今回は秋月が持っていたロケット。その経緯とチューク艦隊反撃の決意……とでも言いましょうか。
それでは、どうぞ。
俺はこの光景を知っている。生まれ育った町が深海棲艦に蹂躙された日。俺がこの道を選ぶ事になった、忘れたくても心に深く刻み付けた記憶。妹を喪ったあの日。
いつも通り部活の帰りで遅くなり、最寄駅から夜空を見ると赤く染まっていた。沈んだ夕日が西から昇り始めたような真紅。
敵の空襲によって炎に包まれた故郷。その年一番の豪雨の中であっても、火の手の勢いは止まらなかった。傘を放り捨て、我武者羅に山道を登り自宅を目指す。躓き転びながら、泥まみれで辿り着いた先で見たのは、原型を留めず崩落した瓦礫。
「……あれ……何で戻って来たのさ……学校で油売ってて良かったのに」
「舞か!何処にいる!?今助けるから……」
「……気持ちはありがたいけど……ね。何でか足が動かないんだ」
そっちには上がれそうにないね――声が掛かった方に視線を向けると、瓦礫の壁の向こう側、その崖下に蹲っていた妹が目に入る。
「……こっちへは来るなよ……兄貴。さっきから雨が酷いんだ……ここもじきに崩れる」
「瓦礫程度がなんだって言うんだ!ここで諦めたら後悔する。絶対にお前を……」
「……連れて帰れないって言ってるんだよ……馬鹿兄貴」
距離にすれば10m。瓦礫の向こう、その先で笑う妹の姿――血で赤く染まったセーラー服。もう長くは持たない――こんな時でも憎らしいくらい自分は冷静だった。他人事の様に妹はじきに死ぬ、という現実を理解してしまう。
「……最後に会えたから満足だよ……もしかして私だけが聞こえてる幻聴かな?」
「俺はここにいる。ここにいるからっ……だから最後なんて言うなよ」
「……優し過ぎるんだよ……情けない所もあるけど、自慢の兄貴だよ」
そんな彼女が最後の力を振り絞り、弧を描いて崖下から投げられたもの。
それは妹が首からさげていたロケット。中の写真は兄と自分と妹が写っていた。
「……颯兄さんによろしく」
直後、自分の足場が崩壊した。土石流に流され泥の波に飲み込まれる。
舞、俺は――意識が暗転する。それでも彼女のロケットは手放さなかった。
「……どれくらい気を失ってたんだ俺は」
「提督、それは寝不足だろ……。アタシがいうのも何だけど、少しは休んだらどうだ」
「俺は戦場には出られないんだ、少しは働かせろ」
「口調が俺に戻ってるぞ」
今は余裕がないんでな。摩耶しかいないし問題ないだろ。
それにしても、まさかあの夢を見るとはな。爆発とかを見るとあの光景がフラッシュバックするのは、自分でもどうかとは思う。
気持ちを切り替えて、現状確認をする。
「摩耶、おかしいと思わないか?チューク周辺の海域は本当にジャミングされているのか?」
「いや、だって本土と通信が出来ないんだろう?そんなの決まってるだろ」
「……じゃあ、さっきの戦闘。俺とお前の間でどうして通信出来た?」
最初は摩耶も、東郷の怠慢で指示を出されなかったと思っていた。だが良く考えてみれば、通信出来なかった可能性もあったのだ。
そう、音声発信のみならば問題なく行えていた。それが引っ掛かっている。
俺があっちの指揮官なら、海域を囲うように複数のデコイを配置する。ジャミングで索敵効率を落とし、大艦隊に攻められている事を誤認させる。その上で降伏あるいは撤退を迫り、敵の士気を落とす。自軍を消耗させずに、泊地を落とせるならば安い物だ。
「ジャミングについて、一つ分かった事がある。敵は情報を全てシャットダウンしたい訳じゃない。奴らも自分達の為に得たい情報があるからな」
「それで電探の代わりに、聴音機を周辺海域に張り巡らしてどうするつもりだよ提督」
「気が付かなかったかい?敵さんは、自分達が発生させた音は加工出来ていない」
そういえば。電脳世界のアバターにしかり複雑が通信手段は阻害されていた事から、試していなかった方法もある。
もしかして、敵艦が発生する音は誤魔化せていないのでは?波の音を聞いていれば、普段との変化によって何かがいるかは分かる。伏宮と明石が作った特製聴音機。周辺海域にばらまいて即席の哨戒網を作った事になる。
敵は透明でも、超高速な訳でもない。ただ、こちらが捉える事が困難なだけだったんだ。
「ところで、チャットのメッセージは何で使えないんだ?」
「多分こちらの軍事用語は解析されているんだろう。そういう情報が混じってると、何かしらのフィルターにかかるとみるべきか……」
そもそも深海棲艦といえど、エネルギーを無限に持つ訳ではない。ジャミングをし続ける事――その行為が俺達への妨害に、非常に有効なものなのか?省エネな仕組みでも持っているのか。あるいは、複数のジャミング発生タイプが存在しているのか……。
少なくとも敵は、このジャミングを継続するのに無理をしている。それか適度に力を抜いて、効率的にこちらの情報網を封じているかの二択だ。
あらかじめ人語を理解する存在がいれば、こちらが使うメッセージの意味を理解しているだろう。だからこそ軍事用語や隠語などが意味をなさない可能性が高い。キーワードを拾い、その情報に対して介入する。実に最小限の効率で、最大限の効果を発揮していると言えるだろう。
敵が意志疎通を持たない軍勢ならば、通信を妨害しているだけで良い。だが、深海棲艦とは意志を持つ集団だ。思考という概念があるならば、こちらにも勝機がある。自分達の土俵に引きずりこめれば良い。
「って事は無差別に情報封鎖をしない、何かしらの理由があるのか提督?」
「……仮定を立ててみた。一方的な情報封鎖なんて出来る訳がないからな。敵がやってるのは検閲に近い行為なんじゃないのか?」
「検閲側に敵がいるだけで、実はジャミングなんか行われていないって事か。端末が圏外じゃないのは、そういう事か」
「自軍に不都合のある情報は加工して、妨害する。それが任意か自動かは分からないが……」
プログラミングを齧った事がある人なら分かるだろう。コードの中のたった一つ。半角スペースを入れ忘れたり、カンマを打ち損ねたりするだけで、出力される情報は崩壊する。
妨害されている内容を検証した伏宮も、これに同意した。敵は間違いなく人語を介している。そして、その意図も完全に理解しているとみた。
そこで試しにやってみた結果がこれだ――といって笑う東郷。摩耶が端末を覗き込むと、送信したメールに対してエラーを返していない。
「戦闘に関係ない情報はスルーされたって訳か。ちなみに何を送ったんだ?」
「……俺の黒歴史」
「うわっ。提督情けねぇ」
「人の写真を見ての第一声がそれかよ!」
腹を抱えて笑う摩耶。対照的にふてくされる東郷。
「それで、その写真の意味を分かってくれる人に送った訳だ」
「高峰あたりなら気づきそうだけどな」
「あぁ、あのインテリ眼鏡か」
インテリ……まぁ間違ってはいない……かな。
詐欺師を騙しに来ようとする度胸は買うが、相手が悪かったな。こちとら、騙す側の心境は重々分かっているつもりだ。ジャミングをしていたつもりが実は出来ていなかった。そんな風に一泡吹かせてやろうか。
周りに白いと吹聴する鴉、その本性は黒そのものである。人間に限らず、見た目に騙されてはいけない。ジャミングもそう。本質はともかく、トリックは意外と簡単だという張りぼての仕組みかもしれないのだ。
「失礼します。瑞鶴入ります」
ノックの後に入室してくる瑞鶴。気のせいかも知れないが、もしかして怒ってるか?
先程の口調とは打って変わり、表面的な“僕”を表に出す。
「提督さん。秋月から頼まれて渡しに来たわ」
桃色のロケット。よりによってあの夢を見たタイミングで、これが出てくるか。
うん、ありがとう――そう言って聴音機に耳をあてる、それきり反応がない俺に業を煮やしたのか、瑞鶴が詰め寄る。
「提督さん。秋月を沈める気?」
「……瑞鶴が渡しに来たから、変だとは思った。沈めるとは人聞きが悪いね」
僕がそんな命令を出すと思う?という問いに対して――出さないと瑞鶴は答える。
「残念、不正解だ。轟沈させる事が前提の作戦も視野には入れるよ。正直に言おう――全滅するよりは幾らでもマシだとは思う」
「……くっ」
俺の答えを予想はしていなかったのだろうか?驚愕に目を見開いた瑞鶴。彼女は信じていたのにという目で睨み、東郷の襟元を掴んで宙に浮かせる。
「提督さんの為に、秋月は覚悟を決めてるって言ってるのよ。それでも何とも思わない訳!?」
「……僕ら指揮官の役目は国土を、そして国民を守る事だ。その為に艦隊を任され、艦娘を操る……犠牲ゼロが前提の作戦なんてありえない」
指揮官として何年やってきたと思うんだ。沈まない船なんてないんだよ――と東郷は吐き捨てる。
「……それが答えって訳ね」
対して瑞鶴は東郷を蹴り飛ばし、倒れた彼に殴りかかろうとする。
「前線に出ない指揮官に何が分かる。私達艦娘は死ぬ為に戦ってるんじゃないっ!」
拳を振り下ろそうとした時、瑞鶴を止めたのは騒ぎを静観していた摩耶だった。
「独房にぶち込まれたいか、ルーキーが」
「離してっ、摩耶さん!」
「少しは頭冷やしてろっ」
次の瞬間、瑞鶴の世界が一回転する。足を払われ、尻もちをついてようやく我に返る。
「個人の感情で、艦隊の規律を乱すな。アタシらは勝てない戦でも提督の指示で動くだけだ。新兵でも知ってる事だ。忘れたとは言わせないぜ」
「……ゴメン。ちょっと頭に血が上ってた」
「提督も提督だ。感情が不安定な部下相手に、煽り始めるなよ……まったく」
本当に悪い癖だとは思うよ――立ち上がって埃を払う東郷。
「いやー良い蹴りだった。でもスカートを履いてる時はよした方が良いと思うけど」
「えっ!見たの!?」
顔を真っ赤にして、ゆでだこになる瑞鶴。あの位置からは見えねぇから安心しろ――と摩耶がフォローする。
「勿論、秋月を沈めるつもりはない。でも危ない橋を渡らなきゃ守れもしないんだ。秋月の覚悟を無駄にしちゃいけない」
「そういう意味なら、最初からそう言ってよ!」
私が早まったのが悪かったわ。懲罰でも何でもしなさいよ。完全に開き直ってる瑞鶴。
「んじゃ、メイド服着せてみようぜ。この前本土から北上宛てに送られてきたのがあっただろ」
「摩耶。僕が宙吊りになった時点で、止めなかった君も同罪だからね」
「えっ!アタシも!?」
完全に藪蛇である。提督の趣味は本当に分からねぇ――と呟く摩耶。
言い出しっぺのお前が言うな――と東郷。
「そうだ。瑞鶴」
「何?提督さん」
「君の艦名。さすがに瑞鶴のままって訳にもいかないから、そろそろ決めといてね」
何でいきなり!?問いに対しての東郷が返答する。
「同期が艤装の件を誤魔化してくれるから、とっとと新しい名前付けろ――だって。横須賀の瑞鶴と混同されない為に、色々やらなきゃいけないんだって」
「名前ねぇ。大戦中の改大鳳型って艦名なかったんだろ?名無しって訳にはいかねぇし」
「……分かった。この戦いが終わったら決めるわ。でも、あと少し……もう少しだけ。翔鶴型の2番艦でいさせて。妹の瑞鶴として翔鶴姉に謝っとかないと」
「瑞鶴最後の戦い……ね。エンガノ岬のようにはさせないから安心してくれ」
聴音機に感あり。タイミングを待っていたかのようだ。
「摩耶、瑞鶴。頼んだよ」
「おう、行くぜ!抜錨だ!」
「空母瑞鶴、抜錨します!」
指揮官として、俺は見送る事しか出来ない。
提督の役目は待つ事だとも言われている。戦果を上げたら褒めて、失敗しても労いを忘れない。唯一の願いは“皆が無事戻って来る事”ただ、それだけなんだ。
彼女達が走り去った後。工廠で作業中の伏宮司令補から、着信がある。
「伏宮、修理の状況はどうだ?」
『――――秋月ちゃんの方は終わった。基地のメインコンピュータを介せば、自律砲台の同時運用は何とか出来そうだ。その分お前が苦労するんだろうが』
「秋月とのコネクトは最優先で繋いでくれ。他の艦の整備状況は?」
『――――出撃に支障はないって程度だな。彼女らの入渠が終わってれば、いつでも行ける。ただ……』
「ただ……なんだ?」
『――――終わってない作業が一つある』
「どうしよう……。ゴタゴタで結局、提督さんにロケット渡し忘れた……」
「えっ。アタシの艤装の修理が終わってない!?」
前途多難である決戦が、再び幕を開ける。
摩耶様は本当に姐御ですね。チューク艦隊でも頼りになってます。改二まであと少し(?)。
東郷の黒歴史の内容はまた今度。次回は月刀大佐のターンです。