艦隊これくしょん~鶴の慟哭~   作:エーデリカ

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お久しぶりです。エーデリカです。社会人提督もようやく落ち着きまして、半年ぶりの更新になります。

慟哭は更新しておりませんでしたが
艦隊これくしょん~抜錨! 戦艦加賀~(https://novel.syosetu.org/83620/
に参加させて頂きました。

こちらも合わせてお読み頂ければ幸いです。


幕間総集 着任!幌筵過去編
零章-1 残響は凍土を吹き抜ける


「あつーい。あついよ、いいんちょー。麦茶とってきてよー」

「司令官、経費でクーラーを申請しよう。物事を成すには、まず集中できる環境が必要不可欠だ」

「………………いい加減にしやがれ、この北方組が。どうしても涼しくなりたきゃ、転属願い受け取ってやる。今すぐにだ」

 

 執務机に山と積まれた書類の束。アホ毛すら萎れた銀髪の上司が原因なのは言うまでもない。暑さで爛れた528駆逐隊の指揮官、篠華・リーナ・ローレンベルグ中佐。彼女は扇風機の前へ陣取り、ピクリとも動こうとしない。

 

 対する東郷の部下――――Верныйもどこから持ってきたのか、園児用プールを広げて半身浴にいそしんでいる。念のためにもう一度言うが、ここは執務室である事を忘れてはならない。

 

 ヴェルが手元に持っていた棒アイスを口に運ぼうとして、目敏く飛び出した篠華がかっさらう。

 

「ここは戦場だよ? その相手がニンゲンなだけであってね。というわけで御馳走様」

「お前は狗かよ篠華。さすがに行儀が悪い」

「うん、狗だけど何か? 国民の平和を守る、軍と云う組織に忠誠を誓った番犬だね」

 

 開き直りも大概にして欲しい。ヴェルからただならぬ怒りのオーラが滲み出ているのを、俺は見なかった事にする。

 

「何で副官の俺が、ここまで尻拭いしなければならんのか……。いい加減に更迭されたらどうだ」

「でもさ。アタシがいなくなったら、誰が528(ココ)の指示を出すのさぁ?」

「……その指示出すべき奴が、こんな所で油売ってるから俺が仕事してんだろうがァア!」

 

 一段落読み終えた資料に、大判の印鑑を叩きつける。怒りの矛先から圧力を耐えきった書類だが、軽く……というよりは、かなりいびつに歪んだ。

 

「折角ヴェルが水着を着て遊びに来てるんだよ? もうちょっと浮かれた反応してもいいじゃない、委員長ぉー……あ、下着一枚の方が良かった?」

「じゃかぁしいっ! てめぇと一緒にすんじゃねぇっ!」

「なら景鶴ちゃんの方が良かったりするの? あの年不相応にスレンダーな肢体がドストライクな委員長はさ。でもあの子もけなげよねぇ、叶わぬ恋と知りつつ猛烈アタック続けるんだもの」

「……あえて言うが。景鶴だろうが、ヴェルだろうが水着姿に相対する自信がないだけだっ」

 

 ただでさえ、目のやり場に困ると言うのに。逸らした視線に気が付いたВерныйが、パレオの裾をひらひらと捲る。明らかにからかうモードに入っているから、無視するに限る。それを知ってか知らずか、篠華が溜息をつく――――水着姿にご満悦なのは、お前だろうとの言葉は飲みこんでおく。

 

「お姉さん悲しいよ。どこで教育を間違えたのだか。女の子のオシャレにはちゃんと褒めないと委員長」

「いつからお前が俺の姉になったんだ。そして、死んでもお前のやっかいだけはなりたくないに一票」

「ヴェルー。委員長(おとうと)が反抗期なんだけど」

 

 唐突な篠華の姉弟発言に、ヴェルが吹き出す。それはもう、腹を抱える位に。

 

「篠華中佐が、司令官のお姉さん役だって? ズボラな姉に、業を煮やす弟そのものじゃないか」

「酷いよヴェルルン……そうだ。試しに『兄さん』とか『駈兄ぃ』って呼んでよ。委員長の事をさ」

 

 最初は冗談だろうと、鼻で笑い飛ばす所だったのだ。だが続けられた言葉に背筋が凍ったのは、東郷としても予想外の事態だった。

 

「そうだなぁ……お兄ちゃん(・・・・・)。これでどうだろうか?」

 

 たったその一言だ。その一言だけで、過去の記憶の欠片。目の前の少女(ヴェル)の姿が、思い出の中の彼女(ひびき)にダブる

 

 そう、ヴェル(おまえ)が自分に決して話した事がないはずの言葉だからだ。

 

「ありゃ……こりゃぁインパクトが強すぎたかねぇ?」

 

 突然の事態に硬直した東郷には、篠華のからかいなどとうに届いていなかった。

 

 

 

 

 

 北方海域では、季節と言う概念がまだ存在しているのだろうか? シフト明けの冬の日。今日も今日とて実地研修として、東郷駈候補生は択捉基地に滞在していた。

 

 極東方面隊総司令部 第51北方艦隊司令部。その門をくぐって、東郷は街中に足を向ける。どこもかしこも難民であふれかえり、インフラが崩壊した生活基盤など皆無に近しいこの地で。それでも人間は生きていた。

 

 名目上、極東ロシアと日本国は”国連統合海軍極東方面隊”の一括りになるだけに、国境での交流が細々と続いている数少ない国である。もちろん、ある程度のピケットラインと比較的安定し始めた海輸の賜物であるが、同時に第三次世界大戦で疲弊したままの国からは密入国者が絶えないのもまた事実だった。

 

 そんな日本にとっても北端と言える出島(・・)――――択捉島。サラダボウルよりも人種のるつぼ(melting pot)といった表現の方が近しいこの島は、良くも悪くも日本が他国との細々と行う交易と、艦艇と艦娘を用いた防衛線を形成するにあたり重要な拠点であった。

 

 そんな最果てに海軍大の実地研修として来ている訳だが、働き詰めという訳でもなく普通に休息だって与えられる。その僅かな時間はいきつけ――というよりも、この周辺で有一の本屋に足を踏み入れることが多い。現地の文化であったり、独特の慣習であったり。知っている方が何かと便利な情報も手に入る。ハードカバー(紙媒体)なんて、今では高尚な趣味だなんて皮肉として言われるのが悲しいのも事実だが……。

 

 電子や光が世界を駆け巡っても、国家や民族が消えてなくなるほど情報化されていない世界であるならば、書籍とはそれ独自の文化でありツールである。書庫を見るだけで浸れる感覚は読む人には分かって、電子情報に頼らない人には魅力には感じないだろう。

 

 数冊の本を購入し、ドアに吊り下げられたチャイムを鳴らし雪道へ出る。少し駆け足で、そして角を曲がり続けてみる。

 

 一瞬感じたのは、間違いなく殺気だろう。首の後ろがチクリと痛んだ違和感。そしてこんな寒空を、わざわざついてくる変わり者がいるくらいだ。

 

「ここなら誰の目にも留まらないだろう。いい加減に出てきたらどうだ」

 

 こちらの日本語を理解しているかは、分からない。ただ、それでも目深に防寒帽を被った一人の少年が物陰からゆらりと近づいてくる。

 

 まるで狼のような少年だ。ボロボロで身の丈以上のコートを羽織って、両手で消音機付きの拳銃を構えている。粗野というよりは、氷の様に透き通った白い肌。ただその視線は、猛禽類の様に鋭く射抜いてくる。

 

 声変わりしていないのか心地の良いソプラノで暴言を吐くのが、聞いていて悲しくもあり。同時にこんな環境で生き残ろうとする少年に感心していた。確かにここに来るために備品から拝借したコートは、新品と言わないまでも防寒性はそれなりだ。おそらく羽振りの良い観光客にでも間違われているのだろう。

 

 左耳にかけられた変換機に手をかける。集音した少年の声がデジタルに変換され、片言の訳文がホロスクリーンに流れる。

 

『金だ。金を置け 去れ ジャップ』

「Говорите медленно,Не понимаю(ゆっくり話してくれ 分からない)Снова,Пословно,Медленно(もう一度、一語づつ、ゆっくりと――だ)」

 

 耳元の翻訳装置が追いついていない。出来れば文節を短くしてくれると助かるのだが、通じるのだろうか? 流石にロシア文学を原文で読む趣味までは持っていなかったから、旅行者程度の語彙力でどうにかなればいいのだが。

 

 そして勿論、ロシアンマフィアに絡まれた際の対処法なぞ観光本には書かれていない。仕方がない。至極当然の様に、そして友人と会話するかのように話題を振る。

 

「выпье мхоть чаю(落ち着いて お茶でも飲もう)」

「Не шутка.(冗談じゃない) Я не понял(まったく 意味が分からないよ)」

 

 少年は舌打ちして、何かと吐き捨てた。聞き取った中では「調子が狂う」とでも言ったらしい。暫しの沈黙を置いて、厚手のコートを翻す。

 

 気分が乗らないから帰る――――その様がいじけた子供にしか見えなくて、微笑ましく見える。銃を向けられていた事を棚に上げ、この状態の少年を放っておけないと東郷は手を伸ばす。

 

 少年は即座に反応し、振り向きざまに左手で弾く。スッと細められた、氷の様な空色の瞳。雪よりも白い長髪。体を冷やしたのか、紫色の唇が少年をより一層艶めかしく際立たせる。

 

 ここで東郷が感じていた違和感のピースが一つ嵌まった。先程までは余裕がなかったから、考えることすら放棄していた。だが、この容姿は明らかに……。

 

「…………おんな……のこ?」

 

 咄嗟に紡いだ言葉に対して、怒りのオーラと共に容赦ない蹴りが飛んでくる。狙いは金的であると予測できたのが幸いだった。本能的に手で庇ったが、それすら貫通するような勢いでのクリーンヒット。

 

 蹲った東郷に対して、少年(おんなのこ)は高らかに宣言する。それも、東郷が驚くほど流暢な日本語で。

 

『ではジャップ。私のことはволк()と呼んでくれ。ここではそう呼ばれている』

 

 男の子扱いされたのには、よほど腹が立っているのか。相応の対価を要求されそうだと、他人事のように東郷は思うのだった。

 

 少女が案内するのは、それこそ薄汚れた酒屋。常連なのか、厳つい大男たちと手振りで挨拶をする。

 

「どうだい? 中々に良い店だろう。ツケが溜まってきているのが、玉に傷なのだけれど」

「あのなぁ。さすがにいい歳した子が、昼間から酒を煽るのは良くないと思うんだ……」

「なんだい? お茶を奢ると言ったのはトーゴーの方じゃないか?」

 

 先程とはうって変わって、年相応の表情で酒を酌み交わす――――れっきとした少女。ここ幌筵も極東ロシアに近しい事もあって、10代での飲酒が認められているからさした問題ではない。しかし度数が高めの酒類をお茶(・・)と表現するのは、お国柄とも言ったところだろうかと。

 

 だが、さすがにこの呑みっぷりは傍観しているこちらが心配なくらいだ。酒は冷えた体に染み入るような良薬でもあるが、酒の苦手な東郷からすると何故依存する程に飲む事が出来るのが不思議なくらいだ。

 

 満足そうにウォッカを飲み干した彼女を見て、財布の中身を確認する。散財する性格ではないから、多少の足が出てもどうにか賄えるくらいだろう。

 

「それじゃ御馳走様。気まぐれに付き合ってくれたことに感謝するよ」

 

 千鳥足でカウンターから出ていこうとする少女、その首根っこを慌てて摑まえる。お礼の一言で済まされようとしたことに対してではなく、ただ単にこのまま放って置くのは気が引ける本心からだ。

 

「あぁ、もう。ここまで酔っぱらっている奴を、このまま返す訳にはいかない。安宿にだって意地でも放り込むぞっ」

「何だい。最近の日本の軍人さんは随分積極的じゃないか」

「あらん誤解を生む発言は止めろぉ!」

 

 気のせいか、周りからの視線が痛い。端から見れば、幼気な少女を酒に酔わせてお持ち帰りする若者の図である。逃げるように店を飛び出すが、引きづられて行く少女はただただ嗤うだけだった。

 

「ここいらじゃ娯楽が不足してるからさ。トーゴーみたいな初々しい反応は見物だったよ本当に」

「10歳近く年下の子どもに、手玉をとられる大人の気持ちにもなってくれ」

「うん、そうだね。10年後には気持ちも分かると思う」

 

 ケラケラと声を立てながら、さして少女は気にした風もなく返す。明らかにからかってくるだけに、こちらも引き攣った顔で返す他はない。

 

 多めの現金を少女のコートにねじ込んで、ホテルのフロントに転がり込む。

 

「……失礼ですが、ご兄妹様になりますでしょうか? よろしければ同室でご案内いたしますけれど」

「すみません、コイツ(・・・)一人でお願いします」

「まったくつれないね。私のお兄ちゃん(・・・・・)は」

 

 余計な事を口走るんじゃないと目で制しても、聞く耳持たんとばかりに誤解を生む発言ばかり。これは明らかに愉しんでいると割り切ったのは、自分が苦虫を噛み潰しきりスキップしながら少女がロビーから姿を消した頃合いだった。




正直に言うと改稿を終わらせてから投稿したかったのですが、潰れていた間に半年経ってしまったので仕方ありません。

更新速度は亀ですが、手が空けばまず改稿を進めようかと思います。

では、皆さま。世間は夏です、2016夏イベントも頑張っていきましょう!
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