はじめまして、エーデリカと申します。
こんな艦これの話があっても良いな――そんな風に見て頂ければ幸いです。
一章-1 鶴の名を冠す少女
――――西暦2082年。海と言う海は深海棲艦と呼ばれる生物が跋扈し、人類の制海権など無に等しい。島国である日本国では四面楚歌な現状を打開すべく、昼夜艦娘による反攻作戦が行われている。
かつて海を跳梁し、無念のままに没した艦艇たち。その流れを汲む艦娘とは、形さえ少女のなりをしているがまさに艦艇そのものであるのだ。
赤に白にと染められた羽織。その名に
『―――護衛任務中の583水雷戦隊より入電。主力艦隊が、南方棲戦鬼を含む艦隊と交戦に入ったとの事です』
珊瑚諸島沖の支援艦隊として敵艦隊への先制攻撃に成功。後は加賀さん率いる第一艦隊が敵旗艦を沈めればそれで終わりだったはずだ。
しかし、装甲空母姫を筆頭とした艦隊であったという違和感が、最悪の形で表れた。
南方海域のシーレーンを確保しなければ、点在する各泊地は早々に干上がる。補給線を絶たれればもちろん、深海棲艦との戦いは劣勢に追い込まれる。そう判断した上層部は本土から主戦力を投入。敵艦隊の撃破まで、あとわずかという所で問題が発生した。
事前に動きを察知した深海棲艦側は、主力とする南方棲戦鬼と共に移動を開始。装甲空母姫が殿を務めた。
運命の悪戯か、敵主力部隊が輸送任務中だったタンカーを捕捉。攻撃が行われ、それなりに被害が出ている。こちらは敵旗艦に逃げられ、あちらは逃げた先に獲物が転がっていた状態である。
「まさかブーゲンビル島まで? こちらからの支援は間に合わないわよ……」
「翔鶴姉ぇ。部隊への支援爆撃が完了したわ。一応艦載機は回収し終わったけれど……どうするの?」
いつものように、姉へ指示を仰ぐ。勝手な判断をすれば、関係をこじらせかねない程に後始末が大変であるからだ。言うなれば、重度のシスコンである。
多少の差異はあれど、似姿の衣装で弓を持つ乙女。旗艦である翔鶴型1番艦の翔鶴が呟く。黒塗りに耐熱処理された飛行甲板は、日本の艦娘の中でも貴重な装甲空母の仕様である。
対して瑞鶴の練度はというと、他の正規空母とは歴然とした差がある。艦載機こそ黎明期の空母たちよりも充実しているというのだから、経験を装備で補って最前線に放り出す。そういう方針であるのと、彼女自身は思っているのだが。
何よりも、自身の姉の腰巾着として揶揄されるのは心苦しい。しかし何か思う節のある翔鶴は、決して瑞鶴を手放そうとしないのだが。嬉しくあるとも同時に、過保護であるとは当事者として恥ずかしい部分もあるのだが。
そんな訳で、空母瑞鶴は世間知らずのお姫様。そういう評価を受ける事はままある。艦隊進撃の足を引っ張らないよう、護衛は手厚くなる。同時に練度の低さを浮き彫りにされるようで、居心地の悪い空気はあるのだが。それを知ってか知らずか、なお姉は世話を焼きたがる。
現状、第一艦隊の決戦が終わるまで私達は動けない。思わぬ挟撃が本隊に行われないよう、付近を哨戒し続けなければならない。ならば、選択肢は一つしか残されていないじゃないか。艦隊を二分し、最小限の護衛を残して主戦力である空母を邀撃させる。果たして、
「翔鶴姉ぇ、私の速力なら日没まで間に合うわ。それに、私の夜間攻撃の成績が良いのは知ってるでしょ?」
言うが早いか、転進する。例え武勲艦の
「瑞鶴っ……それは」
「ゴメン翔鶴姉ぇ。でも、これが最善なんでしょ?」
私が任務外の行動に出たら、責任を負うのは第二艦隊の旗艦である翔鶴姉ぇだ。それでもタンカーや護衛中の仲間を見捨てる事は出来ない。瑞鶴一人が突っ込んで、戻ってくれば良いだけの話だ。
「あくまで単独行動をした……そう提督に伝えろというの? 瑞鶴」
「うん、艦隊には迷惑をかけられないし。それに、そろそろ親離れしたっていいんじゃない?」
痛い所を突かれたのだろう。翔鶴の表情が強張ったのを確認して、瑞鶴は踵を返す。絞り出したような、姉の声を背にして。
「必ず生き残りなさい、瑞鶴。私はあなたの帰りを待ってるから……」
戻って来れればの話だが。後で加賀さんに怒られるんだろうな。自分に何かと世話を焼いていてくれた教導艦を思い出す。あの仏頂面で、今度は何を言われるのだか。己の処遇と戦闘によるメリットを天秤にかけ。迷いなく海へ踏み出した。
敵艦隊を捕捉した時の光景は、地獄絵図に近い。幸い転覆しているタンカーは見つからなないが、火の海と化している。
彗星一二甲型が配備しきれないからと、零式艦戦62型を持ってきたのが幸いだった。矢立にストックされていた、最後の矢をつがえて放つ。折りたたまれていた艦載機が、勢い良く展開され闇夜を裂いて飛ぶ。
「全機爆装! 対空を厳に!」
あちらには空母ヲ級が一隻、制空権は互角。日没までにといったが既に日が陰り。いよいよこちらの動きは、視界不良から精度が掛け始めてきた。装甲の薄い駆逐ロ級は仕留めたが、残りの大型艦はどうしようもない。即時反転、急降下爆撃。空母ヲ級二隻の被り物を吹き飛ばす。中破させたので、強襲としては上々だ。
思わぬ増援に、紫髪の特型がこちらに振り向く。タンカーは既にこの海域にはいない。足止めで戦い続けてきたのだろう。煤けた顔から生気がない。
「後退しなさい! 沈むわよ!」
彼女の主機から黒煙を上げているが、沈みまではしていない。特型はキッとこちらを睨んだが、すぐその視線は敵艦隊に向けられた。
正直言うと、この状況は覆せない。こちらは夜目が利きにくい空母と中破した駆逐艦。あちらは無傷の鬼と戦艦タ級、体勢を立て直した空母二隻。撃破どころか、撤退すらも危うい。
「増援っ! どうしてこんなところにくんのよっ!?」
「夜戦も碌に出来ない空母で悪かったわね。でも、囮って役には生憎と縁があるのよ。瑞鶴っていう
それから幾度爆撃し、砲撃されただろう。退路を塞がれて、私たちの足が止まった。
大破すれば主機は動かなくなるし、私たち艦娘は沈む。本来撤退命令が出されれば、仲間が曳航して離脱出来るが、今はそうはいかない。集中が途切れた一瞬に雷跡を視界の端で捉える。
特型は艤装の投射装置から、爆雷を放り海面近くで爆破させる。圧力を加えられた魚雷が誤作動を起こし、全面で大きな水柱を上げる。
「なにをボサっとしてんのよ。助けに来た方が足手まといになるんじゃないわよ」
「上等っ!」
足が止まった艦は雷撃の恰好の獲物だ。その一瞬の隙が命取りになる。
視界の端で捉えた雷跡。こちらを振り向いた特型に警告を促す時間は残っていない。ならばどうするか、雷跡に割り込むしかない。
急加速し少女の盾になったところで、激痛が左足を襲う。艦娘の防護機能は一説によると、艦娘とは似て異なる兵器のクラインフィールドと呼ばれる機能を転用したそうだ。被弾すれば艤装がダメージを肩代わりし、身体にまでの影響を最小限にする。しかしそれを上回るダメージはもちろん身体へ貫通する。
さすがに防護壁を突破されて足ごと吹き飛ばされる所までは、頭が回らなかった。艤装が吹き飛べば御の字かなと甘く見た自分も悪い。自分の足も止まってしまった。
最悪だ。矢尽き、刀折れるまでの戦いは身に染みている。せめてこの場に来たのなら彼女を助けきらなきゃ来た意味がない。翔鶴姉にも加賀さんにも顔向け出来ない。
弓が折れても手はある。ボウッと勅令の印を結ぶ。龍驤さんから『鳳翔さんや赤城は弓術が定着するまで、式神を使ってたんやで』。そう言われて教えられた式神式の操縦法。
激痛と慣れない操縦で頭がパンクしそうだ。我武者羅にヲ級二隻に止めを刺す。
自分自身が吹き飛んだ所で我に返る。タ級からの砲撃、左腕の肩口から感覚がない。体勢を崩した所で、背後からのロ級の砲撃。背中と右肩を撃ち抜かれる。爆撃隊が仇とばかりにロ級を沈める。
ダメだ。血を流し過ぎた。防護を突破された時点で、艦娘はただの人間とほとんど変わらない。意識が霧散する。
鬼の視線が特型を捉える。せめてあの子だけは。残った足で翔け、彼女に覆い被さる。視界に映ったのは、気の強そうな少女が驚きに目を見開いている所だった。砲火が辺り一面を薙ぎ払った。爆風に転倒して体を起こそうとするが、仰ぎ見た空に見飽きた凶鳥共が目に映る。
獲物に襲い掛からんとする鴉のように、旋回し止めを刺しに来る。更なる激痛が体を突き抜ける。痛みをシャットダウンしたのか、神経が焼き切れたのかそれ以上は何も感じない。
あぁ、私は沈むのだなと。そう思っただけだった。意識が水底に吸い込まれそうな錯覚。ここで意識を手放せば、確実に海の藻屑であろう。
「……まだ、まだ死ねない」
ただただ吠える。
「死ぬ訳にはいかないッ!」
少女は血と炎で紅く染められた戦場に立つ。既に羽織は焼け落ち、得物である弓もない。敵艦載機の爆撃を躱し、残された高角砲で撃ち返す。
「直上! 爆撃が来ます!」
機銃で対空防御をしていた僚艦からの、悲痛な叫び。直撃を貰った。意識を飛ばされぬよう、歯を食いしばり堪える。既に口内は、鉄の味しかしない。吐き捨てながら、迫る空母群を見据える。
投下された軌跡が、やけにスローモーションに見える。走馬灯は見えなったが、戦闘に関係のない感情が胸中を渦巻く。愛情であったり、生きたいという渇望であったり。目に浮かぶのは、やはり親しき戦友であるのどろうか。
爆弾が空中で爆ぜる。何かに撃ち抜かれたと認識した時には、次々と敵の艦載機が撃ち落されていく。人形を模したような頭部に砲を構える艤装が滑り出し、軽快に敵機を撹乱する。
他にも艦娘たちの姿が見える。こんな物好きの特攻紛いに、よく手助けなぞしてくれたものだ。周辺の泊地の艦娘だろうか。統率のとれた動きで、敵艦隊を押し戻し始める。
視界が滲むのは涙か。それとも流血が視界を塞いだのか。僅かな光量の中、前に立ち塞がる背にどこか既視感を覚える。
長めの白き髪。肩部の飛行甲板。鉢巻がたなびき、羽織が風に吹かれていく様はどこか武人のようで。
「……翔鶴姉ぇ」
間に合ってくれた。おそらく加賀さんらの援護が終わり、慌てて駆けつけてくれたのだろう。炎上したタンカーを光源とすれば、逆光で表情は伺えない。果たして、姉はこんな無茶をした私を叱ってくれるだろうか。生きていて良かったと涙を流すのだろうか。
「まったく……無茶はするもんじゃないわよ」
心地よいアルトを耳に残して、意識が揺らぐ。慌てて抱きかかえてくれた彼女に体を預け、瑞鶴の意識は潜航する。
作品タイトルは当初『片翼の鶴』を考えていたのですが。他にも書いていらっしゃる方がいそうなので、こうなりました。
そもそも鶴って”慟哭”するの?
そんな突っ込み待ちになりましたが……