それでは、どうぞ。
701号室に戻り明日からの行動をシミュレートしようと、瞼を閉じて思考を巡らせる。
話が思ったより長引いたことが原因かもしれないが、景鶴からは先に部屋に戻る――メッセージが来ていた。まぁ好きで社交場にいたいという気持ちでなければ、先に帰られるのは当然だろうとは思う。
中島大臣も人が良いのか、多少強引であるが
景鶴が寝ているであろう寝室には入らず、とりあえず机の上に視線を向けると――――見たくないものがあった。
「まったく……突撃一番を本当に置いてあるとは思わんだろ。井矢崎少将の野郎、絶対に俺をからかってやがる……」
良く見ると、ゴミ箱の中に開封済みのアレが捨てられている。付随してそれらしいものはなかったので、胸をなでおろす。
誤解を生むようなシチュエーションを、わざと作ろうとしているのではないか?あの人は。
そろそろ寝るかと、上着をハンガーにかける。寝間着なんてわざわざ持ち込もうとは考えていなかったから、このまま礼装が皺になろうが構うまい。
上着の内側にあるホルスターから取り出したFN FiveseveN――――自分には反動が強すぎるのが難点だが、護身用には申し分のない拳銃を机の上へ置く。
引き出しから自分にとっては使い慣れたWalther P22を取り出して、一息つく。
「FN FiveseveNも良いんだが、やはりこっちの方がしっくりくるんだが……俺が反動に弱いだけか」
現在の日本では銃刀法という概念は崩壊している。深海棲艦の出現に際して。日本各地では暴動が起き、その民衆同士の小競り合いにすら拳銃が用いられた。肥大化する暴動に対して国が自衛の為の武力を認めてしまったが為に、こういった武器はある程度のツテを使えば比較的簡単に手に入る。
東郷としては反動の小さい22口径を好んで使っていた。それに“人を殺す”という行為には、脳が勝手に行動をロックしてしまうのである。
『それが、委員長が優しいせいなんだから』と篠華にはからかわれた事は、数知れずである。
先程のようなパーティ会場では、海軍要人の護衛も兼ねて一部には拳銃の所持が非公式に許可されている。今回は井矢崎少将の護衛という名目であの場にいた訳だが、使う機会がなくて良かったと思う。
思考がブラックアウトしそうなくらいの眠気。明日は非番であるし、どうせなら本屋でも回ろうかと――ソファに向かおうとした所で電子音が聞こえた。
微睡みかけた思考は、すぐに冷水に浸かったかのように覚醒する。
――――部屋のロックが解除された?マスターキーを使ってまで、一体誰が何の目的で?
身構えていた東郷に対して、部屋の扉が蹴り開かれた事が状況開始の鐘となる。
入ってきた戦闘服姿の男が目視で4人。
意識を向けていた為、銃を向けられた事が分かれば隠れるだけは容易い。
東郷もまた、取り出していたFN-FiveseveNを構える。
「銃撃戦を想定しての突入かよっ!?」
一人は車輪付の盾を持ち込んでいたのが見えた。ジュラルミン製の盾ですら、投石避けにしかならない。ましてや、ホテルの一室にあるソファなんか貫通するに決まっている。自分のいるすぐ横に弾痕が穿たれて、冷や汗をかく。
このままではジリ貧だ。思うが早いか、狙ったのは部屋の電灯。砕ける音を立て、部屋が一瞬で暗闇になる。こちらからは、廊下から差し込んでくる光が見える。
間髪入れずに発砲する。4秒もあれば十分だ。撃った銃弾の一つが当たったらしく、拳銃を構えていた一人が呻く。
盾持ちの男がそれに気をとられた一瞬で、陰から飛び出し防弾板ごと蹴り飛ばす。2輪のタイプなら上を狙えば後ろに倒れ込む。
慌ててこちらに向き直った男が、懐から何かを取り出す前に組みつく。
自分は比較的非力な方だから、両手を使おうとどうしても銃を手放さざるをえない。
締め上げた男を盾にし、徐々に窓際へ後退する。
「Leave it with me!」
「クソっ。起きろ景鶴!」
イントネーションからして、日本人の発音ではない。
取っ組み合いになった男が叫び、残る戦闘服たちが突入する。東郷も振り払おうとするが、対応するので精一杯だ。頼むから逃げてくれ――――
部屋の窓側には、寝息を立てて布団を被っているであろう景鶴。奥に押し入り無防備な彼女に向かって、侵入者2人が発砲する。
「テメェら、何しやがる!?」
火事場の底力で眼前の男に金的を喰らわし、蹲った所で腕部に発砲。先程蹴り飛ばした防弾板を起こして、窓際の部隊に発砲し様子を窺う。
このままでは景鶴を連れ出すどころか、自分ですら生きて帰れる保証もない。まず身の心配しなければならない状況に、ギリッと奥歯を噛みしめる。
だが、直後の窓際の光景に東郷は目を丸くした。
膨らんだ布団を剥いだ侵入者達もまた、動きを止めたぐらいだ――――突如笑い声が流れだし、トゥーンレンダリングされた烏が嘲笑っていた。
そこにはハチの巣になったハリボテと、景鶴の姿を映し出していたホログラムがノイズと共に揺らめいていた。
次の瞬間、窓ガラスが外から割られた。御丁寧に防弾チョッキまで着込んで臨戦態勢の女性が飛び込んでくる――――自分も良く知っている笹原ゆう大佐だ。
予想外の増援に対処する暇すら与えず、笹原は目の前の光景に呆然としていた侵入者二人の意識を刈る。
「委員長、ダミーだから安心しなさい!突破を!」
言うが早いか防刃グローブを東郷に放り投げ、防弾板を盾に廊下の外を狙撃し始める。
「ちょっと待て笹原!どうしてこんな事になると分かってた!?」
「何言ってんの!PSSSは、元々軍需産業を扱ってる会社でしょ。PMCとかそっち系には顔がきく所なんだから。こうなる事を予想して無かった委員長が悪いっ!」
罵声が飛んでくるが、彼女は俺を助けてくれはするらしい。彼女の端末が音を拾い、ノイズが走る。
『――――こちらブルーリーフ、対象を保護した。これより合流ポイントに向かう。オーバー』
「こちらバンブーブレード、了解した。オーバー……だってさ。うちの川内が守ってくれる」
――――だから今は、自分の身の事だけを考えな。彼女のいつも以上に冷たい目に怯まず、東郷もまた得物を握りしめる。
「陸軍の予備士官だったって言うのは伊達じゃねぇな」
「当然っ。あの演習だって、私達の大勝でしょ?でもこの人数を相手に、強行突破は厳しい……かなっ!?」
銃撃の合間を縫って、東郷が廊下に飛び出す。笹原が防弾板を東郷に蹴り出し、ドアから様子を窺って威嚇射撃をする。その間に、防弾板の裏で東郷が目当ての物を見つける事が出来た。
消火栓近くに備え付けられていた消火器を力の限り、他の侵入者たちのいる方向に放り投げる。
我、意を得たりと笹原が消火器に向かって発砲する。およそ1mm程度の厚さであるから、予想通り撃ち抜く。
消火器に充填された粉末とガスが、爆音と共に炸裂する。消火器の破片が当たりに拡散し、東郷を含めた廊下中に襲い掛かる。
「痛ぇっ……笹原ぁ!」
「あいあい!」
消火器の破片と銃弾が掠るのとは、一体どちらがマシなのだろうか。
蹲っている東郷を踏み台に、笹原が廊下側にある少し高めの出窓に飛び乗る。
鍵を回し、開け離れた窓。東郷は消火栓からホースを引き出し、その先端を笹原に放り投げる。30mあれば、下まで届く。行けるか?
重しとして侵入者が持ち込んだジュラルミン製の盾を手渡して、笹原がホースに結び付けて放り投げる。甲高い音を立てて、中庭の草むらまで落下した。
「ファストロープは防衛大でも、必修科目じゃなかっただろうが!?」
「ごちゃごちゃ言わない!やんなきゃ死ぬよ!」
「やっても死ぬわ!こんな危険な行為!」
先に笹原が降下し、東郷も後に続く。侵入者としても流石に、あの窓枠の位置からの狙撃は厳しいだろう。
防刃グローブがなきゃ、両手が摩擦で焼き焦げてるはずだ。既に、履いているブーツは役に立ちそうにない。ビル風が吹かなかったのが幸いだった。煽られていれば、とっくに地面にキスをしていただろう。
放水用のホースの丈夫さに感謝して、1階分の高さを残して草むらに着地する。
中庭から走り去った所で、目の前には軍用車に乗りこなす銀髪の女性が見えた。乗りこんだトラックの荷台にはВерный達の姿もある。
「さてさて、残業代は出るんだろうね。委員長?」
「四の五のは言わん!幾らでも払ってやるから出せ、篠華!」
「
荷台で揺られつつ離れて行く闇夜に溶けるホテルを見て、ようやく一息つく。
「川内、そっちは無事かい?」
「景鶴ならグッスリだよ。」
腰かけた笹原の問いに、座席にいた川内が返答する。
小窓から助手席の様子が見える。川内に抱きかかえられ意識を失っている景鶴の姿を見て、東郷も胸を撫で下ろした。
「痛いつってんだろ、笹原!締め方がキツイ!」
「これぐらいしなきゃ、傷口が開くよ?男の子は我慢しなさい!」
「お前は俺の保護者か何かか!?」
頭部や肩の切り傷を包帯で巻かれつつ、東郷が悲鳴を上げていた。
寧ろ、尻拭いをした回数は俺の方が多いはずだ……。
「まぁ災難だったけど、お疲れ様って所ね。委員長」
「ところで笹原……お前は一体何者だよ?」
「知らぬが仏って――って訳だけど。強いて言うなら、本来は貴方の側につくはずじゃなかった人間――とでもいっておこうかしら」
私は私なりに、借りは返さないとって思ってたしね――――肩を竦めておどける笹原には、それ以上は突っ込まなかった。
「で……どこに向かう気だ?これから」
「
一般人には危険性も鑑みて、事実上封鎖されている東京湾アクアライン。横須賀のすぐそばにありその周辺には艤装の試験運用がしやすいという事で、名を連ねるような企業が工場を乱立させている。
流石に夜間のため、軍用車でも入れないようこの時間は封鎖されているが。
そのために海岸に軍用車を停めて、交代で睡眠を摂る事になった。
突入決行は明日の夜明けと共に。
「殺される前に潰すって寸法かよ。折角あっちの社長との接触したのに、予定がパァじゃねぇか!?」
「文句は言わない、ほらさっさと寝なさい。明日は早いんだから」
確かに色々あり過ぎて、体が悲鳴を上げているのも事実だ。堅い床には辟易するが、横になれるスペースがある分まだマシと言える。
自分の意識が、途切れ途切れになる直前。向かいで壁に背を預けた笹原が何かを呟いた気がした。
「……アンタは私と違って、人形である必要はないんだから……だからこそ足掻きなさい、委員長」
その発言の真意を理解しようとする前に、東郷の意識は眠りに落ちていた。
硝煙の匂いが心地良いと感じている時点で、あらかたの人間なら感覚が狂い始めている頃だろう。
先程まで東郷中佐らがいたであろう、銃弾で穿たれた一室をゆるりと歩いていた井矢崎はH&K USPを手元に収める。
彼らもまだまだ甘い。自分らにとっての障害となるべき相手だったら、排除するだけでいいのではないか。迷う必要など、微塵もないのではないだろうか。
「井矢崎少将、こちらも終わりました」
強面の男――――中島大臣の手元にもFN-FiveseveNが握られていた。
二人の足元には、死体がそこら中に転がっている。もちろん彼らが殺さなかった侵入者に対しても、井矢崎たちは丁寧に片道切符を渡していた。
「ご苦労だった“翔鶴”。ホロとボイスチェンジャーを使ってまでやった結果、ここまで誘導できるとは思わなかったがね。本物の中島大臣も、そろそろお目覚めになるだろう頃合いか」
「これも私が妹への出来るお詫びですし、替え玉でも何でも出来ますから」
ノイズとともにホロが切り替わり、翔鶴型1番艦がその姿を現す。
その目は現在の殺戮を実行した側だというのに、曇りなく澄んでいた。
「私の妹に手を出す方がいれば、それが誰であろうと許す訳には参りません……」
――――そのためならば、私はどんな手段を使ってでも罰を与えますから。提督。
人を扱うというのは、何も自分で手を下す必要はない。“誰か”をけしかけて、高見の見物をするだけでもいいのだから。
彼が景鶴という名の弱点を抱えているからこそ、自分も彼を利用したいだけなのだから。
先程の騒動で非常ベルが鳴り響き、夜も更ける頃。井矢崎はこれからの未来図を想像して口角を上げるのだった。
三章にて、ようやく出番到来の笹原ゆう大佐。
彼女の活躍はコラボ先のオーバードライヴ様著『艦隊これくしょんー啓開の鏑矢ー』
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