私が菊月(偽)だ。   作:ディム

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アイエェェ!?ネオチ!?ネオチナンデ!?!?アイエェェェェ……

チコク!これは重大なケジメ案件!セプクいたします!オタッシャデー!


お誕生日、おめでとう

――五月十五日。世間的には取り立てて、特に盛り上がるようなイベントも無い。ゴールデンウィークも、こどもの日も既に過ぎ去った五月には記念日は無い。そう、世間的には――だが。

 

「……ふん、ふんふん……♪」

 

「おや、どうした菊月。随分とご機嫌だな?」

 

「……ん?ああ、武蔵か。ふふ、ご機嫌か。まあ、そうだな……」

 

今日は朝から遠征を割り当てられているが、それも昼まで。十四時ぐらいには鎮守府へ帰投出来る筈だ。そうしたら、ふふ。

 

「なんというか、お前のそんな顔を見るのは初めてだな。本当に、何があった?」

 

「……ふふ、武蔵。今日はな、私の――『菊月』の、進水日なんだ」

 

そう、今日……五月十五日は駆逐艦『菊月』の進水日。言わば誕生日とも言うべき日だ、舞い上がるのも仕方の無いことだろう。それを伝えると、武蔵は驚いた表情を浮かべ、そののち顔を喜色満面に変えた。

 

「ほう!成る程、それはめでたいことだな。お前のはしゃぎようも納得出来ると言うものだ。生憎今知ったところだ、何も贈り物は用意できていないがせめて祝わせて貰うぞ、菊月」

 

「……ふふ、感謝する」

 

ふわりと、自然に満面の笑みを浮かべる。どうやら武蔵は菊月()の笑顔にも驚いたらしく、再び驚きの顔をすればこほんと咳払いをしてから改めて口を開いた。

 

「それで、いつも一緒の姉妹達はどうした?お前達ぐらいの仲の良さならば、こんな日に離れていることなんて無いと思うのだがな」

 

「……ふふ、それがな。実は私が朝起きたときには、もう全員の姿が無かったんだ。あまりにもあからさま過ぎて、何かを企んでいるのが見て取れるだろう?大方……そうだな、卯月あたりが何か仕掛けるつもりだろう……」

 

「ふ、だと良いがな。――おっと、そろそろ時間では無いのか?その出で立ち、今から遠征なのだろう」

 

「ああ、その通りだ。……ではな、武蔵……」

 

一度だけ軽く手を振り、武蔵の横をすり抜けて歩き出す。――そう、この時俺は武蔵に背を向けていた。だからこそ気づかなかったのだ、武蔵が俺の後ろで浮かべていた笑みに。……そのまた後ろ、数多の艦娘達がぞろぞろと何かを為していたことに。その主導を、見慣れた桃色の髪の姉が取っていたことに。

 

何も知らずに、俺は一人浮かれて遠征に出たのだった。

 

―――――――――――――――――――――――

 

「今日も無事帰投……か。結果報告は、今日は私だったか……?」

 

「うん、お願いね!その分、艤装の点検や整備は私達がやっておくから!」

 

船渠にて、今日の遠征の旗艦を務めていた川内と別れ提督の執務室へと歩みを進める。この時間にしては珍しいことに誰にも会わず、閑散とした廊下を歩き提督の執務室へと辿り着く。数回ノックをすれば、入室許可を示す言葉が扉の向こうから掛けられる。

 

「……遠征は完了した。報告に来たぞ……」

 

「うむ、報告を聞こう」

 

それから暫く、提督と言葉を交わす。各海域の状況、深海棲艦の強さ、手に入れた物資と資源、そしてそれらの場所等。一通り話し終えると、提督は何時ものように労いの言葉を掛けてからゆっくりと資料に目を落とし考え込む。こうなると話しかけても返ってくるのは生返事だけになる、俺は一礼して執務室を後にした。

 

「……そうだな。まずは汗を流し、その後食堂に向かうとするか……」

 

五月とはいえ、日差しの下に居続けると軽く汗も掻くもの。黒い制服やその下の下着も身体に軽く張り付いている。それらの不快感を洗い流すべく、俺は大浴場へと向かう。今回も、誰にもすれ違わなかった。

 

「……しかし、珍しいな。……んっ、ぷふぅ。今日は見かける艦娘が少ない……」

 

シャワーから温水を被り、髪と身体を丁寧に洗う。汗を流し終え、髪のケアも入念に行い、細心の注意を払った上で身体を休める。

 

……ここまで誰とも会わないというのは、流石に可笑しいだろう。流石に昼ということもあるが、 それでも人気が無さ過ぎる。つまり、これは何者かに仕組まれているということだろう。そして、他でもない今日そんなことをするのは……卯月あたりしか居ない筈だ。結論を纏め、湯船から出る。静かな大浴場には、菊月()の身体から滴り落ちる水滴の音だけが響いていた。

 

「ふむ、やはりな……」

 

風呂から上がり、食堂を覗く。やはり此方にも誰もいない。間宮さんまで居ないことを鑑みるに、相当大掛かりな悪戯を仕掛けてくるつもりなのだろう。面白い、ならば俺とて黙っている訳にはいかない。企んでいるだろう卯月か、その仲間か。誰か一人でも、必ず見つけ出してやろうではないか……!

 

―――――――――――――――――――――――

 

「……ううっ……ぐ、この程度で……」

 

戦場認識が甘かった、と言わざるを得ない。食堂を後にして工廠、船渠と渡り歩いたものの誰一人として姿を捕捉出来ず時間を無為にし、それならばと各艦娘の部屋を尋ねてみたものの此方も誰も出てこない。それを数時間も繰り返していれば、流石に堪えるというものだ。

 

「……そうだな、置き去られるのは慣れている。寂しくなぞ……ぐすっ。うぅ……いいや、まだだ……!」

 

『菊月』にとって、置き去られるというのは何よりの恐怖である。卯月か誰かの悪戯だと分かっているから良いものの、そうでなければ泣いていただろう。今でも既に半泣きだというのは内緒である。

最後に、行っていない部屋が一つ。勢い良く駆け出し、目当ての部屋へ走る。目標地点は……提督の執務室。艦娘が誰もいなくとも、流石に提督は残っているだろう。というか、雲隠れして仕事をしていなかったらそれはそれで大問題だ。

 

「……邪魔するぞっ……!?」

 

ノックもせずに、駆け足の勢いのまま執務室の扉を叩き開ける。その瞬間、菊月()の目に飛び込んで来たものは――

 

「「「「誕生日、おめでとう(ぴょん)っ!!!!」」」」

 

見知った面子と、飾り付けられた提督執務室、そして『御誕生日おめでとう』という垂れ幕だった。

 

「……ぇ……あっ……!」

 

なんたることだろうか、人の姿を探すうちに『今日が菊月の進水日』だということも抜け落ちていたようだ。卯月憎しとの心持ちと焦燥、そして心細さがどれだけ心中を席巻していたのだろうか。ふぅ、と一つため息をつくと、口角が上がるのを抑えられない菊月(じぶん)に気付く。

 

「……全く。揃いも揃って何をしているんだ……」

 

「その割には菊月、ほっぺたが真っ赤だぴょん〜?」

 

「……っ、煩いっ!卯月、お前は後で叩きのめしてやるっ!……だが、まあ……」

 

ぐるりと部屋を見渡す。椅子に座る提督と姉妹達に川内達、天龍龍田に武蔵。それに、幾度か任務をこなした夕立や北上、大井まで揃っているようだ。先程とは別の意味で目頭が熱くなる。

 

「……全く。その、みんな。……うむ、ありがとう……!」

 

それを隠すように、菊月()は今日一番の満面の笑みを浮かべたのだった。




ごめんなさいでした。

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