艦隊これくしょん~鶴の慟哭~   作:エーデリカ

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お疲れ様です。エーデリカです。

凄く駆け足ですが、横須賀動乱編完結です。
心惹かれた看守は、手の平の上で踊らされただけなのであった。

それでは、どうぞ。


三章-9 人魚と人間の恋は実らない

「神通!」

 

 廊下側から放たれた銃弾が、景鶴の目の前にいたターナー博士の右手を抉る。

 

『Shit! なぜこうも邪魔が入るッ!』

 

 取り落とした拳銃を拾おうと屈んだ所に、緋色の装束をした少女が飛び込む。

 

 携えた太刀を鞘ごと使って、袈裟掛けに振り下ろす。

 狙ったのは首筋、博士もそれを分っていたのだろうか。負傷した右手を盾に庇う。

 

 だが、初撃を防がれた少女の反応はそれ以上に早かった。

 こちらに顔を向けた瞬間に、左足で顎を蹴り上げる。

 

 その一瞬で、意識が揺らいだ博士の後頭部に打撃をかます。

 

 呻いた彼に対して、執拗な追い打ちで意識を刈り取ったようだった。

 彼は信じられない――といった表情で、床に崩れ落ちた。

 

 突然の出来事から我にかえった景鶴は、乱入者の姿を探す事になる。

 

 目深に軍帽を被り、慣れた手つきでホルスターに拳銃を戻す男の姿。彼の傍らに立つ“あの夜戦馬鹿(ばかわうち)”と同じ艤装を持つのは、横須賀所属の川内型――呼びかけからすると、2番艦の神通だろう。

 

「……状況終了、これよりターゲットを回収する。飛鷹と隼鷹は哨戒を続けてくれ。撤収にはまだ時間がかかる」

『大佐ぁ。スツーカだけじゃ、対潜装備が十分じゃないんだけど……って。ちょっ!?飛鷹が被弾したぁ!?』

「四の五のいうな。何のために私たち非正規部隊がいると思ってる?」

「確かに脅威は排除しきれてませんけれど、“まだ”敵は目の前にいますよ?永野大佐」

 

 無精髭のままで、覇気のない態度を崩さない男性。窘めるのは、彼の部隊の秘書艦だろうか。腰から下げたのは日本刀を携え、凛とした佇まいを崩さなかった。

 

 こちらの姿を認めても、一瞥しただけで永野大佐――と呼ばれた男は、倒れ伏したターナー博士に足を運ぶ。銃撃は彼を殺すためではなかったし、脈を測ろうとしているのだろうか。

 

「やれやれ、気絶した人間は運ぶのが面倒なのだが……」

 

 しかし、無精髭の男が屈んで手首を掴んだところ。

 景鶴は、気絶して動かないはずの博士の目に光が灯ったのを見た。

 

「大佐!」

 

 神通と呼ばれた艦娘が飛び込むのと、意識を取り戻したターナー博士が振りかぶったのがほぼ同時だった。彼女の剣閃が白衣を掠めて引き裂く。

 

「……井矢崎少将の言った通りだな。コイツはそう簡単に死なないようだ」

 

 咄嗟に庇ったであろう左腕ごと、永野と呼ばれた男の白い軍装を血染めにした。

 

 虚ろな目は私たちを映しているのだろうか?その姿はまさしくケモノである。ヒトの持たない鋭利な爪で、死に体であったはずのターナー博士が天井に張り付いてこちらを見下ろしていた。

 

「大佐。殺してしまっても、構わないのですね?」

「ここまでくると何でもありだな。紅焔の刀身を使い潰すなよ」

「善処します」

 

 永野が、頭上にいるターナー博士に対して発砲する。

 

 着地して振り返る直前。神通の上段からの振り下ろしを、跳躍しながらターナーが躱す。反撃と言わんばかりに突撃し、異形になった両腕の爪を振り回す。

 

 一撃、二撃。神通に握られた青白い太刀は、その細い刀身とは裏腹に衝撃を受け流し続ける。

 

 逆に削られていくのは、ターナーの両腕の方だった。様子を見ると折れるのではなく、溶かしているに近い。爛れた表面からは泡がたち、爪は半ばから途切れている。

 

「さすが、横須賀艤研の最新作だな。深海棲艦を喰らうための武装とは恐れ入る」

 

 上司であろう男は、冷静に……というよりも達観したように目の前の戦闘を傍観する。

 

 置かれている立場の分からない景鶴は、彼の部隊がどうやってここまで来たのか。目的は何なのかと――聞きたいことは山ほどあった。

 

 こちらの視線に気付いたのかは分からないが、男の注意がこちらに向く。

 

「極東方面隊特設調査部の永野だ。訳があってターナー博士の身柄を拘束せよと指令を受けている。まぁ、予想通りにうまくいかなくなったのだが」

 

 目の前の白いバケモノは、再び手足を鋭利な姿へと変貌し神通に襲い掛かる。

 

「故意か事故かは分からないが、深海棲艦の体細胞のサンプルを取り込んだのだろう。あそこに控えていた深海棲艦どもに、命令を下すためには自分が上位の立場に立つ必要があったのかもしれん。すまないが“景鶴”。止血をお願いできるかな?」

 

 さながらの女王蟻のようなものだ。もっとも、女王の皮を被った王の気もするがね――左半身が鮮血で染まり始めたために、彼は傍観を決め込むらしい。

 

「特設調査部は、ターナー博士が深海棲艦の製造に着手した――との報告を受けている。その研究成果が人類に益をもたらすかは分からないが、大本営としては私兵を持たれることが政治的バランスを崩すとみて捜査に乗り出した。キミらと鉢合わせにするつもりはなかったのだがね」

 

 文字通り身を削りながら攻撃してくるターナー博士は、何かに憑りつかれたように呪詛を繰り返してくる。

 

「さて、ターナー博士に憑りついたアレは、本当に“Charlotte”なのか?あるいは、後ろで控えている、明らかに深海棲艦の外見をした少女たちか?それとも(景鶴)の中にいるのが、本当の彼女なのかは分からんがね」

 

 聞き覚えのない単語であるが、どうやら私に投与されたヲ級についてらしい。

 

 そういえば、ターナー博士の使役してきた深海棲艦たちは――というと目の前の戦闘を眺めるだけであって、危害を加えるつもりはないのだろうか?

 それとも、博士の命令に従うことしか人格として与えられていないのか。

 

 そんな彼女らはまさしく、生きながらにして人形であるように見える。

 彼女らはこちらに一度虚ろな目を向けると、興味がなくなったのか。

 既に割れていた窓ガラスから外へ身を投じていった。

 

「さて主を喪った従者は、どういう行動原理で動いていくのか?」

「……大佐。本当に殺してしまって構わないのですか?」

「構わん、長引かせる方が彼にとっても苦行だろう」

 

 神通の問いかけに、景鶴も意識をターナー博士に向ける。

 

 四肢を砕かれ倒れ伏した異形のバケモノは、もはや人間としての自我が残っているとは思えない。

 

 神通の一振りで、鮮血が飛ぶ。ゴトリと崩れ落ちたはずの首ごと、質量を持たなくなったかのように泡立って亡骸が消滅していった。

 

「結局、人魚と人間の恋は実らないってことかもな……撤収するぞ。聞こえるかな東郷君、景鶴はこちらで保護したから脱出したまえ」

『――――その声……永野准将ですか?何でまた!?』

「話せば長くなるだろうから、後にしよう。沖の部隊はどうか?」

『――――だいぶ前に終わってるよー。今回の活躍分、酒保にも補給を頼むぜぃ』

『――――いやー、助かりました准将。重巡部隊の支援ともども感謝致します♪』

「笹原君もあいかわらずだな。直前になって駆り出されるこちらの身にもなってくれ」

『――――はいはーい』

 

 どうやら研究室に向かったらしい提督さんたちも、無事なようだ。

 

 促されて退出する前に、ふと部屋を振り返る。自分の妹と呼ばれていた“彼女たち”は何処へいったのか。

 

 まさか、“自分”も同じように海へと消えるのではなかろうか。

 かぶりを振って、生じた疑念を払う。

 

 向かった先の軍用車には、全身ズタボロの軍装で満身創痍の提督さんやローレンベルグ中佐。

 

 手を差し伸べられ、景鶴も荷台に身を預ける。

 

「永野先輩に1つ貸しとは……あとあと面倒になりそうだ。ともあれ、無事で何よりだったよ、景鶴」

 

 提督さんが話しかけてきても、私はどこか上の空だった。

 いつか私も、見境がなくなってこの人(提督さん)を殺すのだろうか。先程の深海棲艦と同じように。

 

「どうした?景鶴」

「ううん、何でもない」

 

 鎮守府へ戻る軍用車の荷台の上で、先程までの出来事が繰り返し再生されていた。

 

 既に沈んでいる艦娘などと言われようと、いらぬ心配をさせてはならない

 せめて提督さんの前では、強気な部下を演じきらねばならない。

 

「えーと、もうすぐ春なのに……寒いなって」

「そりゃあなぁ。3月が終わろうとしても、夜明け前はさすがに寒いだろ」

 

 自分で着ていたジャケットをこちらに放り投げてくる。私の内を察してくれているのだろうか、あえて触れないような心使いをしてくれたのか。提督さんはいつものように笑っていた。

 

『ねぇ提督さん。もし私が敵になった時には止めてくれる?』

 

 例え話であっても、彼には訊けなかった。私が深海棲艦だとしたら――と。

 

 おそらく提督さんなら、躊躇せずに私を撃つだろう。それが彼の強さなのだろうから。

 

 彼にとって深海棲艦は家族を奪った仇であり、許すはずはないのだから。

 

「そうね……これからも大丈夫よね」

 

 血の通わなくなった己の左手。迷いに流されないよう、景鶴はかけられた上着を力の限り握りしめた。

 

 微かにジャケットに残っていたニンゲンの温もりは、私にとっては氷に触れたように痛かった。

 

 

 

 

 

「以上が、今回の件の報告になります。井矢崎少将」

「ご苦労だったね、部隊の子たちにも礼を言っておいてくれ」

「いえ後輩のためだと思えば、これくらいは朝飯前ですよ。では、失礼します」

 

 永野大佐が退出した後、井矢崎少将は報告書にまとめられた要点とデータの確認を行っていた。

 

 横須賀技研の新装備の試験運用も好調――対深海棲艦に対して、十分な威力を発揮できるものである。

 

 果たして、今回の件で得をしたのは誰なのだろうか?

 

 景鶴の出自に関して、決着がついたように見えた当事者たちか?

 東郷中佐に対しての私怨を果たそうとした、ターナー博士か?

 

 彼らの行動は、あくまで経過にすぎない。

 

 井矢崎にとってやりたかったことは、艦娘を統率する一手段として“記憶”が重要なものであるかの確認。

 それに伴う記憶の一切を支配する、スタックスネット型のウィルスの作成者“グラウコス”の捜査。

 

 ついでであるが、二振りの太刀――紅焔と朧月の試験運用を兼ねた、実地戦闘の場を提供したかったこともある。

 

 科学技術の発展と共に、人間は身を守る術を模索してきた。特に深海棲艦に対しては、技術力の結晶がそこにつぎ込まれている。

 

 だからこそ日本は日本の技術を守らねばならないし、決して他国に弱点を晒してはならない。今回の景鶴の件もいわばアキレス腱のようなもので、対処を間違うと米国へアドバンテージを与えかねなかったのだ。

 

 

 

 そしてもう一つ。外洋をモニタリングしていた監視カメラの映像を、再生させる。

 

 粗い画像に映っていたのは、トラック島付近で目撃されたバレラスレア(環礁棲鬼)で間違いないだろう。

 

 彼女が撤退していく中で、その戦域にいなかったはずの空母ヲ級が4隻離脱していった。

 ログと照らし合わせる限り、間違いなく研究所にいた個体だろう。

 

 “あの時”に逃した環礁棲鬼の確保。深海棲艦側の情報を握る彼女との接触を、何としてでも成功させねばならない。

 

 人類にとって益のある情報を手に入れる。そのためであれば、今回の景鶴の様な餌を幾らでも撒こう。

 

 東郷中佐にしかり、ターナー博士にしかり。まだ、私の手の平で踊り続けて貰うのだろうが。

 

「結局“彼”もまた、モルモットに心を奪われた愚かな看守なのかな?」

 

 永野大佐が封をした電子日記を閲覧しながら、井矢崎は一人呟く。

 

 

 

 

 

 March 21, 2083

 

 日に日にCharlotteが、私を蝕んでいくのが分かる。もって、あと数日だろうか。

 

 彼女を自身に取り込むこと、愛した彼女と共にいけるだけで私は満足なのだ。

 

 結局、私もあの男と同じく、心を惹かれた故に人生を狂わせたのだろうか?

 いや、そんな些細なことはもうどうでも良いだろう。

 

 サヨナラだCharlotte。死の後の世界があれば、願わくば君とこれから先も歩めたらと思う。




さて、三章はもう少し続きます。

横須賀鎮守府祭。楽しみにして頂ければと思います。

あと暫くしたら三章の構成を時系列順に並び替えますので、ご注意頂ければと思います。
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