艦隊これくしょん~鶴の慟哭~   作:エーデリカ

65 / 71
何とか間に合った……(正確に言えば14時に間に合っていない)
10月25日。機動部隊の最後を飾った彼女達に敬礼です。
という訳で、無理やり追悼用の文章を付けたしての投稿です。

話は変わって、ずいずい改二おめでとう!

それでは、どうぞ。


三章-16 嗚呼、御霊は何処に

 一体どれだけの時間を、魚たちが通り続けるのを見届けただろうか。

 

 眠ることはできた。呼吸すらする必要はない。人間のように食べる必要もないから、ずっとここから海を見上げていたのだ。

 

 意識を消し飛ばして、二度と目覚めたくもないのに。海へ出られたとしても、きっと私は兵器でしかない。敵を殺すためだけに存在し、国のためにその身を捧げたのだ。

 

 でもなぜだろう。再び生を受けて海原を駈けるなら、今度は自分のために生きたいと思う。

 

 我儘だろうか。きっと私は、共に戦ったニンゲンという種に憧れを抱いてしまったのだ。喜んで、怒って、泣いて、笑える。今度はそんな人間として戦いたいと。

 

『――――い……かく。目を覚ませっ!』

 

 嗚呼、私を呼ぶ声がする。そろそろ戻らなきゃ――――戻るってどこに? 瑞鶴は今、ここで沈んでいるのに。

 

 水底にあって動かない船体。それでも砕けた飛行甲板の上で、私は降り注ぐ陽光に手を伸ばした。

 

 この船は既に死体同然だ。浮けなくなったただの鉄屑だ。名残は惜しいが、今の自分には必要のない抜け殻だ。

 

「帰りたい」

 

 皆のところに帰りたい。必要とされている私がいた場所へ――――帰るってどこへ?

 自問自答。自分の居場所すら分からないのにどこへ行こうというのか。

 

 伸ばした手を振り下ろすが、決して届かない。それでもあの光に触れたい。飛行甲板を蹴り、海中へ身を躍らせる。

 

 足場としていた船体から離れるたびに、息が続かなくなる。だが、細い光は差し続けている。その一端に突如として、深海の背景に亀裂が入る。

 

 目の前の世界は、走馬灯だ。空母瑞鶴が沈んだ時までの記憶。艤装として身に着けていた瑞鶴にとっての原点。

 

 艤装とのリンクを密にした時に起こる同化現象。船霊の記憶は少女に流れ込んでいく。

 

 

 

 

 

「もー、瑞鶴。お酒は本当に弱いんだから……ほどほどにしておきなさいって、お姉ちゃんは言ったでしょ!?」

「……あー、大丈夫。起きてる、起きてるってばっ」

 

 懐かしい声がする――――いや。正確には聞いた事はないが、船霊に染みついた彼の艦の一部だろう。

 

 目を開けた時に視界に映るのは、自分と同じ字を持つ空母。うつ伏せになっていた私を抱え起こしてくれたらしい。

 

 場所は、あの時と同じ飛行甲板――――空母瑞鶴の迷彩柄に彩られた緑の上。この記憶の入り口は、どうやらこの光景らしい。

 

 同化現象という言葉が頭をよぎる。装着中の艤装の密にリンクした際に生じる、記憶の混濁。

 

「んっ、ありがとう瑞鳳」

「……たまには”づほお姉ちゃん”って言ってくれてもいいのにさぁ」

 

 だいぶ昔のことを語られて、気恥ずかしくなる。もう私だってそんな年齢ではないのだし。

 

 ……違和感を感じる。ここは何処だ? いや、何時(・・)の時代だ?

 

 最近起こったことは何があるか思い出す。連日連夜で夏祭りの準備をして、提督さんや朝潮が駆けずりまわっていたのは覚えている。

 

 明晰夢だろうか。ここは現実ではないことは分かる。いや正確に言えば、私が現実だと認識しているのとは違う世界だ――――だが、自分が直前まで何をしていたかまでは思い出せない。

 

「どしたの?瑞鶴」

 

 心配そうに覗きこんでいる。

 

 私は彼女の顔を知らないはずだ。だが、名とこの人物が一致して”瑞鳳”だと教えてくれる。

 

 どうやら呑み過ぎて、卓に突っ伏していた情景らしい。顔を上げると、覗き込む千歳や千代田の姿もある。

 

 記憶が教えてくれて、脳裏に浮かんだ『レイテ沖』という言葉が警鐘を鳴らす。

 

 戦時中に呑気に飲んでいる暇でもあったのかと。しかしこれから行くはずの作戦を思えば、月を肴に一杯――と千歳が誘ったのも分かる。

 

 決して勝てぬ戦。物量差も当然あるが、こちらには飛ばす艦載機すら碌に残っていないのだから無理もない。これがきっと、互いが顔を合わせる最後なのだろうと。

 

「御馳走様、そろそろ酔いを覚まさないと」

「もう行っちゃうんですか?瑞鶴さん」

「うん、翔鶴姉が待ってるからね」

 

 私の居場所はここではない。夢・幻かは分からないが、この浮遊した感覚は質感を伴っていない。色褪せても残り続ける、一つの思い出だろうから。

 

「翔鶴さんは沈んだのに?」

 

 そういう瑞鳳の視線は冷めていた。皮肉でも何でもなく、ただその事実を淡々と述べただけのようだった。

 

この(・・)世界には絶望しか残されていないのに?」

 

 目の前の瑞鳳は、今の事態に達観しているようだった。その言葉に動揺する。まるで自分の思惑を見透かされているようで。

 

 彼女は、私がココにいなかった瑞鶴だとは気付いていないだろう。

 

 それでも戻りたい。あの艦隊が自分の居場所であり、自分の戦場なのだ。

 

 瑞鳳は回答を躊躇う私を見ても、困った顔を浮かべるだけだった。

 

「私は……やっぱり行かなきゃ。ここにいて思い出に浸るのも悪くない。でも必要とされている限り、私は戦いたいんだ」

「うん、知ってる。私と一緒にいた瑞鶴は、頑固で絶対に諦めない子だったんだから」

 

 それ褒めてないよね――対する答えには苦笑しか返ってこなかった。

 

「幾たびか辛酸をへて志はじめて堅し、丈夫は玉砕するも瓦全を愧ず――――道は違えど、我らの志が共にあらんことを……ってね」

「ありがとう、づほ姉。行ってくる」

 

 飛行甲板から身を投じて海面に立つ。艤装を装着していないのに、私の体を両足が支えて浮遊する。

 

 行き先を照らす光に向かって進む。名残惜しく振り返っても、そこにいた僚艦たちの姿は掻き消えていた。

 

 私の足の進みは、時間と平行して進むらしい。目の前には炎上する船体。V字に折れて海面を割って沈んでいく。

 

 その艦橋に、小柄な少女の姿が見える。満身創痍であっても、こちらの姿を認めるとニィと口角を釣り上げる。

 

「振り返るな……生きなさいっ、瑞鶴!」

 

 爆風が私の背中を押して吹き飛ばされる。宵闇が背景を彩り、目指す先の光以外は黒で塗り潰される。

 

 どれだけ走っただろうか。その先で、今は聞き馴染んだ男の声がする。

 

『――――消えるべきなんだよ、人の体に身をやつした化物など。深海棲艦の力を内包する艦娘など、人類の側に存在すべきではない』

『――――そんなもの、俺は認めないっ!』

 

 言い争う声。提督さんと誰かの声が、空間に木霊する。

 

 艦娘としての私は、もう長くないだろうか。さっきみたいに同化現象が起きてくるのは、自我が飲み込まれていく前兆だ。

 

 思考を遮り、己を鼓舞するために。遠くにいるはずの提督さんへ向かって叫ぶ。

 

「私はここよっ。まだ戦える!」

 

 

 

 

 

 景鶴と直接リンクは出来ているから、彼女に接触している大元へ遡るのは容易い。

 

 自分の身体を横須賀の情報室に置き、デバイスを身に着けて飛び込んだ電脳世界。相手がわざと”ルーム(第三階層)”まで開放していることで、余計に腹が立つ。

 

 辿り着いたのは、水で囲まれた世界。頭上や周囲を飛んでいる海生生物の姿を見て、天球を模した水族館のようにも見える。本来であれば親水公園の様相なのだろうが、そこには暗雲が垂れこみ、背景は青に紫にと塗り潰されている。

 

 中央のベンチに寝かされている景鶴を見て、東郷は歩を進める。彼女の傍らには、フードを被った男。目元は見えないが、こちらに振り向いて三日月型の大口を開けて嗤う様が、余計に東郷の琴線に触れた。

 

 落ち着け――――人質を取られているのは、こちらだ。今やるべきは航空隊の不正アクセスの解除と、容疑者の確保だ。だからこそ東郷はまず、相手にとって想像に難くない一声から発することにした。

 

「……その子から離れろ」

『――――やはり君が来たか、”白鴉”』

 

 そういう声は、どこか電子音じみた男の声だ。それでも、こちらを嘲笑うような雰囲気は否応なしに伝わってくる。

 

 ――――だが、重要なのはそこじゃない

 

 白鴉。その呼び名に、東郷は眉を顰める。江田島の海軍大で皮肉を込めてつけられたものだ……今の自分に対して使う時点で、俺は目の前の男と接触する機会があった――――ということだ。

 

 司令官という人間による艦隊運用は、その戦術や技能が個人技に影響されている事は否定できない。

 

 自分の周りで言えば、空戦指揮の申し子である”飛燕”。自身の狙撃の腕とともに、超長距離射撃を行う”千里”。第二次日本海海戦第三夜戦にて、駆逐艦四隻を率いて戦艦フラッグシップ2隻を撃沈した”夜鷹”など、エピソードとともに生ける伝説として語られていくことが多い。

 

 しかし、東郷の場合は違う。元々は途中入学というレッテルを張られ、そこそこの成績を出していたことに対する卑称が”白鴉”であったのだ。

 

 海軍大の正装である、通称黒服。周りがそう呼ばれる中で、東郷は半期ズレの入学を示す白袖を身に着けていた。

 

 逆に自分と親しかった連中は、教官に対しての振る舞いと本性とのギャップ。また、情の厚さとギニョールを使いこなす豪胆さを皮肉った。

 

『白サギのように見た目は高潔だが、その本性は真っ黒―――白鴉』だと

 

 記憶の底から掘り起こす。アバターの姿であるから、男性か女性かすらも判別は出来ない。しかし、相手は海軍大時代の自分を知っているはずだ。同輩か?先輩や後輩か?教官か?伏宮と同じように併設されていた工廠科の人間か?

 

 思考を止めずに二の句を続ける。

 

「景鶴に何をしにきた……お前は何者だ?」

『――――その問いに答えるのは不可能だ――――電子の海を得てから、人は自らを束縛するアイデンティティから解放された。我は我であるとしか答えようがない』

「そういう屁理屈を聞いてるんじゃねぇっ!」

 

 システムのパスコードが変えられているのか。景鶴の情報ラインの切り替えができない中、東郷は叫ぶ。

 

『――――霊魂も、つねに同じものではありながら、いろんな姿のなかへ移り住む――それがわたしの説くところだ。だから、警告しよう。口腹の欲に負けて、人の道をあやまってはならぬ。そのためには、非道な殺戮によって、われわれの同類というべき魂たちをそのからだから追い出してはならないのだ。生命によって生命を養うことは許されぬ』

「――――オウィディウス、”メタモルポーセース(変身物語)”か」

 

 浪々と語る影。その顔がこちらの言葉を聞いて、正解だとぐにゃりと歪んだように見えた。

 

『――――あぁ、悲しいかな人間は人の魂を持ちながら、別の体を持つ術を得た。悪魔の御業と知りつつそれを成し、業深きはらわたから化け物を引きずりだした!』

 

 外部コンタクトを全点検。疑似信号多数、メモリ活性量不一致、アクセスポイント割り出し不可。東郷が焦る先で、その影がゆっくりと景鶴の首を絞める。

 

 自分の設定が、移動不可のオブジェクトとして定義されているのだろう。目の前で部下が殺されようというのに、自分には何も手を出せない。

 

「くそっ!」

 

 毒づいて、ギニョールシステムを強制介入させる。こんなところで終わってたまるか。

 

 リンク中の全指揮権の強制排除。自分も含めて、この接触自体をシャットダウンさせようと試みる。

 

 その影に向かい左の掌底を叩きつける。直後、ビットに分解された粒子だけが残る――――それでも彼は、嗤い続けた。

 

『――――私の魂は私の肉体とともに消滅し、私のいかなる部分も貪欲な火葬の薪から逃れることがありませんように!』

 

 ケラケラと嗤う声が、この電子世界に溶けていく。バラバラに霧散したあと、再び人の形を成し。何事もなかったように、フードの男は再び語りだす。

 

『――――消えるべきなんだよ、人の体に身をやつした化物など。深海棲艦の力を内包する艦娘など、人類の側に存在すべきではない」

「――――そんなもの、俺は認めないっ!」

『――――君の答えはソレか、もう少しまともな回答を期待していたんだがね。国民の盾として存在する軍人が、私情に流されて母国を討つか?ならば、君にも消えて貰う他はない。日本のためにも』

 

 自分が今いる景色が、文字通りに割れる。周囲を漂っていた海生生物は掻き消え、ひび割れた水槽から濁流が流れ込んでくる。

 

『――――ならば、ずっと悪魔の化身と踊るがいい。黒と白と。灰色とを、見抜く目を持たぬ鴉よ。死をつげる鳥として死化粧を纏った白い鴉は、お前の最後にお似合いだ』

 

 マズイ……脳裏に鳴り響く警告音――――こちらの接続元が割られて、同調リンクに手をかけられる。電子の世界では、額に拳銃を突きつけられているのと同義だ。

 

『――――冥土の土産に、一つ教えておこうか。ヒトは私を”灰色の男(グラウコス)”と呼ぶ』

 

 ギリシアの海神――――グラウコス。魔女に慕われ、思い人が怪物となったあの半魚神か。

 

 その瞬間東郷の意識は、防壁ごとグラウコスの手によって狩りとられた。

 

 ブラックアウト。脳裏に映ったのは、苦悶の表情を浮かべる景鶴の姿であった。彼女がこちらを見て、力なく笑った気がした。口元が動く。何と言っている?

 

「っ。景鶴!」

 

 薄れゆく視界の中、彼女に手を伸ばす。決して触れられはしない、それでも伸ばさずにはいられなかった。

 

 ――――もう二度と、親しい者から手を離さないと決めたのに

 

 けれど、このままで終われる訳ないだろう。自分の首を絞める電子の網。その一端に触れる。軍用の攻勢防壁をアレンジしたものだ。少なくとも慢心している侵入者に、一矢報いることは出来るだろう。

 

 導火線に着火した様に、絡みついた電子の網へプログラムが拡散していく。仮に気付いたとしても、その対応にかかりきりになるはずだ。その時間さえ稼げればいい。

 

 意識は、泥水の中に溶けていく。妹を喪ったときと、同じように。

 

 ――――それでも濁流の中で、一握りの藁を掴んだ




学園祭とプレゼンが迫っているため、しばらく更新はお預けです。

またちょくちょく慟哭は書き直しを行っているので、話数の入れ替えとか起こっているかもしれませんがご了承ください。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。