ES_003_接続工程、存在提起
存外一週間というものは短いもので、いうなればそれこそ瞬く間に、なんていうほど時間の経過が早く感じることはないわけなんだよ、実際。覚えることもやることも多すぎだよIS学園。
実に濃密なここ数日。それに見合う疲労がしっかりと体に蓄積されてる。オマケに土曜日の午前中も授業ときた……いやまぁ進学校とかは土曜日に授業やってたりするらしいけど、というか一昔前は小学校ですら土曜日登校だったらしいけど。でもやはり小中と週休二日が当たり前となっている俺の世代にとっては、やはりなんだか納得いかない。それが日本の学力低下に一役買っている、という話も聞きますけどさ。だけど休みが多いに越したことないと思うんだ。そんな本日は月曜日。
なんだかんだと、月曜日。
IS学園に入学してから一週間。四月一二日、オルコットとの決闘当日である。
それにしてもこの数日は本当にすさまじかった。正確には、箒との特訓が、である。
さっきもいったが、授業はそれはもう大変だった。しかしそれよりも、放課後に行われる箒さんとの特訓の方が、比べるべくもないほどに大変だったといっていい。
授業が終わったらすぐさま道場、即行で剣道。それも道場の使用時間を延長してひたすらに、だ。しかしそれで終わりじゃない。部屋に戻ったならば、今度は映像資料による勉強である。映像、ってのは過去のISの試合のである。動画共有サイトとかにもあるし、学園側からも資料として貸出している……第一それに、俺は自前のがある。中学時代に友人、御手洗数馬からもらったものだ。あいつ、ネットとかパソコンに詳しいんだよな。そんな数馬のことはさておき、ともあれ可能なかぎり、ISについて勉強したわけだ。
とりわけ昨日は酷かった。決闘前日である日曜日、週六で学校のあるここでは貴重な休日。もちろん丸々一日特訓に費やしましたよ? ちなみに昨日は朝から晩まで剣道し続けた。それだけならまだ許せよう。
でもなんだよアレ。『私から一〇〇〇本取るまで続ける』だって?
ふざけんなよ! 一本あたり一分で終わらせたとしても一六時間以上かかるじゃねぇか! なかば俺からお願いしたこととはいえ、さすがにこいつは無理ってもんですよ。馬鹿げてる。
……と言いつつも、なんだかんだ挑戦してしまうのが織斑一夏でありまして。いや、『臨むところだ!』とか意気込んでた俺もおりますが……なんにしたって、やれることはやるべきなのだ。筋肉痛にならなくてよかった。ちなみ結果は二〇〇本も取ってないだろう。ほんっと、箒は強い女の子だよ。
「こいつが《打鉄》か」
「なんだ、《ラファール・リヴァイヴ》の方がよかったか?」
「まさか。銃器なんていきなり使いこなせるはずないよ。近接特化のコイツがちょうどいい」
そして時間帯はすでに放課後。空はまだ青いが、じきに夕暮れを迎えるだろう。
俺は箒とともに第三アリーナのAピットにて、これから乗り込むISを微調整していた。いや、乗り込むっつーよりは
「そうか。しかしとはいえ、結局ぶっつけ本番になってしまったな」
「しかたないよこればっかりは。……っと装備は刀型近接ブレードに物理シールド、あとは、なんだ。ハンドガンもあるのか」
愚痴りながらもマニュアル片手にISのコンソールパネルとにらめっこ。《打鉄》に搭載してある装備を確認する。
俺の前に鎮座する銀灰色の装甲、《打鉄》。
日本有数のIS開発研究機関『倉持技術研究部』よりリリースされた第二世代型のISだ。戦闘タイプは近接格闘型。腕部・脚部の装甲はしゅるりとスマートなラインを描き、縁取る艶なしの黒が落ち着いたコントラストを演出している。
しかしなによりも目を引くのは、腰部にある巨大な袴状のアーマースカートだろう。
この《打鉄》は学園が保有するISである。学校の授業などで使う訓練機もこいつだ。ちなみ、学園が有するISは全部で七〇機。種類は《打鉄》だけではなく、さっき箒が言ったような《ラファール・リヴァイヴ》など数種類がある。
そして決闘にあたり、俺がセレクトしたのは《打鉄》だ。連日剣道し続けた俺である。ならばその経験を生かすためにも、選択するべきは近接性能の高い機体だ。
というかまず、素人同然の俺がいきなりライフルなんかの銃器を使いこなせるはずがないよ。身の丈に合ったものを選ぶのも大事だ。
「一応、《打鉄》の
「ブレードはもう二本あるんだけどな。でも、うん。ISのサポートがあるからって、銃が使えるとは思えないな。別の装備に変えるよ」
で、その《打鉄》の『微』調整なわけだ。なぜ微であるかというと単純で、俺がISの整備なんてできるはずない。やる前から諦めるな、っていう類いの話じゃないんだよ。下手にいじくって壊した日には目も当てられない。ISって滅茶苦茶高いんだ。なんでも億単位の代物らしい。
そういうわけで、今回は先に学園側に整備をお願いし(学園側とは言っても、やっているのは二年・三年整備科の生徒達である)、俺は実際の誤差を直しているわけだ。このくらいなら教科書見ながらなんとかできる。とはいってもやっぱり難しいんだけど。
今回の《打鉄》の装備は
《刀型近接ブレード》×2
《物理シールド・一対(
《五五口径ハンドガン》×1
の三種類。
これらの装備は、実際にすべてがアーマーなどに担架されるわけではなく、通常はISコア内部に量子格納され必要に応じて展開するのだ。
量子格納──ISを世界最強の兵器たらしめる所以の一つだ。
だってドデカい銃やら刀やらを質量ゼロで収納・運搬できるんだぜ? 重量を気にしないでなんでも搭載できちゃうんだよ。無論、
と、そんな諸々はさておいて、さっさと調整済ませちまおう。さしあたっては武装の変更だな。どうしよう。
「……。よし、ハンドガンは外してトップヘビータイプの近接ブレードに交換するよ」
「ふむ。いいんじゃないか? なかなか面白いと思うぞ。しかし一夏、そのタイプは従来のブレードに比べて切り返しが遅い。高威力だが、隙は大きくなるぞ?」
「わかってる。まぁ見てろって。俺だって考えなしじゃないんだからさ……よし。あとは実際に乗って最終チェックだ」
ここ数日の賜物だろう。なんだかんだ、IS関する知識が身についてきてるぜ。それに技術がともなってくれれば申し分ないんだけどね。
とにかく乗らねば始まらない。俺はコンソールを操作し《打鉄》のコックピットをオープン。いざ乗り込もうと、
「──忙しそうなところ悪いが、一夏。お前にプレゼントだ」
「はい?」
なんとも間抜けな声だったと自分でも思う。
そんな風に振り向くと、そこには腕組みスタイルの千冬姉がいた。
「千冬姉? どうしたんだ?」
「どうしたも何も、私はお前のクラスの担任だぞ? 代表者が決まるというんだ、ならば教導に務める教師が立ち会わぬわけにはいくまいよ」
そりゃそうなんだけどさ、わざわざピットにこなくても管制室でいいと思うんだ。でもそんな些細なことより、プレゼントってなんだ?
そう疑問を抱いた瞬間、ガコンッ、という硬い金属音が響いた。
音源はピットの搬入口。そこのぶ厚い二重扉が左右にスライドして開き、続いて重く鈍い駆動音があふれ出す。奥からなにかが運ばれてくるようだ。
────
まず、その色域が飛び込んできた。
そこに現れたのは灰色の装甲群。鉛色の、飾り気のない、無骨な、金属の塊。
第一印象『鉛の鎧』。鈍い金属の装甲が、照明をぬらっと照り返していた。
……なんだこれ。IS、だよな? 見たことない型だけど。
「千冬姉、なんなんだこれ?」
「プレゼントだと言っただろう。お前の専用機だよ」
「は、ぇえ?!」
すっとんきょうな声はもちろん俺から、とかいう冷静な視点は無論なく、箒みたいにポーカーフェイスを取り繕うことなんてできなくて。横殴りにされたように疑問が頭で乱反射する。
専用機? あの? 世界に一一〇〇機しかないなかの一台? どうして? え、なんで、どういうことなんだよ。
「流石に驚き過ぎだ、一夏」
なんて言う幼馴染みさんはどうしてか冷静そのもの。それどころかやれやれと俺を嗜めるありさまだ。それはさもこうなることを予期していたとでも言わんばかりで……なんでそんなに平然としてるんだよ。専用機だぞ? わかってるのか?
驚きの隠せない俺。
そんな愚弟に、お姉さまは至極簡単な理由を話してくださった。
「幾ら一般生徒とはいえ、お前は史上初、世界唯一、ISを動かせる男だ。これは政府からの、データ収集のための特別処置だよ。ISを一機丸々用意してもいい程に、お前の存在は貴重だという証左さ」
……なるほど。
確かにそうだ。男性操縦者のデータなんていい飾るべくもないほどに稀少だよな。そんな俺にわざわざ専用機をあてがうのは理解できる、だけど。
「オーケー、事情は把握したよ。──だけど千冬姉、正直に言うと、俺はこいつを使いたくない」
「ほう」
千冬姉は怒るでも呆れるでも訝しむでもなく、ただ面白そうに反応を返す。
「専用機、っていうからにはそりゃあ性能がいいんだろうさ。量産機を使うよりはよっぽど勝機が増えるかもしれない。そもそも貴重なデータ取れるわけだから誰かのためになると思う……でも、それは織斑一夏の成果じゃない。男性操縦者って肩書きのおかげだ」
それは、それこそこれから
「努力もなにもしてないのに、過程をすっ飛ばして結果だけかっさらうなんてまっぴらごめんだ。まだ俺には、ソイツに見合うほどの価値がない」
鈍色の専用機。ソイツのためにそれはもうたくさんの人ががんばってくれたに違いない。だけど、そうだとしても、俺はいやだ。
血のにじむような努力を積み、研鑽に研鑽を重ね、限界においてもさらなる死力で上を目指し続けて──そうしてようやく、専用機というものは与えられるはずだ。そんな努力の一角目すら刻んでいない俺ごときが、『運』の一言で片づいてしまうような肩書きだけでその座を掴んでしまうのはおかしいだろ。
俺は結果派の人間かも知れないけれど。
俺を無能な定められた者と定義するかも知れないけれど。
それが誰かの過程を毀損させるなど、到底認められるものじゃない。
数奇な因果でここにいるのかもしれない。巻き込まれたのかもしれない。だけど自分の意志で、ここに立っているつもりだ。織斑一夏として存在しているつもりだ。今まで持っていた選択肢に新たに加わった『IS』というカード、それを自ら選んでいるつもりだ。
そして立っている以上、俺は俺を証明したい。なにかを得るというのなら、それは自分の力でなし遂げたい。
「そうか」
簡潔に。俺の見解に千冬姉は否定するでもなく、一言で答える。
相変わらず掴みどころのない態度。俺の言葉に対してなにを感じているのかまったくわかりゃしない。ホント、自分を隠すのがうまいな。それだけ俺の意志を尊重してくれてる、ってことなのかもしれないが。
「とりあえず一夏、その機体に乗れ」
「……やっぱり、乗らないとダメ?」
「乗ったけど相性が悪かった、という体裁なら言い訳立つだろう?」
にやりと。微塵も悪びれずに口角を上げるお姉さま。……ありがとう、千冬姉。こんなによくできたお姉ちゃんはそうそういないよ。俺もそれに見合う、弟で在りたい。
そして千冬姉はコンソールパネルを開き、鈍色のISのコックピットを開く。そうと決まれば、さっさと『乗った』という事実を作ってしまおう。
鉛にひかる機体。俺のために生まれたのだろうそのIS。その役目を終えぬまま、始まりもせぬまま、俺のわがままで存在を否定されようとする。
「お前には悪いけど、これは譲れないんだ」
謝罪の言葉とともに乗り込む。装甲が閉じる。腕部と脚部のアーマーを装着する。
許して、というわけじゃないけど。
だけど謝るべきだとは思うから。
篠ノ之博士曰く、ISには意識に似たようなものがあるらしい。搭乗者を理解するための機能だそうで……それと『一言』も交わさぬまま、その存在を消し去ってしまう。
高々機械? されど機械。付喪神なんて言葉もある。だから俺の言うべきは一つだけ。
「またな」
「あ?」
雑音。
雑音。
雑音。
雑音。
雑音。
雑音。
雑音。ジジ。ノイズ。ザザザ、ザザザザ、ザザザザザ──。
ザザザゾゾジジザザゾザザザゾゾゾゾザゾジジゾジゾザザザザザザザザ──。
『
────
「────────、」
繋がって、伝わって、出力して、流入する。
無音。停止。明滅。ストロボの視界。ひび割れる。軋む。歪む。捻じ曲がる──集束する意識。
情報回路が解放される。知識が渦巻く。意思が
わからない、分からない、判らない、解らない──わかりたい。
「……か? 一夏、どうかしたのか?」
「──《白式》だ」
「え?」
「このISの名前は、《白式》だ」
戻る。回帰する感覚と意識。
装着されたIS、《白式》。青いマニピュレーターをガシャガシャと開閉しながら、俺はこいつの名前を呟いた。
怪訝そうな箒の顔。心配して声をかけたのに返す言葉が名前だなんて、それは怪しみもするだろう。
不快なノイズが脳漿をシェイクして、実際なにがどうなってんのかてんで判りはしない。でも確かに、《白式》というものは理解できて。
しかし箒に悪いけど、それを説明する暇はない。
俺は千冬姉に言わなきゃいけないことがある。
「千冬姉」
「どうした?」
箒とは打って変わって、まったく意に介さない態度の我が実姉。もしやさっきの『異常』に気づいていないのか?
飄々とISのパネルを操作しながらも、ちらりとこちらに向けられる瞳。
「やっぱり俺、こいつに乗るよ」
「なんだ、気が変わったのか?」
「その、うん。なんていうのかな。
……我ながら要領を得ないな。語彙が貧弱なのが悔しいよ。伝えたいことも伝えられない。数分前に確と抱いていたはずのある種の決意さえ手のひら返して反転したこの意志を、ちゃんとわかるように発信できない脆弱な脳みそが憎たらしい。言葉面だけで捉えたら、俺の発言はどこまで軽率で軽量なのか、どんな人間ですら十全に得心してしまう域での明瞭だ。
意志薄弱としか表せない、朦朧の形。
だが、そんな俺の曖昧な言葉にもかかわらず、千冬姉はふっ、とわずかに笑った。
「気が多いのか、或いは優柔不断なのか。何れにしても、お前がわざわざ決断を変えたんだ。私から言うことは何もないさ」
そう言ってパネルの操作を続行する千冬姉。
なんともまさに、千冬姉だ。
言葉の真意こそ掴めないけど、それでも『俺が決めたのだから』と肯定してくれる。いや、肯定でもないのだろう。そうした、ある意味での事実・現象のようなものとして、あるがままに捉えている。それをして無機質だと断じれないのは、きっと俺がこの人の弟で、この人が俺の姉だから。
その強さを、この地球のなによりも信奉しているから。
「とは言うものの時間がないな。一夏、
「オーケー、心配ない。というか、その前に倒しちまってもいいんだろ?」
「ふふ。御託も前置きも口上も、洒落っ気を出すのは私の知るところではないぞ──そおら開場だ、魅せてみろよ」
ゴッ、と再び金属の駆動音。ギチギチとした
「一夏」
「ん?」
そうしてカタパルトに立つ間際、名前を呼んだのは幼馴染み。
「何が何だかよくはわからんが、私が言うのはただ一つ。勝ってこい」
「おう。負けないさ」
俺は空へと走り出した。
◇
【──接近する機体を感知。
照合...操縦者:織斑一夏/搭乗IS:白式
戦闘タイプ...──】
目前に表示された複数のウィンドウパネルの内一つが、ISが接近してることを伝える。
そうしてAピットのカタパルトから現れたのは鉛色の機体。
(専用機《白式》、ですか。ふふ、なんの冗談かしら)
小さく笑うのはセシリア・オルコット。彼女は自身の専用機である《ブルー・ティアーズ》を纏い、アリーナ中央上空で停滞していた。
イギリス・
彼女は自身の鎧った機体を見てから、対戦相手である一夏の白式を見つめた。
(『白』に『式』。はてさて、なんて美観に欠ける機体かしら。日本人の大好きなミニマニズムが微塵も感じられなくってよ。
たしか、そう。ずんぐりむっくり、とはなんとも語感のおよろしいことで)
宙に躍り出た《白式》。ねずみ色のその機影は、しかしなぜか、そのまま高度を上げていく。それこそアリーナの限界ギリギリまで。……いったいなんのつもりなのかしら? まるで戦意が窺えない。
はぁ、とため息。張り詰めた
これはいささか肩透かし。自ら啖呵を切っておいて、結局その気炎は弱火にも劣っている。
大言壮語。大口を叩いたわりに、どうにも緊張感というのが欠如していた。野放図にもほどがある。
『俺以外も一緒に、馬鹿にしてるんじゃねぇよ』
ことの発端。自分でなく、他者に対して抱いた怒り。反駁の言葉。
そう宣った挙句が意図の掴めない高度上昇。いったいなにを考えているのか。
──気に入らない。
自分に意見する『男性』が気に入らない。対等であると思ってるのが、我慢ならない。
(あなたも、口だけなのでしょう?)
そんな反抗的な態度も『男性だけどISが使える』というところからきているのだろう。……ふざけるな、と。淑女にもあるまじき怒りの確立。戦意が加速度的に膨れ上がる。
(世界唯一の男性操縦者……ええ、ええ。それはもう不自由もなく苦労もなく努力もなく、専用機を手にしたのでしょうね)
《ブルー・ティアーズ》のモニターパネルを閉じる。
戦闘スタイルなんて、わざわざ確認する必要ない。
この内の炎が、その程度で揺らぐはずがない。
──必ず、墜としてさしあげますわ。
◆
空へと飛び出した体。
ふわりと。重力をまったくと感じさせない浮遊感。
PIC──
体が軽い。このままどこまでも飛んで行けそうな、空に溶けるような、そんな感覚。
高度を上げる。意識をスラスターに向け、噴射。さして苦もなく、俺の思った通りの機動で《白式》が飛んだ。
ISの操縦はイメージが重要だ。ゆえに、初心者だと飛行どころかわずかな浮遊すらできない人もいるらしい……でも俺は飛んでいる。
そしてアリーナの頂上、バリアーによって区切られた境界──限界。空の果て。
俺はどこまでも飛べるのに。どこへだって行けるのに。
だけど閉じられたこの世界を生きるしかすべはなく。だからこそその向こうに焦がれている。
ああ。俺はあの時。あの時どんな思いでISに触れた? この有限のなかを颯爽と──違う。
俺は。空に。無窮の大空に──。
「──いつまでそうしているつもりかしら。織斑さん?」
と。俺の意識を引き戻したのは険のある女の声。セシリア・オルコット。
……ああそうだ、そうだった。俺はお前を倒すんだった。
意識を束ねる。深呼吸をする。体の中身を入れ替えるように。気合を入れろ。気力を熱しろ。気炎を収束して叩きつけろ。
スラスターを操作。目的高度、オルコットと同じ高さまで降下する。彼我の距離は三〇メートルを越えるか。
「待たせて悪いな。紳士にあるまじき失態だったよ」
「小汚い鎧がお猿さんのフォーマルウェアですの? もう少しマシな感性はないのかしら」
「そうだな。生憎そんな感受性は持ち合わせていないんでね。俺にできることといえば、精々君を叩きのめすことぐらいだよ」
「減らず口を」
「そっちこそ」
会話が切れる。緊張が走る。筋繊維が引き締まって感情が解放の場を求めている。
セシリア・オルコット。専用機《ブルー・ティアーズ》。相手にとって、不足はない。
ゆえにこちらも全力で。今持ち得る全霊を。
いくぞ《白式》。お前が俺のためにのみ存在するというのなら──さぁ、一緒に『俺』を証明しよう。
ビーーーーッ!!
そして、開戦のブザーが響き渡った。
『拡張領域』じゃなく『格納領域』という表記に変えました。