艦隊これくしょん~鶴の慟哭~   作:エーデリカ

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書き溜めた物の再構築。順序入れ替えです。

1/17追記:改稿作業終了しました。一章-4を全面的に書き直し、分割投稿になりました。東郷とВерныйの話は短篇集に移行し、加筆して再掲載したいと思います。


一章-3 路地裏での出会い

 艦娘になる前の自分は――――いや。今は姉と呼ぶ女性に会うまでは、何をしていただろう。気が付いたら路地裏で生活し、雨を凌ぎ、日々の生活に支障がない食糧を得られれば十分だった。

 

 ――――深海棲艦の登場により世界は激変した。

 

 私もそのうねりに流されたのだろうか。いつのまにか家族はいなく、孤独だった。海の近くに住んでいて両親は殺されたのかもしれない。兄弟や姉妹がいたのかもしれない。その顔も声も何もかも思い出せない。私は空っぽだった。

 

 今思えば、誰かに自分の価値を認めて貰いたかったのかもしれない――――それだけが生きようとする足掻きだった。

 

 今日も今日とて、いつもと変わらぬ灰色な日々を過ごす。宿屋や厨房の裏口に備え付けられたゴミ箱から、生きるために残飯を貪る。誰も来ない廃屋を拝借し、ボロボロの布団にくるまり夜を明かす。記憶を遡ってこんな生活を始めたのは夏場だったが、さすがに冬の寒さは体にこたえる。配給のスープの温もりだけが、何もない心に染みた。

 

 その日。彼女に会ったのは偶然に過ぎない。自分の活動範囲を徘徊していた時に、たまたま見慣れない少女を見かけたのだ。日に照らされ透き通るような白髪、整った顔立ち。一目で、自分とは世界の違う世界を生きているのだと嫉妬した。

 

 自分でいうのも何だがこの地域は難民キャンプの様相であるし、とてもではないが治安が良い訳がない。あんなお嬢様のような裕福な身なりをしていれば、たまらず追剥に遇うだろう。

 

 ここでの生活に、親切という文字はない。誰しもが他人に構う余裕などないのだ。目で追っていたが、案の定オドオドとしている少女を男たちが数人で囲んでいる。

 

 何も知らずにここに来たのが、運の尽きだ――――心の中ではそう呟く。だが、体は動き出していた。囲いを飛び込す様に地を蹴り、壁を蹴る。驚きに目を見開く少女の手を掴み、獲物を目の前に舌を舐める男をタックルで突き飛ばす。

 

 呆けている彼女の手を取り――――そして少女の運動能力のなさに眩暈を覚え、勝手知ったる裏通りを抜ける。追いかけてきた男たちを撒き隠れ家へ辿り着いたときには、お互いの息も上がっている状態だった。

 

「貴方……随分足が速いのねぇ」

 

 

 落ち着いた頃に聞こえた台詞が、神経を張りつめていた私にとって肩を落とす物だった。

 

「だいたいっ、何でココみたいに危ない所に来たのよ!?」

 

 私の疑問は、難民街という言葉を知っている住民なら至極当然のモノに違いない。

 

「えーっと………………爺やがどうしても、お屋敷を出させてくれないの。妹のために花束を買いにいこうとしただけなのに……」

 

 慌てたようにしょぼんと表情を暗くする彼女を見て、私は頭を抱える。予想を超えたと言うか、本当に世間を知らないお嬢様だったらしい。

 

 花――――生きること以外にお金を使えるほど、ここの住人は余裕がない。大人の男性であれば軍関連施設が建築されるたびに仕事の募集があるから、生きるのに困ることはない。しかし私の様に非力で何も役に立たない餓鬼には、おこぼれをあずかって食い繋ぐので精一杯だ。

 

 中には、深海棲艦に対抗する術を持つ艦娘として招聘されることもあるらしい。そのための適合試験だかもやっているが、私にとってはあまり関係のない話だろう。

 

 身なりだけでなく思考まで裕福だと分かると、私は目の前の少女の扱いに困る。早々に家に帰すべきか、あるいは花束を買いに街を案内するかだが。後顧の憂いを断つには後者が良いが、あまりにリスクが高過ぎる。

 

 それを知ってか知らずか、目の前の少女は呑気に声をかける。

 

「貴方……お名前はなんて言うの?」

「……名前はない」

「でも、呼びづらいのは不便よね……」

 

 少女が顎に手を添えて考え込む。廃屋の薄い壁を縫って、風が通る音だけが聞こえる。こんなオンボロの家屋では、一風に吹かれただけで簡単に軋む。

 

 ふと思い立ったかのように、顔を上げる少女。目を輝かせ、ズイ――と目の前まで顔を近づけてくる。

 

「なら、今度会う時までに考えておくわっ。貴方にピッタリな可愛い名前!」

「そーねー………………え"っ"!?」

 

 目の前の少女の睫毛が長いなぁ――――と、見とれていた訳ではない。言葉の意味が分からなくて反復したのだ。

 

「名前を考えてくる――って、アンタは私の母親か何かかぃ!」

 

 正直に言おう。私は目の前の少女の可愛いという言葉に首を捻る。可愛いという言葉自体がゲシュタルト崩壊しそうだ。

 

「ねぇ貴方。またここに遊びに来ても良いかしら?」

「本当に名前を決めてくるで決定したのっ!? ……まぁ、良いけど」

 

 名無しから貴方へランクアップ……今まで一人で生きていたがために名前などなくても困らなかったが、こう他人に呼ばれるのはむず痒くとも嬉しいと思ったのは事実だ。

 

「って。ここへ遊びに来るのはマズイってば!」

 

 少女は、先ほど絡まれたことをもう忘れたのだろうか? 奇異な目で見られるだけでなく、人によっては獲物になりえるという自覚が余りにも欠けている。

 

 キョトンとする彼女を見て、本日二度目の肩落としである。半分諦めた声で、最大限にできる譲歩をする。

 

「分かった、分かったから。お花の買い物くらい、私がついていくわよ」

 

 そうして白髪の少女との買い出しは、何事もなく終え日が落ちる前に別れたのだった。この時は二度と会うまいと、腹を括っていたのだが。

 

 

 

 

 

 そんな風に少女とは何度も会った。他愛もない話をし、時に明るく時に暗い表情をする彼女。会うのがいつの間にか楽しみになっていたのは当然だとも言える。

 

 その日もいつものように徘徊し、食糧と飲み水を得る。雨で体を流し、隠れ家にかき集めている比較的汚れていない布で水滴を払う。夕食を得るには早い時間であるし、このまま眠って体力を温存しようとした時――――突然に彼女は現れた。

 

「こんにちは。名無しちゃん」

 

 そう呟く彼女の声は、無邪気であった前回までの邂逅とは比べ物にならないくらい凛としていた。

 

「あんた……どうしてここに!? ココは危ないから、来る時はいつもの場所で――って言ったじゃない!」

「この場所での約束を無下にするほど、私は無粋な人間ではありませんから。そして、此処こそが相応しい場所なんです」

 

 そういって白髪の少女が笑う。あの時は一人で来た彼女は、老齢の男性を背後に控えさせている。この前の話に出てきた”爺や”とやらだろうか。服装は紅白の袴、神社の巫女服に近いと言ったところだろうか。

 

貴方に名を与えに来ました(・・・・・・・・・・・・)

 

 少女の手の平に浮かび上がる勅令の文字。人魂のような色とりどりの炎が、私の隠れ家を駆け抜けて浮遊する。

 

「まず、貴方に謝らなくてはなりません。私はここに迷い込んだのではありません。ある人を探していました。国の守り手となり、国を救う矛である憑代となる艦娘を」

 

 強張った少女の唇から、懺悔するような暗い音が紡ぎ出される。

 

「私たち艦娘という存在は、お互いがお互いに惹かれあう。そういう運命(さだめ)のもとに誕生します」

 

 艦娘? 運命? 目の前の少女の言葉に、私はただ置いて行かれるだけだった。深海棲艦に対抗するための兵士――それが艦娘なのは分かる。だが、なぜ私が!? 驚愕とは裏腹に、少女が続ける。

 

「貴方には二つの選択肢があります。このままの生活を続けるか、名を賜り私と共に艦娘として戦うか。名を与える行為は艦娘としての一歩ですが、同時に貴方の道を縛ることになります。ですから真剣に……」

「ジリ貧の生活を続けたいかって? 愚問よ。誰かの為に戦って、誰かの為に死ねるなら本望じゃない。まだ、私の命に価値があるなら使い潰すわ」

 

 躊躇する声色の彼女の声を一蹴する。目の前の少女が何のために私に接触してきたのかなんて、ぶっちゃければどうでも良いのだ。

 

 この生活を変えてくれる、道を示してくれるだけで十分だ。思わぬ即答に、目を点にした少女。意識を現実に戻したところで、咳払いをし唱える。

 

『伏見宮の血を与え勅命を以て我が(しもべ)とす いま無銘の者を携え名を授けん 支えるは(みかど)御坐す(おわす)(みやこ) 冠すは日の本を照らす明かりとなれ 我が名が宿すは(あま)を翔け(えにし)の集う鶴 鶴の名を分かち坂東を望む大山の名を賜る 名付けしは景鶴(けいづる)

 

 景鶴――――目の前の少女が宙に書いた文字が、そのまま無気味に瞬く。愛おしむように手の平の上で転がした文字を、私に向かって払う。突然の事態に警戒していた私は、自分の意志とは反して迫ってくる光に憧れたのを感じた。

 

 手を伸ばす。そして景鶴と書かれた光に触れる。触れた途端に、一瞬でその文字は霧散し昇華する。部屋中を駆け抜けたその残滓は、まるで雪の様に舞い散って行った。

 

「私の名前は、伏見宮翔佳。この国を守るための御霊、それを扱える適合者を探して旅を続けていました」

 

 バツの悪そうな顔で落ち込んだ少女――翔佳に、私は目を丸くする。最初から計算づくで接触してきたようには見えなかったのだが。

 

「……いえ。道に迷って、殿方に絡まれたのは本当ですよ?」

 

 だとしたらとんでもないお嬢様だな。結局のところ、私の中で彼女のイメージが変わるところはない。

 

「改めて自己紹介させてください。真名は伏見宮家の末席で、翔佳と申します。今は艦娘として翔鶴型1番艦翔鶴を名乗っています。貴方に与えた名は景鶴(けいづる)。東の国から昇る朝日と、長寿を示す鶴。そして尾瀬に広がる山々から名づけました」

「んーと。よく分からないけど、名前の付け方に拘りがあったりする訳? やけに長ったらしい口上だったし」

「私たちの家系で冠される仮名(かりな)が”鶴”の名だったりします。旧皇族である私たちには、名を与えることで怨霊を使役する命を賜っています。そして現在では、艦娘と呼ばれる巫女を見定めお声かけをしていますね」

 

 私に会ったのは偶然とはいえ、目的としてはあっていたのか。

 

 まるで鶴の恩返しね――そういうと、目の前の少女は華の様に笑うのだった。

 

「私は事情があって、現存しない翔鶴型の艦娘を探していました。それはこちらの都合であって、貴方の為にはならない理由です。そんな姉について来てくれますか? 景鶴」

「えーと。何か気恥ずかしいかな……翔鶴ねぇって呼べば良いのかな?」

 

 瞳を潤ませ、こちらを見る少女。呼んで! もっと呼んで!――とはしゃぎにはしゃぎまくったのでこちらが驚いた。控えていた初老の男性もそれは頭を抱える位に。

 

 それが、艦娘景鶴と翔鶴の出会いだった。




2000字程度だから、連載というよりSSになりつつありますが。

それと複数の人物を同時には出さないでしょう。(――――出せないでしょうじゃないか?司令補)

台詞もカギかっこで囲うのではなく、誰かの視点での心象をベースに書いています。エンター5つ分のスペースは視点の変化や状況の変化として捉えて頂けると幸いです。
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