艦隊これくしょん~鶴の慟哭~   作:エーデリカ

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1/17追記:改稿作業終了しました。


一章-4 灰色の思い出

「ねぇ景鶴姉ぇ。まだ勉強が終わらないの?」

「って瑞流ちゃん!? アンタは部屋に戻ってなさいっ。見つかると色々と家の人が五月蝿いんだから……」

「だって遊びに来てくれるって言ったじゃん」

 

 ふてくされるぞ――と顔を梅干しの様にして唸るのは、翔鶴姉の妹の伏見宮瑞流ちゃん。彼女も、姉同様に艦娘で普段は瑞鶴と名乗っている。

 

 ただし伏見宮家の末席とはいえ、戦場で血を絶やす訳にはいかないらしい。この姉妹は姉妹揃って翔鶴型という看板を背負っていることになる。

 

 御付き人に聞いた話を簡単にまとめると、私がここ伏宮家に居候をするのも仕方がない理由かららしい。

 

 もともと跡継ぎが長女である伏見宮翔佳だったのだが、名付けの術士として海軍との融通を利かすために艦娘にならなければならなかった。だが艦娘として戦う以上は、死と隣り合わせの生活をしなければならない。当主は当然家を守る瑞流ちゃんに移るはずが、彼女もまた翔鶴型2番艦瑞鶴としての適性が見つかってしまった。

 

 海軍から姉妹共々を寄越せ――そう言われて困った父親は、翔佳姉に瑞流の身代わりを探すことを強いたのだそうだ。

 

 身代わり――――つまり瑞鶴の名を受け継ぎ、代わりに戦う影武者(艦娘)が。今回その白羽の矢に立ったのが私らしい。

 

 艦娘の出自は血の繋がり――と言う面が姉妹艦として顕著に出るらしい。基本的に家は長男が継ぐもの、女子(おなご)には関係のない話。そういう日本の風潮は今なお変わってはいないが、もちろん女子のみの家庭も存在する。なので先程の話は稀有なものではなく、身代わりという制度が事実上存在している。

 

 海軍側もそれを承知で適合試験を行っており、本当に姉妹だけで招聘されるのは身寄りのない孤児ばかりである――という話だ。この国はもはや深海棲艦に対抗するために、深海棲艦によって拠り所を喪った少女を利用するという体裁がまとまってしまったのが現状らしい。

 

 私の部屋に遊びに来て、ふらーっとベットで横になる少女。闇色の様に見る者の心を奪う黒髪。頭の横でツインテールが跳ねる。瑞流ちゃんがこっちを見て不満そうに口を曲げる。

 

「景鶴姉ぇのばかー。白髪頭ぁ、おたんこなすぅ」

 

 眉間に皺を寄せ、これでもかと不服そうな顔をアピールする。外見年齢から自分のことを姉と呼ぶ義妹の可愛い物言いには、額への小突きで返す。

 

 確かに自分の髪は、翔鶴姉のように純度の高い真っ白とは言い難い。何かが抜け落ちたかのように、見る者を不快にさせるような色だと自嘲する。

 

「どーせ瑞流ちゃんみたく美人じゃないですよーだ」

 

 私が皮肉や自分を卑下した発言をすると、しまった――と顔色を変える妹が可愛い。

 

「景鶴姉ぇ、ごめんなさい」

「はいはい。どういたしまして」

「――――茶番はもう終わりにして、ご飯を食べに来たら? 二人とも」

 

 ドアの外から様子を窺っていたのだろう。訪ねてきた翔鶴の声に、ベットで伏せっている瑞流ちゃんを回収しつつ身支度を整える。

 

 この家に呼ばれた理由はともあれ、私は居候としての家族ごっこを迎えられていることに幸せを感じるのだ。

 

 

 

 

 

「――――景鶴様。こんな夜更けに軽装ですとお体に障りますよ」

 

 考え事をするときに人目につくまいと、屋敷の屋上に入り浸ることが多い。わざわざ逃げるようにいる所まで顔を見せるこの付き人が、私にとってはある意味頭痛の種だった。

 

「スラム街にいた頃よりは衣食住が十分ですし、自己管理は出来ているから大丈夫ですよ? 創さん」

 

 

 何かと世話を焼いてくれる初老の男性は、分家の身だと嗤う伏宮(つくる)さんだ。こんなだだ広い屋敷で執事長を任せられるだけに、本家からの信頼も厚いということなのだろう。

 

「私も居場所が狭いですし、ここをお尋ねするのはどうぞご勘弁を」

 

 自分を分家の人間だと皮肉るのは事実として。ご丁寧に紅茶と茶菓子まで持ち込んで来るのだから、この窮屈な生活に不慣れな自分を気遣ってのことだろう。

 

「お嬢様方が旅立たれるまで、あと少しとなりましたな。軍属は何かと厳しいこともあるでしょうが、お体にはお気をつけくださいませ」

 

 そんな表情を浮かべるのは、居候とはいえ大事な身代わりだからだろうか? どうも警戒心を強く見せても、創さんは気にせず話してくるから居心地が良いのは事実だ。

 

「それは瑞流ちゃんの方が大事だと思いますよ?」

「これは一本取られましたなぁ」

 

 彼は答えつつも、どこか遠くを見る。私が話題に出した、生まれつき体の弱かった瑞流ちゃんに無理は出来ない――というのがこの家の暗黙の了解だった。

 

 艦娘への適合は人間離れする所業に近い。身体能力の極限を越え、驚異的な再生能力を得られる。戦うための人体強化の副産物とはいえ、そのリターンは決して軽くない。

 

 今の瑞流ちゃんにだって、本来であれば艦娘になる事で生体の回復力を高めて治癒するのだって有効だろう。戦争をやっている以上、そうやって艦娘になることで命を繋ぎ留めた適合者も少なくないと聞く。

 

 だがこの家には、跡継ぎという障壁が残っている。娘世代を全て戦場に置きたくないと言う現当主の考えは、ある意味で正しいだろう――――だが、この世が内地だから安全という保障など何処にもないのだが。

 

「もし、伏宮扇という男を見かけたらお声かけください。本家とのしがらみが嫌で家から飛び出した放蕩息子ですが、お嬢様方が艦娘となられた暁にはきっとお役に立てることでしょう」

「…………息子さんがいらしたんですか!?」

「えぇ。今では技官の養成校に通って、海軍工廠に努めているようです」

 

 言い方は失礼だが、枯れている彼を見て妻子持ちだとは夢にも思わなかった。きっと心象が表に出ていたのだろう。しかし創さんはそれも気にせず笑う。

 

「時代の波とは辛いものです。それでも、景鶴様がご自分の道を選んで進まれることをお祈りいたします」

 

 子育ての感想だろうか? しかし彼の私を励ます声は、記憶に残っていない自分の家族の様に温かいものなのだと錯覚した。

 

 

 

 

 

 呉の養成学校を卒業と同時に、正式に艦隊に配属されることになる。結局この姉妹ごっこも、卒業してもなお続いていたのは自分でも驚きである。おそらく翔鶴姉もそう思っているに違いない。

 

「翔鶴姉。私達、次の演習は532航空戦隊だって。こうも演習続きだと負けっぱなしで肩身が狭いわー」

「――――うん、そう。前よりは実家に近くなるわね。艦娘は海の上をどこでも行くし。でも……そうね、あんまり距離は関係ないかしら?」

 

 休憩時間を使って、定期的に連絡を入れるのが翔鶴姉の楽しみらしい。私は受話器を置きながら振り返った彼女に問う。

 

「瑞流ちゃんは元気だった?」

爺や(伏宮さん)がやんちゃにまた手を焼いてるって言ってたわ。一体どこの誰に似たのかしらねぇ」

 

 意地悪く笑みを浮かべて返してくる翔鶴に、自分も苦笑で返す他はない――――いや。最初は大人しかった瑞流ちゃんが、破天荒な行動をとり始めた原因は多分私ですハイ。

 

「さて、行きましょう。景鶴。今回こそは先輩方に勝たないと」

 

 姉妹艦という立場であっても、結局は血の繋がらない他人。この姉妹ごっこがいつまで続くかは分からない。それでも、今まで灰色だった世界に色が付き始めたのは姉のおかげかもしれない。

 

 本格的に鎮守府へ着任してからは、鬼教官が付きまとった。海軍でも精鋭揃いの航空隊と呼ばれる一航戦。その青い方――加賀という先輩だった。

 

 事あるごとに練度、練度。五航戦の子なんかと一緒にしないで――なんて言われ続けて、心が折れそうだった。いや、実際には折れていたのかもしれない。

 

 翔鶴姉は良いなー。同じ一航戦でも赤城さん優しそうだし。その分、外食のお供で財布が厳しいと嘆いていたが。

 

 その日の演習。私は小手先だろうが何だろうが、先輩を出し抜くために策は巡らせる。よくよく考えると練度で加賀さんに勝てる訳がない。ましてや搭載艦載機の数は、加賀さんがダントツのトップである。養成校で習った通りなら、全艦載機を操りきる為に、脳の演算が追い付くかで搭載数が決まるらしい。つまり加賀さんは頭の回転が早い……なんか自分の頭の悪さが露見しそうで、深くはツッコまない。

 

 創さん曰く、一時期は記憶喪失だった私でも人並みに頭は回るらしい。養成校でも成績は良いとは言えなかったが、座学なら戦術、体育など運動ならばそこそこの成績だった。欠けている知識はひたすら情報を得るしかない。そうやって資料室に籠る日々だった。読み書き算盤なんて言うものらしいが本当に懇切丁寧に教えて貰ったのは、屋敷での生活がよほど恵まれていたものだったに違いない。

 

 そんななけなしの脳味噌で捻り出した答えは単純だ。まともに当たっては勝てない為、戦闘をかき乱す事にした。艦載機を小出しにし、付かず離れずのヒット&ウェイ。いつもの戦闘では倍の航空戦力に対して挑む劣勢状態。今回はひたすら加賀さんの航空隊を引き離す。こちら一機に対して三機程が追従してくる。

 

 加賀さんの直掩機の足が乱れた時。艦功と艦爆を発艦する。いつもの余裕とは違い焦っている加賀さんに、速力を上げて肉薄する。

 

 模擬弾が投下され水柱が立つ。驚きに目を見開く加賀さんめがけて、そして速度を落とさないまま――――加賀さんを殴った。

 

 あの後そうとう絞られた。アウトレンジの為の空母が接近してどうするの!――だとか言われた気がする。演習を見ていた赤城さんは腹筋が崩壊し、翔鶴姉はどうしたら良いかオロオロしていた。結局カウンターを喰らって意気消沈し、いつも通りに飲み屋に顔を出すのが日課になりつつある。軍人としてはあまり宜しくないのは自覚している。

 

 このご時世に、酒を飲むなんて贅沢な気がするが、そこは艦娘。命をかけて深海棲艦と戦う身だ。待遇は軍のお偉いさんと比較しても、一般市民の生活より良いのではないだろうか。

 

 二十歳を超えれば気晴らしに飲みに行く事がある。翔鶴姉は全然酔わないから、付き合わされる私は、その時間のほとんどを机に突っ伏しているが。

 

 いつもの様に待ちぼうけをしていると、視界がぼんやりしているが、青いのが見えた。

 

 青いの――加賀さんと赤城さんはカウンターで談笑している様だった。

 

『ねえ、加賀。最近景鶴ちゃんに冷たくない?』

『そんな事はありません。ただあの子の操縦が、いつか私を超えると思うと……コテンパンにしたくなります』

 

 それって嫉妬って事で良いの? と思いつつ微睡む。

 

 そんな他愛もない日常が楽しかった。良かった――――私を見てくれる人がいる。

 

「今の私は空っぽじゃないよ。名無しさん」

 

 これだけは、かつての自分に対して言葉を送っても構わないだろう。




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1/17追記:伏線を回収するどころか、気に食わなくて三章ごと全消ししたくなる……
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