか、一夏』

 

 

 

 

 

 開放回線(オープン・チャネル)で届いた女の声は、やけに沈んだ静かなもので。

 

 

『だったら代われよそら「()(ぼう)」。ここから先は私がやる』

【────、】

 

 

 ジャガッ、と。無理矢理と断絶するノイズめいて、敵機の中身が変わっていく。代わっていく。なにかとてつもなく冷たくて熱いものが、無人機の内側を塗りつぶしていく錯覚。

 なんだ。なんだなんだこれはいったいなんなんだ? ──いやわかる。判るのだ。あれの中身がなにかに変わっていくことはどうしてだか知覚できるのだ。でもそこじゃない。そうではない。

 問題は、代わったあと。代わったあとがどうにもヤバい。

 これは、マズい。

 セシリアが困惑している。鈴が目を見開いている。未知の不条理が迫っている。

 そうしてとうとう、絶句するしかない俺達の視線の先で。

 

 

 

 

 

『────終わり良ければ、全て良し』

 

 

 

 

 

 それは、静かなままに爆轟した。


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