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「……さて、東郷中佐。今回の艤装横領の件。何か弁明はありますか? 呉のホストコンピューターへの不正アクセス容疑。御丁寧に真正面から防壁まで突破してるそうですが」
「予想はしていたが、いささか単刀直入過ぎないか」
やはりその件についてか。電波暗室の壁にもたれかかる青葉特務官。最小限の照明と質素な家具しかないその部屋で、東郷は青葉と向かい合っていた。
そういうドストレートなところは嫌いじゃない――――と返したが、褒めては何も出ないとあしらわれる。
「……ないな。やったのは事実だし、処分上等だった」
「貴方らしくないですねぇ。慕ってくれている艦娘を置き去りにしてでもですか?」
正直に言おう。たかが人間一人の首に比べれば、正規空母クラス一隻分の戦力というのは替えがきかないものだ。人類全体を思えば、このまま
「本当に私の上司を困らせないで下さいよぉ? 貴方だけじゃなくて、本土で手引きした飯田大尉も含めて庇うのにも限界がありますから」
「廃棄間近の失敗作を引き取っただけでこの仕打ちだ。表向きには合法的に処理したはずだが、お前は俺に何を聞きにきたんだ」
「え”ぇ――――? 勘定にかけるなら、泊地に補充されている資材分を本土に戻してくださいって話ですよ」
なら、電文一つ寄越すだけで構わないだろうに。東郷の睨みに対して、どこ吹く風な表情をする青葉。年下の同期である彼には申し訳が立たないが……まぁ、彼なら逃げ切ってくれるだろうと言う思いもある。バックボーンが陸軍上層部だけに、下手な手は打てまい。
「問題なのは、合法的に
「警告じゃなくてスカウトかよ……よっぽど性質が悪いよお前」
「文句は青葉にじゃなくて、貴方の
「……その台詞を、俺は永野教官に対して言いてぇよ」
あらかた、艤装横領の被疑は建前に過ぎないのだろう。あの男が青葉をこっちに遊ばせに来たかっただけと思うと、いささか不可解な点だけが残るが。
「実はこの件。まだ、私で止まってるんですよね~。中途半端に優秀だと、個人の特定は難しいんですから運に救われてますね。
わざとらしく、鞄から出した報告書でペラペラと扇ぐ青葉。ありとあらゆる書類が電子化されている世の中だからこそ、彼女の行動はパフォーマンスか……あるいは、本当に上に上げていない案件なのだろう。
「……何が目的だ、青葉。今回みたいな案件を握りつぶそうっていうのは、それこそお前らしくないだろうが」
声のトーンを落とす。こいつ相手じゃ繕ってなんていられない。彼女はありとあらゆる面で私情に左右されない。自分とは腐れ縁みたいな関係であるが、簡単になびく様な思想統制や訓練で調教された兵士ではないはずだ。だからこそ、彼女が
こちらの逡巡を見透かしたのだろう。視線の先で、青葉がはにかむ。
「
「………………何でお前がそれを」
「北方海域で未だにレベルVの秘匿情報、特設調査部の私が興味を持たないとでも?」
ペンを手首で回しつつ、指で弾く青葉。空中で数回転させて、手元に戻ってきたことにご満悦である。ただし、その笑みには見る者を凍らせるような表情であるのだが。
「白夜の鐘について知ってどうする?……あの作戦は最初から失敗するはずだったんだ。だが、俺達は戦いを止められなかった。命令だったからな。それだけ伝えれば十分じゃないか」
正直お手上げな状況に変わりがないが、逃げ道があるかは確認しておきたい。しかし変わらぬ笑みでタブレットを指で叩く青葉を見て、溜息をつくことしか出来なかった。
ここまでお膳立てさせれば仕方がない。
「多くの艦が沈んだ。護衛艦に乗っていた俺の兄もな。表向きには第三北方海域で最大規模の海戦ってなっているが、実際は最小限の囮と引き寄せた敵部隊を核でまとめて焼き払うって作戦だ」
「えぇ、そこまでは下調べは終わっています。私が知りたいのは、
「反艦娘カルテルの掃討が目的だとも言われているがな。体の良いゴミ箱として、極東ロシアと帝政アメリカの目の前で壊滅させる必要があった話だ」
「目的は、極東方面隊主導の軍部に対する反体制派勢力に対しての見せしめですか」
「そうだ。そのせいで、多くの関係ない人間が死んだ」
あの時、着任したての響と見たあの光景は忘れられない。作戦の裏を知らなかった自分と響は大破撤退するまで留まっていた。
被弾してタイミング良く退避した所で、文字通り空が割れた。雲を裂かんとする炎。大量の水蒸気と共に立ち上った灰色の雲だけしか残らなかった。
「自分を犠牲にしてまで、お偉いさんの戦果の為に囮になり続けたってだけだ。俺も響も。こんなの蛮勇以外のなんだって言うんだ」
俺は景鶴の単独行動を咎めはしなかった。絶望に突っ込む思考が俺やヴェルと根本から似ているから――――俺が一番否定したい気持ちが、まず意味を成さない事に不甲斐なさを感じるが。
青葉の問いには、ただ……俺が言いたい事だけを舌に載せる。
「そうだな。俺は無益な戦いが嫌いなんだよ。特にお偉いさんの命令によって、価値もないと扱われた命が消えていくのがな。あんな味方もろとも吹き飛ばさなきゃいけない―そんな戦場はクソったれだ。そうならない為に力が必要なんだよ。深海棲艦と渡り合える艦娘が……俺達の存在価値を証明するための力がな」
「……それが景鶴さんの艤装ですか?」
「認めるよ……。誰の為でもない。景鶴の件は俺の自己満足だよ。彼女の力が一人でも多くの味方を救ってくれる事。それが俺のエゴであり願いでしかないからな」
タイピングした内容を暗号化し、上司の元に送ったのだろうか。凝った肩を鳴らしながら、青葉が答える。
「相変わらず変わってませんね、東郷中佐は。私の知り合いは揃いも揃って
「それは違うさ、青葉。優しさの末に生まれた感情じゃない。俺がいない方が艦娘は幸せなんだよ。俺の自殺願望に付き合わせずに済む」
視界の端で扉に影が落ちているのに気が付いたのは、少し前のこと。俺が話すたびにビクリと震わせているのを見て、申し訳のないという気持ちが顔を出す。
絶望にはそれ相応の力で立ち向かうしかない――――そう思い続けてきたからこそ、艦娘の指揮官となったのだ。それだけはこれからも譲れないし、捻じ曲げることのない軸としては存在し続けるのだから。
「だがな、俺はこの考えを辞めることはねぇよ。俺が死ぬ時まではな」
「そう……だから、この質問をします。東郷中佐」
青葉が向き直る。それはそれは、先程の表情とうって変わって興味で目を輝かせて。
『そーんな怖い顔しなくて大丈夫ですよ。東郷中佐。私はただ知りたいだけなんですよ。景鶴さんは、あなたがリスクを冒してまで助ける価値があったんですか?――――ってね』
青葉さんはこれを聞かせたかったの? 先程から、筒抜けなくらい提督さんと青葉さんの会話が僅かながら聞こえている。
艤装の横領? リスク? 思い当たる事は一つしかない――――私の艤装だ。
提督さんは『使えない艤装を持って来ただけ』と言っていたが、それなりの取引があったはずだ。もちろん危なくない橋な訳がない。
『言っている事が分からないな。タダで手放すには惜しい艦娘だと思っただけだぞ? 他に理由なんて……』
『またまた~。だから、貴方らしくないっていってるんですよ。捨て猫を拾ったような飼い主は、なんでご丁寧に新しい翼まで与えたんですかね。文字通り、今回の貴方の行為は自害そのものだ。自分の血肉を喰わせてまで、なぜ彼女を助ける必要があったんです?』
『……人を助けるのに理由がいるのか?』
『少なくとも人助けをするために、自分の首を差し出す覚悟があった場合には……に限りますけどね』
少しの沈黙。耐えかねたように、提督さんが口を開く。
『彼女と……景鶴と話をしたんだ。最初は励ますつもりだった。内容はどうでもいい話だった気がするし、俺が一方的に語ってただけな気もする』
もしかしてあの時、海岸で話してた事? 私は頭の中が一杯でほとんど覚えてないけど。
『それでも彼女の目は諦めてなかったんだよ。どんな絶望に瀕しても諦めない覚悟。俺が何時のまにか、何処かに置いてきてしまった意志を感じた。憧れたよ、羨ましかったよ。自分が諦めた足掻くって信念を彼女は持っていた……だから助けた。彼女が力を取り戻すことが彼女の為……そして俺自身の自己満足のためだと思ったんだ』
『つまり、“彼女が魅力的だった。衝動を抑えられなかった。後悔はしていない”ってことで良いですか?』
『人聞きが悪い言い方はやめろ! あらん誤解を生むぞっ!』
不用意な発言をしたという慌て様。青葉さんはケラケラ笑った後、沈黙する。また少し、会話に間が空く。
『……で、それ本気で言ってます?』
『いやだから……』
『私が聞いてるのは、そんな話じゃないんですよ。危ない橋を渡るのに彼女を理由にするんですか? さっき言った通りに、本当は自分の為じゃないんですか?』
黙った提督さんに向けて、青葉さんが追い打ちをかける。苦渋の末の回答か、押し殺したような声が響く。
『そうだな…………ただの贖罪だよ、俺の』
景鶴の艤装問題が解決しないまま、時は刻一刻と迫っていきますが果たして。