前話の少将のが使っていた意味は、瑞鶴の行動は彼の昇進に繋がった事。
そして今回の意味は翔鶴にとって意味があった―というものです。
追記:二章完結を受けて、書き直しを行っています。
修復材って本来飲むものじゃないわよねと思いつつ。まぁ浸かっていても害がないなら飲んでも大丈夫――――という考えもなくはない。ウォッカを割らずにひと呑みするような、灼けつく痛み。頭痛と吐き気、そして舌の痺れが引いた頃に、ようやくまともに会話出来るようになった。
ベッドの脇に立つ桃色髪の女性が、こちらに声をかける。
「工作艦、AR-AS01”明石”です。私の声が聞こえてます? 聞こえてたら身振り手振りでも反応してくれますか?」
「…………あ”……あぁ。うん。聞こえてるし、話せるわよ」
自分のものとは思えない皺枯れた声に驚きつつも、明石と呼ばれた女性に返答する。
「良かったぁ。ここまで来て後遺症とか残ってたら、救護したこっちも浮かばれませんって」
「……心配してくれたのか、何気なく人の心を抉ってるのかどっちよ」
私の視線から目を逸らすな本当に。明石はクリップボードにまとめられたハードコピーを捲りつつ、私の様子を見ながら記入を済ませていく。ある程度の当たり障りのない質問に答えつつ、艦娘としての話も問われる。
「目覚めて早々に悪いんですが、こっちの艦隊が独断専行で介入したせいで事後処理が面倒になってまして。うちの提督が本土に貴方の状態を報告しなければならない状態ですので、貴方の所属を答えて貰える?」
「…………横須賀523航空戦隊所属、CV-SKY02”景鶴”。ハルナンバーは暫定的なものだから、艦種そのものは翔鶴型だけど
「ここまで下調べと同じ情報ね。まさか空母が夜戦してるとは思わなかったけど」
ここまで伝えた所で、明石と呼ばれていた艦娘が良くやるわぁ――と頷いた。うん、それ絶対褒めてるんじゃなくて呆れてるわよね。
言いたい事は、他にも山程ある。ここがどこなのか。結局救援は間に合ったのか。どうやってあの戦闘から生きて帰れたのか。
手に汗を握るというのだろうか。意識せずに拳を握りしめた――――待て。私に左手がなぜある? 確かあの戦闘で……
――――フラッシュバック。硝煙と爆炎の踊る海原。死ねないと呟いて、姫クラスを相手に大立ち周りを繰り返した。弓を失い。行き足も止まる。守ろうとしたために砲弾を受ける。灼ける背面艤装。激痛から逃れんばかりに朦朧とする思考。私が意識を手放したのか、そこで記憶は途切れている。
骨とは違う重み。右手で小突くと、無機質な左腕だと分かる。良くできているが、ヒトとしての温もりは感じない。
あぁ、結局私は――――
「……情けないッ。今頃あそこで沈んでたんじゃない」
「拾った命は、そう粗末に考えちゃだめですよ? 左腕の件ですけど、勝手ながら義手を装着させて頂きました。ラグを抑えて接続するためには、末梢神経が機能停止する以前に行わなければならなかったので」
技術革新が打ち止めと言われんばかりの時代であるが、いざ目の前に見ると薄気味悪いものを感じる。己であって、己でないモノに対しての畏怖と嫌悪の感情。
複合Eカーボンプラスチックをベースに、人工タンパク質繊維の皮で覆われている。人間の皮膚に近しい材質で、生体電気信号を送受信する人工神経を持つ義手。気持ち悪いくらいに馴染む左腕。それを見つめる私の思考を察したのか、明石が口を開く。
「一過性の
物がないのと、あると錯覚して実際にはないのは状況が変わってくる。心構えがあればある程度の警戒はできるが、いざ使えないという状況の方が慢心を生む原因にもなる。
握っては開きと、普段とよりも緩慢な動作をする義手を見ていると、そう教えられた。何でも此処の提督が根回しして幾つか取り寄せた試作品らしい。軽量かつ丈夫。整備のしやすさを考慮すれば、まさしく兵器の一部ではないかと自嘲する。
「当分はリハビリに励んで下さい。握力が問題ないレベルになるまで慣らさないといけませんし」
神経接続が処置直後は不安定なのと、筋肉の動きまではさすがに再現しきれなかったという、工廠妖精涙の妥協作とは。
「問題なく定着すれば、握力が実際より落ちる以外は、普通に生活出来ますよ」
言外に弓は引けないと――――そう言葉を選んでいるのがひしひしと伝わる。もう自分は空母艦娘として戻れないという事か。
それでもここまで尽くしてくれたのは、ここの提督が変わり者で温情を与えてくれたに過ぎないだろう。空母艦娘としての戦線復帰は絶望的か。いつも一言多い横須賀の先輩の青い方を思い出しつつ、溜息をついた。
私が目を覚ました事を聞いて、ここの指揮官が顔を出しにそろそろ来るのでは? と思った頃合い。それもそうだ。所属の分からないが艦娘だけであるという理由で収容しているのだ。私だって血税で雇われている身だし、軍の監視下に置かれるべきであるのは分かる。
案の定来客がドアの向こうにいるらしい。明石さんが対応している中、ノックと共に小柄な影が姿を表す。
「――――失礼する」
桜に錨を刻んだ制帽、それを被った少女が病室に入る。
「自己紹介が遅れてすまない、Верныйだ。ここの泊地で提督業務を行っている」
軍記違反をした負傷者にたいして、変な温情を与えてくる変わり者かと思っていたけど訂正。やっぱり変わっているわ、この泊地の提督は。なんでまたこんな少女が提督なのか。
「それで……提督さん?で良いのかな。私の処遇はどうなってる訳? 任務外単独行動に、自軍の救出部隊を戦闘に巻き込ませたっていう、結構やばい事やらかしたんだけど」
意識はしてなかったが、昔からの悪い癖が出た訳だ。とりあえず行けば解決すると思って独断専行した結果。まわりに迷惑だけかけ続けてきた。横須賀の提督は気に入らなかったが。
「その件についてだが、ちょうど通信が入っている。加賀という艦娘からだよ。それを伝えに来た」
げっ、よりによって加賀さんから。ダメだ、胃が痛くなってきた。まぁあのメタボな上司よりは全然マシであったが。
『――――この馬鹿七面鳥焼き慢心空母』
「……はい、すいませんでした」
第一声がそれですか。とてもじゃないが『加賀さんだって慢心焼き鳥製造機』なんて斬り返しは出来なかった。
『――――こちらの提督からの処遇を伝えるわ。本日ヒトフタ・マルマルをもって横須賀532航空戦隊より空母景鶴を除籍・解体処分とする。既にあなたの艤装は本土に送られているわ』
あんなボロボロの艤装って使えるのかしら。壊した本人が言うのもなんだけど。
『――――残念ね。豪語していた第一艦隊入り。結局出来なかったじゃないの』
「……面目ないです」
加賀さんになんかすぐ追いついてやる! ベーだ――と啖呵を切る事もあっただろうか。
『――――解体後に任務なんかはないのだから、そこの泊地でしばらく安静にしてなさい。同時に本日ヒトフタ・マルマルをもって、所属をトラック泊地の地上勤務、という形の処分よ』
横須賀に拘りがあった訳じゃないけど、いざ離れるとなると寂しいかな。おまけに、この離島に……って完全に左遷コースじゃないっ!?
「ねぇ、加賀さん?翔鶴姉は?」
そういえば姉の話が出ない。あの翔鶴姉がおとなしくしているとも思えない。誰もいない執務室で『景鶴ちゃん? 良いの?』と独り言を呟いた事を目撃された事。これも一度や二度じゃなかったらしいし。
その話題に触れた瞬間の加賀さんの表情の変化は、滅多に見られない物だった。普段ポーカーフェイスの加賀さんが一目で動揺していると分かる。
『――――翔鶴は貴方に会わないそうよ』
何かを伝えたくない、絞り出したであろう声。
「まさか……あの後轟沈したの!?」
血相を変える私に対して、加賀さんの対応は落ち着いたものだった。
『……そうじゃないの。ただ、電報は預かってるわ。後で読みなさい』
「ちょっと待って加賀さん! 一体何が!? 何なのよ!?」
私の剣幕に押された加賀さんの答え。どこかで自分自身が、気が付いていたからかもしれない。翔鶴姉が私に対して関わってこない事があるとすれば……。
――――瑞流ちゃんに何かあったのだ。
『――――今回の件、悪い話だけじゃなかったのよ。もちろん貴方にとっても』
とモニターの向こうの加賀さんが呟く。翔鶴姉の電報を掴む右手が震える。
『――――適合率が艤装起動ギリギリだった貴方を、これ以上危険な戦場に出さずに済むわ。貴方の艤装は
「だから私はお役御免だって!? 冗談じゃないッ! 紛い者でも紛い者なりに……」
『――――その結果、本来の
そう突き放す加賀さんの声は冷たく。そして心の奥に転がった。
分かってはいた。翔鶴姉の『あなたは、私の妹に似ている』という台詞はこういう意味でもあったのは、どこかで分かっていた。
――――私は瑞流ちゃんの代わりでしかないことを
「……ゴメン、加賀さん。ちょっと一人にしてくれる?」
普段見られないような、気まずい表情の加賀さん。
『――――本土に戻ってきたら、連絡しなさい。赤城さんオススメの居酒屋に連れてってあげるわ』
無理矢理の優しさが痛い。意外と気配り出来る良い人だったんだな。もう少し良い後輩として、私は接しられなかったのかなぁと思うのは今さらだろうか。加賀さんはそれ以上を言わずに、通信が切ってきた。
「すみません、提督さん、明石さん。少し席を外して貰って良いですか」
その時の私の表情は、どんなに酷い顔だっただろう。お大事にね、という言葉を残されて、私は病室に一人となった。
――――嗚咽が漏れた。右目からの涙が止まらなかった。包帯で包まれた左目からは何も流れなかった。
文字通り私は、自分と
余談ですが、そういう身体欠損とかのフェチではありません。
ただガンダムSEEDの最終話。フリーダムが右肩を貫かれ、レールガンが破壊し、左足・右腕が消し飛び、頭部・胸部を破壊されながらも、天帝に止めを刺すシーン。
残った装備、ラケルタをジャベリンにし、後光を背負ったその様に、感動しました。
あぁ言う武装を失っての、獅子奮迅って格好良いと思うのが、ロボット好きの本性だからでしょうか?