教育実習が終わったので、とりあえず投稿出来ました。
久し振り過ぎて、どうやって執筆してきたかを忘れている件。
なお、これから卒論と試験勉強を控えている模様……。
暫くは更新は難しいと思いますが、お付き合い頂ければと思います。
それでは、どうぞ。
――――2079年5月8日。あの戦いは、およそ4年前の事になった。
特務護衛艦三代目ふゆづきの甲板の上。降りしきる雨の中でも翻る蒼き旗を、東郷駈大尉は見上げていた。
左上にある、水色の背景を持つ地球。その後ろに四つ割り錨を配した旗――これが、国連統合海軍で使われている共通の部分である。
また右下にある、重ね桜に菊花紋章を配したデザインは極東方面隊所属である事を示している。
――――己が身は、この旗の為に尽くし。また従える爪よ、牙よを己が矛とせよ。
そう教えられたのは、何時の頃だっただろうか。確か“あの時”も酷い雨で、空は紅く燃えていた。
「526の上司は寝込んじゃったんだっけ?駈クンも風邪ひくよ?ただでさえアラスカは寒いんだからさ」
「そういうお前は、雪国育ちで堪えている様には見えないがな」
こんな雨の中で、外に出てくるような馬鹿は俺ぐらいかと思った。入口からひょっこり篠華=リーナ=ローレンベルグ大尉が顔を出す。連日の戦闘で彼女自身も疲労困憊のようだった。
「ウラジオストク生まれだから、北の海は庭と思ってたけど。それ以上に酷い戦場だよ、ここは。深海棲艦なんかが蔓延ってなきゃ良い所なんだけどねぃ」
「こっちも、そろそろ限界だと思っていた所だ。勝つか負けるかが五分五分の戦だ、」
4日前から継続しているこの戦闘。艦娘と言う、非人道的ともされる少女たちが攻勢に出るのは珍しい事だ。
敵の本拠地とされる東方海域を大きく迂回させた、北方海域におけるシーレーンの確保。極東方面隊と南北アメリカ隊合同による威信を懸けた戦いは、現在分断されているユーラシア大陸と南北アメリカ大陸を結ぶ事で技術交流や物資の輸送を行う為に最低条件とされていた。
航路の開拓の為とは聞こえが良いが、やっているのは深海棲艦との殴り合いである。
戦場にいるという緊張感や、自分の生死を一瞬の油断が決めてしまうと言う危機感で碌に眠れず今に至る。
だが、まだ562水雷戦隊で司令補佐官という役割であれば楽な方である。実際に戦場に立っている訳ではない自分よりも、着任から付き従ってきている響の方が心配である。
「朝霜の艤装もいよいよヤバそうだ。新品ピカピカであるはずの艤装が、悲鳴を上げているんだから……このままじゃ沈むよ」
「響の方も、似たようなもんだ。今は大破判定を喰らっていて、艤装が応急修理出来るかどうかだな」
響からは『司令官、すまない。私のせいでフィードバックを与えてしまっただろう?』などと言われたが、彼女自身が一番その痛みを感じているのだ。
あれぐらいの痛みなら、こちらだって歯を喰いしばってれば何とかなる。俺に残ったのは、彼女を使い切れずに、傷つけてしまったという後悔である。
篠華と自分はつい先日に防衛大を卒業したばかりで、初陣のはずが敵艦隊を引っ掻き回すような役割ばかりを求められている。新兵は使い捨てにされるのか?
模擬戦ではやってきたが、実戦との扱いは別の話である。撃たれれば死ぬ。今は医務室で治療されている響を思いつつ。東郷の頭の中では、先ほどの電脳通信の内容が繰り返されていた。
「戦線離脱……でありますか?この戦力の投入がギリギリの状態で……」
『――――戦線離脱というのには語弊がある。君にやって貰いたいのは、補給部隊の護衛だ。何も、貴重な戦力を撤退させる意味じゃない』
聞いた所によると、君は防衛大時代でも優秀だったと聞くがね?……東郷大尉――――現在、艦隊の音頭を執っている本陣。今は横須賀にいるであろう井矢崎の言葉に、東郷は顔をしかめる。
確かに模擬戦での撤退戦や防衛戦に限っては、自分の戦略が評価されてきたのは事実だ。
しかし、一兵卒の(駆逐艦一隻を預かる、新参としては)権限しか持ち合わせていない。
今、俺がやるべきは上層部の駒として動く事。あるいは現場の指揮に背かない形で、自分の部下――駆逐艦響を守っていく事である。
補給艦の護衛をしろ――――名目としては、攻撃部隊に組み込まれないよう厄介払いをされた訳である。
幸いな事に、大破状態まで損傷した響の修理は完全ではない。
前線に出して轟沈させるよりは、上層部にしては妥当な判断とも言える。
「井矢崎少将は“この戦は勝てない”とお思いですか?」
『――――口を慎みたまえ、東郷大尉。秘匿回線とは言え、その発言が知れたら減俸どころではすまないよ』
「……やはり今回の海戦は時期早計だった――という事ですか」
現実の身が戦場にいるのとは似つかない、和室のチャットルームで。井矢崎がこちらに、数枚の資料を滑らせてくる。
現在の艦隊配置図、損害情報、割り出し中の敵旗艦の予想海域。今までの戦況ログといった、大尉権限では得られない情報がアップロードされていく。
『――――まったく……強硬派の連中め。見込みがないのに挑むから、痛い目を見るんじゃないか。十一月事変で、少しは反省したのだと思ったんだがね』
「十一月事変――――津軽海峡での、アンノウンによる艦隊消失事件ですか。確かにあの時は、強硬派の台頭があったと聞いてますが」
『――――皮肉な事にあの事件のおかげで強硬派は失脚し、我々穏健派が動きやすくなった。今回の攻勢は何とか勢力を取り戻そうとした、強硬派の思想だ。君達新兵を含めて艦隊を再編し、艦娘以外の現行兵器も大半を投入した――そんな付け焼刃の艦隊で勝てるほど、戦場は甘くない』
やれやれだね――手元にあった扇子で扇ぎつつ、井矢崎は溜息をついた。
そんな彼が、含みを持たせて語りかけてきた。
『――――1回しか言わないから聞き逃さないでくれよ?東郷大尉……“間もなく鐘が鳴る”。その時に、どう対応するかを君は迫られるだろう。貴官の幸運を祈る』
そう言って、一方的にチャットルームとの接続がカットされた。
『――――516水雷戦隊司令、東郷颯少佐だ。特務艦あきづきの損傷により、作戦指揮継続が困難と判断される。よって駆逐艦朝雲及び随伴艦の指揮全権を562水雷戦隊司令補、東郷駈上級大尉に権限を委譲する――』
戦闘中に作戦司令部から転送されてきた通信内容に、東郷は眉をひそめる。
兄貴がこの戦場にいて、なぜこの通信を送ってきた?
本来なら日が沈む頃合いだが、極緯度地域である影響か日はまだ昇ったままである。
戦線が膠着し、夜戦に突入出来ない事を悟った水雷戦隊の指揮官が歯噛みした時だ。
――――“その時、鐘が鳴った”
補給艦の護衛として後方に下がっていた響の視覚情報から、北方の空に閃光が奔ったのを東郷は見た。
次に目を開いた時、一瞬にして艦艇が……空軍機が……その全てが、業火で焼き払われていた。
「クソっ。どうなってやがる。前線の511から519部隊の反応が全部ロスト!?そんな馬鹿なっ」
『――――っ……司令官。作戦命令を!523旗艦赤城より、全軍へ緊急通信――――523と525は第二次攻撃隊の7割を消失。そんな……このままじゃ敵の侵攻を抑えきれない!』
預かり知らぬ所で急転した戦場に、東郷は歯噛みする。
戦線の崩壊具合から判断すれば、戦術核レベルのシロモノが投入されたとしか考えられない。No-Nuclear-Nitrogen weapon――NNN兵器の窒素爆雷か?
それとも、現行兵器では“比較的”環境に優しい核兵器などと皮肉な事だがHY-SADM――水素式特殊爆破兵器を用いれば可能な爆破範囲だ。
時間が経つにつれて、戦況図が復活していく。だがいつまで経っても、特務艦あきづきの反応がない。
ロストする前に確認したのは、消し飛んだ一帯に含まれていたはずだ。もしこのまま、51特務艦隊の司令部が吹き飛んでいれば、指揮官を喪った部隊は崩壊か敗走の道しか残らない。
「司令部機能が吹き飛んでいる?511はどうした!?」
オープンチャンネルに切り替えて、他艦の救難信号や情報を仕入れようとする。
ノイズ交じりの無線から、澄んだ声が響く。
『――――否がつかない。特務艦あきづきとの連絡が途絶えている。こちらは、完全に指揮機能を喪失している。繰り返す。511戦隊旗艦の長門だ。現在、佐官以上の指揮官の安否がつかない』
「生き残りがいたっ!……こちら562水雷戦隊の東郷大尉だ。戦隊旗艦長門、指揮機能は完全に喪失している――――確かなのか?」
『――――っ!?こちら長門。562はご無事ですか……現在、指揮権の大半を喪失と判断。艦隊旗艦の独断で、各艦の自衛を最優先にベーリング海から後退している。今確認された尉官以上で、ご無事なのは東郷大尉だけです』
「よく今まで持ちこたえてくれた長門。中央コンピュータに進言。51特務艦隊は艦隊司令機能を喪失と判断。緊急具申の総則に則り、51特務艦隊旗艦の長門より臨時指揮権の移譲を具申する」
『――――こちら総旗艦長門。了解した、指揮権を562水雷戦隊の東郷大尉へ移譲する』
認証されて、今まで凍結されていた情報が書き換えられていく。
「臨時で指揮を執る562の指揮官、東郷大尉だ。全艦隊に通達する“各艦の自衛行動を最優先とせよ”。繰り返す“各艦の自衛行動を最優先とせよ”」
旗艦を含んだ部隊である511戦隊が敵に近すぎる。幌筵まで後退させるには距離も時間も足りない。
東郷が戦況図に指を滑らせ、退避命令を出していく。
各艦の撤退行動のシミュレーション。撤退艦が抜けた後の穴を埋めようと、艦隊の再配置。
最終的に混乱していた艦隊へ指示を出し終わった頃には、511も体勢を立て直したようだった。
「511の撤退に支援砲撃を……生きてる砲は……。中破だが、513の比叡が使えるか?」
彼女の生体情報が流れ込んできた時に、鼓動が早くなったのは気のせいだ……なぜ彼女がここにいる?
偶然だとしても、この場ではさした問題ではない。指揮官の自分は、彼女の強さに賭けるだけだ。
戦場に赤城と加賀の航空隊が上がる。あの爆発によって、深海棲艦も少なからず被害が出ている様だ。このまま押し切る。
エアカバーが行われ、猛追してきた敵の残存艦を海の藻屑にする。
最終的には双方が痛み分け。やがて51特務艦隊は、逃げ切るように戦場を離脱していた。
戦闘が終了した後に、被害報告を聞いた東郷は眩暈を覚えた。
艦娘こそ喪わなかったものの航空母艦が10隻以上、ミサイル巡洋艦は20隻以上。戦闘機はその数は三桁クラスの損害を受けて、各軍は敗走した。
東郷もまた特務艦ふゆづきと共に母港である幌筵に帰投し、残存艦隊の被害報告をまとめた所だった。
ある程度落ち着いた時分。どうしても話がしたいと響から連絡があり、ある病室へ足を向けた所だ。
「悪いな響、手間ぁかけさせちまったな。516の指揮官はうちの司令補が引き継いでるが、きちんと礼を言いたくてね」
篠華の部下である朝霜が、左目と口を残して血染めの包帯を巻き付けられていた。
「良いから、横になっていてくれ朝霜特務官。よくあの戦場から戻ってきてくれた」
身を起こして敬礼を解かない朝霜は、歯を喰いしばり直立したままだった。
そんな彼女をベッドへ戻しつつ、東郷も脇の椅子に腰かける。
頭や、制服から覗く華奢な手足が包帯を巻かれて痛々しい。こんな船の上で入渠ドックなどあるはずもなく、艤装はともかくとして怪我を治す為の施設はない。原始的だが消毒し、止血をするくらいしか方法はないのである。
「すまない東郷大尉。あんたの兄は……助けられなかった」
「……あきづきが機関を損傷した時点で、兄貴は覚悟を決めてたさ。君たちが責められるような事じゃない。それよりも、あの子――朝雲はどうなんだい?」
「今は鎮静剤を打って大人しくして貰ってる。最悪はメモリアル・ストックを使って、疑似記憶で上書きするしかして戦線復帰させるだろうねぇ」
朝霜の呟きに、東郷も視線を床に落とす。
彼女達が兵器である限り、その身を尽きるまで戦い続ける他はない。
艦娘として身を投じた時点で彼女達は、軍の所有する兵器と同列として扱われる。
――――その命を燃やし尽くすまで
「結局、俺がやっている事は艦娘達の命を
「そんなこたぁない、東郷大尉。あんたの活躍で、何人の艦娘が陸を踏めると思ってる?」
俺が何を抱えているかを知らないのだろうが、朝霜はこちらの奥底を見透かすように笑みを向けてきた。
「あんたがしてきたのは、間違いじゃない。ここで救われた命は、また別の誰かを救う事になる――世の中そういう風に出来てんだよ、大尉」
「……朝霜特務官、もう休みたまえ。私も司令部へ戻る」
彼女の言葉から、逃げるように病室を後にする。
俺にはそんな言葉をかけられる資格はないんだよ、朝霜。
君が知る事はないだろうが、あの時救えなかった命があるから俺はその十字架を背負い続けなければならないんだ。
握った拳は、その力の行き場を失くして壁に叩きつけられた。
4-5とかいう、支援の使えないイベント海域クラスめ……。
あの夜戦マスは大型探照灯使っても、重巡がカットインを連発してきて撤退している模様。