気が向いたら連載にするかもです。
はじめての菊月――【挿絵有り】
青い空、青い海、白い雲に白い砂浜。
……そして、もっと白い『今の俺』の髪に、小さな身体、黒い服装。
「……何がどうしてこうなった……」
確かに感じる身体の感覚は、自身のものよりはるかに小さい。見下ろせば地面より先に目に入る、慎ましくも確かな膨らみ。しかし、小さな身体から確かに伝わる艦としての力強さ。
頬をつねろうと手を持ち上げれば、俺のものとは思えないような白く小さな白魚のような手が眼に映る。手を伸ばした頬もぷにぷにと柔らかい。思わず口から漏れる声も、俺のものとは似ても似つかない鈴の音ようなもので。俺―――『菊月』は、何度目かわからない溜息をついた。
艦これ―――『艦隊これくしょん』。
最早言わずと知れたブラウザゲームの雄であり、僅かな期間で一大ジャンルにまでのし上がった『艦これ』は、興味の有る無しに関わらず誰もが一度は聞いたことのあるものになっている。ご多分に漏れず、俺もプレイヤー……提督だった。そういう意味では、何も知らない人よりはこの状況に順応出来ているのかもしれない。いやまあ、俺自身が愛する菊月になってしまっているなんて笑えない上に順応なんて出来そうも無いが。
……しかし、何故?
言っては何だが、俺は歴戦の提督達とは違いそこまで『艦これ』に入れ込んでいた訳でもない。ここ数週間は(噂を聞きつけて菊月とケッコンする為に)熱心にプレイしていたが、それまでは季節の節目にちょっとログインするだけだったし、全艦娘の名前を覚えている訳でもない。練度だって、菊月以外はそう高くない。
こうして菊月になる前も、特別なことをしていたということはない。最近の日課になった艦これを起動し、菊月以外の主力をローテーションさせて練度を上げ、演習に勝ち(戦術的:B。運が良かった)、羅針盤に負け。いつも通りにブラウザを閉じて眠りに就いただけ。
こう言っては何だが、こんな風に『艦これ世界にトリップする』―――確証はないが、それ以外考えられない―――なら、もっと良い人材は居た筈だ。1日の休みも無く提督業に打ち込む者だって沢山居るし、なんなら米帝さんを引っ張って来ても良い筈だろう。リアルマネーがこの世界で役に立つのか、なんて言ってはいけない。
……まあ、菊月への愛なら負ける気はしないが。
「……うむ、こうしていても仕方が無い。何か行動に移さねば……」
おお、なんか菊月っぽいぞ!!いや、菊月になってるのは間違い無いんだけどそうじゃなく。声のせいか、何を喋ってもそれっぽく聞こえる。
……………うむ、これは菊月には悪いが、チャンスかも知れん。
「あー、あー、うんっ。……て、提督っ」
……おお、これは。俺が慣れてないせいで辿々しいが、それがまた良い味を出している。……アリ、だな。
「提督、遅いぞ……」
うん。島風みたいな直接的な可愛さは無いが、俺はこっちの方が好きだな。単に菊月ならなんでも良いとも言うが。
「マイク音量、大丈夫か。……チェック、1、2……良し。
初めまして、提督。私が菊月だ」
これは……案外似合うな。そういえば、菊月も眼鏡が似合いそうだな。……今度、機会があれば掛けてみるか。
「か、艦隊のアイドル、菊月ちゃんだぞー……」
かわいい(確信)。
……いや、違う違う。俺の中の菊月愛的な何かが暴れてしまった。こう、照れている菊月の顔が眼に浮かぶようだな!惜しむらくは、その菊月が俺だという事なのだが。
……それにしても、今の台詞を発した時は、俺の精神より菊月の身体の方に大きな抵抗感を覚えたな。『菊月』らしくない振る舞いは自然に排除されるようになっているのか、はたまた単に羞恥心が大きなだけか。
「って、違うっ。行動を起こすんだ、行動を……。ふむ?改めて、此処はどこだ。辺りには海と砂浜しか存在しない上に、鎮守府どころか人の気配さえ感じぬぞ」
ついでに、他の艦娘と深海棲艦の気配も無い。何処かで戦闘をしている音が聞こえることもない。……これは、俺にとっては幸いだったかも知れない。無論戦い方なんて知らないし、あまつさえ中身が菊月じゃないなんてどこかの提督に知られでもしたら最悪『解体』も考えられるだろう。俺はともかく、この可愛い菊月の身体を解体させる訳にはいかない。
「……そうだ、戦闘。艤装はどうなっている?」
艤装。艦娘がその身に纏う武器であり兵器。菊月は駆逐艦だから戦艦並の火力を持っている訳ではないが、それでも有ると無いとではいざという時の生存率に大きく影響するだろう。見た所、今俺は艤装を纏っている気配は無い。こういうのは大体、念じれば出てくるか何処かに保管されているのを身に付けるかなんだが……。保管されている筈もないだろう、こんな所に。
「であれば、己の意思で展開出来なければ困るな……よし、出ろっ!」
…………出ない。単装砲はおろか、爆雷投射機も、魚雷さえも出てこない。
「っつ!?そ、それは困る……!……行けっ!くうっ!運が悪かったな…!菊月、出るっ!」
…………出ない。菊月の台詞を言ってみても出ない。ちょっと困惑気味の菊月の戦闘台詞は我ながら可愛いものだったが。
……ともあれ、これでは戦いようがない。
「……これは、詰み、という奴だな。戦うどころか、生き延びられるかも分からぬ……」
……これで、『とりあえず海に出てみる』という選択肢は消えた。たとえ駆逐イ級が相手だとしても、沈められる未来しか見えないからだ。
……残るは、この島と思われる土地を巡ってみるより他はない。全く、困ったことになったものだ。これは、菊月のあの台詞を言わざるを得ない。
「うぅっ……なんなのさ、一体……」
とりあえず、菊月が好き過ぎて書いてしまいました。