私が菊月(偽)だ。   作:ディム

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昨日の。鬱々回。


未知の戦線、その三

第二次カレー洋作戦。

俺達が偵察したカレー洋の本格的な攻略作戦、編成された連合艦隊の一員としてこの青い海を駆ける。連戦を繰り返し、日は既に傾きかけている。水平線へと真っ逆さまに落ちてゆくであろう、真っ赤に燃える陽が眩しい。

 

「…………」

 

隊の前方では、旗艦やその僚艦があれこれと意見を交わしている。断片的な話の内容と、時折聞こえる無線の向こうの声から察するに撤退するかどうかの判断をしているようだ。微速前進、周囲を警戒しながら俺は考えを巡らせる。率直に言って、この状況で撤退を選ぶ訳はない……と思う。主力艦隊の目立った被害は軽微、水雷戦隊の方も大破に追い込まれた艦は皆無。このところは海域最深部に到達する前に撤退させられることが増えていた、この機会は逃したくないところだろう。

 

「全艦隊に通達します!我々はこれより、カレー洋最深部に進行します!最低でも鬼、または姫が待ち構えていると思われます、油断せず、気を引き締めてかかりましょう!」

 

連合艦隊旗艦、大和が声を張り上げて檄を飛ばす。それに応える声は、返事も声音も様々だがその意思は共通している。即ち、必ず深海棲艦を打倒しこの海域に勝利を刻み付けようという気概。同じように声をあげようとするが――開いた口から声が出ない。

 

「……?……っ。……んっ、けほっ……。あ、あー。……喉が掠れただけ、か……」

 

二、三度咳き込み喉を鳴らす。喉の掠れは一過性のものだったようだが、鬨の声を上げることには間に合わなかった。気分も幾分か変調するが……まあ、声を上げられずとも問題は無い、結果で示せば良いだけのこと。菊月の名を汚さぬよう活躍し、『菊月』の願いを叶えるだけだ。

がしゃりと音を立てて砲を構える。身体は何故か――いや、理由は分かっている筈だ――動きが鈍く、これでは『菊月』のような動きは出来ないだろう。

 

「十二時の方向!敵艦――六!!やっぱりいた、『姫』級の深海棲艦っ!!」

 

夕日を背に、禍々しい姿を惜しげもなく我々に晒しているそれ。その名は――知っている。『俺』は知っている、あれは装甲空母姫。その姿を認めた途端、知らずに口角が上がる。『少なくともあれは(・・・・・・・・)俺のせいで生まれた(・・・・・・・・・)深海棲艦ではない(・・・・・・・・)』。ならば、傷ついたみなを心配することも、皆と肩を並べることも許されるだろう。そのことに、ほんの少しだけ腹の底に溜まった何かが軽くなった気がする。

 

「……了解。菊月、出る……!」

 

誰にも聞こえないように独りごち、単装砲を構えて敵を見据える。此方へ、じっと視線を向ける長月と並走しながら、俺は海戦を開始したのだった。

 

―――――――――――――――――――――――

 

装甲空母姫の放つ艦載機、そして砲撃を受けきり大和の砲門が火を噴く。随伴艦は既に沈みきり、残される敵は装甲空母姫ただ一人。もはや大勢は決した、ここから敗北することはまず無いだろう。

 

「……ぐ、っ……」

 

しかし、それ相応の損害も出た。全ての艦が漏れ無く傷を負い、我々水雷戦隊側だけでなく主力艦隊にも大破艦がちらほらと見える。かく言う俺は大破寄りの中破、思う(菊月の)ような動きが出来ずに無駄な被弾を繰り返した結果だ。四肢の力が抜けかけているが……、そもそも、開戦前からそのようなものだ。

弾薬は多数残ってはいる、しかし役目をほぼ終えて艦隊の最後尾へ下がった俺のもとへ、長月が駆け寄ってくる。

 

「菊月、傷はどうだっ!?」

 

「……長月か、問題は無いとも。お前は……中破か、大したものだな……」

 

「私のことなんてどうでも良い、見るからに大破しているお前が問題無いはず無いだろう!」

 

「……平気だ、この程度。よく見ろ、傷は多いが大破ではない。そもそも、この『菊月』にとって、傷など大した問題では無い……」

 

「お前はまた、そんなことを!――っつぅ」

 

長月が声を荒げる。俺の事を気に掛けてくれているのだろう、その声も、語調も、瞳も真剣そのもの。だが、俺はそれらにどうしようもなくイラついてしまう。

 

「……そんな、も何も……!」

 

ぎゃあぎゃあと口論を繰り返す。白熱した口論を切り上げるように、長月が勢いよくまくし立てる。

 

「っ、だいたいお前は最近おかしいぞ!余裕も無いように見えるし、ろくな休息だって取っていない!お前、自分の目の下のクマをちゃんと見ているのか!?そんなことにも気がついていないんだろう!最近のお前は――」

 

長月が息を吸い込む。その先に紡がれるであろう言葉は、何よりも俺が一番知っている筈だ。だというのに、

 

「――お前は『菊月らしくない』ぞっ!!」

 

がつん。

頭を鈍器で殴られたような衝撃。四肢からさあっと力が抜けて行き、唇が震える。腹の底が、際限なく重くなってゆく。その言葉は、『菊月らしくない』という言葉は極めて普通に使われる言葉だ。しかし、そのありふれた言葉は『俺』を殺すのに充分な力を発揮した。

 

「……っ、ぁ」

 

はらわたが熱くなり、冷たくなり、ひっくり返る。長月の顔が、声が、気遣いがどうしようもなく鬱陶しいと感じる。

 

――お前達に。

『菊月』を第一に守りたいのに、その『菊月』を傷付けることでしか戦えないこの俺の苦悩が分かるか?

お前達姉妹のことも、菊月の意思に触れて守りたいと思うようになった。しかし、そのために犠牲にしなければならないものが他ならぬ『菊月』であるというジレンマが。『俺』は、自分の身を切ることすら叶わない役立たずだという無力感が分かるか?

 

俺の抱えているものが分かるか?『E海域』のEが『イベント』の頭文字だなんて知っている訳が無いだろう?どう頑張ろうと『菊月』には届かない『俺』がお前達の助けとなる為には持ってきた知識しかないと言うのに、この俺の知らないイベントで、どうお前達を助けろと言うのだ?身を切れと?しかしそれで傷付くのは『菊月』で、『俺』ではないんだぞ?

 

――お前達に。『俺』はどうしようもなく無能(『菊月』を守れない)どうしようもなく役立たず(姉妹達の助けになれない)なのだという絶望が、分かるのか?

 

そりゃあ、菊月らしくないだろうさ。所詮は偽物なんだからな。ならば、偽物なんだから仕方ないだろう?『菊月』かお前達か、どちらかしか取れないのなら『俺』は『菊月』を選ぶ。姉妹達も仲間達も、本当に残念だが捨てるしかない。俺が真に守りたいのは『菊月』なのだ。

頭を殴られたような衝撃、それと同時に発生した目眩が収まった時、俺は手に持つ単装砲を長月に向けて構えていた。俺は錯乱しているのだろう、隔意と殺意が溢れて止まらない。

 

「――菊月?」

 

どぉん。

 

発砲。俺の意思によって向けられた砲身の内部で火薬が炸裂し、圧倒的な熱量と圧力が小さな鉄の塊を加速させ、殺意を乗せて噴出する。放たれた一発の弾丸は、俺へ向けて惚けた顔を晒す長月――

 

「……アラアラ、ミツカッタワ?」

 

「イキナリナンテ。怖イワ……」

 

――その遥か後ろ、闇夜に紛れて姿を現していた二つの『未知の深海棲艦』の胸の中心へと飛翔し、容易く阻まれた。言葉とは裏腹に、血も凍るようなプレッシャーを放つ二人の深海棲艦。

 

片方は、黒く禍々しい一本角と異形の腕を備えた白い深海棲艦。

 

もう片方は、黒髪と白角、白装束を対比させたような深海棲艦。

 

大和も、他の艦娘も、誰もが絶句して声の主を見つめている。当たり前だ、満身創痍と言っても過言ではない上に後一歩とはいえ装甲空母姫を残した状態で新たなボスクラスの深海棲艦に奇襲されるなど悪夢と言っても言い足りない。

 

「サア、イクサ……ハジメテ……ミルカ……?」

 

「モウ、トベナイノ……トベナイノヨ……ワカル?……ネェ」

 

俺達を嘲笑うかのように吹き上がる、二つの真っ赤な気焔(オーラ)。長く凶悪な主砲がこちらを向き、艤装のあらゆるところから艦載機が姿をあらわす。狙いは俺達全員なのだろうが、ある一つの主砲を始めとした幾つかの砲塔と艦載機の矛先が此方を向く。

彼奴等から最も近い位置にいるのは、俺――いや、長月。彼女へと全ての殺意が、沈め沈めという意思が叩きつけられる。誰一人、呆然としていて動けない。動けたとしても間に合わないだろうが。

 

目の前の光景がひどくスローに映る。焦った顔の長月が、両手を交差し攻撃を防ごうとする。

 

無駄だ、耐えられる筈がない。

 

ゆっくりと迫る大口径の暴力たち。

 

残念だ長月、俺は『菊月』を守らねばならない。

 

――すっ、と動き出す身体。こんな状況だというのに、『菊月』の声は聞こえない。聞こえないのに、動いてしまった。

砲弾と長月の間に割り込み、とんっ、と身体全体で彼女を後ろへ押し飛ばす。振り向く暇もない。

 

「…………長月」

 

彼女へと何を言おうとしたのかすら、自分でも分からない。艦載機から放たれる爆撃、そして砲撃。覚えていたのは三発目まで。あっと言う間もなく、いとも容易く、俺は呆気なく意識を手放した。

 




要するに(偽)が鬱屈してるのは無力感のせいです。

あと一つ質問、というか聞きたいことがあるのですが、良ければ答えて頂きたいです。

春イベラストにて菊月(偽)が覚醒する際、今の構想では『スーパー艦これしてない大戦』になりそうなんです。これについてどうか意見を下されば有難いです。

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