今後の慟哭の予定とか立ててたら、よく分からない話になった……。そして相変わらず暴走するВерный氏。
それでは、どうぞ。
――――これは一体、いつから見始めた夢なのだろうか。
一面が赤く染まった世界。自分がいる場所が、何かの水槽みたいなものであるとボンヤリと思う。
視界には、倒れて上体を起こす提督さんがいる。判別は難しいが、普段は白いはずの制服が所々黒く塗りつぶされている。
その場に響いたのは、聞きなれぬ声の英語。
『まだ、抵抗するかね?東郷中佐』
私に背を向けるコートを着たような男性が、銃口を提督さんに向けている。
『何度でも言わせて貰う……お前がやってるのは、祖国の為じゃない。己のエゴを押し通しているだけなんだよッ!』
『そうか……残念だ。あの世で彼女と再会できる事を祈っているよ』
私からのプレゼントだ、受け取りたまえ――――撃鉄が起こされる。
――――ダメっ、止めて!
彼女の願いは空しく、銃声が鳴り響く。
私の夢は、ここで覚めるのだ。
毎度思うが、自分でも酷い顔をしていると分かる。
「いいかげん、この夢の正体が知りたいわね……そのせいで、ここ最近寝起きが悪いのよ」
洗面台で顔を洗いつつ、景鶴が溜息をつく。
――――それは本当に一瞬だった。彼女がいつも通り眼帯を着ける前。傷を残して、既に何も映さないはずの左目。
鏡に映った本来黄色いはずのその目が、蒼く揺らめいている。まるで深淵に引きずり込むかのように、深い青色。
「嘘っ……どうしてっ……」
次にまばたきした時には、いつも通りの光景に戻っている。
何で……今のは、一体なんなの?
自分の手が、震えている事に気づく。そんな自問自答のループを断ち切ったのは、提督さんからの着信だった。
『――――景鶴。起床直後に悪いが、スクランブルだ。うちで動けるのが、お前しかいないが……頼む』
「……了解、提督さん。出撃予定の海域は?」
『――――トラック基地に来る途中の輸送艇から、救援要請が来てる。護衛の艦娘だけでは足りない規模らしい』
命令はいつも通りだ――――死ぬな。必ず、生きて帰って来い。
不味い、非常に不味い。スコールの中を進みながら、翔鶴型2番艦瑞鶴は呟く。
予期せぬ戦闘で、被弾したうえ。僚艦を含めた全員の、羅針盤が破壊されてしまっている。
おまけに、肌が痛くなる程に打ち付けてくるスコールだ。敵に対して有効打撃を与えられる自負はあるが、この天候では艦載機の発艦すら出来ない。
足手まとい……肝心な時に置物になっているなんて。
「初めての長距離遠征だからって、気にすることないのよ」
横須賀から出港して以降、護衛して貰っている曙から声をかけられる。
彼女の言葉の粗さは、表には出そうとしない優しさからきているのは、短い横須賀の生活でも身に染みている。
「曙ちゃんは、この前だって無理して戦闘してたんだから……また入渠ドック行きになっちゃいますよ」
言葉を返すのは、曙ともコンビを組む事も多い潮である。
「いくら空母だからって、何でも出来るとは大間違いよ」
「そうは言っても、私は練度が足りてないんだから――――っ、2時の方向に敵影!敵の艦載機が来るわ。対空戦用意!」
瑞鶴もまた、使い慣れていない高角砲を構え迎撃する。
足を止めてはダメだ。最悪、救援部隊の到着まで持ちこたえなければ。
実戦に対する恐怖はない。敵空母と航空戦で戦った事もあるし、水雷戦隊程度なら一人でも抑えられる。
――――しかし、戦艦部隊から長距離砲撃が飛んでくる事は今までなかった。
一発でも当たれば致命傷になる。それだけが大きなプレッシャーになる。避けて躱して、撃ち返して。
せめて、艦載機だけでも発艦出来れば……。歯噛みするが状況が好転する訳でもない。
一か八か。自分の操る妖精達では難しいかもしれない。それでも。
副砲を腰のラッチへ下げ、弓を構える。一瞬だけ、目を閉じて深呼吸。
波の揺れに逆らうな、身を任せろ。落ち着ついて、艦載機を撃ち出す方向を定めろ。
大丈夫。私ならやれる。
全機爆装――目標、敵戦艦部隊。矢を番え、放つ。
タイミングとしては及第点。多少ふらついた挙動をしながらも、艦爆隊を上空に上げられた。
「何やってるのよ、瑞鶴!?直援隊を優先しなさいよ!」
「敵の砲火をまずは減らします。全機、攻撃開始!」
瑞鶴の判断は間違ってはいない……状況にもよるが、敵の攻撃自体を妨害する作戦を採るのは珍しい事ではない――しかし、荒天でなければ……の話だが。
ただでさえ重量のある魚雷や爆弾を抱えている状態では、とてもではないが平時通りの攻撃はできない。豪雨打たれ、強風に煽られ艦載機の軌跡は精彩を欠いている。
「お願い艦載機の皆さん!少しでも良いから、攻撃を当てて!」
瑞鶴の願いは空しく、敵の砲撃によって火球が落ちていく――まるで七面鳥が落とされていくように。
ギリッと歯を喰いしばり、再び瑞鶴は弓に手をかける――もう一度、もう一度艦載機を……。
「瑞鶴さんっ。直上!」
潮の警告にハッと視線を上げる、迫る敵の艦載機。自分が出来ないから敵も出来ないと、心のどこかで甘く見ていたのかもしれない。
銃口が鈍く光る。高角砲でっ、いや間に合わない!
――――目を逸らすな。最後まで諦めるな。それは自分の慢心の結果だ。それを受け止めた上で生き残るんだ、私は。
被弾を覚悟した瑞鶴の目の前で、敵艦載機が弾ける。
直後、飛び去って行くのは六○一空とナンバリングされた烈風隊。あの機体は――――
「救難信号を受けてみれば、大変な事になってるじゃない」
駆け付けた艦娘――自分と身なりもそう変わらない人影がそこにはあった。右目を細め、敵艦隊を睨む。
彼女が右手の得物を構えて、艦載機を発艦させる。
「直援隊も、攻撃隊の援護を。この程度のスコールに押し負けるんじゃないわよっ」
瑞鶴の前で、敵艦隊が炎に包まれていく。
自分の航空隊とは、明らかな差をつけられていると思う。暗雲の空を奔る流星が、彗星が突入し、攻撃していく。
その光景に驚嘆しながらも、瑞鶴もまた弓を構える。紫電隊が機銃を放ち、既に上がっている航空隊の援護に回る。こちらの艦載機の加勢を含めて、制空は優勢といった所か。十分な実力は発揮できないが、戦う分には申し分がないだろう。
「そうよ。荒天の場合は、動かす数を絞って扱いなさい。妖精さん達の練度だけに拘ってはだめよ。貴方自身が操ってこそ、自分の実力なんだから」
その攻撃は、敵航空部隊を蹂躙している、といった表現が近い。喰い殺すかのように獲物に強襲し、機銃の雨を降らせる。
彼女が介入してからというものの。敵艦隊が防戦一方になった事は確かである。
攻撃に構っている余裕ががあったら、少しでもうるさい蝿を追い払いたいはずだ。
敵艦の足が乱れているなら、私でもやれる。攻撃隊を発艦させる。
「よしっ!そのまま魚雷を――――決まった!?」
自分の操る艦載機達が反応し、海面に雷跡を奔らせる。
しかしそれよりも早く、他の爆撃機が接近し先を越される。
「えっ……嘘!?私の獲物が!?」
振り返ると、眼帯をした艦娘が口角を上げる。
「みんな優秀な子達ですから」
その台詞や仕草。瑞鶴の疑念は確信に変わる。
「やっぱり、貴方が加賀さんの愛弟子なんですね」
増援が到着して、制空権がとれた事。もう勝負はついたも同然だった。喰う側が喰われる側に変われば、戦況もまた逆方向に傾く。
やがては敵艦隊が撤退を始めた所で、彼女らは一息つくのだった。
「中々の腕だったわね。でも……練度を上げておきなさい。まだ先へ行けるはずよ」
そうぶっきらぼうに話すのは、間違いない。私が捜していた人だった。私に手を差し伸べてくれた人の名――それは……
「景鶴姉様っ!会いたかったです!」
「………………はぁ!?姉様って何?えっ!?」
すっとんきょうな声を上げた艦娘――――改大鳳型1番艦景鶴。
彼女が、とうに諦めていたはずの縁が結ばれる。
「で……どういう状況だコレは」
「……そんなの私が聞きたいわよ」
ようやく執務室の態を取り戻しつつある、トラック泊地にて。東郷の目の前にいるのは部下の景鶴。そして、来客用のソファにちょこんと上品に腰かけているのは……
「翔鶴型2番艦瑞鶴ですっ。姉の景鶴がお世話になっております!」
「……景鶴……お前妹がいたのか?」
「……翔鶴姉の妹さんだって」
――――どっ……ドッペルゲンガー
正直その表現しか、咄嗟には出ない。瓜二つと言わないまでも、容姿が似ているのだ。
瑞鶴の方、少し色白いかなくらいの肌色であるのに対し。うちの景鶴は結構、日に当てられているんじゃないかと思う。
『肌の手入れって……え?何でする必要があるの?』
先日会った金剛の指摘に対しての返答が、コレである。その後、がっくり肩を落とした金剛が『瑞鶴は……瑞鶴はもうちょっとオトナなレディーを目指して、努力をして欲しいネー』と言っていた事もあった。
でも“男勝り”って言って怒るどころか、誇らしげにしてる面もあるしこれ以上は言えない。
一方の瑞鶴氏。何と言うか、凄いお嬢様オーラが出ている。深窓の令嬢と言うか、箱入り娘というか。仕草の一々が上品に見える。それも東郷からすれば、大袈裟に見えるくらいにだ。
「提督さん。何気に酷い事考えていない?」
ジト目の部下に対し、顔に出したつもりは無いんだが……と答える。そんなやりとりを見て、フフッと。それはもう花の様に、眩しい笑顔を見せる瑞鶴。直視できません。あんまりに輝き過ぎて……。
「あっ、失礼いたしました。横須賀基地司令官――井矢崎少将より書状をお預かりしています」
「うむ。拝見つかまつる」
井矢崎少将――――色々世話になってる恩人ではあるが、どうも俺にはあの人が理解できない。何かを隠し続けているような……まぁそれは、5期の黒烏全員にも言える話ではあるのだが。
「なんて書いてあるの?提督さん」
「産業会の重鎮達が集まる、社交界みたいなのがあってな。平菱インダストリアル社やポセイドンインダストリー社。月岡コンツェルンの総取締クラスが出てくるって噂の会合だよ」
「それに参加出来るように、取り計らって貰ったわけね。でも……どうして?」
それは……瑞鶴の目もあるし、この場ではどう誤魔化そうか。
「4月には即応打撃軍が編成されるだろう?その分、各泊地から引っこ抜かれる艦娘が多い。景鶴、お前は俺と横須賀勤務になるからな。ついでに産業会にはコネを作りに行った方が、あとあとで便利なんだよ」
「だそうですよ、景鶴姉さま。翔鶴姉さまも今は横須賀にいらっしゃいますよ!」
「……そっかぁ。翔鶴姉、元気にしてるかなぁ」
ひょんな所からの、本土行き決定。おまけにこのままだと、継続した勤務先になってしまう気がする。トラック基地が元通りにならなければ……だが。
俺の配属先は……528駆逐隊、第二分隊指揮官。膨れ上がって現在の所属は駆逐艦8隻の予定というから、指揮官がもう一人必要になったそうだ。
それで……今の指揮官は?書類に書かれている情報を見て、東郷の思考がフリーズする。
――――528駆逐隊(528DSq)指揮官:篠華=リーナ=ローレンベルグ中佐
おい……嘘だろ!?よりによって、何でアイツの部隊に配属されなきゃならないんだよ!
快活に笑う、自由奔放で気まぐれな同期が脳裏に浮かぶ。
いかん……新年度早々、胃が痛くなりそうだ。
そんな物思いに一人でふけり、太陽がてっぺんに上りそうな時分。執務室の窓の外から声がする。
「司令官。今入っても、構わないかい?」
言うが早いか、ノックもせず入室するВерный――それも窓から。
「今日の昼食を獲ってきた」
満面の笑みで、中身を見せてくる。バケツに入った名前も知らないような魚たちが、元気良く飛び跳ねる。
「ちょっと……さすがに魚釣りというか、漁をさせられるとは思ってなかったわ……」
「電探や聴音機を魚群探知機代わりに使ったりするのは、この基地が初めてでした……」
「スマン、曙と潮。うちの馬鹿に付き合わせちまった」
この泊地にも顔を見せた事もある、曙と潮の姿も屋外に見える。というか手伝わせたのか?アレを。
「さぁ、司令官。この魚を捌いてくれ!」
お刺身が良いなぁ――目を輝かせながら呟くのは構わないが、そもそも食えるか自体は自分で確認しろよ?ヴェル。
トラック基地最後の昼食は、そんなこんなで厨房担当が東郷になるのだった。
今日、一日は有意義に過ごせたかなと思います。色々と、慟哭の設定を練る機会もありましたし。
右目が黄色で、左目が蒼い……うっ、頭が。