近々話数入れ替えが起こるかもしれないので、ご了承ください。
今回は女帝こと篠華さんの過去編です。一日で書くものじゃないな、ちゃんと考えれば二話分くらいになっただろうに。
それでは、どうぞ。
川内に叩かれたヒリヒリする頭をさすりながら、篠華・リーナ・ローレンベルグ中佐は笹原ゆう大佐の問いに答える。
「それで……そこで良い夢見てるであろう朝霜ちゃんとの出会いってどうなの?」
「んー、そうだねー。出会いは多分、最悪のタイミングだよ?」
あの頃を思い出して、まだ若かったなぁと逡巡する。三十路まであと少し。そろそろ
アルコールが程よく回ってきた頃合い。たまには饒舌になるのも悪くない。
「そう言って、篠ちゃんはいつもおしゃべりじゃない?」
そう笑う同輩に、篠華もまたグラスを傾ける。
「あとで、ゆうちゃんと大天使
銀髪の女帝は語る。この世界にはきっと、自分を認めてくれる他人がいるということを。
初期艦と言う制度をご存知だろうか?
いわゆる指揮官の執務を代行する秘書艦――という立場ではなく、指揮官が着任した際にまず隷下に加わる艦娘を指す言葉だ。まったくの新兵の場合もあるし、ある程度艦隊に育成された艦娘を譲って貰うこともある。
士官学校を経た後に着任する場合には、特務大尉という階級で扱える範囲の艦娘がその初期艦候補となる。重巡洋艦。そして航空母艦クラス以上は佐官権限とされるため、新規に着任した大尉相当の指揮官は駆逐艦・軽巡洋艦・水上機母艦から選ぶ事になる。
初期艦を選ぶ方法は三つほどある。
一つ目は、着任する部隊の士官が殉職した補填の場合。そのときは既存の部隊の旗艦が執務をサポートする意味で、後任の指揮官の初期艦になることが多い。
二つ目に、艦娘の適合検査に立ち会う方法。内地の居住区や難民キャンプに検査官が陣取り、その過程の上で初期艦を選ぶと言うもの。委員長――――もとい東郷特務大尉の響は、事情が違えどこれに当てはまる。
三つ目は、今まさに篠華がやっている方法だ。着任予定地の現役部隊からのスカウト。手続きがいささか面倒であるが、卒業時の成績が十位以内の士官に与えられる防衛大時代の推薦状を行使して、わざわざ秘書艦を選びに来ているのである。こんな我儘のような秘書艦選択がまかり通るのも、士官養成課程でのモチベーションを高める意味も大きい。異常豊作の五期と言われた中で、勝ち抜いてきた篠華自身の成績も申し分がないことは、ここの司令官も分かっていることだろう。
2079年3月30日。来月の頭から大湊警備府の563水雷戦隊司令補佐を務めることになる篠華・リーナ・ローレンベルグ特務大尉は、眼下で行われている水雷戦隊同士の模擬戦を見下ろしていた。
本来であれば司令補佐という役職で任じられるはずが、極東方面隊全体の人手不足の件もありいきなり艦隊指揮を預かることになった。そのため最近は、少しでも早く実戦に出れるよう各種施設の見学をしている。
本土防衛の要となる精鋭で構成された第一分遣隊、517水雷戦隊。対するは大湊所属とはいえ、北方海域を遊伐する叩き上げの563水雷戦隊。どちらが勝つと言えば、火を見るより明らかだ。生き死にに直結する前線ほど、部隊の人員は減っていき補充される。必死に温存されている防衛部隊と違い、その本質は新兵の集まりだったりするのだ。
「
「どうかされましたか? ローレンベルグ特務大尉」
独り言で呟いたのを、案内をしていた技術士官は聞き逃していたらしい。篠華がこの場にいるのは他でもない。四月からの着任にあたり、自分の初期艦を選ぶためだった。
勝ち負けが最初から決まっているのに、戦力差のある演習を続ける理由は二つある。一つは一方を勝たせることによって、強者としての自信をつけさせるため。そして適度に軍規に縛られた生活の中で、鬱憤を晴らさせガス抜きをすることだ。もう一つは一方を負けさせることによって、恨みや憎しみといった負の感情を蓄積させたキルマシーンを作りだすことだ。その負の感情を正しい方向に出力されれば、敵に対して有効な兵器であることに間違いはない。
だが篠華にとっては、そのやりかた自体が気に食わなかったのだ。誰しもが負けを経験する必要がある。投入された戦場において、実戦に立って初めて負けを感じる兵士は生き残れない。自分は勝てて当たり前だというプライドが、その兵自身の首を絞めるのだ。
篠華は、艦娘の指揮官としては実戦を経験してはいない。しかし幼少期から第三次世界大戦の混濁した世界を放浪し生き伸びた彼女にとっては、この模擬戦がただただぬるま湯のように感じるのだ。
戦場の絶望を味あわせる前に、鼻を高くした本土の精鋭部隊のプライドをへし折りたいという欲が出てくる。だからこそ自分の中の嗜虐心が滾り始める。
果たして、お眼鏡にかなう艦娘はいるだろうか――――そう思い、演習の様子を見に来たのだがあまり芳しくはない。517の艦娘など論外だ、あれは調教しがいがない。だとすれば563なのだろうが、アレはアレで目が死んでいる。
なぜ付き合わねばならないのか。なぜ負け続けなければならないのか――とフラストレーションが溜まりに溜まっているのだろう。動きは精細を欠き、目に悪い蛍光塗料を全身に被っている。
こちらの視線が、見学中の演習に向いているのが分かったのだろう。技術士官が疑問であろうことに口を継ぐ。
「あぁ、あれですか? いくら艦隊の士気のためとはいえ、あまりに一方的な演習だと思いますよ。563は先日の海戦で旗艦を喪ってますし、なおさら中口径主砲が使えなくて苦戦していますね」
「
案の定、中口径砲の射程を活かして一歩引いて構える517に対して563は果敢に飛び込んでいくが、その身を削るような猛攻に次々と大破判定を貰っていく。
ふと、目を引く銀髪が視界に映る。ポーチから引き抜いた爆雷を投擲し、あろうことか敵艦隊の鼻先で起爆させる。もちろん模擬爆雷だから殺傷効果はない。しかしそれ相応の塗料が多量のガスと共にはじけ飛び、あるいは気化して一瞬の煙となる。
爆音を伴って怯んだ517に、一人の少女が飛び込む。近場の相手に警棒を叩き付け、あるいはワンハンドで発砲し即座に二隻を行動不能にする。
急旋回をし、その場を離れる少女。その表情は苦痛に満ちた顔で、負け続けによる諦めのものではなかった。
気を害したのだろうか、直後に体勢を立て直した517の艦娘たちが少女を血祭りに上げる。過剰なまでと言える発砲、殴打。演習終了のサイレンがなるまで、そのイジメとも思える攻撃は続く。
気付けば、自然とその少女を目で追っていた。模擬戦という枠に囚われない、破天荒な戦い方。圧倒的劣勢に立っても、消えない両眼の焔。自分の心拍数が上がり、動悸が激しくなる。沸騰するかのように血が騒ぎ、視界が彼女しか捉えないようになる。
――――この子が欲しい……ただただ純粋にそう思ったのだ。
その時。傍にいた技術士官は篠華のただならぬ雰囲気に押されて、声をかけることすらためらったのだという。
基本的に朝霜は、他の艦と組まずに行動することが多い。彼女自身がこの警備府で少ない古参であるのもそうだが、あまりに新人とのギャップが激しく見えない壁のようなものを感じていたからだ。
先日の戦闘で旗艦を喪い、司令官が殉職した536水雷戦隊は解体される――――そういう根も葉もない噂話であれ、傷心の彼女達にとっては笑い飛ばせるほどの余裕がないのだ。
汚れ役を押し付けられてきた536は、良い思い出などなくとも。それでも朝霜にとっての心のよりどころなのだ。だからこそ周りの雑音から耳を塞いだ。負け犬と嘲笑われても、唾を吐きかけられても目の前の戦闘に没頭し続けたかったのだ。
いつからだろう……そんな自分に疲れてしまった。国を守るために――と艦娘という道を選んだのに、蓋を開ければ自軍に馬鹿にされる日々。味方をこんなにも恨みがましく思う日が、あの時は微塵にも思わなかったのに。
心と体。船霊と艤装。いつしかその存在が剥離し、朝霜自身のあずかり知らぬ所で蝕んでいた。
司令官が亡き今も、執務代行を続けている。何かしなくなった瞬間に。止まってしまった瞬間に、自身が瓦解しそうだと恐れるかのように。
癒すことのない重責で、夢と現実の境界が曖昧になる。この時もそうだ。呆けているつもりはなかったが、銀髪の士官制服を身に着けた女性が佇んでいることに気付くのに一拍を要した。
「
「……アンタは誰さ?」
流暢なロシア語が耳に入る。凛と張るような声ではなく、ヒビだらけの心に響く優しい音。そして甘美な毒のような誘いにも聞こえた。
「便宜上、特務大尉に司令官を任せる訳にはいかないそうでね。明後日より536水雷戦隊の司令補佐を務めることになる篠華・リーナ・ローレンベルグ特務大尉だ」
肩部に縫い付けられた階級章は大尉相当。艦娘は中尉相当であるから、上官だと気付いて失言だった――と頭を抱えるがもう遅い。しかし目の前の士官は気に留めた様子もなく言葉を紡ぎ、執務室の机にまで歩を進める。
「執務代行ご苦労。以降はローレンベルグ大尉が引き継ぐ、朝霜特務官は自室に下がりたまえ」
「……いきなりしゃしゃり出てきて上官だぁ? アンタにこの艦隊の何が分かる!? 虐げられ続けてきたこの艦隊の何が分かるってんだよっ!」
――――これ以上、アタイから奪わないでくれよぅ。
もうアタイには
そう思うと同時に助けてほしい。認めて欲しいという感情が渦巻く。
アタイらが何をしたっていうのだ。ただ胸を張って艦娘として戦いたいだけなのに。
抑えてきた感情が決壊する。心のダムから堰き止められていた濁流が流れ込む。
それほどに心が壊れていたのだと思う。目の前の上官の声は、労わるように優しくそして残酷に響く。
「はき違えるなよ、朝霜特務官。矢面に立って人間と戦うべきなのが司令官であって、お前の
――――もうお前が戦わなくて良い。この部隊は私が守る。
背中まで腕を回され、いつのまにか抱きしめられていることに気付く。
朝霜の勘が警告する。目の前の女性の腕が蛇の様に絡みつくことを。近づいた彼女の髪から発するシャンプーの匂いが、毒の様に染み入ることを。
だが、この身を委ねて良いと一瞬でも思ってしまったのだ。雛鳥が目の前の親に懐くように、朝霜もまた篠華と名乗る女性に心を許してしまったのだ。心の隙間を縫ってきたとはいえ、それは偽りのない事実だ。
朝霜の頬を伝うのは、悲しみの涙か。あるいは安堵の涙か。
それは朝霜自身にも、目の前にいる篠華にも分からないものだった。
「でも。本当は、他に理由があったんでしょ?」
目の前の笹原大佐は、近場にあったタオルケットをカーペットに伏した艦娘たちにかけている。篠華もまた秘書艦の銀髪を愛おしむ様に撫でつつ、その感触を楽しんでいる。
「なーに。あの演習を見てた時に、思い出すことがあっただけだよ」
むかしむかしの話だよ? あるところに銀髪の少女がいました。アルビノなんて言われて、忌避されるような身なりだったからね。そりゃあ虐められました。でもそれ相応の仕返しはしていたし、少女にとっての日常は五月蝿いハエのいるただの日常でしかありませんでした。そんな退屈な日常を裂く様に、あるとき世界中を巻き込んだ戦争が起きました。少女両親は医者で、国内外を飛びまわり傷ついた人を救っていきました。少女は戦火を飛び込む様に両親についてまわりました。幼くとも医療を学び、両親の支えになろうと勉強しました。けれど、救えない命もありました。少女は己の無力さに絶望し、やがては銃を取り戦う兵士となりました。
「朝霜にはさ……まだ、この世に希望を持って欲しいんだよ。だから、全ての泥は私が被る。朝潮にゃんやミッチーも含めて、私が彼女達を守る盾になる――――ゴメン、つまらない話にしちゃったね」
「そんなことないよ? 酒の肴なんてそんなものさ」
篠華の手が、眠っている朝霜の頬に添えられる。当人がどんな意志であるかは分からないが、笹原には篠華の様子が慈母に見えるのだった。
手落ち無沙汰になった笹原が、互いの空いたグラスに並々と注ぐ。振り向いた篠華も、笑って酒を手に取る。
「互いの部隊に幸あれ――――」
「――――我が艦隊に栄光を」
「「暁の水平線に勝利を刻め!」」
二人して、江田島防衛大で伝統とされている乾杯の音頭を盛大にハモって爆笑する。
さて、今度はゆうちゃんの番だよ?――――二人の指揮官は、再び盃を交わすのだった。
またしばらく卒業研究が忙しいため、更新が遅れると思いますがお付き合い下さい。