卒研の中間報告の締切が差し迫ってて、それどころじゃないんだがなぁ。
就活もまだまだ続いていて終わりが見えないのだが……。
それでは、どうぞ。
野生のカンと言うか、篠華のアホ毛はこういう非常事態に限って反応するらしい。
沈んでいた東郷の意識が現実に戻って来たのは、乗っている軍用車が急発進して荷台の側面に激痛が奔った時だった。
「痛ぇ……ちょっと待てっ。もう少しマシな運転は出来ないのかよ篠華ぁ!?」
「これを見てそれでも言えるっ?」
急発進前に覚醒していたらしい笹原が呆れ半分に指差した先には、荷台に本来あるはずの所に天井がなかった。
砲撃されたか何かで貫かれたか、炸裂したかの惨状である。
「“あちらさんは完全に敵”って事ね。随分好かれていて、ラブコールが激しいじゃないの」
「そりゃそうだろう。島風型の2番艦をはじめとして、あの大戦に存在しなかった艦として艦娘になっている訳だからな。景鶴は」
「……本当に“ソレ”が原因だと思ってるの?委員長」
海大時代と同じで、彼女が冷えた視線で射抜いてくる。他人を値踏みするのとは違う心の底まで見透かそうとする姿勢に、軽口を叩いて誤魔化しの出来るような様子ではなさそうだ。
「委員長がファーブニル生化にいた事は、私は知ってる。景鶴の素体である少女が、その被検体の生き残りという事もね。それで今回の相手は旧アメリカ合衆国のターナー博士って訳で、景鶴を狙ってる。この事実だけで、十分推論できるでしょ?」
「……今は景鶴である彼女が、その被検体だってか?馬鹿馬鹿しい……トーラはもう……」
「私は一言も被検体の個体名なんて訊いていないのだけれどね……まぁいいけど。彼女は自分が連れ出した際に亡くなった?貴方はその死体を確認したのかしら?」
かつてトーラと名乗っていた少女の死は水難事故として扱われて、身元が分からないとして海軍の共同墓地確かに存在する。だが彼女が死んだという事実は確認していない。いやむしろ、あえてしなかったというのが表現としては正しいだろう。
井矢崎少将がトーラの死を伝えてきたのは俺の選択肢を封じるための行為であって、実際には死んでいなかった可能性も考えてはいた。
しかし、俺には彼女に……いや被検体であった彼女達に対して、顔向けが出来ないような所業に幇助してきたという自覚もある。だから、あえて触れずにいた。
――――今度は自分の知らない所で、生を全うできるように
「心の何処かでは、貴方はあの時の出来事に蓋をしたいだけなのよ。それが“彼女の死”であり、気持ちを切り替えてここまで騙し騙しやってきたんでしょうが」
「……年貢の納め時ってやつか。過去の清算を今ここで済ませないと、墓場まで持っていくハメになりそうだ」
バ烏に背中を押される事なんて、明日は槍でも降るかな?――と返すと、苦笑して小突かれた。
『ちょっ!?川内!?あんたどういうつもりで抱えてるのよ!』
『え?寝顔が可愛いからに決まってるじゃん』
どうやら、助手席にいた景鶴が目を覚ましたらしい。
状況が掴めていない彼女に対しても、こちらから説明する必要があるだろう。
といっても俺自身だって巻き込まれている自覚と原因は把握しているが、何から何まで全部答えられる訳でもないので頭を抱えるのであったが……。
篠華の走らせる軍用車が、景色が変わらない両側の海を置き去りにしながら進んでいく。
まるでモーセが大海を割ったようだな――自分たち以外は誰も通らない軍用道を見て呟く。
今は海軍が接収している東京湾。仙台港と同様に、スヴェル・カーテンが設置されているそこは横須賀艤装研究所が、試製機の運用を行っている海域だ。
といっても軍用道の下にはコンクリートで封をされていて、北部は湖になってしまったといっても過言でないのだが……。
海水の流れを封じたダムとでも言おうか。南側には波力発電所を併設しているために敵潜水艦が鎮守府近海に現れるという意見は推測の域を出ないが、彼らは知能を持ち人間に対抗しようとしていることは事実なのだろう。
「ところで笹原……お前、一体誰のために動いてる?」
同輩の行動に対しての単純な疑問であるが、頭の中で処理するはずがふと口に出てしまったようだ。
俺が知っている笹原という女の性格は、私利私欲のために動くタイプじゃない(海大時代のトラブルは、彼女らが望んで引き起こしていた事は否定しないが)。
まぁ他人に対しての表情と、心の中での思考が一致していないタイプだったのだろうが。
安全圏まで距離をおいて、決して他人を壊さないよう。そして他人から影響されないよう。時に冷静さとは違う、冷めた感情をあらわにしていた。
そんな彼女が見返りなしに手を貸すなどとは、都合が良い話だとしか思えない。
「んー。強いて言えば、自分のためじゃない?」
委員長を助ける事だって、結局は私の自己満足なんだから――そうやって、吹き飛んだ屋根から欠けた月を見上げる同輩は笑う。
「反抗期っていうのが、私にだってあるのよ」
「……候補生時代に散々暴れまわって、悪名と伝説を残し続けた三十路手前の軍人がか?」
今度の返しは、無言の笑顔でグーパンである。
痛ぇ――わざわざ傷口を狙って殴る事はねぇだろうが。
「……でも助かった。研究データを破壊しに、企業に殴り込みかけるには駒が足りなくてな」
「防衛大で色々、火消しに回ってくれた恩返しくらいさせなさい」
端末に転送されてきたのは、PSSSの中島取締役の生体認証データ。
「お前……これどうやって手に入れたんだよ?」
「まぁ、色々とツテがあれば手に入るのよ。それよりも問題なのは、ここを攻撃してきた相手の事でしょう?」
笹原から電脳通信で送られてきた写真には、激しい動きで輪郭は掴めないが確かに敵の姿があった。
海岸に停まっていた自分達を狙い撃ってきたのは、間違いなく深海棲艦なのだろう。
青白い肌に砲を構える姿は、ここが横須賀鎮守府の目の前であると言う事も忘れてしまいそうだ。
「……さっきタカ君から入った情報だけど、先日中央コンピューターへのクラックキングがあったらしいのよ。侵入経路がかなり巧妙に隠されていたらしいけど、逆探に成功したから特調9課が追ってるって話。その目的地が六連星造船所の東京湾工廠ってわけ」
「そりゃまた大胆な手口だな……で、何の情報を閲覧されたって?」
「主にあなたの部隊が横須賀に着任したことかしらね。特に瑞鶴だった彼女が、横須賀からトラック泊地に転属したことまで念入りにね」
俺らがここに来るまで待ち構えてたって事か。
四月に入ろうとしている頃、まだ夜風が涼しく吹き抜ける中で東郷の溜息が後ろに流れて行く。
「東郷クン。この場合、工廠に土足で踏み込んでも罰はあたらないよね?」
運転席の篠華から声がかかる。前方を振り向いた所に、月光に照らされて人影が立っていたのが遠目でも分かった。
目の前に現れたのは、4体の人型で――――だが、それは人間ではないのは明らかだった。
透き通るような白い肌、赤い瞳。絶望を体現するような、禍々しい雰囲気を醸し出す存在感。
――――見間違える事はないだろう。艦娘や提督達が恐れる、鬼や姫と呼ばれる深海棲艦としか言い表せなかった。
立ち塞がる彼女らが各自の獲物を構えて、砲弾を撃ち込んでくるのと篠華がハンドルを切るのがほぼ同時だった。
直前まで軍用車が通過していた所に、破孔が穿たれていた事を確認する暇もなくただ逃げ惑う事しかできなかった。
「リーナちゃん、500メートル先を左でっ!そのまま六連星の第三研究所に突っ込む!」
「この砲雨の中、正気か笹原!?」
「何のために、青葉を含めた特設調査部専属艦が配置されてると思ってんのよ?今はうちらの528駆逐隊が海上封鎖をしてるし、陸のルートは特調9課と520特務隊が抑えてる。マスドライバーでも使って、宇宙に逃げられれでもしない限り袋の鼠っ」
白兵戦……というか対人制圧の狂集団とか言われてる520特務隊が
「まぁ中央コンピュータへのクラッキングを行った時点で、現行犯外で逮捕状のいらない突入ができるだけ今の憲兵隊は柔軟よね。ね、委員長?」
それは、改大鳳型艤装の件の皮肉かよ笹原。
自分が過去にやった事件を棚にあげながらツッコミを入れる。
整備されている工廠裏を、明らかに法定速度を無視した軍用車が駆け抜ける。
陸上に現れた深海棲艦達は追ってくる気配がないが、彼らの偵察機と思しき飛行隊が周囲を巡回している。
正直520特務隊を待ちたい所ではあるが、爆撃すらされている現在は敵の頭を押さえた方が身の危険は回避できるだろう。
放り投げられた防弾ジャケットを確認して、ホルスターにあるFN-FiveseveNのマガジンを交換する。
笹原はというと助手席にいた景鶴に、見覚えのあるシグザウエルP230を手渡していた。
艦娘といえど士官である彼女らは、撃ち方ぐらいは分かるはずだ。
世の中には12cm単装砲を持って銃撃戦をした駆逐艦がいるらしいが、それはおそらく例外中の例外に決まっている。
「あっ、ゴメン。これ委員長のお気に入りだっけ?」
「海大時代はそれ使ってたが、別に怒ったりしないが……」
研究所の屋根を爆風が叩いたのだろう。振動する所内に武装した5人は駆け込む。
「いい?目的はあくまで、クラッキング首謀者の確保。まぁ犯人の目星はついてるから何とも言えないけど、こっちの頭数も少ないから標的にされてる景鶴を庇いながら進むよ」
言わずもがなだな。本来であれば保護対象は敵地から遠ざけるべきなのだろうが、生憎と時間と人手の余裕もない。
「さぁて、合衆国の負の遺産。マッド・サイエンティストの首を狩る事にしますかね」
篠華が蹴破ったドアの先には、生物であった異形のもの――正確に言えば、生物の形をしていたはずの生命体が溢れかえっている。
それらもまた侵入者の姿を捉えると、本能かの様に牙で噛み砕こうとし。またある個体は肥大化した鉤爪を振るってくる。いずれもそれらは、血の気のないような青白い肌を常夜灯で光らせていた。
「どこのゾンビアイランドだよ、ここは!?」
「深海棲艦はゾンビと紙一重だね……って言ってる場合じゃないか」
流石夜戦のエース様も、陸の敵相手には物怖じしたらしい――――というよりも、頬を引き攣らせていた。
襲ってくる群れをいなし、手足を撃ち抜いて行動不能にさせる。それらが人間であったものなのかは、考えなかった。今やっている行為が仮に殺人だったとしても、介錯としてだと自分を正当化し続けるしかない。
大乱闘が繰り広げられて、お互いが誤射をしてしまうのではないかと躊躇った瞬間だった。
天井を割って飛び込んできた――先程砲撃してきた人型のタイプだろう。赤い瞳が薄暗い廊下を見渡した。
最初から標的を分かっていたのだろう。異形のものの屍を踏み越えながら、その白い腕が景鶴を捉える。
「ちょっ!?離しなさいっ!」
また残りの三体にも、胸倉をつかまれた景鶴をそのまま引きづる個体を離脱させようと足止めされる。
「クソッ。このままじゃ景鶴に当たるっ」
彼女らが本当に深海棲艦だとしたら、9mm弾程度では致命傷を与える事は不可能だろう。
それを分かっていた、篠華と笹原の判断は的確だった。現行兵器で傷つかない個体であろうと。自身にかかる衝撃を完全に消す事は不可能だろう。
笹原が女性とは思えない力で、背丈が同じくらいの相手を宙に一回転させる。
昏倒した個体に気をとられた一体は、次の瞬間。篠華の跳び膝蹴りを顔面に叩き込まれていた。
形勢の不利を察した個体は、身に着けた砲を展開しようとした。しかし逡巡したそぶりを見せた彼女は、足元で気を失った個体を抱え上げ逃走する。頭を押さえて呻く個体もそれに続いて行った。
「おかしいと思わないか。なんでアイツらは俺達に砲を向けてこない。殺害が目的なら、一番手っ取り早いだろう?」
「まぁ、彼女達は自分の意志で動いているって感じかな。だからこそ、誰かの命令に対して疑いを持つ事が出来る訳だ」
返答を頭の中に叩き込みつつ、深海棲艦が自意識を持つかに思考は至る。
海軍内の噂では、かつてコミュニケーションのとれる深海棲艦と戦ったという。
その後の展開は公開されていないが、憶測では対話の道が開けただの敵の思考ルーチンが解析が出来るなどと盛り上がっていたそうだ。
それに近い相手ではないのだろうか?今自分達の前に立ち塞がったモノたちも。
件の通路の奥に消えて行った深海棲艦達を追った先――――そこには、東郷にとっていつかの夢で見た赤色の世界が広がっていた。
そして夏イベがまさかのマリアナではない……という。
FS作戦か?というか五航戦の改二は一体いつなのさぁ。