模倣できない物語 作:帝都造営
ふざけているだけの前回と違って、こちらは本気で本編での掲載を目指していたものです。
新しい表現を目指した実験作ではあります。第X次となっているのは本編掲載を諦めたためです。捏造歴史なんで下手なこと言えない。
あ、一話目と違ってボツ作品の供養現場なんで、読んだらダメですよ、長ったらしい文章で疲れるだけです。
……ならなんで投稿したって?
うーん、記念かな。
石川・・・ええ、懐かしいですね。彼女と初めて小隊を組んだのは97年のベーリング沖海戦ですよ。ええ、空母榛名です。彼女は着任当初から異彩を放っていましたからね・・・。
そう懐かしげに彼は語った。私は問う。それは彼女が初めての一航戦所属女性パイロットだからではないか、と。すると彼は一瞬何を聞かれたのか分からなかったようで、顎鬚を一旦撫でた。
え? ああ・・・確かに女性隊員として初めてだったんでしたっけ、
2010年代には一航戦一の戦闘機乗りと呼ばれた彼がいうのだ。他の搭乗員も、同じ感想を抱いていたに違いない。
《樋川康『鋼鉄の鳥達の視点』より抜粋》
「最近はどうですか?」
「どうですか、と言われても・・・」
返す言葉がないのだけれど、そうこぼすと、彼女は笑った。
「いいんですよ、それで」
何もないならそれで結構じゃないですか。そう言いながら隣で彼女は大盛りラーメンに手をつける。世の中不公平なものだ。必死で痩せようと努力する人間がいる一方、こうして腹八分目という言葉を忘れた
「私が軍を離れてもう八年になるのに・・・あなたは変わらないわね」
「変わってたまるものですか!」
「ふふ・・・」
決意を示すようにわざわざ箸を握り締める親友。歳月は彼女から少女の二文字を奪ったが、その内面はいつまでも変わらず健在のようだ。思わず笑みが溢れる。
すると彼女はこちらに顔を向け、そう言えば、と言葉を続ける。
「k・・・石川さんは、随分柔らかくなりましたよね」
柔らかくなった? その言葉は撤回してもらおう。
「私はそうは思わないのだけれど」
「いえ、私にはお見通しですよ・・・石川さんの動作の一つ一つ、周りをよく見て動いているのがわかります」
・・・そうでしょうか。
「そういうものです」
「・・・まだ、何も言っていないのだけれど」
「違いますよ、以前の加g・・・石川さんなら・・・」
「いいわよ、加賀で」
全く、私が旧姓で呼ばれることを気にする人間だとでも思っているのだろうか。
「以前の加賀さんなら、私が「柔らかくなった」って言っただけで、立ち上がってるはずですからね」
それも机を叩きながら。そう言って彼女はウインク。茶目っ気があるのは昔からだが、最近はちょっと磨きがかかってきていないだろうか。
とはいえ、確かに彼女の言うとおりではある。柔らかくなったということは女らしくなってしまったと言うこと、以前の私ならあってはならないことで、以前ならそれを改善しようと努力をしたことだろう・・・昔の自分が懐かしいものだ。
「確かに、正論ね」
「ふふっ、伊達にカウンセラーやってませんから」
そう言って、彼女は笑い、それから再び油まみれの小麦の塊を啜るのだった。
無論です。彼女がいなければ自分はここにいませんから。
そういう彼からも、他の搭乗員たちと同じ全幅の信頼が伺えた。彼もここまで生き残ったのだ・・・よっぽど腕がたったに違いない。それでも彼女への賞賛は変わらない。
2003年の第X次中東戦争・・・ええ、ソビエトのイラン侵攻作戦に端を発する二十一世紀初の戦争ですね・・・自分の初陣はそこでした。
彼は第X次中東戦争にて、二航戦の比叡に乗艦していたそうだ。主席卒業で着任当初から主力空母に乗るという栄誉を獲得した彼であるが、ソマリア沖海戦にて敵機に背中を取られたそうだ・・・自分だって偵察機だったとは言えパイロットの端くれ。近接戦闘の恐怖ぐらいは理解しているつもりだ。だから、その時の彼にも絶望の二文字が浮かび上がったことは分かる。
そこで助けてくれたのが彼女です・・・今でもエンジン音と共に覚えていますよ、その時の彼女の声。
《樋川康『鋼鉄の鳥達の視点』より抜粋》
「・・・」
「ふぁ、へもひぃにひぃふぁふぁめうぇふまらね」
熱いものは冷ましてから食べる自分とは対照的に、彼女は熱いであろうラーメンを頬張るように食べる。残念ながら、今の彼女は日本語を話していない。
「ごめんなさい、なんて言ってるか分からないわ・・・それに」
『脂が飛ぶと汚れるから』という理由で彼女は制服を着ていない(そんな理由で脱がないで欲しいが)のが救いだろう。そう思いながら彼女に一応の警告をしておく。
「あまり女性軍人の気品を落とすような真似はしないで欲しいものね」
「・・・ふぅ」
咀嚼が終わり、小麦飲み込んで一息付く彼女。幸せそうな吐息がこちらの耳に到達するや否や、スープの残った椀に手をつけて飲み干し始めた。
・・・聞いてないわね、これは。
軍隊というのは変わった組織だ。組織は国家そのもの、それゆえに国民から嫌われることがあってはならないのだ。
だから規律は厳しく、この世界の模範となる組織を目指す。
今の彼女はそういった理想とは程遠かった――――いや、彼女にとってはこの瞬間も理想的なのかもしれないが、少なくとも「模範的」とは言えない――――。まあ・・・そんな組織に彼女は『まだ』属しているのだ。対する今の自分はただの予備役、見逃してあげよう。
「ごちそうさまでした」
食材と料理人へ最上の感謝を込め、両手を合わせて拝む彼女。それに合わせて自分も同じセリフを口に出す。確かにいい食事だった。最近の異常な物価向上で随分と高い食事だったわけだが・・・まあ、彼女とご飯抜きで会うことはできない――――これを直接本人へ言うと彼女は不満げに頬を膨らませるが、否定する要素はない――――し、多少の出費は許してもらおう。
「じゃあ、行きましょうか」
「ええ」
ガラガラと音を立てる扉、私たちはその店を後にした。
梅雨もそろそろ明けたようで、空には満天の星。今年も例のごとく織姫と彦星は再開叶わなかったが、まあそれは毎年のことだ。
彼女の後に続き、繁華街を歩んでゆく。遥か遠い異国の地では化物との戦争、隣の国では内乱・・・世界は今日も混沌としているが、少なくとも自分の目に入る範囲の街は僅かに活気を失っているだけだ。
帰宅途中と思われる学生とすれ違い、それから振り返られたような錯覚に陥る。まさか、私のことに気づいたのだろうか。あの歳でまさかとは思うが・・・いや、自意識過剰になるのはよそう。
私は親友の横へと急ぐ。もちろんさっさとここを抜けてしまいたいという想いもあった。自慢ではないが私はある程度の有名人なのだ。なんせ――――
――――人は、私のことを『一航戦の紅一点』と呼ぶのだから。
艦隊これくしょん二次創作『模倣の決号作戦』番外編:沈みゆく世界で
一航戦の紅一点
私が『一航戦の紅一点』と呼ばれるようになったのはもう十五年以上も前の話。初陣であるベーリング沖海戦にて旧式とはいえ人民解放軍の爆撃機三機、戦闘機一機を撃墜。その後の北京航空戦で合計七機の戦闘機を堕とした私は二十代前半で『エース』の称号を獲得した。
しかし、それはただの宣伝材料にしかならない。そもそも『エース』とはなんだろうか、あの頃の隊内の雰囲気は「97年製エースは紛い物」実際あの戦いはワンサイドゲーム。それは両陣営が認めるところで、それが第十次上海事変が発生するまでの――――すなわち、まだ工業力が健在だった時代の――――
とはいえ、そんなことを口や表情に出しても仕方がない。幸いにも私は感情が表面に出にくいようで、それは私の軍隊生活で大いに役立った。どんな侮辱であっても眉一つ動かさず、可能であれば何かの機会――――教練時間の柔道でもいいし、なんだったら模擬空戦でもいい――――できっちり借りは返す。
そうして気づいたときには、「一航戦の紅一点」という馬鹿にしてるんだか褒めているんだか分からない称号が転がり込んできたわけだ。それは宣伝の方にもすぐに反映され、2003年に発生した第X次中東戦争の頃には既に私の代名詞となっていた。
――――いいじゃないですか、かっこいいと私は思いますよ?
同じく軍人で、後方支援の
だからこそ、その二つ名に誇りを持て。
言わんとすることはよく分かる。
「・・・さて、午後六時ですか」
その友人が腕時計を見ながらこちらを振り返った。丁度私たちはスクランブル交差点の赤信号にぶつかり、せき止められて増えてゆく人だかりの中で信号が変わるのを待っていたところだった。
「そうね・・・正確には六時十二分だけれど」
そう言うと相手は小さく笑った。今の発言がまさか面白かった訳がないので、きっと愛想笑いだろう。
「子供たちは大丈夫なんですか?」
「心配いらないわ、
こんな時ぐらい家族サービスさせてくれ、そう言っていたことを伝えると友人は微笑みを隠すかのように口に手を添える。
「じゃあ、お墨付きという訳ね?」
「ええ・・・久々にゆっくり出来るわ」
そう言いつつ遠くを見ると、嫌味なほど交通量の減ったスクランブル交差点が人ごみの先に見える。乗用車の姿はほとんど見えず、輸送トラックやバスなどが思い出したように走り去ってゆく交差点。これだけ交通量が少ないというのに、歩行者信号は未だ赤を保っている。
「・・・それにしても」
「遅いですね」
「ええ、そうですね」
どうやら
敵対的危険生物による通商破壊が始まって以来、生活必需品――――特に、供給の殆どを海運に頼っていた石油化学製品――――の値段の高騰は激しく、希少鉱石などを利用する電子機器も販売に規制が入り始める始末だ。
そんな状況下で不用意に油を消費する訳には行かず、交通量が減るのは当然のこと。国民の生活に直結するトラック輸送や自動車の代わりの足となる路線バスなどは減っていないそうだが・・・こちらもいつまで普段の運行を維持できるのやら。
『贅沢は敵だ!』そんな自分も歴史の資料集でしか見たことのないような内容を綴った看板が、近いうちに現れるのではないか・・・そんな思いも起こさせる風景である。
しかし人々は平然とその風景を受け入れ、そして今も秩序だって車のほとんど通らぬ交差点に輝く赤信号を見つめているわけで・・・いやそれだけではない。これまで街を駆けていた全ての乗用車が観光目的だったはずはまさかなく、仕事目的で使っている人間の方が遥かに多かったはずだ。確かに政府は節約を求め、世論も節制を声高に叫んでいる。
しかしどうして、ここまで交通量が減るだろうか。過度な自粛は停滞を招くというのに。
そして、それに疑問を抱く者を、少なくとも身辺には知らない。
異常なのは、案外私の方かしらね・・・。そんな感想を抱いてため息。
「? どうかされました?」
「いえ、なんでもないわ」
「・・・そうですか・・・」
ため息が聞こえてしまったようで、友人はまた振り返る。と、急に何かを思いつたようで、学生時代と変わらぬ風に顔を輝かせた。
「あ!」
「?」
「加賀さん、映画、行きましょう!」
ちょっと大きめの声に周りが振り返り、その視線が私たちを刺した。
「面白かったですね~」
時刻は午後九時過ぎ。先程のスクランブル交差点から対して遠くない映画館に飛び込んで、ひと悶着――――私は歴史映画が観たかったのだが、友人は米国製アクション映画が観たいと主張したのだ――――あったが、結局アクション映画を観ることに。いつも通り敵が出てきて、ヒロインとヒーローの確執が描かれ、そして最後には結ばれて終わる。ハリウッドの方程式に導かれた映画は良くも悪くもなかった、といったところだろうか。
「あ、でも最後のところ、ちょっと無理に設定を押し付けてた感じしませんでした?」
「それならロスのシーンでちゃんと仄めかしてるわよ・・・確かに、冗談交じりではあったけれど」
こうして私たちは喫茶店に座ってのんびりと映画の余韻に浸っているわけだが・・・既に40過ぎた二人組が、あのシーンは良かった、あのシーンは泣けたなどと言い合っている風景は、傍から見れば滑稽なものだろう。思わず笑いがこみ上げてくる。
「・・・ふふっ」
すると彼女は私の顔を興味げに覗き込んできた。
「・・・加賀さんがそんな笑い方するなんて、明日は槍でも降るんですか?」
「少し、頭に来ました」
声のトーンが自然に下がる。今みたいな露骨な言い方こそしないが、現役時代は常にこのトーンを保っていたっけか。
「もう・・・冗談ですって」
おお怖い怖いと言わんばかりの彼女。
「分かってるわよ」
この話題を引き伸ばせば、果ては自分の態度の軟化についての議論が始まるのだろう――――確かに、学生時代や現役時代、そのいずれと比べても自分の態度は寛容なものになっているだろうが――――話を逸らすように鼻の前のストローを咥える。
喫茶店からは道行く人々の姿が見える・・・とうの昔に陽は落ち、街灯に照らされながら歩く人々。いつもと変わらぬ風を装う街並み。降ってくるとしても精々が敵対的危険生物の砲弾――――まさか東京湾に侵入されるようなヘマを軍がしでかすとは思えないが――――で、彼らにとってそれは大した関心事ではないのだろう。
「平和ね・・・」
「そうでしょうか」
まるで何かを思い出すかのように遠くを見ている友人の放った「平和」という言葉。
「平和ですよ・・・少なくとも私たちは」
「日本人も贅沢になったものね」
そう達観するような風で言えば、眼の前の彼女は甘ったるそうなクリームの盛られた
「元寇や米国との戦争など、私たちにも征服の危機はありました・・・しかしこの二千七百年、私たちは一度も祖国への侵入を許していない。こんな国、世界を探してもなかなか見つかりませんよ?」
二千七百年。神道で用いられる神武暦。今でも制式採用される兵器にはこれに基づいた名称が与えられるが・・・神道よりもむしろ無神教者が多いこの国で(生活習慣に神道が根付いている云々はともかく)いつまでも神武歴にすがり続けるのはどうなのだろうか。
「そうね・・・」
まさしく
それはかつての防人たちが不断の努力を積み上げたからこそ守られたものであり、これからも守っていかねばならないものである。
「この贅沢、娘たちにも引き継いであげなくてはならないわね」
「なんだか・・・羨ましいですね」
友人は淋しげに笑った。何が羨ましいというのだろう。
「どうして?」
「私も一応は軍に籍を置いています・・・でも私は後方支援職で、かつての加賀さんのように前線で命を張ることはできません」
「後方の
戦地へ赴き、勝利を掴むことはなによりも大事なことだ。だが兵器と違って兵士は使い捨ての駒じゃあない。国家、国民を護らんと幾千里をかけた彼らを手厚く迎え入れ、ケアするのも、大事な仕事だ。
「それは誰もが言うことです。私だってこれでも心理士としての誇りを持ってやっています・・・だから余計に、ですよ・・・私にお礼を言ってくれる方は大勢います。でも私が出来るのはあの方たちのケアをすることだけで、
「・・・適材適所というのは、貴女が好んで使う言葉だったはずだけど」
「そうですね・・・すみません、こんな話ししちゃって」
申し訳なさそうに顔を背けた彼女・・・そう言えば琉球諸島事変以後、生存した陸軍兵士などのカウンセリングにも彼女は駆り出されていた。逃げ遅れた沖縄県民は百万を超え、それらを助けられなかった、見捨ててしまったという兵士たちも多かったことだろう。
考えてみれば、彼女の精神もまた、疲弊しているのかもしれない。
「ごめんなさいね・・・下手なカウンセリングで」
そう言えば一瞬驚いた顔を見せる友人。
「・・・ふふっ、気にしないでください」
それからひとしきり笑い、落ち着いてからもう一度カップから茶色がかった液体を啜ろうとする彼女、ところがどうやら枯渇してしまったようで、スボボと氷の間の空気が冷ややかに彼女の
「・・・」
こちらをチラリと見やる彼女。慌ててこちらも防空体制にシフトする。あげないですよ?
「楽しかったですね、加賀さんはどうでした?」
喫茶店を出るとビル街を駆け抜けてきた夜風が体当たりを仕掛けてきた。しかしまだまだ真夏とは程遠く、太陽さえ沈んでしまえば風は涼しい。友人の髪がふわりと揺れた。
「いつも通りよ」
「それなら良かったです」
無言で歩く二人。最近の報告や世間話は一通りしてしまったし、もともとペチャクチャ喋るような仲ではない・・・ここまで長い付き合いなのは、多分互いの周波数が合っていたからだろう。
駅にたどり着くのは思っていたより早く、交通系ICカードなら切符の購入の手間もない。加えて自分と彼女は別方面。つまり、ここで別れということだ。
「それじゃあ加賀さん、暁ちゃんたちによろしくね」
「ええ、赤城さんこそ、無理をしないでね」
それだけ言えば、彼女は手を小さく上げ、そしてそのまま人ごみの中へと消えていった。
「・・・」
ラッシュを過ぎ、飲み屋帰りが乗り込むにはまだ早いような時間。車内は中途半端に混んでいて、座れはしないがゆったりと立つことはできる・・・そんな感じの混み具合だった。
そして、目の前には自宅の扉。予定よりずっと遅くなってしまった。しかし電気は点けられたまま。
「(・・・これは、事情しだいでは指導が必要ね・・・)」
悪いが軍隊式で行かせてもらおう、友人は私のことを柔らかくなったというが、物腰が柔らかくなることと子供を甘やかすのは違うのだ。
「ただいま」
鍵を開ければ差し込む光、リビングのモノだった。起きているのは誰だろうか。あの人のことだ。まさか娘たちを寝かせてから一人でリビングにはいまい。仕事なら書斎で済ますだろうし。
と、扉が開いた。
「むぅ・・・おかあさ、ん・・・」
「・・・」
なんと、まだ起きていたのか。
「すみません、一応寝るように言ったんですが・・・聞かなくて」
娘に続いて彼女の父――――つまり、私の夫だ――――が出てきた。もともと強気でものを言えない性格だ。仕方あるまい。
「・・・どうして起きていたの?」
既に瞼が半分閉まっている彼女にまともな返答を期待することはできないが、聞くだけは聞いておこう。
帰ってきた答えは余りにも、平凡だった。
平凡だからこそ、愛おしかった。
「そう・・・なら、お仕置きが必要ね」
引きつる娘の顔。何やら言い訳を始めるようだが・・・もちろんその程度では逃れられない。
私は娘に制裁を下しつつ・・・彼女が私のように、戦いに巻き込まれないことを、祈る。
実はこの本を書こうと思い立ち、そして取材を始めて以来、女性に対する取材はこれが初めてだった。いや実はもっとアポの取りやすい取材相手も居たには居たのだが、なんというか
話を戻そう。先程まで幾つかの証言を書き連ねたとおり「加賀海軍中尉」というのはこの大戦において極めて特殊な立ち位置の人物だった。下手な誤解がないように断っておくが、彼女は1979年横須賀生まれ。《例の兵器》とは一切関係ないし、それのオリジナルとされる航空母艦とも一切関係ない。【※】
彼女にアポが取れたのは太陽が心地よい春の昼下がり。深い話はしたくないからと霞ヶ浦訓練飛行場の施設内での取材となった。
私はてっきり応接間にでも通されるのかと思っていたが、予想外なことに彼女は私を連れて飛行場施設の方へと歩んでいった。そして出し抜けに取材の開始を宣言した。それは抜き打ちテストのようで、恥ずかしい話だが・・・彼女に指摘されなければ、私はボイスレコーダーのスイッチを押し損ねていたことだろう。
彼女の経歴は調べてあったので、私はまず、どうしてこの職場に今もとどまり続けているのかを問うた。彼女は2020年代前半――――そう、ちょうど深海棲艦の攻勢が始まった頃――――に一度は前線復帰したが、それ以後はプツリと消息を絶っていたのだった。私も一人の飛行機乗りとして勿論彼女のことを尊敬していたわけで・・・この質問は言わば、私がこの本の為に聞いたというよりか、自分の純粋な興味だったのかもしれない。
理由? と彼女が返したのはそれだけであった。まるで理由など存在しないかのように。
私は同じ問をもう一度するのが恥ずかしくなった。彼女は今日も優秀な飛行兵を生み出すために霞ヶ浦に留まっている。しかし私は軍を離れ気楽な物書き。彼女の視線は、私を責め立てるようでもあったのだ。
彼女は一度立ち止まってから、滑走路の方に私の視線を誘導させた。滑走路へは初等練習機であるレシプロ機が丁度アプローチをかけるところで、慣れていないのか、少し揺れている。
懐かしいですか? 彼女は私へそう問うた。もちろんだ。私もアレに乗っていたのだから。そう返すと彼女は僅かに笑い、なら、それが先程の質問への答えです。と言った。なるほど、空が好きなんですね。と私は返し、彼女は答えず歩みを進めてゆく。訂正しなかったのだから、間違ってはいないのだろう。
《樋川康『鋼鉄の鳥達の視点』より抜粋》
※この後に続く【私はそのはずであると確信している。そうでなければおかしい。】の一文が、第五版までは消去されている。
はぁ、加賀海軍中尉(予備役)いつ本編で出そう・・・。